「よう、ロイド。何ボーッと突っ立ってるんだよ」
「いや、あの子凄いなって思って」
それはグロリア辺境伯領の領都学園での事、親に人脈を作ってこいと放り込まれた学園生活、寮での慣れない生活の中でも少しずつ友人と呼べる者が出来てきていた。
「あぁ、魔法使いのシルビーナだろう? 確か風と水の二属性持ちだったんじゃないのか? あいつも残念だったよな、あれでもう少し魔力量が多かったなら魔導士を授かったかもしれないんだけどな。
こればっかりは女神様の思し召し、ああやって必死に努力してますって姿を見せたからって、結果は変わらないんだけどな」
魔法訓練場の隅、真剣な表情で魔法の練習に励む彼女の姿が、ただ親に言われるがまま学園に進んだ俺の目には強く焼き付くこととなった。
それから暫く、俺は何度か魔法訓練場に足を運ぶ機会があったが、彼女、シルビーナの姿はそのたびに目にすることとなった。
それは複数のクラスでの合同授業のとき、たまたまシルビーナと隣り合わせになった俺は、ずっと疑問に思っていた事を聞いてみることにした。
「よう、俺はロイド、よろしく。前から聞いてみたい事があってさ、ちょっと話がしたかったんだよ」
声を掛けた俺に訝しげな視線を向けるシルビーナ、彼女の第一声は「何、ナンパなら他所を当たってくれる?」だったな。
「いや、そんなんじゃないんだけどさ、何で毎日飽きもせず魔法訓練を続けてるのかなって思って。
職業が<魔法使い>じゃやれる事もそこまで多くはないんだろう? 何でなのかなって思って」
それは単純な疑問、俺と違い何かに真っ直ぐ取り組む人間に対する問い掛け。
そんな俺の言葉に大きなため息を吐きながら、呆れの視線を向けるシルビーナ。彼女は“何を当たり前の事を”といった表情で言葉を返してきた。
「あのさ、ここは好きなだけ魔法の研鑽が出来る学園な訳。そんな環境にあって言われた事だけしかしないって、馬鹿なの?」
それは俺にはない考え方、如何に楽に楽しく毎日を過ごすかを考える俺とは真逆のもの、俺とコイツとは多分合わないなと思った瞬間だった。
「でも何やかんやとつるむようになって、それからの腐れ縁? シルビーナは努力の甲斐あって<無詠唱>に目覚めて王都学園に転校していっちまったけど、たまに手紙でやり取りするくらいには関係が続いていたって感じかな」
「へ〜、人に歴史ありって言いますけど、ロイドの兄貴にもそんな時代があったんですね。
っていうかシルビーナ先生といったら王都学園でも有名人じゃないですか、そんなお方と親しい知り合いって、流石ロイドの兄貴、そこに痺れる憧れる!!」
「よせやい、ケビンには負けるから、お前の交友関係洒落にならないじゃねえか」
「イヤイヤイヤ、俺の交友関係なんてとてもとても。ロイドの兄貴には敵いませんって〜」
しばらくこめかみを揉んだ後途端態度を崩したケビン、どうやら俺とシルビーナが知り合いだった事はケビンにとっても想定外だったようで、取り繕う事を止めたようであった。
「ちょっとロイド、アンタ何ワイルドウッド男爵様に馴れ馴れしい態度を取ってるのよ。私ならまだ王都学園って後ろ盾があるけど、アンタはそんなものないんでしょう? 大変申し訳ありませんでした、ロイドには私からよく言い聞かせておきますのでどうかお許しいただけませんでしょうか?」
そう言いテーブルの向いで頭を下げるシルビーナ、そんな彼女の態度に俺とケビンは顔を見合わせる。
「あの、シルビーナ先生はロイドの兄貴から話を聞いてませんかね? 俺は元々農家の小倅で、ロイドの兄貴にはグロリア辺境伯領領都グルセリアにあるモルガン商会本店で度々お世話になっていたんです。
ロイドの兄貴は凄いんですよ、周りから文句のつけようのない状況を作って仕事をさぼる技術に関して他に追随を許しませんからね。俺の尊敬してやまない兄貴にして人生の目標なんですよ」
「おいおいそんなに持ち上げるなよ、照れるじゃないか」
「「ハッハッハッハッハッハッ」」
俺とケビンが顔を見合わせて笑っていると、額に手をやって首を振るシルビーナ。何か問題でもあったんだろうか?
「アンタね、仮にも女性との顔合わせの席で何ぬかしてるのよ、自ら仕事の出来ない男って暴露して、相手の女性の気持ちも考えなさいよね? まぁ私はアンタがそんな奴だって知ってるからいいけど」
ウッ、シルビーナの言うことももっともだったか。どうも俺は気合を入れていた事とこんな高級店に来たってことの反動で、相当に振り切れてたらしい、反省反省。
「えっ、何言ってんすか? 俺、一言もロイドの兄貴が仕事が出来ないだなんて言ってないっすよ? 最初にロイドの兄貴の紹介をした時にも言いましたけど、ロイドの兄貴にはホーンラビット伯爵家とワイルドウッド男爵家との取引を全面的に引き受けてもらってるんですよ? 取引額で言っても年間金貨数千枚はいく話です、そんな取引の相手に無能な人間を選ぶ訳ないじゃないですか。
それに兄貴はこの二年でモルガン商会王都支店の取引規模を三倍にした超凄腕商会員ですよ? これ、少し調べてもらえればすぐに分かりますから、この場限りの嘘なんかじゃないですから」
「よせよ、それこそこんなところで言う話じゃねえって、それに俺が業績を上げれたのだってケビンが何かと人を紹介してくれたり、グロリア辺境伯様が製本を頼んでくださったビッグワーム農法の書籍が切っ掛けだったりするんだから、実質的にケビンのお陰じゃん。
俺の力なんか関係ないって」
「いやいや、それはあくまで切っ掛けで、その機会を長い商売に結び付けたのは兄貴じゃないですか、あまり謙遜がひどいと嫌味になりますよ?」
「あっ、それまんまケビンに返すわ。いよ、王家も恐れる凄腕交渉人、この前アパガード商会の商会長に会った時言ってたぞ、ケビンが商人じゃない事が本当に惜しいって。ケビンなら歴史に名を残す稀代の大商人になれるのにって、ケビンの事めちゃくちゃ気にしてたな」
俺の言葉に顔を引き攣らせるケビン、こいつってば本当に働きたくないって思ってるからな~。そのくせ人一倍まめに動くんだから意味が分からん。
功績は他人に擦り付けがマルセル村の基本らしいからさもありなんといったところなんだろうけど、マジで惜しい才能だよな。
「・・・・・」
「ん? どうしたシルビーナ? そんな驚いたグラスウルフみたいな顔をして。俺、なんか変な事でも言ったか?」
何かシルビーナがぽかんとしてるんだけど、どうしたんだろうか?
「えっ、あっ、ごめん。私、勝手にロイドの事仕事の出来ないちゃらんぽらん商会員って思いこんでいたみたい。無意識に馬鹿にしてたかも、本当にごめんなさい。
ハハハ、そうよね。私、これまでなんで私だけいい出会いがないのかって周りのせいにして憤ってたけど、当り前よね。
相手だって馬鹿じゃない、無意識のうちに相手を下に見て馬鹿にしているような高飛車な女、誰だって相手にしたくないわよ。寄ってくる男は私の名声と身体が目当てなろくでなしばかり、まともな男は端から傍に寄ってこなかったってだけなのに。
ごめんねロイド、私なんかのために時間を取らせちゃって」
ん? なんだこいつ? 情緒不安定か? 行き成り謝り出したんだが、意味が分からん。
「何言ってんだ、シルビーナ? 別に俺は今この場にいることを後悔なんかしてないぞ?
確かに気合を入れてエスコートした相手がシルビーナだと分かった時は“詐欺だ~!!”って叫びたくなったけどな。
お前とこうやって旨い料理を楽しめる、これほど嬉しい事はそうそうないからな。
手紙で元気にやってることは聞いていたけど会う事なんてなかっただろう?
シルビーナは忙しいからな、そんなお前の邪魔はしたくないって言うか遠慮してたっていうか。俺にとってシルビーナは憧れだったんだよ、お前が頑張ってるってだけで俺も頑張らないとなって気になるって言うか、励まされるって言うか。
ハハハ、何言ってるんだろうな、さぼることばっかり考えてる俺が」
どうも俺は場所に酔っちまったみたいだ、さっきから変なことばかり言っちまっている。
「まぁまぁ、御両人、お互い積もる話もあるでしょうし手紙じゃ語りつくせない苦労話もあるでしょう。お邪魔虫は少し席を外させていただくという事で。
何かありましたら控えのメイドにお声掛けいただければと」
「えっ、ちょっと待てケビン、お前今のこの空気で席を外すって酷くね? えっ、なんでシルビーナが泣いてるの? 俺、何か酷い事でも言った? ケビンってどこ行きやがった!? 消えるの早すぎないかアイツ!!」
王都で五本の指に入ると言われる超高級レストランのコースメニューの味が全然分からないほどテンパる俺、普段の手紙のやり取りでは想像できないほど弱々しい表情を見せるシルビーナ、どうしてこうなった?
