教会での僕らの処分が決定した。決定を下したのはグロリア辺境伯領の教会を取り仕切るメルビン司祭長様、本来王都教会に属している僕らの処遇に対し地方教会の司祭長であるメルビン司祭長様には何ら決定権はないものの、今回の件に関しては別。
僕が愛を囁いてしまったケイト・ワイルドウッド男爵夫人の主人に当たるケビン・ワイルドウッド男爵様は、ホーンラビット伯爵様の義娘であるパトリシア・ワイルドウッド男爵夫人を娶っており義理の息子。
その上パトリシア・ワイルドウッド男爵夫人はグロリア辺境伯家先代当主マケドニアル・グロリア卿の孫娘であり、グロリア辺境伯家の縁戚にもあたる御方。
そのような御方の夫人に手を出したとあっては両家が黙っている訳にはいかない。更に言えばグロリア辺境伯家は北西部貴族連合の盟主としてオーランド王国の貴族社会で強い発言力を有しており、王家もその言葉を無視できないし、ホーンラビット伯爵家に至っては実際に王城に乗り込んでダイソン公国との不戦条約を結ばせた立役者。
その武勇において他に追随を許すものではない。
そのような状況において王都教会と両貴族家との仲立ちに名乗りを上げたメルビン司祭長様の決定に逆らえるはずもない。
既に今回の事態は王都へ書状にしてベルトナ教皇猊下とルビアン枢機卿猊下に知らされているとの事、状況的にメルビン司祭長様の処分を覆す事は出来ないだろう。
僕はクローゼットに仕舞ってある衣類をマジックバッグに移し、忘れ物がないか部屋の中を確認する。元々それほど多くの物を持ち込んだ訳ではないが、何かを忘れたからといって簡単に取りに戻る事など出来ないのだから。
“ガチャッ”
部屋の扉を開け一階の食堂に向かう。そこには王都学園の友人のラグラとラビアナ嬢の姿が。
「ピエール、さっき聞いたんだが、グロリア辺境伯領の領都から司祭長様が来てお前の処分を言い渡したって本当か?」
「あぁ、僕のやらかしは謹慎程度で済まされるものじゃなかったからね。
王都から一月掛けてやって来た辺境の地で領主であるホーンラビット伯爵様の前で義理の息子であるケビン・ワイルドウッド男爵様の夫人に愛を囁く。その場で首を落とされてもおかしくないと言ったラグラの言葉はまさにその通りだったよ。
ラグラとは何度もぶつかり合った事もあったけど、今思えば僕と同年代で対等に言葉を交わしてくれた相手はラグラとカーベルだけだったんだよね。二人には本当に世話になった、これまでどうもありがとう」
そう言い深々と頭を下げる僕に、驚きの顔を向けるラグラとラビアナ嬢。
「ピエールが頭を下げただと? しかも礼の言葉まで」
「えっ、あなた本当にピエール様ですの? あの権力欲と傲慢が服を着ていたような・・・」
二人の反応になにも言えなくなる僕。えっ、もしかして僕ってそんな風に見られていたの?
