転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第741話 若き聖職者、けじめをつける

眩しい日の光がカーテンの隙間から部屋の中に差し込んでくる。窓の外のざわめきに朝の訪れを感じ、ベッドの上に身を起こす。

“ブルッ”

部屋の中だというのに身を震わせる程の冷気が肌に突き刺さる。僕は急ぎクローゼットからコートを取り出すと、上から羽織り食堂へと向かう。

 

「おはようございます。今朝は一段と冷え込みますね、温かいスープをお出ししますので、席に着いてお待ちください」

落ち着いた雰囲気の宿の女性が声を掛けてくる。僕は「おはようございます、お心遣いありがとうございます」と笑顔で言葉を返すと、席に座りスープを待つのだった。

 

「よう、おはよう。やっぱり聖職者は朝のお務めのために早起きするんだな」

 

この数日は目まぐるしい程に様々な出来事の連続であった。一月という時間を掛けて訪れた辺境の地ホーンラビット伯爵領マルセル村、父であるルビアン枢機卿猊下からは“<勇者>ジェイクと<聖女>エミリーの故郷にふれ、二人との付き合い方を模索せよ”との使命を与えられていた。

深く考えなくともこれは表向きの理由であり、共にマルセル村を訪れた配下の司祭とシスターがマルセル村の中を調査するための風除けといった事なのだろう。

余計な事は考えず先ずは与えられた役目を全うせよ、ルビアン枢機卿猊下のお考えはこの一年で嫌という程学んだし、言いたい事の意味も分かる。

上に立つ者として自分の指示を無視し勝手に動き回る配下など、邪魔以外の何物でもなかった事だろう。

ルビアン枢機卿猊下の御為と思い行動した事、それがかえってルビアン枢機卿猊下に余計な負担を掛けてしまった。今なら分かるが、僕は父上に認めて欲しかった、役に立つと思われたかった、褒めて欲しかったのだと。

だがそれは僕だけの空回り、結果僕はお叱りを受け、大人しく学園生活を送る事となってしまった。

 

僕にできる事は余計な事など考えず、アルデンティア第四王子殿下に付き従い行動する事。意見を聞かれれば答え、自身の思惑などいれず影に徹する事。

そんな僕の行動はルビアン枢機卿猊下の思いに叶ったのだろう、僕は再び使命を帯びこの辺境の地へと送られた。父上にとっては要らない駒から少しは使えるようになった駒程度の思いであったのだろうが、僕は己の存在を認めてもらえたようで嬉しさが込み上げていた。

 

だが僕は初日のホーンラビット伯爵様との面会の時に行き成りやらかした。ホーンラビット伯爵様は何処にでもいる田舎の村長といった、とてもではないが伯爵家当主といった雰囲気の人物には思えなかった。

ホーンラビット伯爵家の活躍、ホーンラビット伯爵家騎士団の勇猛、王都では知らぬ者のいない噂も全て作り話なのではないかと思えるほど穏やかで子煩悩な人物であった。

だからだろう、僕は油断した。僕の心の中で無意識に築き上げられた人を序列で判断する思考が、いつの間にかホーンラビット伯爵家の者を下に見てしまったのだろう。

ホーンラビット伯爵様の執務室へ挨拶に訪れたケイト・ワイルドウッド男爵夫人に対し愛の言葉を向けてしまったのは、そうした僕の驕りからの行動であったのか。

一目見た瞬間に恋に落ちた、腕に抱える我が子を愛おしそうに見つめる眼差しに釘付けになった。この美しい女性と生涯を共にしたい、本気でそう思ってしまった。

そして場所も弁えず行動に出てしまった。

ケイト・ワイルドウッド男爵夫人は僕の事を貶す事はせずやんわりと断りの言葉を向けていたにもかかわらず、僕はその全てを無視しただ愛を囁き続けた。

 

それは醜い子供の我が儘、人のものを羨ましがり喚き散らかす駄々っ子の所業。だがその全ては幼い日に別れてしまった母を求める赤子の叫び。

僕は何故か気を失い宿のベッドで目を覚ました。

その場で僕の事を見守ってくれていたラグラに事の顛末を聞かされた時は、正直現実として受け入れることが出来なかった。

配下の司祭とシスターは僕のことを責める事はしなかった、ただ今後ホーンラビット伯爵家と教会とで話し合いが行われるだろうこと、その結果次第で僕の処分が決定するだろうことを告げるだけであった。

 

そして翌日、僕らはマルセル村の礼拝堂に訪れる事となった。マルセル村に教会を建設するための打診がホーンラビット伯爵領に訪れる建前である以上、マルセル村の礼拝堂に訪れる事は必須事項でもあった。

そこで僕は人生最大の体験をする事となった。礼拝堂に訪れるや涙を流し祈りを捧げる配下、礼拝堂の管理を行っているご神木様と呼ばれる偉丈夫を見た途端気を失う二人。大勢の使用人を引き連れ女神様に子供の誕生を感謝するために訪れたワイルドウッド男爵家の人々、彼らの祈りに応えるように降ろされた女神様の御言葉。

