新年度が始まり、王都学園の新しい一年が本格的に動き出した。二年生になった俺たちは各選択科目を選び受講する事になり、光属性魔法特化型のエミリーは治療術と魔法の授業を中心に受講、魔法も体術もどっちつかずの俺はエミリーと同じ魔法の授業も選択しつつ対人戦闘術を受講、ジミーとフィリーは戦術論や交渉術、薬学といったものを選択する事になった。
「しかしジミー、いいのか? お前今回戦闘系の授業を一つも受講してないだろう、折角本格的な戦闘の授業が始まるっていうのに」
二年生になればおのずと講義の内容もより詳しく高度なものになる。それは戦闘系の授業もそうであり、ジミーにとっては楽しみな事であったはず。
「あぁ、それか、正直手加減の訓練はもういいかと思ってな。相手に合わせ力を制限した上で全力で戦う、去年一年間頑張ったおかげで十分手加減をすることが出来るようになったよ。
ただ俺はそれ以外の面が極端に弱い、しいて言えば搦め手で倒される部類かな。剣の勇者にしろ魔法の勇者にしろ、搦め手でがんじがらめになって身動きの出来なくなった強者は掃いて捨てる程いるからな。
俺は最近何でケビンお兄ちゃんがああも表に出たがらないのか、過剰と言えるほどの事前準備をするのかが分かってきた気がするんだ。
人はドラゴンにはなれない、いくら強力な力を持っていようともドラゴンのように孤高を貫く事の出来ない人はそうした点で弱い。
マルセル村の大人たちはずっと俺たちに人の弱さ、世間の恐ろしさを教えてきてくれただろう? だから俺もちゃんと正面を向いて戦わないといけないと思ってな」
そう言いニヤリと笑うジミー。ジミーは確りと将来を見据えて選択しているんだと思い、少し自分が恥ずかしくなった事は秘密だ。
そんなこんなで時間は過ぎ、二週間が経ったある日の事。
「ジェイク・クロー先輩、エミリー・ホーンラビット先輩でいらっしゃいますね?」
放課後、声を掛けてきたのは見知らぬ新入生の女子生徒であった。
「あぁ、そうだが君は一体? 見た感じ新入生のようだが」
「申し遅れました、私の名はエイコー・ペングラフ、本年度入学を許されましたペングラフ伯爵家次女となります、どうぞお見知りおきを。
お声掛けをしたのは他でもありません、バルデン侯爵家御令嬢でありますミルキー・バルデン様より託けを預かってまいりました。
本日この後生徒ラウンジにてお茶会を執り行いたく、お二人をお誘いしたいとのよしにございます」
そう言い深く礼をするエイコー嬢、俺が隣のエミリーに目を向けると同じく俺の方を向き肩を竦めるエミリー。
「すまないが俺たちは遠慮させてもらうよ。君も大変だとは思うがミルキー嬢にはそう伝えてほしい」
「はぁ? よろしいのですか? 失礼を承知で申し上げますが、バルデン侯爵家と言えばマルス侯爵家と共に中央貴族界を牽引する御家柄、そのバルデン侯爵家からのお誘いをお断りするという事は中央貴族界全体を敵に回すという事に他ならないのですよ?」
信じられないといった表情で俺の言葉を聞き直すエイコー嬢、俺はそんな彼女にキョトンとした表情のまま言葉を返します。
「う~ん、君は何か勘違いをしているようだから少し質問するけど、エイコー嬢は僕たちの事をどういう風に聞いているのかな? 知っている範囲でいいから教えてくれると助かるんだけど」
俺はあくまで先輩としての立場を崩さず、言葉を選んで質問します。
「はい、ジェイク・クロー先輩は<勇者>の職業を授かり栄えある王都学園への入学を許された者であるという事、言い方は悪いと思いますが、“凡庸な勇者”であると伺っています。
エミリー・ホーンラビット先輩はホーンラビット伯爵家の次女であり、<聖女>の職も授かっての入学とお聞きしています。しかしながらホーンラビット伯爵家は新興伯爵家であり、領地も辺境の小領であるとか。
当主の実子ではなく養女であるとも伺っています」
そう答えどこか冷めた視線を送るエイコー嬢。まぁそうだよね、後輩とは言え相手は生粋のお貴族様の御令嬢、片やこちらは職業こそ<勇者>と<聖女>だけど、血筋はまんま平民だしね。
中央貴族云々とか言ってるところを見ると、血統主義とか貴族主義とか、長いオーランド王国の歴史を支え続けてきたのは我々だ~とか言った考え方で凝り固まっているんだろうから。
「うん、その通りだね。君が考えているように俺たちは偶々有用な職業を授かっただけの平民に過ぎない。養女であるエミリーも新興貴族家であるホーンラビット伯爵家も、エイコー嬢から見れば平民と何が違うのかといった話だしね。
実際ホーンラビット伯爵閣下は俺が子供の頃は村の村長だったからね、完全に平民です。成り上がりもここまでくると奇跡と言ってもいいんじゃないのかな? ご自身が「どうしてこうなった?」と言っているくらいだから、エイコー嬢がそう思っても何の不思議もないよ」
俺の言葉に不機嫌さを深め、“ではなぜ言う事を聞かないのか!”といった顔になるエイコー嬢。若い、若いな~、なんか去年のアルデンティア殿下を見ているみたい、スゲー微笑ましい。
「俺たちが君の誘いを断る理由は二つ、まず一つは君たちが貴族至上主義、あるいは血統主義のような思想の持ち主で平民を下に見ている事。
勘違いして欲しくないんだけど、俺は貴族と平民が同じ様に暮らせとか訳の分からない事を言っているんじゃないからね?
貴族には貴族の、平民には平民の役割があり、互いに確りとした線引きが必要であるという事もちゃんと理解した上での話だ。学園内で貴族と平民がこうして会話する事も、貴族が優秀な平民を引き入れる為の建前である事は王都学園に在籍している平民や下級貴族家出身の者たちなら全員理解しているし、それが理解出来ないような者はたとえ有用な職業を授かっていても王都学園の入学を許されないから。
現にそうした性格に難があると判断された生徒が、武術学園に在籍しているよ。
分かったうえで敢えて言うけど、平民だからって何でも貴族の意向に従わなければいけないという事ではないんだよ。大概は力がないから従わざるを得ないってだけでね。
そして二つ目の理由なんだけど、俺たちにはその力があるんだ。これは授かった職業が<勇者>と<聖女>だからといった話じゃなくね。
王都ではホーンラビット伯爵家の事を“辺境の蛮族”と言って蔑んでいるらしいけど、どうして蛮族と呼ばれているのかもう一度よく思い出した方がいいよ?
そうだな、一年戦争から去年に至るまでのホーンラビット伯爵家絡みの噂を集めれば少しは分かってもらえるんじゃないかな。
俺たちは引かないし折れない、基本的な価値観が王都中央貴族の君たちとは異なるんだよ。正しく“辺境の蛮族”なんだと思うよ?」
俺の言葉に何故か顔を赤くして怒りの感情をぶつけてくるエイコー嬢、意味が分からないんですけど。俺、ちゃんと話してるよね?
「それと最後に、今日の放課後は本当に予定が入っています。アルデンティア第四王子殿下に生徒会室に呼ばれていてね、生徒会活動の手伝いだね。派閥としてはアルデンティア第四王子殿下派閥って考えてくれてもいいよ? 別に困らないし。もしくはフレアリーズ第五王女殿下派閥で、御二方とは非常に親しくさせていただいております。
ミルキー嬢だったかな? 君の派閥の盟主さんにはそう伝えておいて、それじゃこれで」
持つべきものは確かな後ろ盾、これはケビンお兄ちゃんの教えです。
俺はそれだけを話すと、エミリーを連れてその場を後にします。エイコー嬢は何故か呆然と俺たちの背中を眺め続けるのでした。
本当に去年のアルデンティア第四王子殿下みたい、若いな~。
俺とエミリーは噴き出しそうになるのを必死に堪え、アルデンティア殿下の待つ生徒会室に直行。本人のお顔を見た途端堪えきれずに大爆笑してカーベルとラビアナお嬢様から盛大に説教されるのですが、これはまた別のお話。
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“ガヤガヤガヤガヤ”
「いらっしゃいませ~、何名様ですか?」
「二人で、取り合えずエールのジョッキと摘みをお願い」
王都の喧騒、多くの人々が繰り出す歓楽街には様々な店が軒を連ねる。
「いや~、ロイドの兄貴、すみませんね、お忙しいところお呼び立てしちゃって」
「いや、別に構わないけどな。ケビンの方は何かと忙しいんじゃないのか? ホーンラビット伯爵家の仕事が色々あるんだろ?」
“ドン、ドン、コトッ”
「ありがとう、あとこれで適当に摘まめるものを持ってきてくれる?」
俺はそう言うと銀貨を五枚テーブルに置きます。
給仕の女性は元気よく「畏まりました~」と声を上げると、厨房へと引っ込んでいく。
「まぁまずは乾杯しましょう、新年度の始まりに!!」
「おう、春の訪れに!!」
「「かんぱ~い」」
“ガシャンッ、ゴクゴクゴクゴクッ、プハ~~~~”
うん、マルコお爺さんの作るエールの方が旨いけど、こういう騒がしい中で気の置けない相手と共に飲むエールも格別な旨さがありますね。
俺は摘みをつつきつつ、ロイドの兄貴の近況を伺いながらたわいのない話を進めるのでした。
「実際のところ王都の景気ってどうなんです? 一年戦争後の混乱も収まってきてはいるものの、死んだ人間は戻らないじゃないですか? アスターナの戦いに参加したのは貴族ばかりじゃない、農民だって相当数駆り出されたわけだし、事実一昨年は小麦の生産量が激減したじゃないですか?」
あっ、この漬物旨い。俺は摘みを齧りながら、商人の立場からの話を伺います。
「そうだな、確かに南部の穀倉地帯における人手不足は深刻なものがあったが、北西部貴族連合と南西部貴族連合の間で急速に広まっているビッグワーム農法、あれのお陰でオーランド王国全体としての食糧生産量はそこまで落ち込まなかったんだよ。
俺は王都に来て二年になるが、食糧不足といった声は聞かなかったしな。
仕事はあるんだよ、バルーセン公爵領やハンセン侯爵領といった穀倉地帯もそうだが、南部貴族のリットン侯爵家や周辺貴族家も結構やられてたからな、どこも人手不足だしな。
各貴族家とも兵士は冒険者から補充、そのせいで冒険者の質が一気に下がったっていわれてるくらいだしな。エールお代わり~!!」
あぁ、そればっかりはな~。人口が爆発的に増えるには食料が安定的に手に入る環境と経済的安定が必要、グロリア辺境伯領がまさにそれ。
おそらく今後数十年でグロリア辺境伯領の人口は倍増するんじゃないかな? 領都グルセリアの人口流入を考えると、グロリア辺境伯領が第二の王都と呼ばれる日も遠くないだろうし。
金が流れれば物も流れる、シュティンガー侯爵領経由でリフテリア魔法王国の魔道具がどんどん輸入されるだろうし、リットン侯爵領経由のスロバニア王国との取引も増えるはず。そうなると景気は決して悪いとは言えないのかな?
「でもそうなるとロイドの兄貴はますます忙しくなりますね。いや、前に俺のところの人間を<勇者>ジェイクと<聖女>エミリーお嬢様の警護のために学園に潜り込ませているって話をしたじゃないですか? そいつが学園の職員の女性でお相手を探している人がいるんで誰か紹介してくれないかって言ってきましてね、話を聞いたらロイドの兄貴にちょうどいいんじゃないかなって思ったんですけど、兄貴はそれどころじゃないっすよね。
いや、本当すみません、忘れて下さ「詳しい話を聞こうか」・・・いえ、でも、ロイドの兄貴はお忙しいんじゃ「詳しい話を聞こうか」・・・誰か心に決めたお相手がいるんじゃ?」
「だ~か~ら~、相手がいないの、ずっと一人身なの、仕事上の付き合いから恋に発展するってのは都市伝説なの、恋愛小説の中だけの話なの!!」
「・・・あぁ、あれっすね、幼馴染のかわいい女の子がずっと好きでいてくれる的な。確か剣の勇者様と賢者様が幼馴染だったんじゃなかったかな?」
「俺いねえの、かわいい幼馴染、男どもばっかりだったの!! ケビンはいいよな、ケイトちゃんっていうべた惚れの幼馴染がいて、幼馴染がいて~!!」
「そうそう、ケイトの子、女の子でした。ケイト似のかわいい子ですよ? もうね、絵画にして残したいくらい。領都グルセリアに行けばそういう仕事をしてる人もいるんですかね?」
「あぁ、いるぞ? 貴族や金持ちがお見合いのときの釣書用に肖像画を描かせるんだよ。家族の肖像画を頼む家も結構あるぞ? 向こうに帰ったらギース統括に聞いてみたらいい、あの人こういう事に詳しいから。
って話が違うわ、俺に彼女を紹介してくれるって奴~!!」
うわ~、ロイドの兄貴必死でやんの、王都の女性は皆狩人だけど選り好みが激しいのね。マルセル村なら貴重な男性ってことで即ロックオンされちゃうのに。
そういえば買取役人のケープさんってどうなったんだろう? 確かリンダさんといい感じって十六夜が言ってたような、帰ったら確認してみよう。
春は出会い、様々な出会いが待ち受ける季節。ロイドの兄貴とシルビーナ先生の出会いがどう転がるのか、俺はせっつく兄貴に苦笑いを返しながらシルビーナ先生の人となりを話していくのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora