「切っ掛けは王都のワイルドウッド男爵邸に届けられた一通の書状からでした」
俺はあなた様の空のグラスに米酒を注ぎ入れると、事の経緯について語るのでした。
「“王都にボルグ教国の大聖女が訪れた。目的はケビン・ワイルドウッド男爵、注意されたし”
差出人は王都諜報組織“影”の総帥、ハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵。
焦りましたよ、ボルグ教国の大聖女といったら<神眼>のスキル持ち、俺の隠した称号も見る事が出来ちゃいますからね。俺は慌ててもてる全ての伝手を駆使してボルグ教国の大聖女について調べました。
ボルグ教国には“選ばれし大聖女”と“受け継がれし大聖女”がいる事、“受け継がれし聖女”は約五十年の任期で新しい大聖女を選出、継承されている事、<神眼>のスキルを持つのは“受け継がれし聖女”である事。
この時点で疑問に思ったことはスキルが継承されているという事でした。
確かに技術の伝承のようにあるコツを教え込む事で一子相伝の技を引き継ぐという事はあるかもしれませんけど、<神眼>のスキルみたいな特殊なものにそんな事があり得るのかってね。
それでよくよく集めた資料を見直してみたら任期が二十年足らずで次の大聖女に引き継がれたものや、十年ほどで引き継がれたものがあったんです。どちらも移動中の事故により亡くなったというものでした」
俺の言葉にどういう事と言わんばかりに眉を顰めるあなた様、疑問に思うのはちゃんと話を聞いてくれている証拠ですね。
「そう、おかしいんです。技術の継承であれスキルの開眼の方法であれ、一子相伝のものであるのなら事故が起きた時点で一度途絶えないといけないんです。でもそうじゃなかった。
それともうひとつ、ボルグ教国にだけ<神眼>のスキル持ちがいるという事が納得できなかった。それと<神眼>のスキル自体も疑問でした、だってまるであなた様方が使っている管理者権限によるステータス開示みたいなんですよ? こんな事人の身でスキルとして目覚めるとは到底思えない。
そこでこうした疑問を本部長様にお伺いしてみたんです。そうしたら面白いことが分かりましてね、<神眼>のスキルは最悪の魔王デビルトレントに地上人が対抗するため、当時のボルグ教国の聖女に特別な許可を受けて授けられた特殊スキルだったんです。
そしてその特殊スキルを授けられた人物というのが後の大聖女初代イブリーナ・ボルグでした。
当時は相当天上界も焦っていたのか、天使が直接降臨して権力者たちに言葉を届ける事もあったとか。その中でアルバの魂に対する仕込みも行われていた、であれば特殊スキル持ちの大聖女イブリーナ・ボルグに接触しない訳がない。
そこで俺は初代イブリーナ・ボルグの調査を本部長様にお任せし、もう少し詳しく大聖女というものについて調べようと“放浪の大聖女”の記憶を持つ残月に話を聞く事にしました。
そこで判明したのが代々受け継がれるイブリーナ・ボルグの名前と<神眼>スキルの真実でした。
“放浪の大聖女”と第七十一代イブリーナ・ボルグは、まだ彼女が継承の儀を行う前からの友人でありライバルでした。七十一代は自らが大聖女となるべくボルグ教国に向かい、放浪の聖女は苦しむ人々を救うために各地を旅し続けた。考え方の違いこそあれ女神様の創りたもうた世界をより良くしようとする思いは一緒であった。
二人は頻繁に連絡を取り合い、それは七十一代がイブリーナ・ボルグとなってからも変わらなかったんだそうです。
ですが教会組織としては自分たちの管理下にない聖女が大聖女と呼ばれ、民衆より高い支持を受ける事は看過できる事態ではなかった。
第七十一代イブリーナ・ボルグは何度も説得の書簡を送り、“放浪の大聖女”を教会組織に取り込もうとした。しかしその思いは受け入れられず様々な経緯により“放浪の大聖女”は養女により毒殺され、彼女を看取った養女は丁寧な埋葬を済ませたのちボルグ教国の教会に向かった。
“放浪の大聖女”は生前自身にもしもの事があればボルグ王国の大聖女を頼るように伝えていたんだそうです。
これはあとから分かったんですが、ボルグ教国に渡った養女は大聖女の座を引き継ぎ、第七十二代イブリーナ・ボルグになったそうです。彼女がどういう思いで大聖女イブリーナ・ボルグを引き継いだのかは俺には分かりかねますが。
まぁそうした経緯もあり、残月はイブリーナ・ボルグの真実を知る数少ない外部の者だったんです。
