“ガチャガチャガチャガチャ”
ホーンラビット伯爵家本邸前に揃う三台の馬車と六頭の騎馬、そんな彼らを見送るようにホーンラビット伯爵家の者たちが屋敷前に揃う。
「ホーンラビット伯爵様、この度は冬期休暇という大変長い期間お世話になり誠にありがとうございました。この冬は多くの学びを得ることが出来ました、これも偏にホーンラビット伯爵様ならびにマルセル村の皆様のお陰と、心より感謝申し上げます」
その場に集まった者たちはホーンラビット伯爵家次女エミリー・ホーンラビットの友人であり王都学園で共に学ぶラビアナ・バルーセン公爵令嬢とラグラ・ベイル伯爵家子息、それとそれぞれのお付きの者たち。
「ホーンラビット伯爵様、長い期間私どもの調査にご協力いただきありがとうございました。所詮我々は末端、この調査結果により今後ボルグ教国の教会がどう動くのか断言する事は出来ません。ですが私とシスターミレーヌは、皆様の辺境の地で楽しく過ごしたいという気持ちはよく理解することが出来ました。
私たちはこれまで様々な地に調査に向かいましたが、立ち去りがたいと思ったのはこのマルセル村が初めてです。いずれ機会があれば必ずお伺いしたいと思います、皆さまに女神様の御加護がございますことを・・・失礼いたしました、女神様の御加護は既にあるのでしたね。
では皆様お元気で、いつかまたお会いいたしましょう」
そして調査のため辺境の大地にやって来た異端審問官の者たち。
「ラビアナ・バルーセン公爵令嬢様、ラグラ・ベイル伯爵令息様、我々は北の辺境の引き籠り、大したおもてなしも出来なかった事とは思いますが、この村で過ごした日々を有意義と思っていただけたのでしたら幸いです。
王都学園では義娘エミリーをはじめとしたホーンラビット伯爵領の者を、何卒よろしくお願いいたします。
シラベル司祭様、シスターミレーヌ、お役目とはいえ遠くボルグ教国からお越しいただき大変恐縮に存じます。
お二人が見聞きした事は衝撃的な事の連続であった事かと存じます。ですが敢えて言わせていただきます、それはマルセル村の日常です。
マルセル村の理不尽は“流通が滞ると買い物に困る”と言ってダイソン公国とオーランド王国との戦争を終結させたり、“弟ジミーの活躍が見たい”と言って暗黒大陸で開かれる魔都総合武術大会を見に行ったり、“嫁の里帰り”と言って世界樹の下にあるエルフの里に行っちゃうような理不尽なんです。
お二人が調べ上げたケビンのケビンはケビンの一端でしかないと申し上げておきます。
もしもお二人が理不尽から逃げ出したいとお思いになったのなら、マルセル村を頼って下さい。この地は“オーランド王国の最果て”、訳アリの終着地点。この地の理不尽はお二人の理不尽を軽く呑み込んでしまうほど理不尽ですから」
そう言いニコリと微笑むホーンラビット伯爵に、乾いた笑いを返す異端審問官たち。
「それでは皆さん、馬車に乗り込んでください。先導はジミー、フィリー、ディア、それと俺の四騎で務める。間に馬車を挟み後方警戒はエミリーお嬢様とジェイクが行ってくれ。各自騎乗!!」
「「「「「はい、ギースさん」」」」」
“パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ、パッカ”
“ガタガタガタガタガタガタガタガタ”
騎士服を着用し、馬上の人となって颯爽と出立するマルセル村の若者たち、ホーンラビット伯爵邸の前に集まった多くの村人たちが、去っていく者たちに手を振り盛大に送り出す。
「のうボビー、異端審問官もそうだが諜報に訪れた者たち、調査結果をまともに上に報告して信じてもらえると思うか?」
これまで様々な国々を旅してきた英雄大剣聖クルーガル・ウォーレンは、旧知の仲である村の剣術指南役ボビー・ソードに声を掛ける。
「うむ、バルーセン公爵家は国王派についた事で王家との関係も深まっておる。王都諜報組織“影”との情報のやり取りもあるであろうから事前情報の確認といった側面が強いはずであるから信じてもらえるであろうが、他はの~。
お主も承知している様に、ベイル伯爵家は代々続いた第一騎士団の騎士団長の座を解任されておる。その原因の一つであるホーンラビット伯爵家には恨みこそあれ好い感情は持ち合わせていないはず、持ち帰った情報をどう解釈したものか。
異端審問官に至っては、マルセル村の現状は排斥理由の宝庫じゃからの、何が切っ掛けでどう動くのか全くわからん。正直放置してくれることが一番ありがたいのではあるが。
それよりお主もそろそろ王都に帰らんか、どうせ今年も王都武術大会に呼ばれておるのであろう?」
そう言い大剣聖クルーガルを睨みつけるボビー。大剣聖クルーガルは悪びれもせず「そう言えばそんな事をラグラが言っておったの、何やら父上であるベイル伯爵から是非出席して欲しいと言伝を預かってきたといっていたか」と言葉を返す。
若者たちの旅立ち、本格的な春の始まり。ボビーは「ワッハッハッハッ」と気楽に笑う悪友に呆れた視線を向けつつ、“そろそろ土起こしをせんといかんの”と今年度の作付け計画を考えるのであった。
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「玄才さん、見事なものですね」
そこは広く平坦な土地に広がる広い農場、目の前にぎっしりと詰まった穂を実らせ頭を垂れる黄金色の水田。
「あぁ、俺の知っている稲作の知識なんざ大したもんじゃなかったが、ビッグワーム肥料と言ったか? 水田に撒いたあの肥料が上手い事作用してくれたんだろうな。
それと水田の雑草取りに使ったスライムたちの働きが大きかった、普段動きの鈍いスライムも水辺では素早く動くからな、俺もまさかスライムが雑草と稲の区別を付けれるほど頭がいいとは思わなかったから驚きだったよ」
ここは自己領域の島に作った実験水田。気候的に南国のこの島で果たして稲作が上手く行くのかという心配はありましたが、あくまで実験と割り切り鬼人族の玄才さんには水田造りに一からかかわっていただきました。
いや~、水田作り、嘗めてました。最初の頃は形だけの水田を作ったものの水が全く溜まらなくって困ったのなんの、玄才さん曰く田んぼの土は稲を育てる層の下に水を止める固い土の層があるんだとか。ただ形だけ田んぼっぽくして水を流し入れても駄目だったって訳ですね。
地面を固めたりその上からビッグワーム肥料を混ぜ込んだ稲用の土を入れたり横漏れ防止に畔を作ったり、結構準備が大変だったな~。魔力の触腕技術がなかったらどうなっていた事か。
肝心の水は何と言っても自己領域ですから、自噴井戸を作るのはわけなかったんですけどね。用水路を作って水捌けを調整して、この三か月ちょっと試行錯誤の繰り返し(主に玄才さんが)でした。
「玄才さん、本当にありがとうございます。お陰でこの島での稲作に希望が持てました」
「いや、これは俺だけの力じゃないからそこまで感謝しなくていいぞ? って言うかなんで上手くいったんだかよく分かってないからな。
大体南国と俺の住んでいた地域とじゃ気候が全く違うだろう、そんな土地の稲が形だけを整えた田んぼでまともに育ったことが信じられん。確か大陸の南方で育てられている米はもっと細長い品種の米だったはずだ。以前源蔵がそんな事を話していたのを聞いた事がある。
おそらくだが肥料とこの土地に何らかの関係があるのかもしれないが、詳しい事は全く分からん。
それとトライデントと言ったか、彼がよく手伝ってくれたからな。本当に助かった」
トライデントには玄才さんの下で稲作の研修をしてもらいました。一度体験すれば完全に再現出来るトライデントの学習能力は、半端ないですからね。
「あとは稲刈りとはざ掛けだな、それが終わったら脱穀と籾摺り、やる事は多岐に渡るんだが」
「あぁ、籾摺りは大丈夫です、扶桑国の米屋で大型精米機を譲ってもらえたんで。でも一台しかないんで、他所に譲る訳にはいかないし、上手い方法があったら教えてください」
「そうだな、一般的な農家は木臼の籾摺り器を使う。収穫後の籾摺り作業は各家の子供の仕事だったからな、よく覚えているぞ。
ただ、今は魔道具が普及したからな、脱穀だけして庄屋に収めるって農家がほとんどになってると思うぞ」
うん、機械化が進むのは世の常ですね。これ、今度扶桑国に買い付けに行った際に何台か買ってきた方がいいって感じ?
俺は春祭りの時のジミーたちとの会話を思い出し小さくため息を吐くのでした。
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「えっと、それって種籾が欲しいって事? そんなものどうするの? お米が食べたかったら王都の屋敷でお米料理を作ってもらえるように伊織に手配しておくけど?」
春祭りの会場である村の健康広場、修羅の国の住人を全員地獄送りにした俺が宴席に着いてオムライスに舌鼓を打っていると正座中のジェイク君からそんな言葉が。何でも王都で知り合ったリットン侯爵家王都屋敷の代官様に湿地でも栽培可能な農作物について相談を受けたんだとか。
何でそんな事になったのかと聞いたところ、リットン侯爵家王都屋敷裏の排水路の汚泥を生活魔法<ウォーター>と土属性魔法の<クリエートブロック>できれいに処理したところ、代官様にお声掛け頂いたんだとか。人の縁ってものはよく分からんものです。
そこで代官様は生活魔法<ウォーター>の使用方法にいたく感心され、自領の湿地問題に応用できないかと話が進んだんだとか。現在は湿地でも比較的育つ雑穀を栽培し飼料として販売しているんだとか。
・・・これ、直ぐにでも水田に転換できるんじゃね? 状態を見ないと何とも言えないんだけど、既に湿地帯での作付け経験がある農民が揃ってるみたいだし。
「その時ジミーが代官様に稲作はしないのかと質問したんです。扶桑国で稲作が行われているって事を蒼雲さんに聞いていたみたいで、“中央大陸東方地域の国々では麦ではなく稲から採れる米を主食とする国がある。紅茶、その主な生産国である創国でも米が主食である”って話を代官様にしていたんです。
俺は王都の屋敷で初めて米料理を食べて感動したんですよ、潰したお米を棒状のものに付けて味噌とかいう調味料を付けて焼いた料理でしたけど、どこか懐かしいって言うか、優しい料理って言うか」
あぁ、まぁそうだよね~、ジェイク君転生勇者様だもんね~。後で伊織にその時の様子を聞いておこう。
「その時にジミーがケビンお兄ちゃんが前にエルフの里から購入してきたお米を食べさせてくれた事があるって話をして、伊織さんからはケビンお兄ちゃんが扶桑国まで行ってお米を買って来たって話を聞いたんです。
ケビンお兄ちゃんの事だからただ食べる用のお米を買うだけじゃなくて、マルセル村で栽培実験をする用のお米も買って来てるんじゃないかと思って」
鋭いよジェイク君、って言うか俺の思考ってバレバレだよ。まぁ買ってきたけどね、売るほどあるけどね。
「まぁあるけどね。それでどうするの? 持って帰りたいって事なら準備しておくけど」
「あっ、それならリットン侯爵家王都屋敷代官のマリルドア・リットン様にケビンお兄ちゃんの事を紹介しておくね。変に僕たちが間に入るよりその方が上手くいくと思うし」
「なっ、ちょっと待とうジェイク君、それだと俺がリットン侯爵家に「オーランド王国産のお米がたくさん手に入るかも」・・・」
「すぐに上手くいく保証はないけど、リットン侯爵家としては湿地帯でも生産可能な作物を求めているし、それが主食になりうる穀物であれば大喜び。ケビンお兄ちゃんは国内にお米が流通することによって新たに生まれるお米文化に興味がない、なんてことはないよね?」
「ウグッ・・・」
ジェ、ジェイク君がいつの間にか大人に・・・。しっかりこっちの痛いところを突いてくるし。
「でも俺、コメの作り方なんか知らないぞ?」
「フッ、ケビンお兄ちゃん、嘘はいけないな~。ケビンお兄ちゃんがその辺を調べてこない訳ないじゃん。ケビンお兄ちゃんはお米が食べたいって理由だけで大陸の東の外れ、扶桑国に行っちゃうような人だよ? 栽培実験のためにお米の種を購入してくるような人だよ? 作り方くらい調べてきてるに決まってるじゃん。
それが書物かどうかは知らないけど、何らかの方法で栽培できるようにしちゃってるんでしょう? という事であとの事はよろしくお願いします。
あっ、種とすぐに食べれる用のお米はください、お話ししに行く時に必要なんで。
いや~、結構気になってたんで助かります!!」
そういい正座の姿勢から頭を下げるジェイク君。
言えない、自己領域である程度成果が出てるとか栽培方法は知らないけどコメ農家をスカウトしてきちゃったとか。
ジェイク君、自分が食べたいからってガッツリプレゼンしてくるし、こっちが断りづらいところをチクチク突いてくるし。
俺はそんなジェイク君の成長ぶりを嬉しく思うものの、“厄介事はこっちに丸投げですか!!”とガックリせざるを得ないのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora