冬場の辺境は寂しい。ホーンラビット牧場に訪れる観光客、村前の闘技場を訪れる冒険者、農産物やビッグワーム干し肉、ホーンラビット干し肉の買い付けに訪れる商会の馬車等。
様々な産業の振興により活気が溢れるようになった辺境マルセル村ではあるものの、冬の寒さはそうした人々の流れを止める程、辛く厳しい。
更に言えば隣領グロリア辺境伯領は絶賛好景気で食料も潤沢、わざわざ厳しい冬の街道を遠く辺境の地にまで買い付けに来る必要性は薄い。
理由は現在の当主タスマニア・フォン・グロリア辺境伯閣下が推し進められたグロリア辺境伯領内全体の農業改革が驚きの成果を見せたからですね。
領内の各村にビッグワーム農法の指南書を配布する事は勿論、農政担当の指導員を派遣、農業改革を領内の財政改革の主軸として徹底的に推し進めた結果、小麦の収量は倍増、各村の農産物の取り引き価格も右肩上がり、懐が温かくなった村人をターゲットにした行商も盛んに行われ、国内から様々な商人がグロリア辺境伯領に押し寄せる好循環。
戦争の煽りで未だ食料生産率が回復しきっていない穀倉地帯に代わり、グロリア辺境伯領がオーランド王国の食を支え始めているって訳です。
質の良い野菜や小麦はグロリア辺境伯領ブランドとして定着していくだろうし、各地の穀物や野菜の生産量が回復しても一度確立した地位は失われる事がないはず。
この成果は北西部貴族連合、南西部貴族連合、ダイソン公国、南部貴族連合により共有され、現在各地でビッグワーム農法が爆発的な勢いで普及していっているんだとか。指南書を制作しているモルガン商会では多方面に声を掛け注文の対応に当たっているらしく、嬉しい悲鳴とはまさにこの事と統括部長に昇進したギースさんが手紙で愚痴を書いてよこしたとホーンラビット伯爵閣下が教えてくださいました。
まぁ隣領がそんな状況にあり人の訪れがなくなった冬の辺境にやって来た娯楽、ゴホンッ、来訪者たちを暇人が、ゲフンゲフンッ、村の親切な住民たちが放っておく訳がありません。
エミリーお嬢様が王都からお連れになったご学友方は村人たちの酒の肴、ゴホンゴホンッ、村人たちが温かく見守り、教会の司祭様とシスター様はちびっこ軍団のおもちゃ、オッホン、村の子供たちが村中を案内して回っているのでございます。
村の健康広場脇の宿屋を切り盛りするミリアさんの話によれば、ラグラ様の御付きの方と御者さん、ラビアナ様の御者さん、シラベル司祭とシスターミレーヌはすっかり健康広場脇の食堂の常連になっているんだとか。
そこに大剣聖クルーガル爺さんの付き人と食堂を切り盛りするリンダさんとガーネットさんが加わって酒盛りするのが常と教えてくださいました。
因みにラビアナ様の御付きメイドのコリアンダさんは十六夜と一緒に村の女衆と会合を重ねているとか、こっちはこっちで目茶苦茶盛り上がっているとの事でございます。
まぁそんな感じで客人の事は村の連中に丸投げして俺が何をしているのかといいますと。
「ウッ、何かきたかもしれない。セシルお婆さんをお願い」
「分かった、ミランダ奥様のところにいるはずだから直ぐに呼んでくる」
俺は産気づいたケイトに声を掛けると、残月と係りのメイドさんたちに出産の準備に掛かるように指示を出し、セシルお婆さんの下に向かいます。
全くなんだって子供が生まれるって時にこうも立て続けに面倒なお客さんがやってくるんだか。
ラグラ君とラビアナお嬢様はいいとしても、ボルグ教国の異端審問官って、面倒事の臭いプンプンじゃないですか、嫌だ~。
その話を聞いたケイトが様子を見に行くって騒ぎだして押しとどめるのが大変だったんだよな~、「本物の異端審問官に会える機会はとっても貴重」ってそうだけれどもさ、そんなのがしょっちゅう来るような村だったら粛清されて滅ぼされちゃうからね?
