「これは一体何なんですの・・・」
その日
普通このような辺境の村に闘技場があるなどという事はどう考えてもおかしいのですが、そこにはここマルセル村ならではの特殊な事情が存在していました。
“辺境の蛮族”、グロリア辺境伯家とランドール侯爵家との衝突で一躍名を売った“鬼神ヘンリー”と“剣鬼ボビー”のお二人、一年戦争の後オーランド王国では知らぬ者のいなくなったホーンラビット伯爵家騎士団の武勇。
己の名を高めよう、騎士団に入団し更なる強さを手に入れたい。冒険者が、放浪の騎士が、多くの武を志す者たちがマルセル村に殺到した。
そんな有象無象に対処するために作られたのがこの闘技場であり、そうした者たちの相手をこの場で行っているのだとか。
そのような迷惑極まりない者たちであれば冬場であろうと関係なくマルセル村を訪ねてこようものですけれど、マルセル村には許可のない者は立ち入る事が出来ないこと、宿泊施設がない事をグロリア辺境伯領の地方都市エルセルの冒険者ギルドと、手前の村であるゴルド村に立て看板付きで知らせてあるのだとか。
それでも訪れる者は闘技場隣の野営地に案内するとのこと。この冬の寒さの中の野営、正直凍死は確定ですわね。
泣こうが喚こうがマルセル村としては完全無視。勝手に村に侵入しようとすれば捕縛の上借財を負わせエルセルの冒険者ギルド送り、夜間に侵入を試みた場合は即処刑という徹底ぶり。
捕らえるとかそういうことはなく、見つけ次第処分されるとか。コリアンダは一度「夜の清掃活動に参加されませんか? 今夜あたり魔獣(人科)が出そうなんですよね」と笑顔で誘われたらしく、あの時は顔が引き攣ったと教えてくれましたわ。
向かった先の闘技場で行われたのは村人による演劇、演目は「魔王カオスと呪われた英雄 ~愛、それは叫び~」というもの。よくある田舎演劇というものかと闘技場の観客席に向かえば、始まった舞台は王都の劇場でもなかなか見ることの出来ない本格的な物。役者の登場に使われた魔法による演出は一体どういうものかと感心しつつも、私はどんどん舞台に引き込まれていきましたわ。
“コツンッ、コツンッ、コツンッ、コツンッ”
観客席の背後から聞こえる足音。
“トンッ、トンッ、トンッ、トンッ”
宙を歩いて闘技場の中心へと向かう漆黒のローブに深紅のマントを靡かせた者。
途端観客席にいた多くの男たちがその者に襲い掛かろうとして。
「“鎮まれ、今はその時ではない”」
“ズオンッ”
一言の下に床に叩き伏せられた男たち、あれは一体何という魔法なのでしょう。瞬間的に周囲の空気が重くなったようにも感じたのですけれども。
その後気の抜けたような説明をしている姿に、その者がジミーの兄であるケビン・ワイルドウッド男爵様であることが分かったのですが、すぐに役柄に戻られたワイルドウッド男爵様のお身体から溢れ出た濃厚な闇属性魔力の奔流に、私やコリアンダ、すぐ傍で劇を見ていたラグラやその従者、異端審問官の二人が身を震わせていたことは言うまでもありませんわ。
マルセル村の住民の中にも恐ろしさから気を失うものもいましたけど、大半の村人はまるで何事もないかのように劇を楽しんでいるのですけれど? えっとあなた方にとってこの事態は大したことがないとでもいうのかしら? 目の前に現れた悪夢に「いいぞ~、魔王カオス~」とか声援を送ってるのですけど?
「「「「「待て、魔王カオス、お前の野望は俺たち(私たち)が止める!!」」」」」
そんな悪夢の前に観客席の後ろから宙を飛んで舞台に降り立った者たち。
「北の大地の勇者、ジェイク・クロー!!」
「北風の聖女、エミリー・ホーンラビット!!」
「氷結の剣天、ジミー・ドラゴンロード!!」
「冷徹なる賢者、フィリー・ソード!!」
「氷壁の聖騎士、ディア・ソード!!」
「「「「「我らマルセル村勇者パーティー!!」」」」」
“チュドーーーーーーーン!!”
ジミーーーーーーーーー!!
あなたたち、一体何してますの~~~~~~!! なんでこの世界でニチアサの戦隊ヒーローが登場しますの!! 勇者戦隊マルセンジャーとでもいうんですの? 必殺技は五人そろった氷結アタックですの? 背後で“チュドーーーーーーーン!!”って、“チュドーーーーーーーン!!”って~~~!!
そして始まる勇者パーティーと魔王カオスとの闘い、魔法と剣と、まるでこの世界の戦闘を濃縮したような手に汗握る戦い。エミリーが敵の女性に倒されて光の粒子になって消えていったときは、思わず「エミリ~~~~」と叫び声を上げてしまいましたわ。
「ぐぉ、一体何が!? ジェイク~~~~!!」
面頬を付けた美形の偉丈夫と互角以上の戦いを繰り広げていたジミー、そんなジミーに突如襲い掛かる漆黒の塊。その漆黒の何かに全身を包まれ暗黒騎士と化してしまったジミー。
「ハッハッハッハッ、無駄だ<勇者>ジェイク、今のジミーにお前の声は届いてはいない。これは呪い、“愛戦士の呪い”。真に彼を愛し想いを伝える者にしかジミーを救う事は出来ないのだよ」
「そんな、このままではジミーが」
魔王カオスに追い詰められたジェイクは観客席に身体を向けるや大きな声で訴えかける。
「この会場で、真にジミーに愛を向けてくれる方はいませんか!!
どうかジミーを苦しみから救ってください!!」
・・・はい? ジェイクは一体何を?
“バッ、バッ”
観客席から闘技場に飛び込む二つの人影、それはワイルドウッド男爵家のメイド見習い、クルンとラビアンヌ。
「ジミー、目を覚ませ。今その鎧からお前を救ってやるぞ!!」
“シュパンシュバンシュパン”
地を跳び瞬きの間にジミーに肉薄するクルン、だが・・・。
“ガキーーン”
「クッ、なんて固い」
“ドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガ”
スピードとパワー、クルンはこれまでマルセル村で培った全てを賭してジミーに呼び掛ける。それはクルンなりのジミーに対する愛の言葉。
・・・だが。
“ドンッ、ズドーーーーーン”
一瞬の踏み込み、掌底の一発で闘技場の壁に叩きつけられるクルン。
“グホッ”
「クルン!! ジミー、今のあなたには私たちの言葉は届いていないのですか?
ならば言葉が届くように、その余計な殻を引き剝がして差し上げます。
“我が命ここにあらず、我が想い、一途にして全、我が想い人は一人、恐れるものは無し”」
それは真言、ラビアンヌが己の魂に宣言する誓い。
「“ス~~~~~~ッ、ハァ~~~~~~~~”、<霊魔混合>
ジミー、これが私の全てです!!」
“ブォッ”
ラビアンヌの握る木刀が光り輝き、瞬間ラビアンヌがジミーに打ち掛かる。
“ドガンッドガンッドガンッドガンッドガンッドガンッドガンッドガンッドガンッ”
全身をバネにするかのように激しい打ち込みを見せるラビアンヌ、だがその猛攻の全てをジミーは右手の手刀だけで捌き切る。
“ゴフォッ”
突如口から血を吐きその場に膝を突くラビアンヌ、そんなラビアンヌの姿に観客席からは悲鳴に似た心配の声が上がる。
「ラビアナお嬢様、よろしいのでしょうか?」
声を掛けてきたのは傍に控えていたコリアンダであった。
「クルン様とラビアンヌ様は、ジミー様を慕って暗黒大陸からやってきたとか。その一途な思い、全てを捨ててでも愛に生きようとする姿勢。同じ女としてとても眩しく感じてしまいます。
これが若さというものなのかと、少し嫉妬すら覚えてしまいました。
ラビアナお嬢様はどうされたいのですか? この度マルセル村を訪れたのは確かに貴族社会の面倒事を避ける意味合いが大きいとは思います。ですがこの辺境の地を選んだことは、この約三か月の月日をクルン様たちと共に修行に励んだことは、ただ貴族社会から逃げるためという言葉だけでは語りつくせぬ思いがあったものかと」
コリアンダはそこで言葉を切るとじっと
「自由を手になさいませ、ラビアナお嬢様。
あなた様は幼き日から聡明であられた。ご自身の運命を受け入れ、バルーセン公爵家の令嬢として家の駒となることを選ばれていた。
お変わりになられたのは初めてアルデンティア第四王子殿下とお会いになられた時からでしょうか。己の使命を果たされつつ、生き残るための力を欲された。
何がラビアナお嬢様をそこまで追い込んでしまっていたのかは一メイドである私には窺い知ることはできません。ですがラビアナお嬢様が必死に何かに抗っていたという事は存じております。
ですがラビアナお嬢様は王都学園にご入学され徐々に変わられていった。これまでのどこか人生を諦めていた色は消え、前を向かれ始めた。