ですが残月の知るイブリーナ・ボルグの話は代々のイブリーナ・ボルグの記憶が受け継がれる事と、スキル<神眼>が儀式により継承されるという事だけでした」
“コトッ”
俺は摘みとなる刺身盛り合わせと醤油の注がれた小皿をカウンターテーブルに置き、当時を思い出しながら話を続けます。
「正直完全に手詰まり状態でした。何かあるとは思ったんですけどね、大聖女がマルセル村に来るのは確実、そうなれば<神眼>による鑑定は避けられない。
でも不思議な事に大聖女は王都貴族との外交は行えど王都を出発するそぶりを見せなかったんです。確かにマルセル村では異端審問官による調査が行われている、でもその報告を待っているとなれば数カ月単位でオーランド王国に滞在する事になる。
大聖女ともなればボルグ教国に於ける中心的人物、そのような者がそれほど長く国を空けていても良いのか、大体本当にマルセル村に来ることができるのか?
王都屋敷には追加の情報として“北の大地、厄災の種誕生せり”という神託がボルグ教国の複数の聖女に下ろされ、大聖女はその真偽を確かめる為にオーランド王国に訪問したといった話も入っていましたから、そんな危険地帯に大聖女自らが訪れるものなのかという疑問もありました。
そんな俺の疑問を払う情報は、集めた資料の中にありました。教会の大聖堂同士が緊急事態の場合にのみ執り行う儀式魔法<共振憑依>、離れた場所であっても教会施設という特殊環境のみで使える神秘の魔法。
四千年前、最悪の魔王デビルトレントに人々が協力し対抗するために、天使により齎された秘術。
全ての情報がまるで割れた絵皿の破片のように、繋がり合わさって、全体像を描きだす。
もしかしたら全てのイブリーナ・ボルグが一人のイブリーナボルグなのではないか、この仮説が生まれた時、次に何が起こるのかは大体予測する事が出来ました。
案の定、異端審問官の二人から礼拝堂の深夜の使用許可を求める話が来たと御神木様から<業務連絡>が入りました。グランドからは教会関係者に対する状況説明に協力して欲しいと頼まれたがどうすべきかとの相談もあり、問題ないから引き受けるようにと指示を出しました。
礼拝堂の様子は本部長様宛に許可を出し記録できるようにしておきました。あの礼拝堂、聖域化してるため外部から上位者権限の許可なく覗き見る事が出来ないらしいんですけど、聖域管理者が何故か俺になってるんですよ。
まぁ造ったのは俺ですけど、俺、聖転進化した魔物じゃないんですけど? なんか俺の扱いがどんどんおかしくなってません?
って事で後は本部長様のところで記録された映像の通り、正体を隠して大聖女イブリーナ・ボルグに接触したって感じです」
俺の話に口をぽかんとさせるあなた様。それはそうですよね、天上人でも魔物でもない只人である聖女が、何代にも渡り身体を入れ変えて生きながらえてきていたって話なんですから。
でもこれ、俺の身近では既に事例があったんですよね。賢者イザベルを取り込んでいた草原の化け物と月影を取り込んでいた呪術師の顔無し。教会に伝わる何らかの秘術と闇属性魔力による呪術との違いはあれどやってることは同じ。
教会で受ける事が出来る<制約>と呪術による<呪い>が結果的に変わらないっていう事に、凄く似ているんだよな~。
「まぁ俺が直接礼拝堂の現場に入り込めたのも、
以前ここで俺が路傍の石計画の極致でもあるドラゴンの脱皮皮製の最強装備の自慢をした際に、酔っぱらったあなた様が鑑定実験をして下さらなかったら怖くて大聖女の前になんて出れませんでしたから。最悪トライデントにお願いするって手もあったんですけどね、俺が直接出るよりましでしょうし」
俺がそう言い言葉を切ると、「あぁ、そう言えばそんな事もしたわね~」とその時のことを思い出されるあなた様。
「でもあの最強装備のセット効果はとんでもないわよね、中級天使の私が目の前にいるケビンの存在を認識できなくなるって意味が分からないわよ。
コートにズボンにブーツ、そこに仮面をつけた状態になった途端ステータスが非表示になるって、何処をどうしたらそんな事になるのよ。
リュックを背負ったフルセットのあなたなら、天上界の重要施設でも潜り込めるんじゃない?」
「やりませんからね、勘弁してください。少なくとも女神様や補助神様方にはバレバレですから、やるとしたら新しく最強装備を作り直さないといけない「ごめん、私が悪かった。絶対に作らないで、お願いだから」・・・チッ、構想は浮かんだんですけどね、了解しました」
神の目をも欺くネオ最強装備・・・ロマンじゃね?