あまりの衝撃の多さに、自分がどうやって宿に帰ってきたのか、それ以降どう過ごしていたのかの記憶がハッキリとしない。翌日は部屋の中で呆然と過ごし、意識がハッキリしたのは昨夜になってからの事だった。

 

「おはようラグラ、君は元気そうだね。今朝も朝の体操に参加してきたのかい? この凍えるような寒さの中みんなで集まって体操をする事で健康づくりを行う。ハッキリ言って正気の沙汰とは思えないんだが、現にラグラは王都で見た時よりも遥かに溌溂としているように見えるよ。

肌を刺すような冷気を直接浴びる事で血行が促進されているとか、そういう事なのかい?」

 

僕がそう問うと、笑い声を上げるラグラ。

 

「イヤイヤイヤ、流石に俺もそこまで自分をいじめる趣味はない。そう言えば王都にもいたな~、鍛錬と称して己に苦痛を与える事を至上とするような指導者が。確かに精神の鍛錬としては意味があるのかもしれないが、肉体的にはあまり意味がないどころか害になる可能性の方が高いからな?

もしかしたら耐性系のスキルを目覚めさせるための鍛錬方法だったのかもしれないが、強さと直接の関係はないはずだ。

で、俺が何故平気かといえば“魔纏い”だな。クルーガル先生に指導を受け“魔纏い”を習得することが出来たお陰で、寒さから身を守ることができるようになったんだ。

因みにマルセル村の村人は全員魔力を纏えるからな? そうじゃなければ流石にこの寒さの中、朝から体操なんかできないから」

 

そう言い肩を竦めるラグラ。ラグラはさらりと語るが、言っている話の内容はとんでもない。

 

「村人全員が“魔纏い”の使い手? “魔纏い”は騎士や高位冒険者が使う高等技術だったんじゃないのか? もしかして大剣聖クルーガル殿の教えで身に付けた? だがそれにしても村人全員というのは・・・」

「違うぞ、マルセル村の村人が魔力を纏っていたのは元々らしい。クルーガル先生は初め村のご婦人にコテンパンに叩きのめされたと言って大笑いしていたくらいにこの村の者たちは強いからな? 俺も良く吹き飛ばされているよ、“魔纏い”のお陰で大きなケガもしないで済むから鍛錬が進んで大助かりといった感じだ。

ラビアナの奴は既に“魔纏い”を習得していたようで特に苦労はしていなかったが、戦闘の勘が鈍くてな、いつもワイルドウッド男爵家のメイド見習いにボコボコにされているよ。アイツの剣は素直というか純真というか、凄く分かり易いんだ。それでも俺と互角だから大したものではあるんだがな」

 

僕は思わぬ友人たちの変わりように目を見開く。僕の知っている彼らは既に過去のものになっているという話に、驚愕を隠せないでいた。

 

「そうそう、ピエールにワイルドウッド男爵様からの伝言だ、朝食が終わり次第ホーンラビット伯爵邸に来てほしいそうだ。何でも“愛の狩人”の一件の事らしい、お付きの司祭とシスターには既に伝えてあるから後で顔を出してくれ、それじゃな」

ラグラはそう言うとその場を離れ、「腹減った~、朝食を頼む」と給仕に申し付けお付きのものと共に席に着くのだった。

 

「ピエール様、ホーンラビット伯爵様との交渉は私共で行います。ピエール様にはその場に同席していただき、謝罪の言葉を述べていただければと存じます」

配下の司祭の言葉、それは“交渉は自分が行うから黙って傍で見ていろ、余計な口出しはするな”というもの。以前であれば文句の一つも言うところだろうが、自身の行いの愚かさと如何に自身が自己中心的であり他人を顧みない者であったのかを自覚した今、その言葉に反論するつもりはない。

考えてみれば僕は未だケビン・ワイルドウッド男爵様に謝罪の言葉すら述べていないのだ、配下の司祭から信用できないと言われても致し方がないだろう。

 

ホーンラビット伯爵邸に到着した僕たちが案内されたのは執務室ではなく客間、そこには既に幾人かの人々が待機しており、この騒動の被害者であるケビン・ワイルドウッド男爵様、ケイト・ワイルドウッド男爵夫人とそのお子様。他に赤子を抱えた二人の女性、こちらはケビン・ワイルドウッド男爵様の御夫人方とそのお子様たちなのだろう。

彼らは皆一昨日礼拝堂でお会いした方々であり、女神様より祝福のお言葉を賜った方々。

 

“ガチャリ”

「いや~、わざわざ足を運んでもらって悪かったね、こうした事は早めに解決してしまった方がいいと思ってね」

部屋に入ってきたホーンラビット伯爵様は穏やかな表情で僕たちに言葉を向けると、「まぁ座ってくれたまえ」と言って着座を勧めるのだった。

 

「それでこちらの者たちは既に顔を合わせているから知っているとは思うが、ホーンラビット伯爵家旗下の者でワイルドウッド男爵家の者たちだ。

ケビン・ワイルドウッド男爵、パトリシア・ワイルドウッド男爵夫人、アナスタシア・ワイルドウッド男爵夫人、ケイト・ワイルドウッド男爵夫人となる。それとそれぞれの子供たちで、アルバ君とヴィーゼ君、ケーナちゃんだね。