「異端審問官心得の條~!!」ってちびっ子たちが変な決め台詞を叫びながらさわいでいた原因はケイト、お前か!!
てっきり十六夜が原因だと思ったらまさかの嫁さんが発信源、確かに王都の本屋に行きたいって騒いでた十六夜と一緒に小説の大人買いして来たのは俺だけれども。なんか面白そうって思って<異端審問官~傾国の黄昏~>を買ってきたのは俺だし、好きに読めるように屋敷の本棚に並べておいたけれども。
「異端審問官は女神様が創りたもうこの世界の平和を守るため、日々戦い続ける影の存在。死して屍、拾うものなし!!」
どうやら異端審問官というパワーワードはケイトの感性にドストライクだったようでございます。
「よし、皆ケイトの初産だ、気を引き締めていくよ!! ケビン、準備はいいかい?」
「ケイト、それじゃ俺は外で待ってるから。大丈夫、ケイトの事もお腹の子供の事も、女神様が確りお守りくださっているから、ケイトは大船に乗ったつもりで出産に臨んでくれ。
それじゃセシルお婆さん、後の事をお願いします。<清浄化><聖域結界><癒しの覇気>」
“ブワッ”
清浄な空気が室内に広がる。その場は神聖な気配に包まれ、これから産まれる新たな命を祝福するかのように、部屋のもの全てが淡い輝きを放つ。
“バタンッ”
ここから先は女の戦い、何もする事の出来ない無力な俺はただケイトとお腹の子の無事を願い、廊下の椅子に座り胸の前で両手を組み、女神様に祈りを捧げるのだった。
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「私の戦いもここまでですか。我が国の発展の為、全ての民を飢えの苦しみから救う為、必死に努力してきた。
その結果が周辺国からの総攻撃とは笑い話にもなりませんが」
城の窓から眼下の街並みを見下ろす。至る所から立ち昇った炎は瞬く間に王都を飲み込み、逃げ惑う市民を正義の御旗を掲げた兵士たちが追い立てる。
恐怖と嘆きは恨みの感情へと変わり、深い憎悪へと変わった闇の魔力が、この事態の元凶とされる私に向かい注がれる。
「皮肉なものですね。愛するべき祖国、愛するべき国民が凶刃に襲われている。本来嘆き悲しまなければならない事態だというのに、そこに生まれた負の感情が恨みの念として私に注がれる。
闇属性魔力特化の私にとってそれは福音、今も尚自身の力が増大し続けている。
私は一体何を間違ってしまったというのでしょうか、あなたはどう思いますか? 光の勇者、ブライアント」
視線の先、白銀の鎧に身を包んだ勇者が、仲間の賢者、剣聖、聖女と共にこちらに鋭い視線を向けてくる。
「冥王グレイシス、貴様の野望もここまでだ。死者を操り死の帝国を築かんとした人類の敵、貴様が作り上げたこの穢れに満ちた箱庭は全て消し去ってくれる」
「汚らわしくも死を振り撒きし冒涜の王よ、あなたの命運は尽きました。
女神様は寛大です、あなたの罪も穢れも、全て消し去ってくれる事でしょう。
不死者グレイシス、今日があなたの消滅の時です」
王城の最上階にある国王執務室、人々の喧騒から離れ静かに思索にふける事の出来るこの場所は、今や自身の妄想を増大させた力ある夢想家によって蹂躙されようとしている。
大体私の事を冥王だの冒涜の王だのと言い出したのは他国の者たちであって、私の口からは一度たりとも語られた事はないのだが。
「一つ聞きたい、お前たちは私の行いを罪だの穢れだのと言うが、<最上級死霊使い>の私がスケルトンやリビングアーマーを使って国を豊かにしようとして、何の問題があるというのか。
農業生産率の向上、各種社会基盤の整備と充実、すでに死んだ者たちであれば疲れも知らず、不平不満を言う事もない。
国民は充実した行政援助を受ける事で日々の生活を向上させ、豊かな毎日を送ることが出来ていた。
国防という意味でもリビングアーマーや死霊馬の導入は多くの将兵の助けとなっていた、王である私の力頼みという点は問題だが、わが国独自の政策を貴様らにとやかく非難されるいわれがどこにあったというのだ?」
スキルや職業は女神様がお与えになった福音、ならば自らに与えられた力を国の発展のために活かして何が悪いというのか。
「詭弁だな、闇の魔力に塗れし魔王よ。貴様のやっている事は世界を闇の魔力で覆いこの世を死者の国へと変える暴挙、そのようなものを女神様が望まれるものか!!
