さて、どうしよう。
あなた様からのご神託はあなた様と本部長様を召喚しろというもの。
でもな~、こんな所で天使召喚なんか行なったら大騒ぎになるのは目に見えてるしな~。
分娩室と化したホーンラビット伯爵家本邸の一室、生まれたばかりの赤ん坊であるケーナを抱き抱え授乳中のケイトと、その様子をホッとした顔で眺めるホーンラビット伯爵閣下をはじめとした皆様。
残月はいいとして他はな~。
「“あの、あなた様、召喚の目的ってケーナの確認ですよね? その後ヴィーゼの確認も行ったりします?”」
“そうね、どうせだしケーナちゃんの確認が終わり次第ヴィーゼ君の確認にも行くつもりだったけど、それがどうかしたの?”
うわ~、やっぱりそうなりますよね~。あまり天上界の者が地上をうろつくのも良くないですしね~。
でもな~、そうなると誰が見てるか分からないんだよな~。
異端審問官とか、ベイル伯爵家の密偵とか、バルーセン公爵家の密偵とか。
「“あぁ~、それなら少し待ってもらってもいいですかね、今ヴィーゼもこの場に連れて来ますんで、どうせならいっぺんに確認した方がいいでしょうし。
今のところマルセル村は平和そのものですから大丈夫ですんで”」
俺はあなた様にそう伝えると<召喚術>を切り、収納の腕輪から魔剣黒鴉を取り出すのでした。
「黒鴉、悪いんだけどちょっとこの場の監視を頼めるか? ケイトの抱えてる赤ん坊、ケーナって言うんだけど癇癪を起すと闇属性魔力を噴き出すみたいでさ、黒鴉に様子を見ててほしいんだよね。
ケーナが暴走したら闇属性魔力を吸い取ってくれるか?」
俺がそう声を掛けると、手に持つ黒鞘の直刀が淡い光を発し、二十センチほどの小刀に姿を変える。
「守り刀って奴? 黒鴉先生、流石です」
俺はケイトに声を掛け、ケーナを守るための守り刀と言って黒鴉を傍に置いておくように伝えると、直ぐに戻ると言ってから急ぎワイルドウッド男爵家屋敷へと向かうのでした。
――――――――――
何かお父さんが酷く慌てた様子で部屋を出ていく。出掛ける前にケイトお母さんに守り刀と言って黒い鞘の小刀を置いていった。
これは確か扶桑国で使われる刀と呼ばれる武器の一種だったはず、という事はここはエイジアン大陸の南東部のどこかなのか。
落ち着いて周囲に目を向ければ上等な内装の部屋の様子、お父さんはこの辺りの貴族か族長一族の者か。気になる事ではあるけれどその辺の事はいずれ分かるだろう。
「ケイトちゃん、無事な誕生おめでとう。ケイトちゃん似の可愛い赤ちゃんだね」
ケイトお母さんに声を掛けてきたのは壮年の男性。落ち着いた声音に優しげな表情、ケイトお母さんの親戚といったところか。
「はい、ありがとうございます、ホーンラビット伯爵閣下。父ザルバと義母カミラがお世話になっているとはいえ私まで御屋敷での出産を許可していただき感謝の念に堪えません。
父、義母、弟クロック共々今後ともよろしくお願いいたします」
「ハハハハ、何を言っているんだい、ケイトちゃんは義娘パトリシアと同じケビン君の奥さんじゃないか。であれば私にとっても娘同然、娘の出産お手伝いが出来るなんてこちらの方こそお礼を言わないといけないくらいだよ。
ザルバやカミラ、それにクロック君もいる、ケイトちゃんだっていつでも遊びに来てくれていいんだからね?」
そう言いニコリと微笑む男性。確かケイトお母さんはホーンラビット伯爵閣下と言っていたか、であればケビンお父さんは伯爵家に連なる家柄? “義娘のパトリシアと同じケビン君の奥さん”とケイトお母さんに話し掛けていたという事はケビンお父さんは複数の妻を娶っている貴族という事か。
平凡な田舎者のような顔をして、ケビンお父さんは多くの女性を侍らせているのか? もしケイトお母さんを泣かせるようなら私が・・・。
“ブワッ”
不意に溢れ出す濃厚な闇属性魔力、だがそれはホーンラビット伯爵が気が付く前に消えていく。
「おや? ケーナちゃんは御機嫌斜めなのかな?
