転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第721話 異端審問官の黄昏(上げて落とす)

“カツンッ、カツンッ、カツンッ”

礼拝堂の床を鳴らす靴音が、静かな建物内に響く。

 

「ロバート、この敷き布を魔法陣に敷いてくれるか? 床に直接寝かせるのはよろしくないであろう」

何処からともなく床に現われた畳まれた厚手の布地、声を掛けられたロバートは隣のチェリーに目配せをし、礼拝堂の中央の床に描かれた魔法陣に布を広げる。

 

“スッ”

蜂蜜色のローブを纏った偉丈夫は、両手で抱き上げていた女性をそっと床に寝かせると、そのまま片膝を突いた姿勢で礼拝堂奥の女神像に祈りを捧げ始める。

 

「願わくばこの者に癒しと安寧を、心の平穏と安らぎを」

蜂蜜色のローブを羽織った偉丈夫、御神木様の渋い声音が礼拝堂の中に響く。すると床の魔法陣が淡い光を発し、六本の緑色をした光の柱が天井に向かい真っ直ぐ伸びていく。

 

御神木様の後に従い礼拝堂に入った異端審問官シラベルは、その神聖で幻想的な光景に言葉を失い、その場に跪き祈りを捧げるのだった。

 

「ウッ、ウ~ン、ここは・・・、私は一体・・・」

祈ること暫し、魔法陣の上に寝かされていた女性はゆっくりと目を覚まし、周囲を確認しながら上体を起こした。

 

「大丈夫か、目は覚めたようだが意識ははっきりとしているか?」

掛けられた声、女性は自身が気を失っていたのだと自覚し、声を掛けてくれた者に顔を向け、身を固める。

そこには自身に向け心配そうな表情を向ける偉丈夫、だが自分はこの御方がどういった存在であるのかを知っている、そのあまりの衝撃に混乱し気を失ってしまったという事も。

 

「あっ、いえ、私は・・・」

焦る心、神聖なる存在を前に醜態を晒してしまった事に、どう言葉を返してよいのかが分からない。

 

「落ち着きなさい、何も言わなくてもいい。今は心を鎮め、大きく深呼吸をするのだ。人というものは焦り気持ちが乱れると、呼吸が浅くなったり激しくなったりするものだ。

そうした時は大きく息を吸いゆっくりと吐く事を繰り返す事で、心を鎮めることが出来る。混乱した思考を無理に正す必要はない、じっくりと時間を掛け咀嚼する、そうする事で心と思考が一致し、物事を冷静に判断することが出来るようになる。

これは我が多くの人々に接し、学んだ事柄だ」

そう言い女性の頭に大きな手を載せ、淡い光の魔力を注ぐ御神木様。

 

「ありがとうございます、何か心が和らいだといいますか、安らかな心持になったようでございます。

申し遅れました、私はボルグ教国の教会に所属しておりますシスターミレーヌと申します。

失礼ですがもう一度お名前をお聞きしても?」

「ふむ、シスターミレーヌ、良い名前だ。我は御神木様、それ以上でもそれ以下でもない。

この地を見詰め、この地を守っている。我はここにいる、何か悩みがあればいつでも訪ねてくるがいい。大したもてなしは出来ぬが茶くらいは振る舞おう」

そう言い手を差し伸べる御神木様、ミレーヌは恐縮しつつもその手を掴みゆっくりと立ち上がると、改めて礼の言葉を述べ頭を下げるのであった。

 

「御神木様、おいしい甘木汁のお湯割り、ありがとうございました」

「「「ありがとうございました」」」

ミッシェルの言葉に従い感謝を述べるちびっ子たち、そんな彼らの様子に御神木様は楽し気に笑顔を返す。

 

「うむ、またいつでも遊びに来るがいい。それとミッシェル、その口調はメアリー殿に見つかるとまた怒られるぞ?

子供は子供らしく、女の子は女の子らしくであったか。人というものはその場その場に合わせた話し方、付き合い方というものがある。その辺はミッシェルも分かっている事だろう?」

御神木様の言葉にどこか気まずげに顔をそむけるミッシェル。

 

「分かってはいるのだ、母メアリーの拳骨は魂に響く故な。だが我は我である故どうしてもな。

それにこの者たちの前で取り繕っていても仕方あるまい。ロバート、チェリー、ルビアナは我が友にして大切なマルセル村ちびっこ軍団の隊員である。その者たちに隊長である我が情けない姿を見せる訳にもいくまい?」

そう言い頭を摩りながら「ミッシェルもちゃんと弁えているから大丈夫、心配ご無用♪」とおどけてみせるミッシェル。

 

