“コトッ”
音が消えたかのように静まり返った礼拝堂、天窓から差し込む月明かりが部屋の中を幻想的に照らし出す。
丸テーブルにグラスを置いた何者かは、席を立つと、ゆっくりと語り始める。
“コツンッ、コツンッ、コツンッ”
「ボルグ教国には二人の大聖女あり。一人は長く教会に仕え、天上世界より認められし者。女神様より謁見を許され、直接天上界に招かれお言葉を賜りし者。
天上界より認められ大聖女となる者は稀である。何年も大聖女が現れない事など当然であり、教会の聖女たちは皆大聖女を目指し、身を清め日々の御務めに励んでいるとか。
ただボルグ教国の聖女たちは皆信心に厚く、比較的大聖女に選ばれ易いと言われているよね。
いま一人は代々受け継がれし大聖女、その者たちは皆イブリーナ・ボルグの名を引き継ぎ教会内部の政務や外交を担当し、各国の催し物などにも顔を出すのだとか。
ボルグ教国の人々は二人の聖女を称して“選ばれし大聖女”、“受け継がれし大聖女”と呼んでいるとか」
その者は口元の開いた仮面をつけ、黒いコートのローブを被り、ゆっくりと礼拝堂の中央に移動して来ました。
「僕はね、ずっと疑問に思っていたことがあったんだよ。ボルグ教国の大聖女は何故<神眼>のスキルを持っているのかって事なんだけどね。
スキルとは魂の形、人それぞれの向き不向きや在り様により発現したりしなかったり。それこそ神のみぞ知るもの、それがスキル。
でもある程度傾向というものはあってね、騎士の子は剣士系のスキルに目覚めやすく、魔法使いの子は魔法適性に目覚め易いといった感じかな?
世の中には職業スキルというものがある。授けの儀により得た職業によって授けられるスキル、<鍛冶師>や<調薬師>の<品質鑑定>や<テイマー>の<テイム>なんかがそれにあたるかな?
でも職業は残念ながら授けの儀で授かった職業からの変更という事が出来ない、“選ばれし大聖女”とは称号としての大聖女であり職業ではない。
だから必ずしも大聖女がスキル<神眼>を持っている訳ではない、スキルというものの在り方からするとこうなることが正しいんだよ。
では現実はどうか、“ボルグ教国の大聖女様は<神眼>というスキルをお持ちでこの世の全てを見通すことが出来る”、これは広く人々に言われている言葉であり、多くの国々がボルグ教国を敬う事の一助となっている事実。
正確には大聖女イブリーナ・ボルグ様の御力なんだけどね」
月明かりの下、仰々しく両手を広げるナニカ。
「・・・あなたは一体何者なのですか」
「ん? 僕? さっき名乗ったでしょう? “鑑賞者”って呼ばれているって。詳しい事が知りたいんだったら調べてみたら? 大聖女イブリーナ・ボルグの力である<神眼>のスキルで」
額から流れ落ちる汗、これまで感じたことのない程の動揺に鼓動が早くなるのを感じる。この者は一体・・・。
「そこに居て、そこに居ない者。<鑑定>は、目の前にいる人物や物に対して行う事は出来ても、遠く離れた場所から思い浮かべる事で行う事など出来ない。実際に現場に行き対象を見定める、そうした意味で<共振憑依>は物凄い技術っていえるよね。
でも分からない。それが幻影魔法によるものであればそう鑑定されるし、レイスや死霊の類であっても<神眼>からは逃れる事は出来ない。
じゃあ目の前のこいつは何なんだ!? そういったところかな?
