「「「「「かんぱ~い」」」」」
“““““ゴクゴクゴクゴクゴク、プハ~~~”””””
辺境の片田舎にある村で一軒の食堂、そこは村人や村に訪れた者にとっての憩いの場であり、夕方を過ぎる時間ともなればいつの間にやら人が集まり席を囲んでエールを酌み交わす。
だがそこは狭い村、飛び交う会話は日々のたわいもない内容に終始するも、酒があり酌み交わす相手がいる、それだけで人は安らぎと喜びを感じることが出来るものなのだろう。
「あれ、ツッキーがいないけどどうしたんだ? またクルーガルの爺さんに無茶言われて奔走してるのか?」
「あ~、確かこないだは緑の鱗を剝がしてこいだったっけ? あまりに頑丈だから鱗を手に取ってよく見分したいとかなんとか、言ってることが無茶苦茶だよな~、あんな化け物からどうやって鱗を取って来いって言うんだよ。でも結局あれってどうなったんだ? クルーガルの爺さん、その後うるさく言ってなかったみたいだけど」
「あぁ、あれ? なんでも助役のボイルさんに頼み込んでホーンラビット干し肉を五体分と癒し草十束を譲ってもらい、緑にお願いしに行ったって言ってたぞ。なんかめっちゃ同情して一枚くれたんだと、凄いホッとした顔で話してくれたよ」
「ツッキーって本当に苦労してるよな、何でクルーガルの爺さんの付き人なんかしてるんだか」
「「「「本当にそれな」」」」
酒の話題は尽きない、何気ない日常、何気ない一時、その全てが驚愕に満ちた辺境マルセル村において、その実態を調査すべく集まってきた者にとって己の苦しみを分かち合える者たちとの交流の場は、なに者にも代えがたい貴重なものなのだから。
「そういえば話は変わるけど、ミレーヌは村の魔物の鑑定はしたのか? あと例の男爵の鑑定、確かそれが主な目的だったんじゃないのか?」
「・・・まだ、ちょっと」
バルーセン公爵家の御者から掛けられた声に力なく言葉を返す異端審問官のシスターミレーヌ、そんな彼女の様子に“これは何かがあったな”と視線を集めるその場の者たち。
「あぁ~、うん、あまりミレーヌを責めないでやってくれ。こいつも頑張ってはいるんだ、頑張ってはいるんだが、この村の連中は刺激が強過ぎてな。鑑定するたびに頭を抱えるような鑑定結果がな」
ミレーヌを庇うかのように言葉を向けるのは、同じ異端審問官であるシラベル。彼もまたミレーヌから村の者たちの鑑定結果を聞かされ頭を抱えた者の一人であった。
「そういえば前にガーネットさんが言ってたんだけど、王都諜報組織“影”からも年に一度鑑定士が来て村の中をざっと鑑定していくんだと。その時の鑑定士が大概途中で寝込むらしい、それで暫く使い物にならなくなるって話だ。
最初この話を聞いた時は呪いか何かかと思ってたんだけどな、要するに俺たちと同じ、常識を破壊されたことが原因らしい」
「「あ~、それ凄いよく分かるわ~」」
声を揃える異端審問官二人に一体どんな鑑定結果だったんだとツッコミを入れたくなるその場の者たち。
「それでさ、言える範囲でいいんだけど、何かびっくりするような鑑定結果ってあったか? 職務上無理なら言わなくてもいいが」
この場に集まった者たちは互いに別組織に属する者たちである。それぞれが組織の影として情報収集を行っている者たち、職務上漏らす訳にはいかない情報だらけの世界に生きる者であり、相手の立場もよく理解している者たちであった。
「あぁ、うん、そうね。ボビー師匠の奥さん、シルビアさんっているじゃない? あと娘さんのイザベルさん」
「あの姉妹にしか見えない母娘だろう? よく知ってるぞ、二人して賢者なんだろう? 普段は村の子供たちに魔法の手ほどきをしてるとかで、今は移住してきた家の子供たちを預かって教えてるとか。
剣術指南役が“剣鬼ボビー”、魔法の手ほどきが二人の賢者、凄い贅沢だよな。こんな環境、高位貴族の令嬢令息でも中々得られないんじゃないのか?」
「そうね、無理だと思うわよ。だってシルビアさん、伝説の大賢者シルビア・マリーゴールド様本人なんですもの」
「「「・・・はぁ!?」」」
異端審問官シスターミレーヌの言葉に口を開けたままポカンとする三人
、だがそんな三人を尻目にシスターミレーヌの言葉は続く。
「名前:シルビア・マリーゴールド、享年:八十七歳、種族:英霊、職業:無し。
最初享年って見た時には一体何の事かと思ったわよ、それに種族:英霊って。しかも私が鑑定を掛けたことを察知して声掛けてくるし、恐怖以外の何物でもなかったわよ。
相手は死霊、何をされるかと身構えてれば「別に聞かれれば普通に教えるわよ? 私が既に死んでることは村中で知ってる事だし」とか言って来るし。何で死霊がそんなに冷静かつ理性的なのよ、意味が分からないわよ。
聞けば死後大森林中層部の秘密の花園と呼ばれる結界領域に囚われてたとかで、天に召すことが出来なかったんだとか。
「ちゃんとお墓もあって弔われていたんだけど、魔力濃度が濃い環境の結界内にいたせいかターンアンデッドを掛けても女神様の下に旅立てなかったのよね」って気軽に言われても、私にどうしろっていうのよ!!」
異端審問官は教会に所属し女神様に仕える者、形はどうであれこの世を彷徨う憐れな魂があれば導かねばならない使命がある。
「ミレーヌの話を聞いてな、試しに俺とミレーヌでターンアンデッドを掛けさせてもらったんだがな、全く効かなかったんだよ。
因みにイザベルさんも英霊だったよ、何でも三百年前の魔法の勇者様について旅をした仲間で収納魔法の使い手だったらしい。
でもイザベルなんて名前勇者物語じゃ聞いた事もないだろう? 詳しく話を聞けば魔王討伐の前に勇者の提案で呪いの森の暗黒魔導師討伐に向かってそこで暗黒魔導士に肉体ごと取り込まれてしまったらしい。
それでずっと暗黒魔導士の一部だったものが五年前にワイルドウッド男爵に解放されて今に至るんだそうだ。
リンダさん、エールのお代わりを全員分頼む!!」
ジョッキにわずかに残ったエールを飲み干した司祭シラベルは、話疲れたかのように再びエールを注文する。
「・・・それって魔法の勇者が呪いの森の暗黒魔導師討伐に失敗してたって事だよな? 勇者物語には荷物持ちの犠牲はあったが無事に討伐に成功したって事になってなかったか? でも五年前に解放されたって事はそれまでずっと囚われたままだったって事だろう?」
「おそらくな。まぁ今更俺が声高に叫ぶ事でもないんだが、よくある歴史の闇、失われた真実って奴なんだろうな」
「お待たせしました」
“コトッ、コトッ、コトッ、コトッ、コトッ”
テーブルに運ばれる木製ジョッキ、なみなみと注がれたマルセル村産のエールが琥珀色に輝く。席の者たちは各自ジョッキを手に取り、思い思いに口にする。
“ゴク、ゴク、ゴク、プハ~~”
「やっぱり旨いな、このエール。マルコさん渾身の作って言ってたか、マルセル村の住民は本当に優秀だよな」
「そうだな、ビッグワーム干し肉にホーンラビット干し肉、旨い野菜に旨いエール、真冬だってのに食べ物は潤沢、こんな村他にはないもんな」
「「「「「ハハハハハハ」」」」」
テーブル席に響く乾いた笑い、エールを運んできたリンダは、“彼らがマルセル村に慣れるにはもう少し時間が掛かるかしら”と小さくため息を吐きながら、次の料理を運ぶため厨房へと戻っていくのだった。
―――――――――――――
辺境の冬の夜は早く、そして長い。
食堂に集まり騒いでいた者たちも、それぞれの家に戻り夢の世界へと向かっていく。
そんな人々が寝静まった静かな時間帯。
‟ガチャッ、キ~~~~~~、コツンッ、コツンッ、コツンッ”
開かれた扉、床を叩く靴音が、部屋の中に響き渡る。
天井の明り取りの窓から差し込む月光、映し出された人影はシスター服を纏った女性のもの。
“スーーーーッ”
女性は部屋の奥、女神様像の前で膝をつくと頭を垂れ静かに祈りを捧げる。
「“大いなる神よ、天使の御業を以って我に伝えよ、我が名はシスターミレーヌ、女神様の信徒にして器なり”」
それは祈りの儀式、女神様の慈悲に縋り、天使の御業を自らの身体に施す奇跡の魔法。
沈黙は続く、閉じられた瞳が開かれ、顔を上げた女性がゆっくりと立ち上がる。
「司祭シラベルはいますか?」
「ハッ、異端審問官司祭シラベル、ここに控えております」
開かれた扉の先、片膝を突き深く礼をする男性が女性の言葉に応える。
「シラベル、調査の進み具合はどうなっていますか? 問題のケビン・ワイルドウッド男爵とは接触が取れたのですか?」
「ハッ、現在マルセル村の住民および従魔の調査を続けているところであります。ただ事前情報にありました通り、マルセル村では数多くの従魔が村の一員として生活しており、調査は難航している状態であります。
全ての調査を終えるのはいましばらく時間が必要となります」
男性、司祭シラベルの言葉に訝しみの表情を浮かべる女性。
「シラベルにしては珍しいですね、いつもでしたら素早く正確に情報を調べ上げ、その地域の者と繋がりを作っているでしょうに。
やはりその村には何か問題があったという事でしょうか?」
「ハッ、問題があったのかと聞かれますと問題しかなかったといいますか、申し上げにくいご報告が幾つかございますがよろしいでしょうか?」
何かもったいぶった司祭シラベルの言い回しに、余計に表情を歪める女性。
「まず一つ、我々異端審問官の正体が到着すぐ、ドレイク・ホーンラビット伯爵様の前で暴かれました。マルセル村には<鑑定>を行える村人がおり、直ぐに看破されてしまいました」
「!? それはどういう事でしょう、異端審問官の正装は特殊な魔方陣及び魔法陣が施されており、<鑑定>スキルを掛けられた際一般の教会関係者としてのステータスが表示されるはず。これは<詳細人物鑑定>でも変わらないはずです」
それは驚き、ボルグ教国の誇る秘匿技術により隠蔽されているはずの異端審問官の正体が<鑑定>により暴かれる、この事実は異端審問官の組織そのものを揺るがしかねない大事。
「そうですね、ですが事実です。そして我々にとって最も重要な関心事である“北の大地、厄災の種誕生せり”のご神託の件についてですが・・・」
「!? 何か進展があったのですか? 厄災に繋がる手がかりが!!」
声を上げる女性に対し司祭シラベルはやや困った表情を浮かべ言葉を返す。
「一体どの事を以って“厄災の種”としているのでしょうか? 正直対象が多過ぎてどれか一つを“厄災の種”とする事が難しいのですが・・・」
「・・・司祭シラベル、一体何を言っているのですか? その地で厄災と思しき現象が同時多発的に発生しているとでもいうのでしょうか?」
部屋の中に響く女性の声、その声音には疑問と困惑の色が滲み出る。
「そうですね、軽い所から言えばフェンリルの群れがいます。確認出来た個体数は十二体、ケビン・ワイルドウッド男爵の話によればフェンリル種は全部で十八体いるそうです。
他にはドラゴン種と思しき魔物が四体います。これは事前調査で確認されていた個体ですが、実際に目にした感想を述べさせていただければ、一体でもいれば王都壊滅くらいは軽く行うことが出来るでしょう。
最悪なのは報告にもあった姿を変えるスライムです、あれは駄目ですね。国単位ですら問題なく滅ぼすだけの力があるかと。
オーランド王国の今代の勇者や大剣聖クルーガル・ウォーレンが片手間に吹き飛ばされていましたから。
他にはそうですね、神聖なる高位存在である神聖樹様とその眷属でもある精霊女王様、精霊王女様、最上級精霊様方がおられました。
神聖樹様は聖域でもあるこのマルセル村の礼拝堂を管理されており、本日もご許可をいただいてお貸し願っているところであります」
「・・・・・・」
目の前の者は一体何を言っているのか? 女性は優秀な異端審問官である司祭シラベルが潜入先である辺境の地で相手方に落ちてしまった可能性を考え眉間に皺を寄せる。
「そうですね、私の話が信じられないといったお顔をなさっておられますが、それは致し方のない事と承知しております。話している私自身、頭を抱えたい思いに囚われておりますので。
ですのでご紹介いたします、先ほどお話ししたこの礼拝堂を管理なさっておられる神聖樹である御神木様と私の事を見抜いたお茶農家のグランドさんです」
司祭シラベルの言葉に扉から礼拝堂に入ってきた二人の人物、一人は淡い蜂蜜色のローブを纏い、神聖な気配を纏った偉丈夫。もう一人は凛とした面立ちの歳若の青年。
「ふむ、これは面白い。我のように分身体を遠隔で操るのとも違う、魂を同調させ意識を共有した状態であるのか。
制約としては教会施設のような場所が必要、移動範囲も限られるといったところか」
「うわ、スゲー、本当に大聖女だよ。<状態:大聖女イブリーナ・ボルグ共振憑依中>ってこれって憑依なのかよ、レイスや死霊と一緒じゃん。
流石ボルグ教国の教会組織、闇が深い」
姿を現した者たちに驚愕の顔を浮かべる女性、そんな女性にそれぞれの感想を向ける御神木様とグランド。
「<神聖樹>御神木様、<勇者>グランド、一体このマルセル村で何が起きているというのです」
厄災と祝福、脅威と希望、相反する者たちが共存する混沌の地。
女性は、大聖女イブリーナ・ボルグは、自身の思いでは計り知れない辺境の地の現実に、唯々打ちのめされるのでした。
本日一話目です。