確かに先代当主セオドア・フォン・バルーセン公爵閣下がご存命であればラビアナお嬢様の御心配は杞憂ではなかったのやもしれません、ですが状況は変わった。
現当主オルセナ・フォン・バルーセン公爵閣下は時勢を読み国王派につかれた、バルーセン公爵家の権力基盤は完全にオルセナ様に移り、盤石になりつつある。
最早ラビアナ様がバルーセン公爵家のために人生を捧げる必要はなくなったのです。
さらに言えばここホーンラビット伯爵家は今後もオーランド王国内において強い発言力を持ち続けるでしょう。それはこの領地を調べたコリアンダが保証いたします」
「・・・コリアンダ、あなたは一体何が言いたいのです?」
私からの言葉に優しげな微笑みを返すコリアンダ。
「判断なさるのはラビアナ様でございます。行くもよし、引くもよし、後悔だけはなさいませんよう。
ラビアナ様を縛り付けるものは、最早何もないのですから」
コリアンダはそう言うと、再び視線を闘技場へと向けます。そこには漆黒の鎧に囚われたジミーと、そんなジミーを解放しようと必死に立ち上がろうとするクルンとラビアンヌの姿。
「まったくあの二人は、ただ正面から向かうだけが正解ではないでしょうに。でもその決意、嫌いではありませんわ」
私は席を立つと、全身に闇属性魔力を纏い気配を消す。そこにいるのにそこにいない、そんな自分を作り出すために。
“ズシャンッ、ズシャンッ、ズシャンッ”
一歩ずつ、だが確実にクルンとラビアンヌに近付くジミー、いや、漆黒の騎士。
「まったく、強引な殿方は嫌われましてよ? ジミー、女性のエスコートはもっと優雅に行いませんと」
背後から掛けられた私の声に動きを止める漆黒の騎士。
「私《わたくし》、乙女ゲーム以外にも拳法漫画も愛読しておりましたの。その中にこういう技がありまして、幼いころ結構練習しましたのよ? “<闇属性魔力流通背拳>」
“ドゴーーーン”
それは柔軟な女性の身体と全身に纏った闇属性魔力を使った複合技、鋭い捻転運動により大地の力は掌底に伝わり、私が添えた掌から打ち込まれた衝撃は鎧を貫き内部のジミー本体を打ち砕く。
“グラッ”
漆黒の騎士の膝が崩れ、勝負が決まったかのように思われた。だが次の瞬間。
“ガァーーーーーーーーーーー!!”
全身から覇気を吹き出し立ち上がる漆黒の騎士、私はその圧力に押され後方に吹き飛ばされたのでした。
「それじゃ駄目だよ、ジミーお兄ちゃんは生粋の戦闘狂だから、ただ武力で向かっても喜ばせちゃうだけでまったく心に響かないよ。
ケビンお兄ちゃんにしろジミーお兄ちゃんにしろ、正面からまっすぐに言葉をぶつけないと全然響かない朴念仁なんだから!!」
その声は観客席から掛けられたもの、ジミーの妹、ミッシェルちゃんの言葉。
「そうですね、ジミーは天然ジゴロで女性の心を鷲摑みにするくせに自分の気持ちは表に出そうとしないから、本当にずるい男。
でもそんなあなたに心の底から惚れてしまっているんですから仕方ありません。
ジミー、あなたを愛しています。これまでもこれからも、私は生涯あなたの傍にいますよ?」
それはジミーと同じ勇者パーティーの一人、フィリー・ソード。
「そうですね、私の人生はジミー君との出会いですべて変わったと言っても過言ではないですから。ゴブリンの呪いに掛けられこのままゴブリンとして死んでしまうのかと思っていたあの頃、私たちの事を正面から支え親身になってくれたあなた。今度は私たちの番、ジミーに何があろうと私たちはあなたと共に。
愛していますよ、ジミー」
それは心からの愛の告白、聖騎士であるディア・ソードの生涯の誓い。
「グッ、そうか、これが彼女たちの強さ。私やラビアンヌが現れても動じることのなかった思いの根底には、生涯を掛けてジミーと共にあろうという心の誓いがあったから。ただ強き男の
だが私の思いとて決して小さなものではない、子を育て想い人の血を繋ぐこともまた愛のカタチ。
ジミー、私の愛を受け取ってほしい」
クルンはゆっくりと立ち上がると己の思いを口にする。それは獣狼族の女性としての魂の言葉。
「私はジミーが欲しい、あなたと共にありたい、あなたと共にあなたの子を育みたい。それがとても我儘なことだというのは分かっている、でもこれが私の偽らざる想い。私のこの気持ちは生涯変わることはない、これが私のジミーに対する愛なのだから」