まぁあまり深く考えても仕方がないと思うよ? 分からないモノは分からない、人間割り切りって大事だと思うな~。その点異端審問官たちは優秀だよね~、今も大混乱の思考を落ち着けて少しでも情報を集めようと目と耳に意識を集中している。
頑張っているのはいつだって現場の人間ってね。
まぁ話を戻すけど、僕はずっと不思議だったんだよ、何でボルグ教国の大聖女が<神眼>のスキルを持っているのかって事がね。
ちょっと来てくれる?」
目の前のナニカが先ほど自身がいた暗がりに向かい声を掛けます。するとそこから一人の人物が姿を現しました。月明かりに煌めく長い髪、純白のローブに身を包んだその者からは、神聖な気配が溢れ・・・。
「久しいですね、大聖女イブリーナ・ボルグ様。私の知っているあなたは第七十一代イブリーナ・ボルグと名乗っていましたが。
私の死後、娘はどうしていましたか? あの子が幸せに過ごすことが出来たのかが唯一の気掛かりだったのですよ」
そう言いニコリと微笑む女性、それは・・・。
「お母様、いえ、“放浪の大聖女”」
私の漏らした言葉に悲しい顔をするお母様。
「そうですか、あなたはあの子を。第七十二代イブリーナ・ボルグはあの子になってしまったのですね」
「えぇ、私は七十一代目の私に見込まれて・・・」
「では第七十三代イブリーナ・ボルグにお聞きします。第七十二代イブリーナ・ボルグは穏やかな最期を迎えることが出来ましたか?」
「はい、先代様はとても穏やかに。ただあなた様にしてしまった事だけは生涯悔いていらっしゃいましたが」
口を突く言葉、それは私の中に眠る歴代のイブリーナボルグの記憶。
「“放浪の大聖女”、貴方が何故ここに。あなたは確かに五百年前のあの日、人生の幕を閉じたはず。まさかあなたも私のように」
私からの問い掛けに、首を大きく横に振り応える“放浪の大聖女”。
「私は記憶、“放浪の大聖女”の肉体に残った残渣。“放浪の大聖女”は確かに五百年前のあの時女神様の下に向かった。残された肉体は埋葬され朽ち果てる、その筈であった。
大聖女イブリーナは“呪い人形”というものを知っていますか? 亡くなった者の亡骸に呪術を施し生前の力を引き出すという呪法です。
その力は生前の半分ほどのものになってしまいますが、大聖女と呼ばれたほどの者の“呪い人形”であれば十分役に立つ。“放浪の大聖女”の墓は暴かれ亡骸は呪術により“呪い人形”へとなった。
私が今のようになったのは様々な偶然が重なったうえでの奇跡、それはあなたの中で眠る歴代のイブリーナ・ボルグの在り様に似ているのかもしれません」
思いもよらぬ邂逅、このような場所でこのような再会を果たすとは。
「本当に人間って面白いよね。繋ぐ思い、繰り返される魂の譲渡、君は一体どれ程の思いを抱えているんだい、初代イブリーナ・ボルグ」
「・・・・・」
「そうか、君は既に引き継がれる器、スキルと記憶を運ぶ箱舟になってしまったんだね。でもね、君の言葉を聞きたいって人達がいるんだ。
<魂魄蘇生・小乗の祈り>」
“ブワ~~~~~ッ”
ナニカから溢れる温かな光、これまで感じたことのない安らぎが、これはまるで幼き日の母との思い出。辛く苦しい思い、その全てを女神様に対する信仰で乗り越えてきた。私は、私は・・・。
「やぁ、はじめましてかな? 大聖女イブリーナ・ボルグ」
「そうですね、こうして外に出るのはどれくらいぶりか。私を呼び起こしたのはあなたですね、超常の者よ」
私はイブリーナ・ボルグ、嘗て大聖女と呼ばれた者。
「これまで大変でしたね、このような役割を与えられてしまって。それに本来であれば君が悠久の時を渡り歩くだけだったんじゃないの? おそらくだけどその方がずっと簡単だし効率的だったと思うんだけど」
本当にこの超常は、何処までも私の事を理解しているのですね。
「そうですね、私に与えられた役割からすればその方が楽であったのやもしれません。ですがそれは次の役割を与えられた器の人生を私が奪ってしまう事になる、私はどうしてもその事を受け入れることが出来なかった。