貴様の思考、存在そのものが罪。問答は終わりだ、聖剣の輝きの下、全ての闇は打ち払われる。滅びよ、冥王グレイシス!!」
“ガキンッ、ガキンガキンガキンガキンガキンガキンガキンガキン”
ぶつかり合う剣と剣。
「滅びなさい、<ホーリーレイン>」
「承服しかねる、<ダークフィールド>」
“ズバズバズバズバズバズバズバズバズバ”
撃ち出される上級魔法の数々。
私は勇者パーティーの攻撃をその膨大に膨らんだ闇の力で弾き返す。それは意地、世界が私を否定するというのなら、私も世界を否定するまで。
戦いは三日三晩続き、その間も我が国は周辺国の連合軍により蹂躙され破壊し尽くされて行く。
「クッ、最早貴様の国は終わったんだ、いい加減に観念しろ!!」
「あぁ、どうやらそうらしい。最早守るべき者も救うべき者もいない。今やこの国は嘆きと憎悪に支配された死者の国と化してしまった。
勇者よ、貴様の言う通りだ。ここは死者の国、私は冥王グレイシス。ならば最後は冥王らしく、全ての死者を何の憂いもなく女神様の下に送ることとしよう」
“ズブッ”
突然自らの胸に剣を突き立てた私に困惑する勇者パーティー。
「ハッハッハッ、何を驚いたグラスウルフのような顔になっているのだ、勇者よ。聖女は私の事を不死者などと呼んでいたが、魔物ではないのだ、そんな訳ないだろう。
私は死ぬ、この国をアンデッドの巣窟にする事など<最上級死霊使い>の私が望んでいるとでも? 死者と対話し、死者に寄り添う事が死霊術師の使命、であれば彼らの憂いを晴らす手伝いをする事こそが我が願い。
彼らは思った、何故私たちが平和な日常を奪われなければならないのか、何故私たちが豊かな生活を非難されなければならないのか、何故私たちが殺されなければならないのか。
安心して欲しい、君たちの亡骸は全て君たちにこの国を滅ぼすように命じた者たちの下に送り返そう。君たちの来世に幸多からんことを」
“ブワァァァァァァァァァァァァァァァ”
冥王グレイシスの身体から噴き出した膨大で濃厚な闇属性魔力、それはこれまでグレイシスが抑えに抑え込んできた闇属性魔力が溢れ出したもの。
「まずい、逃げろ勇者!!」
剣聖の叫びが闇に呑み込まれる。
「<ターンアンデッド><結界><ホーリーサークル>、駄目、何で!!勇者様ー!!」
聖女の叫びが空間を切り裂く。
「<ファイヤーウォール>、<ライトウォール>、<ダークウォール>、くそ、何でどれも効かないんだよ! 俺はこんな所で終わる男じゃ、国に帰って英雄として」
賢者が道半ばで闇に沈む。
“パリンッパリンッパリンッパリンッ”
「身代わり人形が全て、何なんだ、一体何だって言うんだ!!」
甲高い音が城内に響き、勇者の嘆きが天に轟く。
王城の最上階より溢れ出した濃厚な闇属性魔力は城を覆い、城下を覆い、王都を覆い尽くし、この国に攻め込んだ連合軍を吞み込んでいった。
周辺国連合軍の全滅、それはこの殲滅作戦が実質的に失敗に終わった事を示していた。
だが惨劇はそれだけでは終わらなかった。連合軍は誰一人欠ける事無くそれぞれの国へと帰っていった。その隊列は一切の乱れもなく、各国は英雄の帰還を心から祝福した。そして・・・。
「ギャーーー、勇者よ、一体どうしたというのだ、お主らに一体何が!?