フフフ、ケーナちゃんはまだ生まれたばかりですものね、色んな事を知ってゆっくり大きくなっていかないとね」
そう言いにこやかにケーナをあやすケイト。その様子に“ケビン君もついているようだし、これならケーナちゃんも大丈夫かな?”とホッと胸を撫で下ろすホーンラビット伯爵なのであった。
“カチャッ”
「おまたせ~、いや~、ホーンラビット伯爵閣下、突然抜け出して申し訳ない」
部屋の扉を開き入室して来た者、それは先程この場を出ていった父ケビンでした。わたしはケビンお父さんに目を向けると、無言の抗議を行います。ケイトお母さんを悲しませるようならその時は・・・。
「ん? どうしたケーナ、そんな浮気した父親を睨む様な目を向けて。えっと、もしかしてホーンラビット伯爵閣下からパトリシアとの事を聞いたとかか?
そんなケーナにご紹介いたしましょう、お父さんの奥さんたちです」
“ブォッ”
ケビンお父さんの言葉に呼応するように床に伸びる黒い影、するとその影から二人の女性が姿を現すのでした。
・・・えっ、ケビンお父さんって影魔法を使えるの? もしかして闇属性魔導士だったりするの?
「ん? お父さんの職業? <田舎者>だけど? 影魔法は覚えました、因みに魔法適性はありません」
そう言い胸を張るケビンお父さん、・・・よく分からないんだけど?
「まぁまぁ、お父さんの事はちょっと置いといて、紹介させていただきます。こちらの女性がパトリシア、抱っこしているのはケーナのお兄ちゃんになるアルバ君です。アルバ、この子がケーナ、君の妹になるからこれからよろしくね?」
「フフ、ケーナちゃん、はじめまして。ケビンの妻のパトリシアよ。あなたのお母さんの一人だと思って仲良くしてね。
この子はアルバ、あなたのお兄ちゃんになるの。兄妹仲良くしてね」
「エ~ナ、ア~ト」
私の方に手を向けてパタパタさせる子供、どうやらあの子が兄になるのだろう。貴族であれば複数の妻がいる事は当然、正妻が誰かという事で今後のケイトお母さんの立場が変わってくるのだが。
「あ~、ケーナ、何か小難しく考えてるみたいだけど、うちって雇われ男爵家だから、領地持ちじゃないから、お父さんの仕事はホーンラビット伯爵家騎士団所属騎士だから。
正妻云々とかいった問題はないからね? そんなに大した家柄じゃないから」
透かさず掛けられたケビンお父さんからの言葉。家の存続や家同士の関係性に関係なく妻が三人・・・ケビンお父さんって女誑し? でも顔が・・・、まさか闇属性魔法で洗脳を!?
「違うから~~~!! お父さん、洗脳なんかしてないから~~~~!! ケイト、そこで“実はね”とか言わない!!
パトリシアも“確かにあれは洗脳と言ってもいいかも”って、俺が一体何をしたし!!」
何か叫び声をあげるケビンお父さん、凄く怪しい。
「もういいです、次に行きます。こちらはアナスタシア、それと次男のヴィーゼ君です。ヴィーゼ君はケーナみたいに前世の記憶はないから。
産まれたのも一月くらい早いってだけだから、ケーナとあまり変わらないかな? 仲良くしてやってくれると嬉しいです」
「こんにちはケーナちゃん、この子はヴィーゼ、これからよろしくね」
そう言い私に腕に抱く赤子を見せる女性、地味だがとても幸せそうな表情、ケビンお父さんにお似合いといった感じだろう。
腕に抱かれた赤子もケビンお父さんによく似た顔の大きな耳をした・・・エルフ耳?
「おっ、そこに気が付きましたか。確かにヴィーゼはエルフの血を引いています。アナスタシア、自己呪いを解いてくれるか?」
ケビンお父さんの言葉にコクリと頷くアナスタシアと呼ばれた女性。
“ブワッ”
女性の身体から弾けるように消える闇属性魔力、そして現れる正体。銀色の長い髪に美しい面立ち、優しげな瞳が私に微笑みかける。
「ケーナ、あなたのお母さんの一人、アナスタシアです。私は見ての通りエルフ、エルフの姿では人族の街で暮らすのは難しい。
普段は先程の姿をしているわ、この姿はワイルドウッド男爵家の屋敷でたまになるくらいかしら。
どちらも私だからそう思っておいて欲しいわ」
そう言いニコリと微笑む女性。
ケビンお父さん、やっぱり・・・。
「あっ、うん、もういいです。さっき二人にも言った通り、ケーナはアルバと一緒で前世の記憶を色濃く残しています。
色々と普通の子供とは違う悩みが出てくるとは思うけど、俺たちの子である事には変わりないから。よろしくお願いします。
特にアルバはよく相談に乗ってやってくれ、転生者にしか分からない悩みや苦しみなんかがあるかも知れないし、身近に分かり合える相手がいる事は凄く心強いことだろうからな」
そう言い全員に私の事を紹介するケビンお父さん。・・・アルバと一緒で前世の記憶を色濃く残している? 転生者にしか分からない悩みや苦しみ? ・・・えっと、アルバお兄ちゃんってもしかして?
「あぁ、今言った通りだぞ。アルバも前世の記憶持ちだな。まぁ結構大変だったみたいだぞ、大変さの方向性が真逆みたいなところはあるけどな」
ケビンお父さんはそう言うと、私とケイトお母さんがいるベッドにやって来て、ベッド脇に置かれた守り刀を手に取るのでした。
――――――――
さて、これで全員の顔合わせ終了。アルバはケーナが自分と同じ転生者だと知ってえらく驚いている様子、ヴィーゼは・・・ボーっとしてますね。
でもこの子も凄いよな~、いくら母親であるアナスタシアに抱っこされてるとはいえ、行き成り影空間に入ったって言うのに泣くどころかまったく動じなかったもんな。
“・・・夜?”って、凄いぞヴィーゼ。アルバお兄ちゃんなんか動揺しまくりだったんだからな?
これで役者はそろいました、俺はケイトたちがいるベッド脇に置かれた守り刀モードの黒鴉を手に取り胸に当てます。
「黒鴉、合体」
するとスッと胸元に吸い込まれるように姿を消す守り刀。ケーナが驚くような顔をしていますが驚くのはまだこれからです。
「<精霊化>、シルフィー、神力開放、<天想顕現>」
“ブワッ”
世界が止まる、人が、物が、その全てが動きを止める。そんな時空の狭間で、俺は次のスキルを発動する。
「<召喚術:あなた様:本部長様>」
“ブワァーーーー”
分娩室の床に広がる魔法陣、その中心から二本の光柱が天に伸び、魔法陣から二柱の高位存在が顕現する。
「お待たせしました、あなた様、本部長様。何か天上界で騒ぎがあったとか、幸いこちらでは大した問題は起きていないのですが、我が子ケーナの事が気に掛かるとの事でしたのでお呼び出しさせていただきました」
そう言い地上に姿を見せられた高位存在に対し深々と礼をする。
「そうですね、見た感じ特に問題らしき問題は起きていないように感じられます。って言う訳ないでしょうが!! ケビン、あなた大量の濃厚な闇属性魔力を処理場に送ったでしょう、調べはついてるんですからね!!
それで何もなかったはないでしょうが、確り大問題が起きてたんじゃない!!」
「え~、そんな事を言われてもですね、ケーナってば生まれたての赤ん坊じゃないですか、癇癪を起こすのは普通だし、なんか前世の影響で闇属性魔力特化みたいだし?
魔力制御が甘いのは赤ん坊だから? もう少し大きくなれば問題なくなるとは思うんですけどね」
俺の言葉にこめかみを揉みながら「そうじゃないだろう~、どう考えてもその時点で大問題だろうが~」と呻くあなた様。
お~、あなた様がちゃんと音声会話をして下さる、これはありがたい。高位存在の念話って、頭がキンキンしてくらくらするんですよね~。あの出力過多をどうにかしていただきたい。
「だからよ。ケビンがいつもぶつくさ文句を言うから、天上界でも音声会話をするようにって**#@様から申し付かってるのよ。この半年でだいぶ慣れたから平気だけど、最初の頃は違和感が凄かったわよ。
ってかケビン、あなたなに神聖魔法を普通に使っちゃってるのよ、ごく普通に時間遅延空間を作らないでくれる? 天界人としてのアイデンティティーに関わるから」
何故か俺の顔を見ながら大きなため息を吐くあなた様。いや、だってこの場にそのまま天使であるお二人を召喚する訳にはいかないし、誤魔化すにしてもね~。
そんな時に便利なのが神聖魔法、何度も経験しているからやり方はバッチリ学習済み。神力も人の身じゃ扱えなくとも精霊化すればごらんのとおり、神力の供給源はシルフィーでございます。
で、神力を使って<天想顕現>を行えばバッチリ神聖魔法の時間遅延空間が再現できるって訳でございます、ドヤ!!
「だから口で話せ、口で~~!! どうせ考え読んでるんでしょ? じゃないから、私が譲歩して音声会話してるのにあなたがしゃべらなかったら、私が独り言をぶつくさ話す危ない人みたいじゃないの!!」
・・・あなた様、お疲れ?
何かテンション高めなあなた様の様子に、連勤徹夜明けでハイになっているサラリーマンの姿が重なり、光属性魔力マシマシマシウォーター(甘太郎の甘木汁産ジャイアントフォレストビー蜂蜜割り)をそっと差し出す俺なのでした。
本日一話目です。