「ではまた来よう。今度はおやつも頼む」

「うむ、干し芋かビッグワーム干し肉くらいであれば用意しよう、皆気を付けてな」

礼拝堂前で見送りを受け、次の目的地に移動するミッシェル率いるマルセル村ちびっこ軍団。シラベルとミレーヌは、自身の身に起きた奇跡的な出会いを噛み締めながら、後ろ髪を引かれつつ子供たちの後について行くのであった。

 

――――――――――

 

「諸君、我々は何者だ!!」

「「「「「ホーンラビット伯爵家騎士団です!!」」」」」

 

そこは枯草の草原、木剣を手に持ったマルセル村の男たちが集まり、真剣な顔で声を上げる。

 

「そう、ここホーンラビット伯爵領を守る盾にして鉾、命を賭して戦う戦士である。我々はこの冬こそ越えなければならない、我々の前に立ち塞がる双璧を。

幸い我々には新しい仲間が加わった、魔道具職人のマルコさんと村役場のボイルさん、ジョンさん、ジェラルドさんである。

彼らは皆この冬のエミリーちゃんチャレンジを乗り越えた同志である。マルセル村の戦士である。

先ずは一枚壁、緑を倒す!! 次に黄色、次に二枚壁、そして大福への挑戦権を得る!!

いずれ世界に旅立とうという子供たちに負けるな、彼らが憂いなく旅立てるよう、大人の実力を見せつけてやるのだ!!」

「「「「「オォ!!」」」」」

 

挙げられた拳、彼らが目指す先、そこは枯草の草原に佇む二体の地這い龍の前。

 

「緑、今日こそお前に勝つ!! 尋常に勝負しろ」

“クワックワッ、キュワ~~~!!”

立ち上がる覇気、対峙する地這い龍とマルセル村の男たち、彼らの戦いは今まさに開始されようとしていた。

 

「ウォォォォォ、<クロックアップ><重撃連打>」

「<瞬剣無双><縮地>!!」

「「「「「<堅撃一閃>」」」」」

“ドガドガドガドガ、ドゴバゴズゴ、ドドドドドドドドドッ”

激しい打撃が地這い龍を襲う。堪らず叫び声をあげる地這い龍、だが彼らは一切の油断なく剣を構える。

 

「尻尾、来るぞ!! 受け流せ!!」

“ブウォン、ズバーーーン”

 

「「「「「うわぁ~~~~」」」」」

「怯むなー!! 突撃~!!」

「「「「「ウォォォォォ!!」」」」」

 

枯草の草原で繰り広げられる厄災と戦士たちの戦い、その光景に唯々呆然とするシラベルとミレーヌ。

 

「ミッシェルちゃん、これは一体・・・」

「うむ、これはマルセル村の冬の名物、“三体の守護獣への挑戦”だな。マルセル村の者たちは春から秋にかけ農作業が忙しく中々鍛錬を積むことが出来ん。その分農閑期の冬場は十分に身体を動かし、体力作りに余念がない。

今ぐらいの時期になれば身体も出来上がってくるからな、そうなれば強敵と戦いたくなるのが蛮族たる者の本能。守護獣たちも良い遊び相手が来たと大喜びで付き合ってくれるとの事であったか。

マルセル村の守護獣は三体、ビッグワームの緑と黄色、それとスライムの大福だな」

そう言い両腕を腰に当てどうだとばかりに胸を張るミッシェル。だがシラベルはその言葉の意味が分からず首を捻る。

 

「あぁ、あ奴らを初めて見る者には分かりづらいか。あの二体、元はビッグワームであったものがなんやかんやと進化してほぼほぼ別物の魔物になってしまったらしい、詳しい事は我も知らん。

それとスライムであったが、丁度始まるところだな」

 

そう言いミッシェルが指差す方向、そこには複数の若者たちが草原に集まっている光景が。

 

「よ~し、それじゃこれから“大福ドラゴンヒドラ四つ首に挑戦”を始めるぞ~。正直三つ首と四つ首は別次元だからな? 頭おかしいってくらい強くなるから気を付けろよ?

ラグラとラビアナ、クルンとラビアンヌはその後だからな。それぞれ大福本体ヒドラ二つ首と三つ首の挑戦、頑張るように。

<結界術><影魔法:舞台交換>」

 

“ブワッ”

一瞬で張られる巨大な結界、その結界内の地面が黒い影に包まれたかと思うや土がむき出しの大地に変化する。

 

「ねぇ、シラベル、今の魔法って」

「結界魔法か<結界>のスキルか、ただあれ程の規模を一瞬で構築するなんて聞いた事もないぞ。それに黒い影が広がったかと思えば枯草の草原が瞬時に土がむき出しの大地に変わるって、どんだけの大魔法なんだよ。勇者物語に出てきた影使いジルバだって無理だぞ、こんな事」

 

シラベルとミレーヌの視線が目の前の現象を引き起こしたであろう青年、ケビン・ワイルドウッド男爵に向けられた、その時であった。

 

“ポヨンポヨンポヨンポヨン、ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ”

草原に現われた黒い塊が見る見る間に大きくなり、巨大な何かに変化する。

 

“ズドンッ、ズドンッ、ズドンッ”

太く力強い四肢。

 

“ビュンビュンビュンビュン、ビダンッ、バシンッ、ドガンッ、ズドンッ”

大地に振り下ろされた鋭い打ち込みの尻尾。

 

“グガァーーーーーーーー!!”

もたげた四本の鎌首、上げられた咆哮が大気を揺らし、見る者の魂を恐怖に縮こまらせる。

 

「駄目だ、終わった、俺たちも、この国も」

膝を折り、地面に座り込んだシラベルの口から洩れた呟き。

顕現した厄災、“北の大地、厄災の種誕生せり”、その神託が一体何を意味しているのか、その本当の理由を本能に分からさせられる。

あの魔物は、人類が一丸となって戦わなければならない大厄災であるのだと。

 

「よし、いくぞ!! 全力で大福を倒す!!」

「ジミー、ジェイク、エミリー、大福は私とディアで引き付けます。

その間に尻尾を二本切り落としてください、決してそれ以上深追いをしないように。

尻尾が減ったら頭を一つずつ落としていきます。ドラゴンヒドラの体表は頑強です。長期戦を覚悟し少しずつ削っていきましょう」

「「「「了解!!」」」」

 

戦いの火蓋は切られた、瞬時に姿を消す三人の若者、残ったもの二名が厄災を引き付けるべく攻撃を始める。

 

「<ライトランス×20・ストーンランス×20・ウォーターランス×20・ウィンドボール×50>」

‟バシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュ、ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダ”

鳴り止まぬ魔法の攻撃音、衝撃波が草原に広がり、結界内が土煙に包まれる。

 

“ババッ”

魔法攻撃に紛れるように左右に分かれた若者たちが、攻撃を仕掛ける。

 

「<瞬歩><一刀一殺>」

「<粉砕撃>」

「<双龍牙>」

“シュピン、ドゴンッ、ズバンッ”

振るわれた剣閃、魔力と覇気を纏った攻撃は、遂に大福の堅牢な鱗を貫き、戦いを次のステージへと押し上げる。

 

“ボタン、ボタン、グギャ~~ウォン”

落下する二本の尻尾、堪らずあげられる咆哮、それは大気を大きく振動させ大地を揺さぶる怒りの叫び。

 

「急いでディアの後方へ、大きいの来ます!!」

“シュタンッシュタンッシュタンッ”

上げられた鎌首、膨らむ魔力の気配、最大限の危険を感じたフィリーの叫びに、急ぎディアの背後に逃れるジミーたち。

 

“グゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ”

それは四本の首から放出される強烈な炎の濁流、周辺一帯を一瞬にして火の海に変える絶対の攻撃。

 

「!?<結界>」

「<ダブルキャッスルウォール>!!」

「「「<多重結界障壁>」」」

“ズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴ”

ファイヤーランス、ストーンランス、ウォーターランス、ウインドランス、四属性のランス魔法がそれぞれの首から怒涛の勢いで撃ち出される。その攻撃は固く結界で身を固める若者たちの殻を次々と破壊していく。

 

“ズドンズドンズドンズドン、ズバズバーーーーン”

“ドガンッ、パリーーーーーーーーン”

戦場に響く何かが割れるような甲高い音色、急接近した厄災により吹き飛ばされる若者たち。

 

「そこまで、勝者、大福!!」

告げられた勝者の名前、その言葉と共に巨大な厄災が姿を小さくし、その場には一匹のスライムが飛び跳ね回る。

 

「アレがマルセル村最強の守護獣、スライムの大福だな。大福が負けるようならどうしようもないというのがケビの見解だが、我もその意見には同意・・・どうした? お~~~い、聞いておるのか? お~~~~い。

ふむ、惜しい者たちを亡くしたようだ。

隊員の諸君、本日のマルセル村案内の任務はここまでとする。一度礼拝堂に戻り異端審問官二名の回復を図ったのち健康広場の宿に送り届け、食堂で報酬の焼き菓子を貰ってから解散とする。

最後まで気を抜かず任務を遂行せよ」

「「「はい、ミッシェル隊長」」」

 

“““““ビシッ”””””

敬礼の後、それぞれの魔物に騎乗しその場を去っていく四人の幼児たち。その後ろに横たわった姿勢でプカプカと宙に浮いた異端審問官二名を従えて。

 

異端審問官心得の條

我は影、荒野を駆けるブラックウルフ

我が命、我が物と思わず

女神様の教え、あくまで陰にて

己の器量をもって、密命いかにても果すべし

なお、死して屍を拾う者なし、死して屍を拾う者なし

 

(<異端審問官~傾国の黄昏~>より抜粋)




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