転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第736話 若き聖職者、辺境の地を訪れる (2)

“おめでとうございます、元気な男の子です”

“まぁ、本当? フフフ、何かしら、この私がこんなにうれしい気持ちになるだなんて。これが母親になるって事なのかしら、はじめまして、私の赤ちゃん♪”

薄暗い景色、はっきりとしない意識の中、やけに鮮明に聞こえる女性の声。

 

“はい坊や、おっぱいの時間ですよ~。もう、そんなに慌てないで、お母さんはここにいますからね。確りおっぱいを飲んで元気に育つんですよ~♪”

美しく楽しげな女性の声と、温かなぬくもり。いつまでもこのぬくもりに包まれていたい、そうすれば僕は・・・。

 

“あらあら、どうしたんでちゅか~そんなに大泣きしちゃって、お~よしよし。ん? なんか臭いでちゅね、オムツだったんでちゅか。今お母さんが交換してあげますからね~、きれいさっぱりしましょうね~”

暗がりに差す光、薄ぼんやりとした視線の先に見えるのは大きな女性の姿。

 

“これまでのお世話、大変ご苦労様でした。お約束通り、お子様は今後私どもがお育て致します”

“そう、そうよね、そういう約束でしたもの。詮索無用、他言無用、あなた達がどこの誰だかは知らないし、知るつもりもない。

私たちの間にあるのは純然たる契約のみ、この事は教会での<誓約>で取り決めた事、分かっています。

でも最後に一つだけ、この子の事をよろしくお願いします。

この先一生会う事は叶わない、私はこの子にとってただ産んだというだけの女。この子が母親を求め寂しい思いをしないで済むように、どうぞこの子の事を、よろしくお願いします”

 

そう言い俯いて涙を流す女性、僕はその女性を求めるように手を伸ばす。お母さん、僕のお母さん、何処にもいかないで、お母さん!!

 

「お母さん!!」

“ガバッ”

開かれた(まなこ)、目の前に見えるのは見慣れぬ部屋の天井と伸ばされた右手。

 

「・・・ここは、一体」

「ホーンラビット伯爵家が運営する宿屋の一室だな」

僕の呟きに応える男性の声に、僕は慌てて上体を起こす。

 

「何者だ、僕を一体どうしようと・・・」

「どうしようもこうしようもないんだがな。よっ、ピエール、久し振り。冬季休暇に入って以来だから二カ月ぶりか?」

 

そこにいた人物は王都学園の友人、僕と同じアルデンティア第四王子殿下の側近を務めるラグラ・ベイル。

 

「なっ、どうしてラグラがここに。というか僕は一体どうして・・・」

僕は今の状況が分からず周囲を見渡す。そこは確かに宿屋と言われればそうなのであろう部屋の一室、造りとしては避暑地などに建てられた別邸といった雰囲気の内装の部屋。

着ている物はホーンラビット伯爵家の屋敷を訪れた時のものと変わらない、ベッドに寝かされていたという事はホーンラビット伯爵家で何かがあったという事なのか。

 

「ハァ~、お前、何も覚えていないのか? ホーンラビット伯爵家の屋敷で自分が一体何をしでかしたのか。思い出せる範囲でいいからゆっくり順を追って口にしてみろ」

呆れたようなため息を吐くラグラ、この男の失礼な態度は今に始まった事ではないが本当にどうにかならないものか。

だが今はそのような些細な事を気にしている場合ではない、僕はラグラに言われたように今日の出来事を順番に口にする。

 

「僕は教会の仕事でホーンラビット伯爵領を目指していた。王都から箱馬車を走らせること一月、グロリア辺境伯領最後の村ゴルド村の宿を出発した僕たちは順調に箱馬車を走らせ、ホーンラビット伯爵領マルセル村に到着した。

村門で訪問理由を告げホーンラビット伯爵への面会を求めた。返答は直ぐにきて、僕たちはホーンラビット伯爵家の屋敷に案内され、ホーンラビット伯爵の執務室で会談を行っていた。

暫くの談笑の後本題である教会施設建設の打診を行おうとした時、執務室の扉がノックされ、屋敷内に逗留していた執事の娘が出産したばかりの赤子を連れて挨拶に訪れ、僕はホーンラビット伯爵に頼まれ二人に女神様の<祝福>を・・・」

「思い出したか? 俺も話を聞いた時は開いた口が塞がらなかったぞ。お前、仮にも司祭見習いだろうが、そんな立場の人間が<祝福>を受けに来た人妻を口説いてどうする。

しかもホーンラビット伯爵閣下の執務室って、直ぐ側にはお前の指導役の司祭やホーンラビット伯爵家の使用人たちもいたんだぞ?