パトリシアは私の義娘でね、皆も知っているかもしれないがダイソン公国の独立騒ぎで有名になった三英雄の一人だ。先代グロリア辺境伯閣下の孫にあたるかな。

ケイトさんは我が家の執事長を務めるザルバ・フロンティア男爵の娘になる。

まぁこんな感じで我がホーンラビット伯爵家とワイルドウッド男爵家とは深い繋がりを持っているんだよ」

 

そこまで話しニコリと微笑むホーンラビット伯爵様、事ここに至れば僕にも事の重大さは分かる、僕は王都教会を代表しホーンラビット伯爵領に訪れたにもかかわらず、ホーンラビット伯爵家に正面から喧嘩を売ってしまったのだという事を。

しかも全面的にこちら側の落ち度、どのような要求をされようとも受け入れなければならない状況。この問題が王都に伝われば教会が王家からどのような叱責を受けるのかは明白、当然僕の派遣を決めたルビアン枢機卿猊下にも重い処罰が下されるだろう。

 

「「「この度は大変申し訳ありませんでした!!」」」

僕たちは揃って謝罪を口にし深々と頭を下げる。事の大きさは僕たちが想定していたよりもはるかに深刻で重大なものであったのだから。

僕は全身が冷たくなり背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。ここ数日間に起こった様々な出来事に浮かれ、地に足が付いていなかった自身に冷や水を掛けられた気分であった。

 

“ガチャッ”

「おっ、やってるやってる。いや~、若い内はやっちゃうよね、俺も結構大失敗を繰り返したもんな~。口説いた相手が裏社会の大物の愛人だった時はヤバかったよな~、“俺、終わった”って正直思ったよね、王都の下水道に流される未来しか思い浮かばなかったもん。

あの大物が酒好きで本当に助かったわ、あの時ほど<お酒の神様の加護>に感謝した日はなかったね、旨い酒に巡り合える加護の力のお陰で難を脱したと言っても過言じゃなかったからな~」

そんな凍り付いた空気に包まれた客間に、場違いな程陽気な声で入ってきた人物。

 

「メルビン司祭長様、どうしてこちらに。メルビン司祭長様は領都グルセリアに居られたのではないのですか?」

予想だにしない人物の登場に目を見開く僕たち。

 

「えっ、それ聞いちゃう? そんなの決まってるじゃん、王都から教会建設の打診に来た教会関係者が領主であるホーンラビット伯爵様の目の前でホーンラビット伯爵様の義理の息子であるケビン・ワイルドウッド男爵様の嫁さんを口説いちゃったからだけど?

自治領であるグロリア辺境伯領の教会を取り仕切る者としてオーランド王国教会を代表して謝罪に来るのは当然じゃね?

って言うかお前たちが頭を下げた程度で事が収まるとでも思っていたん?

そんな訳ないじゃん、この事は当然教皇猊下のお耳にも入るし国王陛下の耳にも伝わる、ホーンラビット伯爵家とケビン・ワイルドウッド男爵様はそれだけの影響力を持った人物だって事ぐらいお前たちだって承知していたんじゃないの? だから詳しい調査に来たんでしょ?」

 

メルビン司祭長様の言葉に何も言えなくなる僕たち、僕たちは既にドラゴンの前に出されたホーンラビットも同然だったという事なのだから。

 

「でもまぁ今はこんなくだらない事で国内が荒れるのはよろしくない、それはお前たちでも分かる事だろう? 対処を誤れば内戦まっしぐらなんだから。

で、ワイルドウッド男爵様がこの俺に仲立ちを頼んできたって訳だな。既に事の詳細は書状にしてベルトナ教皇猊下とルビアン枢機卿猊下には知らせてある。あと半月もすれば詳細が伝わるだろう」

 

メルビン司祭長様の言葉にガックリと肩を落とす僕たち、僕たちに出来る事は既に何もないという事を目の前に突き付けられたのだから。

 

「はい、そんなに辛気臭い顔をしない。お前たちの処分は領都グルセリアの教会で、俺の下で働く事ね。形としては地方の教会に飛ばされたことになるからやった事の処分としては妥当って思われるし、司祭とシスターは監督不行き届きで連帯責任だな。

ピエール・ポートランド司祭見習いは王都学園を退学、そのまま教会の仕事に就いてもらう。基本的には俺の世話係だな。

坊ちゃんのお世話係の司祭とシスターにはそれぞれ仕事を割り振るから頑張ってくれ。グロリア辺境伯領が空前の好景気を迎えたことで教会も大忙しでな、人手はあればあるだけ助かるんだよ。

いや~、ケビンにはいい人材を紹介してもらって良かった良かった、これでシスターアマンダに怒られなくて済むわ~♪」

そう言いニヤニヤ笑みを浮かべるメルビン司祭長様、僕たちはあまりの展開の速さについていくことが出来ず、ただ茫然とする事しか出来ないのであった。




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