俺は一度目を瞑り大きく深呼吸をしてから改めてシルビーナの姿を目に入れる。
清楚でありながらかわいらしさを感じさせるドレス、髪型や化粧も柔和な雰囲気を意識して全体的な調和を考えて整えられている、
その瞳は潤み、これまで俺が勝手に抱いていた強い女性といった雰囲気とは真逆のもの。
「俺こそごめん、俺はシルビーナの事を勝手にできる女性、強い女性と決めつけていた。昔のお前は凄くしっかりしていて、何事もとことん追求するような所があって。
今でもそう言ったところは変わらないんだろうけど、だからといってだれにも頼らない強い女性だって決めつけるのは違うよな。
確かに気の強いところはあるだろうし負けず嫌いかもしれないけど、そのことだけがシルビーナの魅力なんじゃない。かわいらしいところも、優しいところもある。
シルビーナって実はぬいぐるみとか好きだったりするだろう? でも周りからなんて言われるのかが怖くて口にはできなかった、違うか?」
「なっ、そんな訳ないじゃない、私がいつそんな話をしたって言うのよ!!」
途端顔を赤くして怒り出すシルビーナ。でもそれ、必死に誤魔化してるのってまる分かりだから。
「俺とシルビーナの仲だろう? 今更取り繕ってどうするんだよ。それと今日のドレス、凄く似合ってるよ。これまでそういう格好ってしたことなかったんじゃないのか?
馬車から降りた時俯いていたのだって、普段着慣れない服装に恥ずかしかったってのもあったんじゃないのか?
そういう反応、すごくかわいいと思うよ」
「なっ、ばか、ロイドの癖に何言ってるのよ!!」
声を上げ顔を赤くするシルビーナ、こうしてみると学園時代を思い出すよな、あの頃はよくこうやって言い合ってたっけ。
「いや、正直俺を含めて世の中の男どもは見る目がなかったんだと思う。シルビーナの功績や名声、表面上の雰囲気だけしか見ていなかった、シルビーナの本質を何も見ていなかったんだろうさ。
確かにお前は頑張り屋で一度こうと決めたら曲げないし寝食を忘れて追及しようとするところがある、それは昔から変わらないお前の本質なんだろう。
でもそれだけじゃない、その内面にはかわいい物が好きでかわいらしく着飾りたいといった女性的な側面もしっかりとある。目つきがきつい事を気にしたり、言葉使いや態度が強い事を反省したり。
今の姿はそんな自分の裏返し何だろう? 嫌な事は嫌ってきっぱり言うシルビーナが出会いの場にその装いできたことが、何よりの証拠だよ。
シルビーナは今の自分がどこか嫌で変わりたいと思っていた。
でもあえて言うぞ、それ無理だから、というかお前はお前だから。
ついついきついことを言ってしまうシルビーナも本当はもっと優しく柔らかい話し方をしたいと思うシルビーナも、周りからきついと思われてしまうシルビーナも実はかわいい物が好きなシルビーナも、全部ひっくるめてシルビーナだから。
いいんじゃないのか? お前のままで。お前はお前なんだ、だから一緒にいたい、そう思えるんだから」
怒ったり恥ずかしがったり、忙しく表情を変えるシルビーナ。やっぱりこいつは一緒にいて楽しいよな。
「今日は会いに来てくれてありがとう、すごく楽しかったよ。できれば今度はもっと気楽に騒げる酒場が良いんだけどな。流石の名店だけあって料理は最高においしかったんだけど、どうにも格式が高くてな」
「フッ、あのねロイド、そういう時はまた一緒に食事にこようとか言って次に繋げるものよ? それに女性を誘うのに酒場って、まぁ私も嫌いじゃないからいいけど。
いつでもいいわ、連絡を頂戴。楽しみにしてるわ」
そう言いニコリと微笑むシルビーナ、その表情はどこか吹っ切れたような、凄く魅力的で。
「あっ、そうそう。今日の出会いを記念して贈り物を用意していたんだよ、よかったら受け取ってくれ」
俺はあらかじめ用意しておいた贈り物をメイドに頼んで持ってきてもらう。
それはきれいな包装紙に包まれた大きなリボンの付いた品。
“シュルッ、ガサガサガサ”
包みを開けた瞬間、瞳を輝かせるシルビーナ。
「王都の隠れた名店、ぬいぐるみ工房モフモフマミーの新作、ゴールデンハニーベアのぬいぐるみだ。そのつぶらな瞳と得も言われぬ手触りに一目ぼれしてな、贈り物にするならこれしかないって思ったんだよ。
シルビーナなら大事にしてくれそうでよかったよ」
「うん、ありがとうロイド♪」
そう言い花の咲いたような笑顔を浮かべぬいぐるみを抱きかかえるシルビーナ。
・・・やべ、めっちゃかわいいかも。いけねぇ、胸の鼓動がやばい事になってるんですけど。
俺は本心を悟られないように笑顔を浮かべながら、自身の気持ちを落ち着けようとゆっくり深呼吸をするのだった。
“グホッ、これが大人の男女のジレジレ、堪りません。旦那様に感謝を”
“いや、これは俺も想定外だから。それよりもちゃんと仕事しろよ、見守り活動にかまけ過ぎてたらすぐにマルセル村に送り返すからな”
“旦那様に絶対の忠誠を!!”
部屋の隅、気配を消した者たちがしっかりと二人の様子を観察していることなど全く気が付かない、ロイドとシルビーナなのでありました。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora