オーランド王国の王都バルセン、その中心ともいえる建造物オーランド王国王城。
城内の来賓用広間では、この度オーランド王国を訪れていたボルグ教国の使者第八十四代イブリーナ・ボルグが、帰国を前にし最後の会談を行っていた。
同席する者はオーランド王国国王ゾルバ・グラン・オーランド、宰相ヘルザー・ハンセン、オーランド王国教会教皇ベルトナ・オーランド、他少数の腹心のみ。
それはこの会談がただの帰国の挨拶などではなく国を揺るがしかねない大事に対する報告会を兼ねていることを物語っていた。
「この度は我々ボルグ教国教会使節団を温かく迎え入れてくださり誠にありがとうございました。王都の皆様方も我々教会関係者を心から歓迎してくださり、皆様方が女神さまの教えを胸に日々をお暮しになられていることが伝わってまいりました。
オーランド王国が今後とも女神さまの御威光の下益々の発展を遂げることを、心よりお祈り申し上げます」
そう挨拶を述べ深々と礼をする大聖女イブリーナ。
「なに、我々オーランド王国の者一同、女神さまのお言葉を伝えてくださる大聖女イブリーナ・ボルグ殿にそのように仰っていただけることは誠に光栄なこと。今後ともより一層の精進に努めてまいりましょう」
形式的ではあるものの心からの言葉を伝える国王ゾルバ、会談はこうして和やかな雰囲気の中執り行われたのであった。
「して、大聖女イブリーナ殿、此度の視察の目的は果たす事が出来ましたかな?」
その言葉は国王ゾルバから投げかけられたもの、その言葉に含まれる重要な意味をこの場に集う者たちは十分に承知していた。
「そうですね、ある意味分からなかったと申しましょうか、分からせられたと申しましょうか。
この度の訪問で、私はあるお方との出会いを果たしました。そのお方はゾルバ国王陛下もお会いになったことのあるお方、私は、大聖女イブリーナ・ボルグは、そのお方のお陰で大きな転換を迎えました。
このことが今後のボルグ教国とオーランド王国との関係にどう繋がっていくのかは分かりません。ですが少なくない影響を与えることは確実かと思われます。
そして懸案の事項につきましては、我々の想定を大きく超える状態であったと言いますか、なぜこのような状況でオーランド王国がこれほどの平和を保っているのかが理解できないと申しましょうか。
厄災と祝福、相反する極致が混在する特異点が存在する事を認識させられたと、ご報告申し上げておきましょう。正直に申し上げまして私もまだ理解できていないのです、あのお方は最後に「今後の君の人生がより良いものになることを、この世界に生きる者の一人として祈っている」とおっしゃってくださいましたが。
私に出来ることは知りえた情報をボルグ教国に持ち帰ることだけとなります、情けないこととは思いますが、私は自身が何の力も持たない只人であることを認識させられましたので」
そういいニコリとほほ笑む大聖女イブリーナ・ボルグ、だがその表情はどこか吹っ切れたような自然体の笑顔であり、それはこの場の者皆が息をのむほどの美しいものであった。
「大聖女イブリーナ殿、あの者に関してはあまり深く考えられないほうがよろしいかと。あの者はただ人の営みを見続けるが趣味の観賞者、気まぐれに手を貸してくれることのある趣味人。ただの自然現象と思っておいたほうが無難な者。
この国には触れてはいけない者、干渉してはいけない場所がある。このことはオーランド王国の決定事項であると御承知いただきたい。
我が国が現在も平和な状態であり続けられるのは、身の程を思い知ったからに他ならないのですから」
そういい乾いた笑いを浮かべる国王ゾルバ、大聖女イブリーナはその一言でなにかを察したのか、静かに笑みを浮かべるのであった。
ボルグ教国の教会使節団が王都国民の盛大な見送りを受け王都バルセンを去っていった後、王城の国王執務室には国王ゾルバ、宰相ヘルザー、教皇ベルトナがテーブルを囲み、真剣な表情で言葉を交わしていた。