であれば私はただの器になればいい、得られた役割は次の世代に<神眼>を引き継がせる事、それさえ確かに行えるのならば私が私である必要はない。
私の試みは成功した、二代目イブリーナ・ボルグは<神眼>のスキルを引き継ぎながらも、器となった者の魂の在り様を失う事はなかった。
誤算といえば、代を重ねるごとに魂に記憶が蓄積されてしまった事でしょうか。彼女達はそれぞれの存在としてイブリーナ・ボルグの中に生き続けている、先程も表に出てきてしまったように八十三人のイブリーナ・ボルグが今代のイブリーナ・ボルグの中に存在しているのです」
歴代のイブリーナ・ボルグには大きな負担を掛けてしまいました。お役目とは言え、自身の中に違う者の存在を感じ続ける、それがどれ程彼女達を苦しめて来た事か。
“ブワーーーーーン”
礼拝堂に明りが広がる、天に向かい伸びる六本の光柱、床に描かれた魔法陣が眩い輝きを放つ。
「色々話を聞かせてくれてありがとう。そんな君にお知らせ、天上の方々が直接君の話を聞きたいんだって。だから悪いんだけど君を上に送ることにするね。
きっとびっくりすると思うから楽しみにしといてね、それじゃ良い旅を」
超常の者の言葉の意味は直ぐに分かった。身体を包み込む光、これはいつか女神様の下へと招かれた時のもの。
“シュワ~~~~~”
眩い光が私を包み込む、私は、私は・・・。
「こんにちは、大聖女イブリーナ・ボルグ」
掛けられた声、それは魂に安らぎを与えるような温かな声音。
「・・・あなたは、“放浪の大聖女”。でもここは」
「フフフ、驚いている様ですね。先程まで私の肉体と会話をしていたのですから、仕方がないとは思いますが」
“バサッ”
広げられた美しい翼、感じる神聖な気配、この御方は・・・。
「私の名は??%&、ここ天上界で下級天使をしている者です。上級天使である**#@様があなたの話を聞きたいと仰られています。
イブリーナ・ボルグ、永き時を世の安寧の為尽くしてきてくれた事、天上の者の一人として感謝を。そしてあなたにこのような役目を押し付けてしまった事、その事に今まで気付いてあげれなかった事に謝罪を。
人であった頃の私はあなたと多くのかかわりを持ちました。立場の違う反目する大聖女として、共に時を過ごした母娘として。
時間はたっぷりあります、後で多くの事を語り合いましょう。
ではこちらへ」
柔らかな光に満ちた純白の空間、私は再びこの場に訪れた。私は与えられた役割を全うできたのだろうか。
今はただこの心優しき天使に従い前に進もう、それが私の行うべき事なのだから。
私は光の中に消えていく天使の翼に導かれながら、全てが終わった事を悟るのでした。
――――――――――――
礼拝堂が眩い光に包まれる、だがそれはとてもやさしく温かな光。
その光が徐々に収まり、光の中心にいた女性が不意に膝から崩れ。
「おっと危ない、石畳の床は固いからね~、頭でも打ったら大変大変」
黒衣のナニカは倒れ込みそうになった女性シスターミレーヌをいつの間にか受け止めると、そっと床に横にする。
「えっと、確かシラベル司祭様だったかな? こちらのシスターミレーヌと同じ異端審問官の」
掛けられた声にビクリと身を震わせるシラベル司祭、それは驚きであり恐怖、目の前のナニカは自身では計り知る事の出来ない超常、そのような存在から名前を呼ばれる事は恐怖以外の何物でもない。
「この子、シスターミレーヌさん、どうも魔力の使い過ぎみたいなんだよね。枯渇まではいかないんだけど、<共振憑依>の儀式は器になる依り代にもかなりの負担を掛けるものみたいだね。
僕はちょっと王都の今代のイブリーナ・ボルグがどうなってるのかが気になるから失礼するけど、後をよろしくね。
これ、魔力回復用のポーション。ここに置いていくから好きに使って、それじゃ、バイバイ」
そう言葉を掛け姿を消すナニカ。それは目の前にいたはずなのに急にどこにいるのかが分からなくなるような不思議な感覚。
「ふむ、何とも興味深い催しだったな。シラベル司祭、いつまでも跪いていないでシスターミレーヌを介抱してあげたらどうだ? 魔力回復用のポーションも提供して貰ったのだろう?」
御神木様より掛けられた声、その言葉にまるで金縛りが解けたかのように動き出すシラベル司祭。
辺境の村の奇跡の夜はこうして幕を閉じたのであった。
同じ頃、王都の大聖堂では一つの騒ぎが起こっていた。
「どうしたというのだ、突然大聖女様がお倒れになったぞ!?」
「分からん、このような事、今までなかった事だ」
「息はしている、今のところ命に別状はないと思うが、<アナライズ>の診断では身体の衰弱が起きているとの診断が出ている」
「駄目だ、<ハイヒール>を掛け続けているが状態が回復する気配が見られない、一体どうなっているんだ」
深夜の大聖堂での騒動、それはボルグ教国よりオーランド王国を訪問していた大聖女の一行が女神様像に向かい深い祈りを捧げている時に起きたもの。
行なわれていたものはボルグ教国の秘事であり、この場はオーランド王国の教会関係者の一切を締め出し、貸し切り状態であった。
だがそのような儀式の中で起きた予期せぬ事態に、ボルグ教国の教会関係者は混乱の極みにあった。
“コツンッ、コツンッ、コツンッ、コツンッ”
その靴の音は、広い大聖堂に響き渡る。
「う~ん、ちょっと人が邪魔かな? <精霊化>、シルフィー、神力開放、<天想顕現>」
時が止まる、正確には酷く緩慢でまるで止まっているかのように錯覚する超常世界。
“コツンッ、コツンッ、コツンッ、コツンッ”
「さて、先ずはご挨拶からかな?」
大勢の人々に囲まれる第八十四代イブリーナ・ボルグ、それらの人々を掻き分けるよう傍に寄ったナニカは、イブリーナの額にそっと手を添えるのだった。
――――――――――
そこは広い空間、真っ白で何もないその場所をイブリーナは知っていた。それは自身の中の魂の領域、八十四代イブリーナ・ボルグとして歴代のイブリーナ・ボルグを抱え続ける場所。
「やぁ、大聖女イブリーナ・ボルグ、さっきぶり」
その声は不意に後ろから掛けられたもの、ここは自分たちイブリーナ・ボルグしかいないはずの場所、そんな場所でなぜ・・・。
「ん? もしかしなくても状況が分からない感じ? そうだよね~、今まで一緒だった者たちが急にいなくなったらそれは驚くよね~」
言われた言葉に周囲を見回せば、この場にいるはずの八十三人のイブリーナ・ボルグの姿が・・・。
「彼女たちは逝ったよ、初代イブリーナ・ボルグの魂という箱舟と共にね。君は今、突然魂の半分を削られたような状態に陥って意識不明って感じかな。
まぁいくら頼まれていたからとはいえこんな事になったのは僕の責任でもあるしね、だからちょっと手助けにね。
君は最後のイブリーナ・ボルグとなった訳だけど、元の名は覚えているのかな?」
「・・・フリージア」
不意に漏れた呟き、自身でもなぜ答えてしまったのかが分からない。
「そう、素敵な名前だね。イブリーナ・ボルグ・フリージア、今後の君の人生がより良いものになることを、この世界に生きる者の一人として祈っているよ。
それじゃあね、バイバイ」
その言葉を最後に姿を消す超常なる者。
「おぉ、イブリーナ様が目を覚まされたぞ。イブリーナ様、お身体の容態はいかがでしょうか?」
ゆっくりと覚める意識、掛けられた声に自身が床に寝かされていたという事が分かる。
「ここは王都大聖堂、では先ほどの出来事は・・・」
言い掛けた言葉が止まる、それは自身の手に握られた何か固いものに気が付いたから。それはポーション瓶、そして瓶の中に残されたわずかな液体、これは。
「エリクサー・・・」
私はその空のポーション瓶をグッと握り締めると、遥か遠く北の大地に思いを向けるのでした。
本日一話目です。