「なんだろう、今更ながら泣きそうになってきたんだけど。僕ってそんなに酷かったの? これでも社交界じゃそれなりに頑張っていたと思うんだけど?」
「あぁ、外面は凄くよかったんだが、自分にとって役に立つのか立たないのかで判断して人を見下すところがな」
「ピエール様はバレていないとお思いだったようですけれど、分かる者には分かりますわよ? 常に笑顔の仮面をかぶっていらっしゃって、必死に自分を取り繕っていらっしゃるんだなって」
・・・なんだろう、心が痛いというか穴があったら入りたいというか。今までどこか他人事のように思えていたこれまでの自分の行いが、物凄く恥ずかしいというか“今すぐ殺してくれ”と叫びたいというか。
「それで結局処分はどうなったんだ?」
「あっ、あぁ。王都学園は退学、グロリア辺境伯領領都グルセリアの教会でメルビン司祭長様の下で働く事になったよ。配下の司祭とシスターも監督不行き届きの連帯責任として同じくグルセリア行きが決定した。今後はグルセリアの司祭とシスターとして働く事になる」
僕の言葉に「「あぁ、まぁ、仕方ないか(仕方ありませんわね)」」と言葉を揃える二人。
「処分としては妥当、相当な温情といえますが、王都教会としては面目も立ちますし、ホーンラビット伯爵様の御立場としてもこれ以下の処分は出来ませんしね」
「そうだな、話だけ聞けば地方に飛ばされたって事にもなるからな。その後の扱いは赴任先の司祭の裁量による、甘い処分と変な噂を立てる者もいないだろう。
だが、アルデンティア第四王子殿下が何と言うかだな」
「あぁ、それがありましたわね」
ラグラの言葉で不意に気付く、今まで自分の事とマルセル村での日々の衝撃で、アルデンティア第四王子殿下の事をすっかり忘れていた事に。
「そうだね、手紙を書く事にするよ。ただ王宮に直接送っても届くかどうかは分からないから、ラグラの家に送らせてもらってもいいか? 王都教会に送って届けてもらおうにも、ルビアン枢機卿猊下がそれを許すとは思えないしね」
「ルビアン枢機卿猊下といえばピエール様の御父上様ではなかったのですの? それでしたらお手紙くらい」
僕はラビアナ嬢の言葉に首を横に振る。残念ながら僕と父上との関係はそういったものではないのだから。
「僕は父上の駒にもなりえない存在だった、そういう事だから。以前であればその事に随分苦しんだかもしれないけど、今はもう大丈夫かな?
僕が世間知らずのボンボンだった、ただそれだけだから」
「・・・ピエール様、暫く会わないうちに、色々と学ばれたのですね。アルデンティア第四王子殿下には
それ程親しくしていなかったにもかかわらず、助力の言葉をくれるラビアナ嬢。厳しくも心配の気持ちを向けてくれるラグラ。
僕は本当に何も見えていなかったのだと改めて思い知らされる。
「二人共、どうもありがとう。僕はこれからの人生をグロリア辺境伯領の教会で全うしていくよ。二人とも元気で」
傍にあったにもかかわらず気付くことのなかった温かい心。人の思いやりや優しさは、ただ甘い言葉をささやく事だけではない。時に厳しく、時に真っ直ぐに。
本当の優しさは何気ない日常の中に既にあったのだと。
“ガチャリ”
宿の扉を開ければ、そこには準備を終えあとは馬車に乗り込むだけといった状態の司祭とシスター。既に彼らは配下でもなんでもないというのに、彼らにもこの先どう詫びていったらいいものか。
「メルビン司祭長様よりの伝言です。一度ホーンラビット伯爵様の下にご挨拶に向かいそれから出発するとの事でした」
「分かった、今回の事、本当にすまなかった。二人には多大な迷惑を掛けてしまった。僕にどれ程のことが出来るのか分からないが、二人には何らかの形で償っていきたいと思う」
そう謝罪の言葉を向け深々と頭を下げる。こんな事で二人の人生を狂わせてしまった事が償えるとは思っていないが、謝罪の一つも言えない情けない者に教会の司祭見習いが務まるはずもない。