というかケイトさんのすぐ側にはご主人のケビン・ワイルドウッド男爵がいたっていうじゃないか。お前、その場で首を落とされても文句の言えない事をしたって自覚あるか?」

 

ラグラの言葉に様々な事が一気に思い出され心の中がぐちゃぐちゃになる。自身の犯してしまった失態、父であるルビアン枢機卿猊下の名を汚してしまった。

この事が父に知られれば僕は即切り捨てられるだろう。追放ならまだいい方で、最悪責任を取る形で命を絶たなければならない。

 

「ようやく自身の立場が理解できたみたいだな。因みにお前のやらかしはマルセル村中の人間が知っているからもみ消そうとしても無理だからな?

俺は当然のこと、<勇者>ジェイクや<聖女>エミリー、ジミーやフィリー、ラビアナ・バルーセンも知ってるぞ」

「・・・ちょっと待てラグラ、何でそこでラビアナ・バルーセン嬢の名前が出る。<勇者>ジェイクや<聖女>エミリー嬢、ジミーやフィリー嬢の名が挙がるのは分かる、彼らはここマルセル村の出身で王都学園でも冬季休暇は里帰りすると公言していたしな。

だが公爵令嬢であるラビアナ・バルーセン嬢がこんな辺境の地にいる訳がないだろうが、僕を揶揄うにしても質が悪すぎるぞ!!」

 

僕の声に大きなため息を吐くラグラ、一体なんだっていうんだ。

 

「それじゃあピエールに聞くが、王都で開かれた夜会やパーティーでラビアナ嬢の姿を見かけたか? お前はアルデンティア殿下に付き従って貴族主催の行事に参加していたんだろう?」

「それは・・・」

ラグラの言葉に僕は言い淀む、言われて初めて気が付く、どのパーティーでもラビアナ嬢の姿を見ていなかったという事に。

 

「だからといって何故辺境の地であるホーンラビット伯爵領に。ここマルセル村は“貴族令嬢の幽閉地”として忌み嫌われていたはずだ」

「だからだよ。誰もそんな土地に公爵令嬢であるラビアナが身を潜めているとは思わないだろう? 王都学園で注目されている人物たちに伝手があるとして急に注目され始めたラビアナ、集まってくる貴族どもの掌返しに辟易としていたらしい。

マルセル村に来た名目は“<勇者>ジェイクと<聖女>エミリー嬢の故郷に同行し交流を深める”といったもの、俺がアルデンティア殿下にご許可をいただいた名目と一緒だな。お前だって似たようなものなんだろう?」

 

ラグラの言葉に次の言葉が出なくなる。それは暗に違う目的があると告げてしまうようなもの。

 

「僕は・・・」

「あぁ、無理に言い訳は言わなくてもいいぞ、どうせマルセル村の調査だってことは村中の者が知ってるからな。お前と一緒に同行してきた司祭とシスター、<鑑定>のスキル持ちだったもんな、御者は護衛の<聖騎士>だったし。

この村には<鑑定>のスキル持ちがいてな、怪しい人間には一応<鑑定>を掛けることになっているらしい。

大体教会の資料には<勇者>ジェイクが<鑑定>のスキルを持っていることが記載されてたはずだぞ? あぁ、アレか、異端審問官の正装と同じ鑑定阻害の機能が付いた修道服でも着てきたって感じか?」

 

ラグラの言葉に今度こそ何も言えず、口をパクパクさせる。なんでラグラがそのことを。

 

「なんで俺がこんなことを知ってるのかって顔をしているな、それはケビン・ワイルドウッド男爵に聞いたからだな。あの人は怖いぞ、ピエールが目を覚ましたら色々聞いてくるだろうからといって教えてくれたんだよ。

それとお前に伝言だ、“嫁はやらん!!”だそうだ。

あぁ、そうそう、お前、自身の大失態で王都に帰ったら処分されるんじゃないかって心配してるかもしれないけど、多分それはどうにかなると思うぞ?」

 

続くラグラの言葉に、僕は彼が一体何を言っているのかが分からなくなる。これほどの大失態を父上が、ルビアン枢機卿猊下が放置するはずがない。

 

「お前、ちゃんと後でお礼を言っておけよ? ケビン・ワイルドウッド男爵とケイト・ワイルドウッド男爵夫人のお二人が、お付きの司祭とシスターに“若いうちはついつい暴走することもある、後になってから悶え苦しむ黒歴史って奴だから大目に見てあげてほしい”と口添えしてくれたんだからな?

司祭とシスター、床に土下座して平謝りしていたらしいぞ?」

 

ラグラは一体何を言っているんだ? あの二人が僕のために土下座で平謝りをする? そんな事があるはずは・・・。

 

「まぁ詳しいことは俺もよく分からないんだ、後で直接お付きに聞いてみるんだな。それじゃ俺は行くぞ、何かあったら声を掛けてくれ、俺もこの宿に宿泊してるんでな」

 

ラグラはそう言うと席を立ちこの場を後にする。僕はただ一人残された部屋の中で、ラグラが出て行った扉を見つめ続けることしかできないのだった。

 

――――――――――――

 

「お~い、ジミーにジェイク君、王都学園の生徒は全員集合~」

ホーンラビット伯爵閣下の執務室にケイトとケーナを連れて帰宅の御挨拶に行った俺氏、行き成り嫁を略奪されそうになる。

いや~、びっくりびっくり、王都の若者って俺が思う何倍もアグレッシブで情熱的なのね。そりゃそうだよね、嫉妬心が我慢できなくて集団リンチ掛けたり暗殺者ギルドを使ってぶっ殺そうとしたり。

感情の制御が幼児並みなのが王都中央貴族様方だもんね、直情的な若者が出来上がっても何の不思議もないよね。

 

で、現役の王都学園生徒の皆さんに先ほどお屋敷で起きたことを包み隠さずお話ししてご意見をお伺いしたんですけどね、ラグラ君とラビアナお嬢様は盛大に頭を抱えるし、ジミーとジェイク君は大爆笑するし、エミリーちゃんとフィリーちゃんとディアさんはお目めキラッキラさせるし。

ボビー師匠の訓練場で身体を動かされていた皆さん、ダッシュでホーンラビット伯爵邸に向かってたな~。あれ、絶対事の詳細をザルバさんとカミラさんに聞きに行ったね、男衆も女衆もこんなにおいしいネタに食らいつかないはずないもん。流石マルセル村の住民、自分に正直ですこと。

 

「それでピエールの奴はどうなったんですか? どこかに監禁したとかでしょうか」

村人たちが立ち去った後、多少復活したラグラ君が質問してきたので健康広場の宿に運んでおいたと伝えたらすごくホッとしていました。同じアルデンティア第四王子殿下の側近を務めるラグラ君としてはやっぱり心配しますよね、誰がどう聞いても大失態中の大失態ですもんね。

 

まず第一に見習いとはいえ司祭が<祝福>をお願いしにきた人妻を口説いちゃダメでしょう、こんなこと誰が聞いても同じこと言うからね?

第二にいくら名目とはいえ教会の建設をお願いしに来ておきながら、領主であるホーンラビット伯爵閣下の目の前で何やっちゃってるの。ホーンラビット伯爵閣下の面子丸潰れよ? 完全に喧嘩売ってるよ? 個人の問題じゃ済まないよ?

 

因みに王都の中央貴族の中には似たようなことをして実際に相手の嫁さんを奪うなんていう暴挙を行った高位貴族がそこそこいるんだそうです。これ、コリアンダさん情報。

そういえばザルバさんも亡くなった前妻さんが凄い美人で、王都では苦労したって言ってたもんな~。他人の物は俺の物、泣かぬなら殺してしまえホトトギスを地で行く中央貴族、マジで頭おかしくね?

まぁ今回はケイトが歌姫モードだったのと、ケーナを抱っこしていることで母性を溢れさせまくっていた事が原因といえば原因なんですけどね。

なんで自己呪いを掛けていないのか? 掛けないんじゃなくて掛けられないんだよ、あなた様がケーナにくれた魔力の腕輪(闇属性魔力回収装置)、ケーナが暴走して闇属性魔力を溢れさせないようにって半径二メート以内の闇属性魔力を強制徴収するようになってるんだもん。

自己呪いは闇属性魔力を主体とした魔法技術だから闇属性魔力を抜かれた途端解けちゃうっていうね、こればかりは仕方がない。

ケイトにはケーナの魔力暴走予防のための魔道具で俺とお揃いって言ったら、自分の分も作ってくれって言われたんだよね。これ神器だからな~、俺じゃ作れないんだよな~。

さっきもケーナがピエール君の事を睨んでたから、魔力の腕輪さんがなかったらやばかったと思います、あなた様にはマジ感謝です。

 

で、ピエール君のお付きの司祭とシスターなんだけど、力一杯土下座してたんだよな~。あれ、見ちゃったんだろうね、俺とケイトのステータス。

<創造神の加護>を持つ夫と<創造神の祝福>を持つ嫁の夫婦、こんなものを見たら教会関係者だったらこうなるよね。あの二人、この後礼拝堂にも行くんだろうな~、大丈夫かな~。

俺はおそらく大混乱に陥るであろう王都教会の調査員の事を思いながら、あとで二人に“諜報員の会”を紹介してあげようと心のメモに書き込むのでした。




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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