「ヘルザー、お前はどう考える。大聖女イブリーナ・ボルグ殿が残した言葉、我はある種の警告と見たが」
「そうですな、あれは告白というよりも今後起こりうる事態に備えよといった言葉かと」
国王ゾルバと宰相ヘルザーが眉間に皺を寄せる原因となった言葉、それは大聖女イブリーナ・ボルグが残して言った一言。
「“彼の地に聖域あり、それはこれまでの歴史を大きく覆す最大級のもの”、詳細はすでに“影”から上がっていたのであろう?」
教皇ベルトナの言葉に頭を抱える国王ゾルバと宰相ヘルザー。
“スッ”
宰相ヘルザーが差し出した一枚の鑑定書、それは王都諜報組織“影”の鑑定士が行ったとある礼拝堂の鑑定結果。
「・・・“祝福されし礼拝堂”、女神様に祝福された礼拝堂とは。これ、ボルグ教国が黙ってないだろう」
「そうであろうな、だから叔父上にもこのことは伏せさせていただいていた。他にも彼の地にはそれだけで紛争になりそうなものがごろごろとな」
そう言い隣のヘルザー宰相に目配せし、数枚の鑑定書を見せる国王ゾルバ。
「・・・ゾルバ国王陛下にお聞きしたい、なぜ我が国はまだ滅んでないのかの? 彼の者がその気になればすぐにでも国ごと滅ぼすことなど容易なのではないかの?」
「あぁ、ベルツシュタインの報告によると、“国が滅んだり王家が倒れたりすれば流通経済が滞るから困る”と言っていたらしい。“政のような大事は専門家にお任せするのでより良い国家運営を期待している”だったか。基本的に彼の地にちょっかいを掛けなければ自分たちから干渉するつもりはないとの話であったよ。
この話は王太子レブルにも言い聞かせてある。あまり公にできることではないので、これ以上情報を広めるつもりはないがな」
そういい大きなため息を吐く国王ゾルバ。
「そうなると今後のボルグ教国の動向が気になりますな。大聖女イブリーナ・ボルグ殿が抑えていただけるとありがたいのですが」
「う~ん、それは難しいのではないのか? 大聖女イブリーナ様もそう仰っていましたからな」
宰相ヘルザーの言葉に教皇ベルトナが言葉を重ねる。
「<神眼>の力を失った大聖女、ボルグ教国が新たな象徴を求めるは明らか。我が国としての方針を固めねばならないのだが、貴族どもがどう動くか」
話し合いは続く。宗教国家ボルグ教国の動向、軍事国家バルカン帝国の侵攻の動き、隣国スロバニア王国との同盟。
国王ゾルバ・グラン・オーランドの難しい舵取りは、まだまだ終わる気配を見せないのであった。
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“コトッ”
よく磨かれたカウンターテーブルにそっと深皿を置く。盛られた料理からは旨そうな香りが漂い、嗅ぐ者の胃袋を刺激する。
伸ばされた箸、口に運ばれたものはよく火の通ったマッシュ。マッシュ本来の甘味と旨味、そこに確りと調味料の味と肉の旨味が染み込み、絶妙なハーモニーを醸し出している。
「こちらマッドボアの根菜煮となります。薄く切り分けたマッドボアの肉とマッシュ・キャロル・オニオンを、甘木汁とたまり醤油、米酒で味付けをして煮込んだ料理となります。
材料は全て島の食材を使用しました、マッドボアは大森林浅層部で捕獲したものを森に放し増やしたものですね。予めスライムとビッグワームを繁殖させていたためか、それらを餌として順調に数を増やしています。
ただマッドボアにしては大きくなり過ぎじゃないかなとは思うんですが、育たないよりかはましなので基本的には放置ですね。
マッシュ・キャロル・オニオンは島の畑で採れたものですね、ビッグワーム肥料のお陰か、順調な生育を見せてくれています。
甘木汁は御神木様の聖域結界内の甘太郎のものを使用、米酒はバッカス酒店に製造を依頼した米酒の試作品です。だいぶ良くはなったが納得いく味には程遠いらしく、もう少し時間が欲しいとの事でした。