「頭をお上げください、ピエール様。我々はあなた様を恨んではいません。むしろ今回の事は丁度良かったと思っているのですよ」
「そうでございます。私も今更王都に戻ったとして、これまでのようにルビアン枢機卿猊下の下で働けるとは思っていませんでしたので。
むしろ今までどうしてあれ程までに権力や地位に固執していたのか。私たちはただ女神様にお仕えする一介の信徒だというのに。
ピエール様も感じられたはずです、偉大なる女神様という存在を、女神様は常に私たちを見守り下さっているという事を。
私たちは領都グルセリアで今一度信仰を取り戻したいと考えているのです。ですからピエール様もメルビン司祭長様の下、女神様の信仰を見つめ直してください。それが私たちの願いであり、私たちに対する償いとなるのですから」
そう言い僕に微笑み掛けるシスター。司祭は「どうぞ」と言って馬車に乗り込むよう促す。僕は本当に何も見えていなかった、何も知らない子供だったのだと改めて思う。
宿の玄関前にはラグラとラビアナ嬢の姿、僕は二人に深く礼をすると、馬車に乗り込みホーンラビット伯爵邸へと向かうのだった。
ホーンラビット伯爵邸には既に多くの人々が待っていた。
ホーンラビット伯爵様、その奥方様方、多くの使用人。ケビン・ワイルドウッド男爵様、その奥方様方、そして何故か大剣聖クルーガル殿と同年代の老人が一人。
「メルビン司祭長殿、たまにはマルセル村に遊びに来て下され。私らはいつでもお待ちしておりますからな」
「いや、クルーガル、お主はいい加減王都に戻れ。今年もまた王都武術大会に呼ばれておるのだろう? お主は己の立場というものを弁えよ」
「・・・ボビー、お前ばかりズルくないか? “剣鬼ボビー”の名声は王都にも広がっておるのだろう? ここは一つ私が国王陛下に推挙を」
「やめんかド阿呆!! 儂はマルセル村で穏やかに暮らすと決めておると何度言わす!!」
「穏やか・・・、大福や緑や黄色と戦う生活が穏やか。お前の言う穏やかとはずいぶん物騒なのだな。是非代わってくれ」
「お断りじゃ、というかお主はメルビンの見送りに来たんじゃろうが、少しは大人しくせい!!」
「・・・ボビー、お前も大変だな。クルーガルの奴はまともに取り合ってると疲れるぞ、程々にな。
ホーンラビット伯爵様、ホーンラビット伯爵家の皆様方、ワイルドウッド男爵様、ワイルドウッド男爵家の皆様方、この度は教会所属の者が多大なご迷惑をお掛けし、大変申し訳ありませんでした。
この者は私の下で確り再教育いたしますことを司祭長の名においてお約束いたします」
メルビン司祭様はそう仰ると、改めてホーンラビット伯爵様に深々と頭を下げられました。僕たちはそれに倣い、心の底から謝罪を行うのでした。
「メルビン司祭長様、どうか顔をお上げください。この度の件は我が家にとっても教会の皆様方にとっても予期せぬ事、若さゆえの暴走は私のような年齢になってしまうと思いもよらぬ事でございます。
ピエール司祭見習い様も自身の発言がどれ程の事態を引き起こしてしまうのかという事を身をもって学ばれた事でしょう。
これからはメルビン司祭長様の下、女神様に仕え人々に向き合える素晴らしい司祭へとなられるよう頑張ってください」
ホーンラビット伯爵様の御言葉が、じっくりと身に染みてくる。これはただの励ましなどではない、自身の罪に誠実に向き合えという強い思い。
「ピエール司祭見習い様」
言葉を掛けてきたのは一人の女性、今回僕が多大な迷惑をかけてしまったケイト・ワイルドウッド男爵夫人。
「ピエール様は私達が主人の下で生活する事、この辺境の地で暮らす事をどこか不幸であるとお思いになられたのではないでしょうか。
確かに王都の方々の価値観からすればここマルセル村で暮らす事は不幸という事になるのかもしれません。“貴族令嬢の幽閉地”、マルセル村送りにされると言われただけで多くの貴族令嬢が態度を改めると言われる程、“オーランド王国の最果て”マルセル村の悪名は轟いておりましたから。