グワァーーーー!!」
各国に帰還した者たちは、その中枢の王城で、各部隊の所属する軍事施設で、各貴族の私邸で。それぞれに今回の殲滅戦を指示した者たちに牙をむき襲い掛かったのである。
多くの国が混乱し、滅びを迎えた戦乱。その始まりとなった王国の王城は、まるで全てが夢であったかのように、ただ静かに佇むだけなのであった。
――――――――
“冥王グレイシス、自国を滅ぼし周辺各国に滅びをばら撒いた厄災の魂よ。今は眠りなさい、いずれ新たなる生を受け自身が何者であったのかに目覚めるその時まで。
設定はそうですね、あなたのその闇属性魔力を十全に活かす為、貴方以上に闇属性魔力の扱いに長けた男女の下に産まれるとでもしておきましょうか。
なに、必要とあれば条件は緩めましょう。生まれ変わったあなたがどう生きようがそれは自由、思うがままに振る舞いなさい”
その声がどこから聞こえたのか、誰が話していたのかはまるで分らない。
だが私は再びの生を受けることが約束されたようだ。
その事を実感したのは微かに感じる柔らかな光と優しい歌声に心が満たされた時。
ここがどこなのか、自分が一体どうなっているのか。
何も分からないまま時間だけが過ぎていく。
“フフフ、可愛い赤ちゃん、元気に生まれてきてね。でも元気な子供になって欲しいとなったら名前は重要よね。
前にパトリシアが男の子ならガイガン、女の子ならフランソワーズにしようって言ってたんだけど、結局アルバになったのよね。でもガイガン、何か強そうでいいわ。ここは辺境の土地だし、強いに越したことはないし。
よし、男の子ならガイガンかギャオス、女の子ならアジャかダンプにしましょう。
子供の頃ケビンが話してくれた伝説の女戦士アジャとダンプ、四本の柱で区切られた戦いの聖地に集いし戦士たち。それは意地か、誇りか。
ケビンの話はいつもワクワクに満ちていたのよね”
身体に響くように聞こえる女性の優しげな声、無償の愛が、溢れる温かさが。早くこの人に会いたい、この人を守りたい。
この人を害する者は全て私が・・・。
「ウッ、何かきたかもしれない。セシルお婆さんをお願い」
「分かった、ミランダ奥様のところにいるはずだから直ぐに呼んでくる」
遂にこの人に会える、私はあなたのこどもとしてあなたの事を。
“チュルン”
「よし、今度こそ取り上げることが出来たよ。ケイト、おめでとう、無事に産まれてきたよ。
何かびっくりしたグラスウルフみたいな顔をしてるけど、アンタはもう産まれてるから安心しな」
何故か目の前にいる年老いた女性、彼女は産婆か? なら私の彼女は。
「ほ~ら、ケイト、この子があんたの子供だよ。ケイトに似て美人さんになるよ~」
「む、残念。私はケビンに似て欲しかった。でも大丈夫、貴方の事はお母さんが全力で育てる。そして四角い聖地で最強の称号を手に入れる!!」
えっ、違う、違う違う違う。こんなダミ声じゃない、もっと優し気で温かくて。お母さん、私のお母さん、何処にいるの、私の本当のお母さん!!
“フエッ、フェ~~ン、フギャー、フギャー、フギャー”
零れる涙、止まらぬ感情、そして全身から闇属性魔力が溢れ出す。
「なっ、マーシャ、廊下のケビンを呼んできな。カロリーナはホーンラビット伯爵閣下に連絡、この場は私と残月が残るからアンタたちは外に出ておいで。
ケイト、アンタは大丈夫なのかい?」
焦る産婆、部屋の中がバタバタと慌ただしくなる。そんな中聞こえた「大丈夫、うちの子はとっても元気」というダミ声の女性の声が、何故かあの優しい女性の声と重なって聞こえるのだった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora