広い部屋、豪華な調度品に彩られたそこで、天蓋付きのベッドの上で膝を抱える。
これは運命、これは宿命、逃れる事が出来ると思っていた、逃れられたと思い込んでいた。
「ラビアナ、疲れているところ呼び立ててすまない。だがどうしてもラビアナに聞かなければならない事が出来てな。
これは強制ではなくラビアナの意思を尊重しようと思っての事だから、そのつもりで聞いて欲しい」
オーランド王国の北の外れ、辺境の最果てと呼ばれるホーンラビット伯爵領マルセル村から王都屋敷に戻ってきて暫く、当主であるオルセナお兄様からの呼び出しに執務室に向かった先で聞かされた話は、然もあらんという内容のものでした。
「ラビアナも知っての通り、アルデンティア第四王子殿下の側近であったルビアン枢機卿の息子であるピエール・ポートランドが学園を去る事となった。王家としてはその穴を埋めるべく人選を重ねたそうだが、中々に良い人材が見つからなかったとの事であった。
そんな時にラビアナ、君の名が挙がってね。ラビアナにアルデンティア第四王子殿下の傍について欲しいとの事だった。
この話はヘルザー宰相閣下からの問い合わせとして伝えられたものなのだが、断ったからといって当家に何ら
お兄様の言葉は私の思いを尊重するというものではあったものの、現在の貴族社会におけるバルーセン公爵家の立場を考えれば答えはおのずと決まってきます。
「お兄様、お気遣いいただき大変ありがとうございます。
「そうか、分かった。宰相閣下には私の方から返事をしておくこととする、ラビアナには苦労を掛けるがよろしく頼む」
そう言い頭を下げるお兄様、その姿に私はこれでよかったのだと自身に言い聞かせました。
そして新年度が始まり二学年生徒としての生活が始まりました。アルデンティア第四王子殿下は生徒会会長の座に就かれ、私はその手伝いに奔走する事となりました。
王子殿下のお傍でお世話を行う以上、なるべく行動を共にする必要があります。授業選択は王子殿下の意向を踏まえたうえで行い、学園ダンジョン攻略パーティーも当然王子殿下のパーティーに参加する事となりました。
「そうか、そうした事情であれば仕方がない。ラビアナであれば学園ダンジョン如きでどうこうなる事もないとは思うが、何が起きるのか分からないのがダンジョンだ、油断なくな」
私がパーティーを去ると伝えた日、リーダーであるジミーは私を引き留めることなく送り出してくれました。他のパーティーメンバーたちも「それなら仕方がない」とあっさりと。
ここは王都学園、生徒間の平等が建前である事など十分に承知しています。でも、それでも引き留めて欲しいと思ってしまうのは、私の我が儘なのでしょうか。
その後彼らとの仲が疎遠になったという訳ではないものの、どこか寂しさを感じてしまったことは否めません。
アルデンティア第四王子殿下のお傍に就く事で私の日常は様変わりしました。これまで社交界から完全に遠のいていた私も、これからはそうもいきません。
学園内では積極的に周囲に声を掛け、王子殿下に恥をかかせまいと生徒ラウンジでのお茶会を企画し、人を集め。
そんな私を好意的に受け止めてくれる者たちがいる反面、今更何をしゃしゃり出てきたのかと否定的な感情を向ける者たちもいます。
彼女たちは一学年の時アルデンティア第四王子殿下を巡り様々な接触を試みていた者たち、結局王子殿下の婚約者は未だ発表されていないのだから当然と言えば当然の反応なのですけれど。
「でもこれではまんま乙女ゲームの悪役令嬢ラビアナ・バルーセンではありませんの」
視点を変えよくよく思い起こせば、乙女ゲームの中のラビアナ・バルーセンもよくお茶会を開いていました。生徒会室でのシーンでは生徒会役員でもないのに何でこいつがいるんだと憤慨したものでした。
あれは描写されていないだけで、生徒会の仕事を手伝っていた? アルデンティア第四王子殿下の婚約者という立場であったラビアナが、全く何も手伝う事もなくただその場にいたなんてことは考えられない。プレイヤーの視点からは分からないだけでそこには確りとしたラビアナ・バルーセンの人生が確かにあったのだと、今なら分かる事が出来ます。
「ラビアナ、あなたは幸せでしたの?」
何度も何度も見続けてきたラビアナの死、ゲームの中ではただのイベントであり物語に深みを持たせるための添え物的存在。ですが自身がその存在となって、物語の登場人物となったとき、私は・・・。
「自由を手になさいませ、ラビアナお嬢様」
マルセル村の春祭りの時、専属メイドのコリアンダが掛けてくれた言葉が耳に何度も繰り返される。私は自分で自分を縛ってしまっている、こうあらねばならない、こうすべきである、ラビアナ・バルーセンであろうとするあまり自分から望まぬ道に進もうとしてしまっている。
「焦んな、バ~カ。お前はいい女なんだから今のままでいろ」
不意に思い出されたジミーの言葉、途端今まで心を締め付けていた様々な感情が、ジミーに対するムカつきで埋め尽くされる。
「アンタに言われるまでもなく私はいい女よ、見てなさい、絶対私をあっさり手放したことを後悔させてやるんですから!!」
何かこっちに向かって鼻で笑っている地味メガネの幻影が見えるんですけど!? 超ムカつく~~~!!