ですがそれは過去の話、ホーンラビット伯爵閣下が、私達の主人ケビン・ワイルドウッド男爵様が、マルセル村の多くの大人たちがそんなマルセル村を変えてくれた。
私たちは無理やり主人の下に嫁がされた訳でも、マルセル村に縛り付けられている訳でもないのです。
全ては私達の望んだこと、私たちは今とても幸せなのです」
真っ直ぐに僕の目を見つめ語られた言葉、それはケイト・ワイルドウッド男爵夫人の真実の言葉、真実の愛。
「私は貧しい村娘 周囲の嫉妬に害されて 王都を追われ逃げてきた~
日々の食事もままならず 心は疾うに擦り切れて 死を待つばかりの親子でした~
そんな私たちを 助けてくれた マルセル村の人々~
私の心を 取り戻してくれた 愛しの主人
ならば この身を主人に捧げよう~
マルセル村に尽くそう~
道行く人々が二度見する~
幸せな家庭を作り上げましょう」
心に響く歌声、ケイト・ワイルドウッド男爵夫人の人生が、その決意が。美しい旋律と共に僕の魂を揺さぶる。
「ピエール司祭見習い様、どうか曇りない瞳で人々に接してください。
あなた様が領都グルセリアでご活躍できることをお祈り申し上げます」
そう言葉を締めくくり後ろに下がるケイト・ワイルドウッド男爵夫人。
「それでは出発します、馬車に乗り込んでください」
そう声を掛けるのはケビン・ワイルドウッド男爵様、僕たちは馬車に乗り込み、そこにはメルビン司祭長様も同乗される。
“ハッ、ガタガタガタガタ”
動き出した馬車、これから五日間の旅路。
“フッ”
突然周囲から明かりが消え、車内が暗闇に包まれる。慌てる僕たちを前にメルビン司祭長様は<ライト>の明かりを灯し、落ち着くように声を掛ける。
「メルビン司祭長様、到着しましたけどどうされます? 一度降りて休まれますか?」
「なぁケビン、メイドちゃんはいるの? 男の使用人だったら別に馬車でもいいかな」
「今日の別邸の係りは残月ですね、女性執事ですからメルビン司祭長様には「降ります!! 是非お世話になりたい!!」・・・了解しました。
残月、後よろしく」
「畏まりました、ご主人様。メルビン司祭様、それと皆様方も、どうぞこちらワイルドウッド男爵家別邸にお越しください。直ぐにお飲み物をご用意いたします」
暗闇の中に突如現れた一軒の屋敷。僕たちは残月と呼ばれた女性執事に案内されるまま、その屋敷の中に入っていくのでした。
“ジョロジョロジョロ、コトッ”
差し出されたティーカップから漂うのは、ほんのりと甘い香り、これはカモミールのものか。
「えっと、残月ちゃんはケビンのところに勤めて長いのかな? 前はどこか別の家に勤めていたとか?」
「そうですね、かれこれ二年半ほどになりますか。ご主人様の下に来る前はこうしてお仕えする仕事は致しておりませんでした」
「そうなんだ~、残月ちゃんはまだまだ新人さんだったんだね~。それじゃ何かと困ることも多いでしょう。おじさんだったら何でも相談に乗っちゃうよ~♪」
「そうですね、それでは幾つか。男性というものはこうした男装の女性の事をどう思われるのでしょうか? ご主人様は好きにしてよいと仰って下さるのですが、やはり心配で・・・」
「う~んそうだな~。おじさんが思うに「はいそこまで~。お客様、お時間でございます。またのご利用、心よりお待ち申し上げております」・・・ケビン~~~!! 早いよ、早過ぎるよ、もう少しのんびり「お時間でございます。それともシスターアマンダにお迎えに来ていただいて」・・・分かりました。ケビンのケチ!!」
僕たちは訳も分からず再び馬車に戻され。
「はい、お疲れ様でした。それでは皆さん、お元気で」
そこは数日前に立ち寄ったグルセリアの大聖堂前。
「「「えっ、これは一体・・・」」」
僕たちは慌てて振り返るも、既にケビン・ワイルドウッド男爵様の姿はどこにも見当たらないのでした。
本日一話目です。