転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

719 / 861
第719話 異国の異端審問官、辺境の地を調査する

“ガタガタガタガタ”

辺境の冬は厳しい。樹木は葉を落とし草原は枯れ草の海と変わる。寒さは大地を凍らせ、動物や魔物は冬の寒さを避けるように春までの長い眠りに就く。

人もまた冬に備え貯め込んだ食べ物を細々と消費し、暖かい春を待つ冬籠りの生活に入る。

“今年も生き残れてよかった”、春先に交わされる時候の挨拶は、厳しい北国の暮らしを如実に表すものであろう。

 

“ガタガタガタガタ”

「止まれ、ここはホーンラビット伯爵領マルセル村である。無用の来村は固く禁止されている、用向きを告げられたし」

 

そうした厳しい冬の季節の遠出は、暖かい季節とは違った意味で命懸けのものとなる。寒さによる引き馬の体力の消耗、野営など自殺行為と言ってよいほどの冷え込み。領都周辺部のような交通網がよく整備された場所であればいざ知らず、地方の主要街道から外れた寒村ともなれば物流は極端に減り、人の行き来など皆無といった状況に陥る。

物流が滞れば食料はなくなり、燃料である薪も滞る。

飢えと寒さ、餓死と凍死、それが辺境の寒村の現実であり、この世の実態であった。

 

「はい、私は王都より参りました者で、司祭職に就いておりますシラベルと申します。こちらの者はシスターミレーヌ、私共は奇跡の農法であるビッグワーム農法を生み出したホーンラビット伯爵領マルセル村を訪れ、詳しいお話をお伺いいたしたく参った次第、ホーンラビット伯爵様にお取次ぎいただきたくお願い申し上げます」

 

そんな辺境の苦境を救ったものがあった。それはこの国オーランド王国でも最も厳しいとされる大森林に最も近い寒村で生み出されたビッグワーム農法であった。

ビッグワームを食べる、この文化は古くからあった。基本的に魔物の肉は腐り難く簡単な加工で保存食に出来る。

金銭的に余裕のない成り立て冒険者などは、剣や防具を買うために生活費を切り詰めるべく、割と簡単に見つける事の出来るビッグワームを捕まえ保存食として加工し食していた。

ただしこのビッグワームの肉は非常に癖のある、正直に言えば臭くてまずい食材として知られ、寒村の農民の間でも食べ物として認識されてはいなかった。

 

だがそのまずさを解消し、誰しもに好まれる食材に変えたのがビッグワーム農法であり、その発信源が“オーランド王国の最果て”と揶揄されていたマルセル村なのであった。

 

「はじめまして、私がホーンラビット伯爵家当主ドレイク・ホーンラビットです。お二方はビッグワーム農法の事についてお知りになるためにわざわざ厳しい冬の街道を王都から参られたとか。

この農法は辺境で物流の乏しかったこのマルセル村を現在のように豊かな村に発展させてくれた原動力とも言うべきもの、そんな素晴らしい農法を多くの方々が興味を持ち学んでくださることは非常にうれしいのですが、教会関係者であるあなた方がどうしてまたビッグワーム農法を?

正直に言えば、ビッグワーム農法をお知りになるだけであれば王都のモルガン商会王都支店で書籍を購入していただけるだけでよろしいと思うのですが?」

 

それは疑問、この寒さ厳しい季節の移動はそれこそ命懸けであり、とてもではないがたんなる興味で辺境にまでやって来る事など考えられない。

長くこの地に暮らす者として、ホーンラビット伯爵の疑問は至極当然の事であった。

 

「はい、モルガン商会王都支店で書籍を購入できることはもちろん知っています。私共がビッグワーム農法について知ったのは自治領宣言をしたグロリア辺境伯領が急激に農産物の生産量を上げているという話が切っ掛けだったのですが、それがグロリア辺境伯様の政策によるもので、領内の各農村に広くビッグワーム農法の指南書を配布した事が理由であったという事は直ぐにわかりました。

書籍も購入し拝見させていただきましたが、まさかビッグワームに細切れのスライムを混ぜた草を与える事で臭みが解消するなど考えもしませんでした。

更に言えばその糞が極上の肥料になるとは。昔からビッグワームの生息する畑は作物の出来がいいとは言われていましたが、そうした関係性があるなどという事は聖職者である私共では窺い知る事の出来ない事。

素晴らしい発見であると感服いたしました。

 

そんな素晴らしい農法が産まれたマルセル村を見てみたい、“オーランド王国の最果て”と呼ばれたこの地がビッグワーム農法によりどう発展したのか。

各地に巡り女神様の教えをお話する機会の多い私共は、治療奉仕ばかりでなく貧しい人々の支援も行っています。そうした人々のために少しでも助けになる事があれば、この度の訪問はその一環とお考えいただければ幸いです」

 

そういい頭を下げるシラベル司祭とシスターミレーヌ。ホーンラビット伯爵はその真剣な姿勢に頷きで応える。

 

「分かりました、その慈悲深いお考え、同じ女神様を信仰する者として是非とも協力させていただきたい。

幸いと言っていいのか今は農閑期ですから村の者も手が空いております。実際にビッグワーム農法による野菜栽培を行っているところを御見せできないことは残念ですが、その実態の片鱗はお見せできると思います」

 

“コンコンコン”

「失礼いたします。ケビンとグランドが参りました」

「あぁ、ザルバか、ご苦労。入ってきてくれ。

村の警備の者からお話は伺っていましたのでね、ビッグワーム農法について最も詳しい者を呼んでおいたのですよ」

 

ホーンラビット伯爵の言葉、それはシラベル司祭とシスターミレーヌがもっとも会いたいと思っていた人物の登場を知らせるもの。

シラベル司祭は事前調査により判明していたホーンラビット伯爵の人となりが正しいものであったことに、秘かに笑みを浮かべる。“オーランド王国から飢えをなくしたい”、その高潔な思いと理想を実現するための努力、女神様を信仰する者として素直に賞賛すべき好人物に出会えたという事に、職務を忘れ温かい気持ちが広がる。

 

「失礼します。ケビン・ワイルドウッド男爵、グランドの両名、ホーンラビット伯爵閣下のお呼びと聞き参りました」

「うん、寒い中呼び立てて悪かったね。こちらはシラベル司祭とシスターミレーヌ、王都からわざわざビッグワーム農法について話を聞きたいとお越しくださった方々だ。

それでケビン君から見てどうかな?」

 

そう言いケビン・ワイルドウッド男爵ににこやかな笑顔を向けるホーンラビット伯爵。

 

「そうですね、中々できる方々かと。グランドはどう見る」

「中堅どころといった感じかな。シラベル司祭が護衛、シスターミレーヌが調査の主軸だと思う。

遠くボルグ教国からようこそマルセル村へ。私たちは異端審問官のお二人を歓迎いたします」

 

グランドと呼ばれた者から告げられた言葉、シラベル司祭とシスターミレーヌはその場で固まり、ホーンラビット伯爵は「ついに来たか~」と言って乾いた笑いを浮かべながらこめかみを揉むのであった。

 

―――――――――――

 

「ケビン、悪いがグランドを連れてホーンラビット伯爵邸に来てくれないかな?」

ボビー師匠の訓練場でマルセル村若者軍団とご学友二名の青春群像劇を眺めつつ、オババにケイトのお腹の子の名前について相談に乗ってもらっていた俺に、ザルバさんからありがたいお言葉が。

 

「あの、念の為に確認したいんですが、それはどういった事でしょうか?」

「あぁ、ホーンラビット伯爵閣下からのご指示でね。先程村門から“王都から司祭とシスターの二人組が訪ねてきた”との連絡が入ったんだが、訪問の理由が“ビッグワーム農法で発展したマルセル村の現地視察を行う為”というものでね。

理由としては妥当であるとの判断から面会を行う事になったんだが、その際にケビンとグランドにも顔を出して欲しいとの事だ。

なるべく早く来て欲しいとの話だ、直ぐに迎えに行ってもらえるかな?」

 

ザルバさんの言葉にしばし考えを巡らせる。この時期に王都からやって来た二人組の聖職者、グランドに顔を出して欲しいと判断したホーンラビット伯爵閣下のお考え。

 

「分かりました、直ぐに向かうとホーンラビット伯爵閣下にお伝えください」

俺の言葉に踵を返し戻って行くザルバさん。

 

「オババ、悪い、仕事が入っちゃった。相談に乗ってくれてありがとう」

“カァー、カァカァー”

 

「“アンタも大変だね、ひと撫でしてくかい?”って何言ってんのさ。その艶めかしい流し目はやめろ~、“我慢しなくてもいいんだよ~”って何目線なの、それ。俺の立ち位置がさっぱり分からないんだけど!?」

“カァカァーカァー、バサバサバサバサ”

 

「“若いのが無理すると身体に悪いよ~”ってだから何!? オババはどこの有閑マダムだ~!!」

俺の事を揶揄い倒してから去っていくオババに、“やはりオババは天敵”と再認識するケビン君なのでありました。

 

で、急いで蒼雲さんのお茶製造工房に向かってグランドに声掛けしてホーンラビット伯爵邸に向かったんですけどね。

ガッツリ教会の調査員だったって訳でございます。

因みに何でグランドが二人の事を言い当てる事ができたのかと言えば、<鑑定>のスキルを持ってるからですね。グランド曰く詳細人物鑑定以上の鑑定が出来るとか。

どれくらい分かるかと聞いたところ、統合系スキルの詳細も分かるとの事。「それってボルグ教国の大聖女様が持つ<神眼>と同じじゃないの?」って聞いたところ「流石に相手の来歴や過去の出来事までは分からない」とのお言葉が。

なんでもグランドは勇者時代にボルグ教国に行って大聖女様にお会いした事があるらしく、詳しい鑑定をしてもらった事があるんだとか。

「子供の頃の黒歴史を穿り返されるのって、心にくるんだよな~」っていうのがグランドの<神眼>に対する感想でした。

でもその後に俺の顔を見て大きなため息を吐くのはどういう事?

「自分がいかに平凡な人間だったかがよく分かった」って、グランドは勇者じゃん、全然平凡じゃないじゃん。「マルセル村じゃ雑魚」って、大福や緑や黄色は確かにヤバヤバだけれども。

 

「なぁグランド、異端審問官ってあの異端審問官? 超絶スキルで人類の敵を打つ正義の味方的な」

「あぁ、<異端審問官~傾国の黄昏~>だったっけ? 十六夜さんから借りた小説、アレは面白かった。

実際の異端審問官はもっと地味なんだけどな。基本は調査、確かに上司に当たる者たちは人間やめてるって感じの連中だけど、王都諜報組織“影”だっけ? あそことそう大差ないはずだぞ?

でもな~、俺の知識って古いから、今はどうなんだろう?」

 

あ~、あれね、在りし日の記憶にあるイギリスの諜報員は映画だとモテモテだけど実際はただの公務員って奴ね、分かる分かる。

ホーンラビット伯爵閣下、“やっぱりな~”ってお顔をされてるし、マルセル村に訪ねてくる人ってこんなのばっかりだからな~。

観光客(聖地巡礼)みたいな人ばかりだったら歓迎のし甲斐もあるのに。

 

「それでどうなさいますか、ホーンラビット伯爵閣下。ビッグワーム農法の視察って伺っているんですけど、ビッグワームプールでも案内します? 

それとも食堂でビッグワーム干し肉の料理でもお出しします?」

俺の言葉に「イヤイヤイヤ、違うでしょう」とツッコミを入れるホーンラビット伯爵閣下。

え~、いいじゃん、この際名目のまま過ごしていただきましょうよ~。

 

「男爵閣下、諦めましょう。彼らの目的は明らかです」

「そうだよ、ケビン君。一応私からも擁護はしておくけど・・・まぁ、うん、頑張ろう」

 

「何を~~~、何処をどう頑張ればいいのかさっぱりなんですけど? って言うかそこの二人も放心状態になってるんじゃない、アンタらプロでしょうが。プロならしっかり調査する、分かった?

それじゃ今から潜入諜報員の大先輩である王都諜報組織“影”の耳目の方々にご紹介するから、詳しいマルセル村の掟はその二人に聞いて。あと夜調査名目で村内をうろついてると普通に排除対象になるから注意してくださいね? 具体的には殺処分です。

調査なら昼間堂々とやってください。

どうせ<鑑定>のスキルか何かを持ってるんでしょう? それでも大丈夫だと思っちゃったんなら好きにしてください、忠告はしましたんで」

 

辺境の調査対象地、ホーンラビット伯爵領マルセル村。媚びるでも脅すでもない、これまでに経験した事もないあり得ない対応に、どう反応したらよいのかが分からなくなるシラベル司祭とシスターミレーヌ。

こうして異端審問官たちの苦悩の日々は、驚きの歓迎とともに幕を開けるのであった。




本日一話目です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。