ラビアンヌは叫ぶ、自身の思いがジミーを縛ってしまうと分かっていても、自身を曝け出しまっすぐに言葉をぶつける。
「私は・・・」
そこは男と女の戦場、心の内を曝け出し相手の魂に訴えかける場。でも、私に彼女たちのような熱い思いがあるのだろうか。
前世でも現実の男性と向き合う事をせず都合のいい乙女ゲームに逃げていた私が、乙女ゲームの世界に転生したのだとどこか自分を特別視し、日々一生懸命に生きている目の前の人たちとの間に一線を引いていた私が。
「グッ、ググッ、ガァーーーー!!」
“ブォーーー”
ジミーの身体から激しい力が吹き上がり、全身を覆っていた漆黒の鎧が吹き飛んでいく。後ろに縛っていた髪留めは千切れ、金色の長い髪が風に靡くようにゆらゆらと揺れる。
「フゥ~~~、ようやく解放されたか。まったくマルセル村はとんでもない所だよ、ここまで好きにされると文句を言う気も起きない。
でもジェイク、お前にはあとで確り話を聞かせてもらうからな」
ジミーがギロリと顔を向けた先、そこには土下座し地面に頭を擦り付ける<勇者>ジェイクの姿。
「先ずフィリー、ディア、二人の気持ちが本物だという事は俺が一番よく分かっている。その上で俺との間に適度の距離を開け好きにさせてくれていることもな。本当に俺にはもったいない程のいい女だよ。
俺はこの先も変わらないだろうし変われない、そんな俺でよければこの先も頼む。こんな言い方しか出来なくて悪いがこれが俺だ、諦めてくれ。
それとクルン、お前の考えは獣人族として当然のものだ、俺はそれを否定しないし変えようとも思わん。クルンはクルンのまま人生を貫けばいい。そのうえで尚も俺と共にありたいと思うのなら好きにしろ、お前の拳、確り俺に届いたからな。
ラビアンヌ、俺はお前の想いには応えられん。見ての通り俺は自分勝手な男だ、今は王都学園に通っているが卒業したらジェイクたちと一緒に世界に旅立つつもりだ。
何年になるのか何十年になるのか、下手をすれば何処か見知らぬ土地でくたばるかもしれない。そんな俺がお前の人生を縛る訳にはいかない。
ラビアンヌ、お前は深い愛を持った女だ、その愛で相手を包み込み共に生涯を過ごそうとする女だ。愛に生き愛に死ぬ覚悟を持った女だ。
そんなお前を俺みたいな男が縛る事は出来ないし、してはいけない。
お前には俺よりも相応しい男がいる、共に愛を育み人生を共に過ごす事の出来る相手は必ず見つかるはずだ。
ラビアンヌの気持ちはとても嬉しかったよ、ありがとう。どうか新しい相手と幸せを掴んでくれ」
ジミーから語られる言葉、それはジミーがこれまでしっかりと私たちの事を見て考え抜いた結論。私は、私は・・・。
ジミーの視線が私に向けられる、眼鏡越しにもその気持ちが真剣なものであると伝わってくる。心臓の鼓動が早鐘のように鼓膜を揺らす。
「ラビアナ、俺は・・・」
嫌、止めて、私は・・・。
「ブフッ、アッハッハッハッハッ、駄目だ、もう我慢できない。ラビアナ、お前焦り過ぎ。なんか周りに煽られてめっちゃ舞い上がってんの、本当、勘弁して」
「はぁ~!?」
私の口から出た言葉は、自分でも驚くほど低く、ドスの利いたものだった。この男は一体何を言っているのか、こんな真剣な場面で笑い出す? このガキ、女の人生舐め切ってんのかオラ!!
私は闇属性魔力を滾らせ全力でこの馬鹿を睨みつける、あぁ~~~、もう、何で私はこんなバカに惚れちゃったのよ、本当ふざけるんじゃないわよ!!
そんな私の顔を見て口元をニヤリと引き上げる馬鹿男。
「調子を取り戻したみたいだな、今のラビアナだったらもう少しいい勝負が出来そうだ。
おっと話を戻そう、何か周りにいいように巻き込まれて告白合戦に引き摺り込まれたラビアナお嬢様に申し上げます。
焦んな、バ~カ。お前はいい女なんだから今のままでいろ。
って言うかラビアナは引く手
「キ~~~~ッ、ムカつく~~~~、この地味メガネの天然ジゴロ!! 絶対“お願いだから僕のところに来てください、ラビアナ嬢”って言わせてやるんだから~~~~!!」
何なのこの男は、何なのよ~~~~~!!
闘技場のど真ん中で、私が心からの叫び声を上げたのは致し方のない事なのでした。
本日一話目です。