あなた様に禁止されちゃったから作りませんけど。
「後は現場で話を聞きながらこれまでの情報をもとに話を組み立てたって感じですかね。
大聖女イブリーナ・ボルグの件が四千年前の魔王デビルトレント討伐に端を発しているとしたら、アルバの魂を封印した中級天使の問題も絡んでくるかもしれない。初代イブリーナ・ボルグの魂が<共振憑依>によって礼拝堂にやってくる機会を狙い、本部長様の下に送り込む、この件は俺の監視を行っている“放浪の大聖女”に協力を仰ぎました。
聖域である礼拝堂から祈りを捧げる分には、他の天使にばれる心配もありませんでしたから。
でも驚きましたよ、まさかイブリーナ・ボルグの魂が<神眼>スキルと歴代のイブリーナ・ボルグの記憶を運ぶための箱舟になっていたとは流石に予測できませんでしたから。
てっきり俺は記憶だけを継承してなりきっているのだとばかり、五十年で継承の儀式を行うと聞いた時もその場で前任の器は死ぬものだと思い込んでいましたからね。
四千年の長きに渡り、自らに課された使命と器となった歴代の聖女たちを守り続けた大聖女イブリーナ・ボルグ、本当に偉大な人物だったんでしょうね」
俺はそう言うと自分用のグラスを用意し米酒を注ぎ入れる。
「贖罪だったそうよ」
俺の話に言葉を返したのはまさかのあなた様でした。
「四千年前、大聖女イブリーナはそれこそ自身に与えられたスキルを駆使し、魔王デビルトレントの脅威から世界を救おうと奔走した。誰よりも危険な現場に足を運び、勇者や各国の軍隊が有利に戦えるように情報を集めた。
勇者が魔王デビルトレントを討ち倒す事が出来たのも、偏に先行した大聖女イブリーナが魔王デビルトレントの攻撃方法や弱点を調査し、勇者たちに情報提供を行ったからに他ならない。
そして彼女は知ってしまった、最悪の魔王デビルトレントの本当の恐ろしさを。
例え勇者が魔王デビルトレントを討ち倒したとしても、それこそが人類滅亡の始まりであることを。
<共振憑依>により各国の情報伝達を行っていた彼女は、天使の提案する解決策に反対する事が出来なかった、各国の王が荷物運びの英雄アバンジールを人柱にすることを黙ってみている事しか出来なかった。
勇者パーティーに同行していた聖女クリスティーヌは彼女にとって妹のような存在でね、英雄アバンジールの死後彼女が苦しんでいた事、アバンジールの亡くなったとされる大穴に身を投じた事、甦り厄災と呼ばれる存在となってしまった事、その全てに心を痛めたんだそうよ。
自分に出来る事はこの先このような悲劇が起きないように<神眼>のスキルを後世に伝える事、大聖女イブリーナは自らがスキルの箱舟になる事で人々が救われるのならばと、全てを失う事を受け入れたらしいわ」
“コトッ”
カウンターテーブルに置かれたあなた様の空のグラス、俺はその中に米酒を注ぎ入れる。
「歴代の大聖女イブリーナ・ボルグの献身に感謝を」
「彼女の魂の安らぎを願って」
俺とあなた様は互いにグラスを掲げると、静かに口を付けるのでした。
本日一話目です。