「止めですわ、
ベッドから降りベルを鳴らす、専属メイドのコリアンダが直ぐに着替えの用意を行う。
幻影のジミーが“調子が戻ったようだな、それでこそラビアナだ”と言葉を残し消えていく。
本当に、本当にムカつく男、そして私の心を搔き乱していく男。
「ラビアナお嬢様、本日は大変良いお顔をなさっておいでですが、何やら素晴らしい夢でもご覧になられたのでしょうか?」
コリアンダの言葉にふと笑みを漏らし、肩の力を抜く。
「そうね、アレは夢、そうだったのかもしれないわね。このところ少し空回りしていた自分に気が付いた、そういう事よ」
私は「何でもないわ、気にしないで」と声を掛けると、着替えを済ませ朝食の席へと向かうのでした。
――――――――――――
「ロイドの兄貴、気合入ってますね」
「まぁな。ケビンの話じゃ相手は王都学園の職員、という事は少なくともいいとこのお嬢様って事だろう? 気合を入れて当然だろうが」
ロイドの兄貴に紹介したい人がいるという話をして数日、兄貴が早上がりできる日に合わせスケジュールを調整、お引き合わせの場をセッティングした俺氏、めっちゃ頑張りました。
シルビーナ先生に関しては学園事務所の見守る会メンバーのお姉様方に協力を要請、皆さん大変良い笑顔で引き受けてくださいました。
“ガタガタガタガタガタガタ”
モルガン商会王都支店の前にやってきたのは満月が御者を務める馬車、俺は扉を開け中に乗るように促します。
「すまん、こう言っては何だが、ケビンは本当にお貴族様なんだな。全くそんな雰囲気が無いからあまり実感が湧かないんだが」
「まぁ仕方がないですよ、ロイドの兄貴と初めて会ったのは四年半前の授けの儀の時でしたけど、あの時は完全に農家の小倅でしたから。あの時は自分が将来男爵様になるだなんて思いもしませんでしたし? モルガン商会長様や先代のグロリア辺境伯様にお会いしてビビり散らかしてましたから」
そう言い肩を竦める俺に、「イヤイヤイヤ、ケビンは無茶苦茶やってたらしいじゃん、話は確り聞いてるからな?」と返すロイドの兄貴。
やっぱりこの御方は当時から確り情報収集をなさっておられたようでございます。
「でもよ、本当に俺なんかでいいのか? さっきも言ったけど王都学園に勤めるなんていったら身元の確かなお嬢様なんだろう?
普通に考えてお相手も限られてくるんじゃないのか?」
「まぁそうですね、あの学園は地方学園みたいに地元の関係でどうにかなるような場所じゃありませんから。
でも彼女の場合はそういうのとは少し違うらしいですよ? 聞いた話では地方学園からの推薦で編入したとかでその時の繋がりで職員として採用されたんだとか、大変真面目な生徒さんだったんじゃないですかね」
俺の話になるほどと納得する兄貴、何やら合点がいったようです。
「了解了解、そういう事ね。だったら納得だわ。
いや、俺はてっきり何か問題のあるお貴族様のお嬢様かと思って少し警戒してたんだよ。それなりにあるんだよ、三女とか四女のお嬢様が平民と一緒になるなんてことは。
まぁ気位の高い中央貴族の中じゃ少数派になるんだろうけど、それでも知り合いの商会員の中には男爵家や子爵家のお嬢様を嫁に貰ったって奴もちらほらいるしな。
無粋な言い方だけどお貴族様も食べて行かないといけないからな、金目当てじゃないがそうした事もあるってな。
でも俺、そこまで稼いでないからな? 王都勤務って事で給料は上がったけど、お貴族様の暮らしは正直ついて行けないぞ?」
ロイドの兄貴の本音の言葉、うん、確かにそうだわ。よく商会勤めだと金回りがいいように思われるけど、実際はそこまでじゃないって行商時代にギース統括も言ってたもんな~。
大店の商会長の息子とかの嫁にでもなれば下手な貴族よりもいい暮らしが出来るかもしれないけど、ロイドの兄貴はただの商会員だし。それでもその辺の勤め人よりかは十分稼いでいるはずだけどね。(ギース統括情報)
「大丈夫だとは思いますけど、その辺はロイドの兄貴が探りを入れてみてください。俺、恋愛の駆け引きとかからっきしなんで。
今の嫁さんも全員外堀埋められちゃっての結婚ですし? パトリシアに至っては堂々と「政略結婚です!!」とか言って迫ってきましたからね。
こと恋愛に関しては俺ってスライム以下ですから。なんの御助言も出来ません。
あっ、着いたみたいですね、それじゃ降りましょうか、ここから先はワイルドウッド男爵で行きますんでよろしくお願いします」
俺はそう言うと表情を引き締めてから馬車を降りるのでした。
「ケビ、いえ、ワイルドウッド男爵様、こちらは・・・」
「あぁ、ここのオーナーシェフとは懇意にさせてもらっていてね、特別に席を用意して貰ったんだ。ロイドには日頃世話になっているからな、これくらいの事はさせてくれ」
そう言い俺が案内した場所、そこは王都でも五本の指に入るといわれている超高級レストラン。数年先まで予約で埋まっている名店で、このレストランで食事をする事が王都での成功者の証と言われる程。
「おっ、お相手も丁度到着したようだ、ここは男らしくエスコートと洒落こもうじゃないか」
俺の言葉にサッと雰囲気を変えるロイド、そこにはどこからどう見ても出来る若手商人の姿が。ロイドの兄貴、役者だわ~。
店の前に停車する馬車、開かれた扉からは王都学園に迎えに行ったメイド姿の十六夜と、彼女に促され下車する一人の女性。
清楚ながらも可愛らしい装い、どこか恥ずかし気に俯く姿は男心をくすぐりってあなた誰?
えっ、シルビーナ先生は? 十六夜、シルビーナ先生はどうしたの?
俺がスッと十六夜に視線を向けると、コクリと頷きを返す十六夜。・・・マジか~、女は皆女優って、マジか~。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。今日のこの善き日にあなた様にお会い出来ましたことを、女神様に感謝申し上げます」
「あっ、その、ありがとうございます。本日はよろしくお願いします」
馬車から降り立ったシルビーナ先生(猫発動中)の前にさりげなく歩み寄り、挨拶を決めるロイドの兄貴。まるでダンスを誘うかのように右手を差し出す事も忘れません。
そんなロイドの兄貴の手を取り、初心な少女のように付き従うシルビーナ先生。これは凄い攻防戦になってきたと、十六夜先生大興奮です。
俺はそんな二人の前を進むと、店の前で待機する従業員に目配せをして店内に案内していくのでした。
用意された場所は中庭が見える個室、テーブルには既に歓迎用の前菜がセッティングされていて、二人の出会いに彩りを添えています。
「では私から自己紹介をさせていただこう。私の名はケビン・ワイルドウッド男爵、王都ではあまり良い印象を持たれていないのでこの場に居合わせる事をためらったのだが、やはり紹介者としての責務もあるのでな。
先ずはこちらの男性の紹介をさせていただく。彼の名はロイド、モルガン商会王都支店においてホーンラビット伯爵家ならびにワイルドウッド男爵家との取引を担当して貰っている商会員だ。
常に誠実な対応で、当方としては信頼のおける取引相手であると感謝している。王都の情報にも詳しく、様々なことを相談したりと公私ともに懇意にする間柄だ。
そしてこちらの令嬢はシルビーナ嬢、王都学園で教鞭をとる才女と聞いている。王都学園に勤務するビーン・ネイチャーマン講師の紹介でな、彼の話によれば生徒からも信頼の厚い魔法学の権威であるとか。
この若さとこの美貌で魔法の才能にも秀でているとは、女神様に愛された人物とはまさにシルビーナ嬢のような者の事を言うのであろうな」
俺の紹介に互いに顔を見合わせジッと見詰め合う二人。
・・・これは、まさか伝説の一目惚れ? フォーリンラブですか? 落ちちゃったんですか? しかも相思相愛?
十六夜、これってどういう状況!?
「・・・なぁ、シルビーナ。王都ではモテモテで仕方がないんじゃなかったのか? 手紙ではお貴族様からの求婚で四苦八苦してるって話じゃなかったか?」
「・・・ロイドの方こそ王都勤務になって都会の女性は積極的で困るとか書いて寄越してなかったかしら?」
「「・・・なんで出会いの相手がお前(アンタ)なんだよ(なのよ)」」
・・・あれ? お知り合い?
室内に漂う何とも言えない空気。俺は“もしかしてやらかしちゃった?”という思いに苛まれつつ、この場をどう取り繕うべきか頭を悩ませるのでした。
本日一話目です。