“トン、トン、トン、トン、トン、トン”
ホーンラビット伯爵家本邸の廊下。何故か産院の分娩室と化している部屋の前で椅子に座りながら、右足のつま先でビートを刻む男。
どうも、ケビン・ワイルドウッド男爵です。
焦り過ぎ? 静かに女神様に祈ってろ? 産気づいてからまだ五分も経ってないだろう? まぁその通りなんですけどね、こういう時ってソワソワするもんだってドレイク村長が。
いや~、ドレイク村長のところのバーミリオン君とマリアンヌちゃんが産まれた時は大変だったな~。陞爵の為に王都にいたってのもあったんだけど、マルセル村に帰り着いて影空間から出した途端分娩室に突貫かましちゃって、セシルお婆さん怒る怒る。
俺が触腕で引き摺り出して部屋の中に<清浄化><聖域結界><癒しの覇気>を掛けて事なきを得たからよかったものの、何かあったらどうするつもりだったのか。
あの後何故か俺がセシルお婆さんに怒られて、出産環境作製係りにさせられちゃったんだよな。意味が分からん。
そんな事があったからか、パトリシアとアナスタシアの出産の時の俺の様子を見たドレイク村長が「ケビン君は妙に落ち着いてるね、私なんかもっとドキドキしていたもんだよ」とか言い出すし。
俺、これでも十分ドキドキしてるんですけど? 顔に出ないタイプっていうか、すぐ産まれてくるから分かりずらいってだけでですね。
なもんでこうして形から入ってみたって訳でございます。
“フエッ、フェ~~ン、フギャー、フギャー、フギャー”
俺がそんな阿呆な事を考えていると扉の向こうから赤ん坊の元気な泣き声が。
「おぉ~~~~~、泣いた泣いた、これが産声か~。初めて聞いたな」
アルバもヴィーゼも全然泣かなかったからな~、なんか感動。どうやら分娩室の前でソワソワする父親って演出をしたのが良かったようです。
うん、これ毎回やろうかな。
今の世の中経済的な理由で子供を作らない家もあるにはあるけど、大概何人かの子供を儲けるのが普通。魔物蔓延るこの世界、命が軽い分多くの子供を作って種族として生き延びようっていうのが一般的な考えのようです。
まぁその結果食うに困って盗賊になっちゃうような連中もいるんだから、一人っ子とどっちがいいのかは何とも言えないんですが。
幸い我が家は大規模農家、日々の食事には困りませんし? 秘密基地の畑で取れた作物を含めればホーンラビット伯爵領の住民を余裕で養えちゃうくらいの生産量を誇っておりますし?(ドヤ顔)
この辺はあまり公に出来ないって欠点はあるんですけどね。
“ガチャッ”
開かれた扉、どうやら分娩後の処理が終わり、いよいよ我が子との対面の瞬間が。でも俺がゆっくり椅子から立ち上がると、何故か焦った様子のメイドさんがですね。
「ケビン男爵、大変です!! 赤ちゃんが、急いで中へ!!」
そう言い俺の手を掴み部屋の中に引っ張るメイドのマーシャさん。この方、以前パトリシアと一緒に首の輪コッコとぶつかり稽古をしてたからか、結構力が強いこと。俺と入れ替わるように部屋から出ていったのはカロリーナさんだったかな? 同僚のセリーヌさんがジョンさんと一緒になって子供を産んだからって、他のメイドさんと一緒になって俺にいい人を紹介してくれと頼んできた御方。
あの、俺ってそこまで顔が広くないんで、そういう事は雇い主であるホーンラビット伯爵閣下にですね。
辺境伯家でメイドをなさっておられた方々は皆良いところのお嬢様方、ご紹介するお相手もそれなりの御家柄が必要となれば、ホーンラビット伯爵閣下もさぞやお困りでしょう。
うん、俺には無理です、申し訳ない。
でもカロリーナさん、なんか凄い焦ってたんだよな、一体ケイトと赤ん坊に何がって、これって何かな?
「えっと、セシルさん、一体全体なんでこんな事に? 何かケイトが抱き抱える赤ちゃんから濃厚な闇属性魔力が溢れまくってるんですけど?」
そう、目の前のベッドで上体を起き上がらせて赤ちゃんを抱くケイト、その腕の中で大きな泣き声を上げて泣いている赤ちゃんからまるで湧き水のように濃厚な闇属性魔力がドバドバと。
「わ、分からないんだよ。生まれたばかりの赤ん坊が魔力暴走を起こしたなんて話は聞いた事もないからね。一体全体何がどうなってるんだか」
そう言い焦りまくるセシルお婆さん、でも俺にはそれよりも気になることが。
「そう言えばセシルさん、ケイトの分娩後の処理は終わっているんですか? 見た感じ、取り敢えず赤ん坊をおくるみに包んでケイトに顔合わせをさせたって感じなんですけど」
俺が落ち着いた口調でそう聞くと、何故か呆けた顔をこちらに向けるセシルお婆さん。
「な、アンタはこの状況で気にする事がそれかい?
まぁいいけど、ケイトの後処理はまだ残っているね、手を付けたくてもこの状況じゃ近付くことも出来ないしね」
そいつは大変、それじゃ直ぐに何とかしないといけませんか。
「シルフィー、この部屋の闇属性魔力を全部吸っちゃって。それと赤ん坊から溢れ出ているから、それも随時お願い」
“フワッ”
俺の呼び掛けに呼応するかのように右腕の周りに半透明の美しい女性が現れ、赤ん坊に向かいフッと息を吹きかけるような仕草をします。すると途端にあれだけ室内に溢れかえっていた濃厚な闇属性魔力が霧散し、部屋の中に清浄な空気が蘇るのでした。
「・・・ケビン、浮気?」
「違うから、シルフィーは魔力の腕輪さんが進化した結果だから。
それより赤ん坊を抱かせてもらっても? なんか癇癪を起しちゃって自分でもどうしていいのか分からなくなっちゃってるみたいだし」
俺はそう言いケイトから赤ん坊を受け取ると、セシルお婆さんと残月にケイトの事を任せ、部屋の端に移動するのでした。
―――――――――――
“フギャー、フギャー、フギャー、フギャー”
心が激しい動揺に支配される。私はあの温かくも優しい空間でずっとこの日を待っていた、あの優しく語り掛けてくれるあの人に会いたい、あの人の愛で包まれていたい。両手を伸ばして求めようとするも、大きな布に包まれているのか身動きも出来ない。温かい水に抱き締められていた時のように手足を動かす事の出来ないもどかしさ、この世の全てが私の邪魔をする。それはまるで私の国を勇者たちが滅ぼした時のように。
憎い、恨めしい、この世の全てが、私を苦しめる者の全てが、この腐った世界を作り出した創造の女神が!!
「“まぁまぁ、落ち着きなって。なんか色々抱えてるみたいだけど、前世で酷い目にでもあったのか? その気持ちが分かるとは言わんが、聞く事くらいは出来るぞ?”」
その声は耳というよりも魂に直接語り掛けられているような声音。私の波立った心が少しずつ収まり、意識がハッキリとして来るのを感じる。
「“おっ、大分落ち着いたみたいだな。はじめまして、今世の君の父親のケビン・ワイルドウッドっていいます、どうぞよろしく。
それとあっちの女性は君の母親でケイト、ケイト・ワイルドウッドだね。
それで酷く混乱していたみたいだけど、何かあった? これでも君の父親だからね、話くらいは聞くよ?”」
それは田舎の平凡な農家といった風体の男性、男性に言われ視線を動かせば、ベッドに横になる地味顔の女性。男性が父親で、女性が母親? それではいつも私に優しく声を掛けていてくれた美しい声の女性は一体・・・。
「“ん? いつもお腹に優しく語り掛けていた美しい声の女性?
・・・体内という事は、ケイトと一体となっていたという事、であれば自己呪いの対象外だった可能性が。
えっと、君はもしかしてその声の女性がいなかったから混乱してしまったのかな? お母さんがいなくて寂しくなってしまったとか”」
父親と名乗る者から掛けられた言葉に、視線を向ける。男性はそれだけでこちらの想いを悟ったのか、何か納得といった表情を見せる。
「多分そういう事かな。ケイト、自己呪い解いてくれる? どうやらこの子にはケイトの声が綺麗で美しいものとして届いていたみたいなんだよね。
恐らくだけど体内を振動して伝わる声は自己呪いで変えられた声じゃなく、本来のケイトのものだったみたい。それで産まれて初めて掛けられた声がケイトのダミ声だったもんだからびっくりしちゃったって感じ?
この子にとってのお母さんは歌姫モードのケイトだったみたいよ?」
父親が母親らしき女性に語り掛ける。その言葉は先程までのような心に響くような声音ではないものの、私の耳にもはっきりと聞き取れるもの。
「む、なんか不満。我が子は我が儘、私は私」
「まぁまぁ、そう言わないで。大体赤ん坊なんてものは我が儘で癇癪持ちで意味が分からない存在って相場が決まってるんだから。この子くらいは普通普通」
何か不満げな女性と、そんな彼女をなだめる父親。どうやら今世の父親は女性に頭が上がらないらしい。それは前世でも一緒ではあるのだが。
前世の父である前王は母である王妃に全く頭が上がらない人物であった。それでも賢王と呼ばれていたのは、母である王妃の支えがあったればこそなのだが。
「仕方がない、今日は特別。でも細かい事を気にしていたら強い女にはなれない、それでは四角い聖地で最強は名乗れない」
「うん、ちょっと待とう。もしかしてケイトはこの子の名前を」
「あの鳴き声は良かった。私は強い可能性を感じた。
ケビンが子供の頃に教えてくれた伝説の女戦士にあやかって、アジ「ケーナ、ケーナはどうかな? 奏でる者、縦笛って意味があるんだけど、この子もケイトの美しい声が大好きみたいだし、いずれこの子の縦笛の演奏でケイトの歌が聞けたら最高だと思わない? ケビンのケの字とケイトのケの字、それにケーナのケの字で親子してお揃いだし!!」・・・ケビンとお揃い、親子三人とっても仲良し。
ケーナ、悪くない」
父親が何か必死に頑張ってくれたようだが、あの女性は私に何て名前を付けようとしたのか。知りたいような知りたくないような。
「変身、“歌姫モード”」
“ブワッ”
女性の周りから何かが弾けて消える。あれは闇属性の魔力、女性は自身を闇属性の魔力で覆っていたというのか。
“ファサッ”
キラキラと輝く美しい金色の髪、二重の大きな瞳に艶めいた唇。
「フフフ、どうしたのかしら、ケーナ? そんなにキョトンとした顔をしちゃって。お母さんがあまりに変わっちゃったからびっくりしちゃったのかな?
でもケーナはお腹の中でいつもお母さんのお話を聞いていてくれたのね、ありがとう。お母さんもあなたに会えて嬉しいわ、だからお母さんからケーナにお歌を贈らせてもらうわね?」
美しい声の女性は、私が求めてやまなかった好きなお母さんは、直ぐ傍にいてくれた。
私はお父さんの腕の中で声を上げ、必死にお母さんを求めるのだった。
「まぁ、本当に甘えん坊さんね。じゃあ聞いていてね?
“失われた王国よ 民は嘆き
光は沈み 闇が訪れた
沈黙は彼方に 王は去り 民は失われ
月は昇り 星は輝き 日は再び訪れる
魂を導くビッグクローは行く
飛べ 飛べ 漆黒の翼よ
グラスウルフの草原を抜け
我らの夢をのせて”」
遠い遠い、決して届かぬ前世の想い。
守れなかったもの、失ったもの、絶望し、世界を呪った。
我が国の民は無事に女神様の下に旅立つことが出来たのだろうか。あの苦しみと悲しみを捨て去り、新たな世界で、新たな人生を。
私は忘れない、私が愛した人々の事を、私が愛した祖国を。
「“いいんじゃないのか? 別に忘れても忘れなくても。ケーナの愛した人々も、ケーナの愛した祖国も。苦しみも、悲しみも、怒りも、憎悪ですら今のケーナを形作る思い出であり刻まれた記憶。仮にケーナが前世を忘れたり思い出せなくなったとしても、それらは全てケーナという人物を通して生き続けていく。
そしてここからマルセル村のケーナ・ワイルドウッドとしての人生が始まる。それは前世を捨てたのではなく、更に先に進んだというだけの事。
ようこそ、俺の娘ケーナ。お父さんは全力でケーナを守り抜くと誓おう”」
「あ~、ケビンだけズル~い。お母さんもケーナの事を守っちゃうんだから。お母さん、こう見えても凄いのよ?
ケーナもマルセル村の最強を目指してまずは首の輪コッコと「うん、それはケーナがもっと大きくなってからにしようね。まだ赤ん坊だからね? 無理はよくないと思うよ、うん」・・・過保護なお父さんですね~、よっぽどケーナが可愛くて仕方がないのかな?」
そう言いニコリと笑う優しくも美しいお母さん。・・・お母さんってなんか思ってたのと違う、私は一体どうなってしまうのだろうか。
私は腕の中で私を抱き上げてあやしているお父さんに視線を向けると、苦笑いを浮かべるお父さんに対し、“本当によろしくお願いします”と懇願するのだった。
本日一話目です。