たまり醤油はうちの魔剣“匠”が作り出した味噌から採れた副産物になります。こちらもまだ始めたばかりの試作品ですので、これから少しずつよくなっていくものかと」
そう言い俺は空のコップに冷の米酒を注ぎ入れお出しします。
ここは居酒屋ケビン、山の中腹にある限られた者しか訪れる事ができない小さな酒場。
カウンター席に着く常連客のあなた様は、グラスの米酒をまじまじと眺めた後そっと口を付け、何やらフムフムと頷かれます。
「雑味というかコクというか、将来性を期待させる独特の味わいね。私は嫌いじゃないわよ? それにこのお料理にもよく合いそう、とてもいい組み合わせだと思うわ」
あなた様はそう言うや、今度はマッドボアのスライス肉に箸を伸ばします。俺は炊き立てのご飯と魚木で出汁を取ったマッシュのお味噌汁を用意すると、お盆に乗せカウンターテーブルにお出しするのでした。
「はぁ~、美味しかった。これが小説にあった“おふくろの味”っていうものなのかしら? 心が温かくなるというか、満たされるというか。マスター、どうもありがとう」
悲報、あなた様は“おふくろの味”を知らなかった模様。俺の場合は“おふくろの味”って訳じゃないんだけど、“角無しホーンラビットの香草焼き”が母メアリーの思い出の味かな? なんやかんやで口にできたのが結婚式当日の朝って言うね、あの時のおいしさは一生忘れないと思います。
「それで今日はどうしたんですか? 上の方じゃまだバタついていると思うんですけど」
俺の言葉に肩を竦めるあなた様。アルバ誕生に端を発する一連の騒動、転生待ちの魂の中にわざと記憶の漂白処理を済ませていない問題のある魂を隠し、自分たちの都合で便利使いしようとした天使によるとんでもない所業。
地上世界を管理し人々を陰ながら導くはずの天使が、マッチポンプ用の厄災の種を作り出しちゃダメでしょう。まぁ必要だからといって定期的に魔王を生み出していたような組織ですし? さもありなんと言われてしまえばそれまでなんですけどね。
そんな事があって、あなた様方天上界の天使たちはこの半年間転生待機中の魂を総点検する羽目になったんですけどね、そうしたらしっかり厄災の種となる魂や準厄災の種と呼んでもいいような魂が見つかったんだとか。
これには本部長様も内心ブチギレてたんだろうね、アルバの魂の状態を調べた時なんか凄かったもんな~。
それでようやく事態が収まり掛けたところにケーナの誕生、まさかの自動神託機能付きってね。ボルグ教国の複数の聖女に“北の大地、厄災の種誕生せり”って神託が下ろされるところだったって言うね。慌てて調べたらアルバ誕生時にも自動神託が下ろされてたって言うね。道理で辺境マルセル村くんだりまで異端審問官が調査に来るわけだよ、まぁこれは俺も原因の一端を担っていたって事が分かったから文句も言えないんだけど。
そんで再びあなた様と本部長様がケーナを調べる為降臨されて、再びの本部長様ブチ切れ、天上界が大荒れになって今ココって感じなんですけどね。
「でもあなた様はよく抜けて来れましたね、本部長様があれ程荒れてたからてっきりあなた様も残業漬けの毎日になっているものだと思ってたんですけど」
「まぁね、実際アーカイブの精査やら資料の再確認やらで大変だったわよ? でもアルバ君の時の転生待ちの魂の総点検に比べれば相当にマシだったわ。
それに証言を行ってくれる証人が現れたお陰で、相当に調査が進んだの。**#@様が仰っていたわ、今回もケビンに助けられたって。
でも不思議だったのはどうしてケビンがボルグ教国の聖女がスキルの箱舟にされてるって事に気が付いたのかって事なのよ」
そう言い米酒のグラスを空けお代わりを要求するあなた様。俺は空のグラスに米酒を注ぎ入れてから、事の始まりを語って聞かせるのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora