転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第762話 辺境男爵、忙しなく働く

“コツンッ、コツンッ、コツンッ”

新年度が始まり早いもので一月、新しく入学してきた生徒達も王都学園という慣れない環境に四苦八苦しながらも、それぞれの交流の幅を広げ青春を謳歌しているように見受けられます。

もっともここは王都学園、高位貴族の令息令嬢と特別な職業を授かった才能の持ち主たちが集うオーランド王国の最高学府。生徒たちの関係はまさに王国社会の縮図のように、時に激しく時に静かにぶつかり合っていたりするのですが。

 

「おはようございます、皆様お揃いでしょうか? 本日の講義を始めさせていただきます」

私、ビーン・ネイチャーマンは、そんな若者たちの姿をつぶさに見詰め、時に寄り添い、時に言葉を掛け、彼らの成長を見守り続けています。

 

「はい、それでは講義といきたいところですが、その前にご紹介いたします。そちらにお座りの新入生エイコー・ペングラフ嬢が本日より当講義を受講される事となりました。皆さん、仲良くしてあげてください。

エイコー嬢は初めてこの講義を受けられるのでこの“便利な生活魔法活用術講座”がどういったものかお分かりにならないと思いますので、簡単に説明させていただきます。

基本的には生活魔法をいかに便利に使うのかといった話を中心に講義を進めていきますが、それ以外の事についても随時お話させていただいております。

所謂雑学、趣味の講座程度に捉えていただければよいかと。時間潰しに聞き流していただける程度で構いませんので」

 

そう言いニコリと微笑む私に、二学年のジミー君とロナウド君がひそひそと何かを言い合っています。「この講座がただの趣味って」と言われましても事実趣味ですから、あまり気負わないで欲しい物です。

 

「それと先程から気になっていたのですが、アルジミール君とライオネス君はスライムを持ち込んでどうしたのですか? 別にこの講義ではスライムの持ち込みにとやかく言うつもりはありませんが、他の授業では注意されてしまいますよ?」

私からの問い掛けに気まずそうにする二人。机の上に小振りの桶を置いているから何かと思えば、中にはスライムが一匹プルプル震えているというとてもシュールな状況に、思わず声を掛けてしまいました。

 

「いえ、その、これは後程ネイチャーマン先生にご相談に向かおうと思っていた件でして、ハハハハ」

頭を掻きどうしたものかといった表情になるアルジミール君、彼も何かと大変なんでしょう。

 

「そうですね、これもいい機会でしょう、エイコー嬢にはこの講義がどういったものかを理解していただけるかもしれません。せっかく授業選択をしていただいたのに、あとからこんなはずではなかったと後悔させてしまうのも申し訳ありませんので。他の講義を選択し直されても全然かまいませんので、本当に気楽に聞いて下さい。

それでお二人はどういった相談を? スライムに関する事だろうことは、見ていれば分かりますが」

「あの、実はフレアリーズ第五王女殿下の事でして。俺と第五王女殿下が婚約を結んだことはネイチャーマン先生もご存じだと思いますが、やはりより親密な関係になるには第五王女殿下の趣味にも理解を示さなければいけないと思うんですよ。

それでスライムを飼い始めたんですが、こいつプルプル震えてるだけなんですよね。一応大図書館から「スライム使いの手記」を借りて勉強してはいるんですが、俺はテイムスキルを持っていないのでどうしたらいいのか。

そんな俺を見かねてライオネスもスライムを飼い始めたんですけど、どうにも扱いに困ってしまって・・・」

 

そう言い桶の中のスライムに視線を落とすアルジミール君。フムフム、なるほど、そういう事ですか。

 

「話は分かりました。おそらくお二人はフレアリーズ第五王女殿下が飼育されているスライムや、<勇者>ジェイク君やジミー君が飼育しているスライムを基準に考えてしまっているのではないでしょうか?

私も以前皆様のスライムと触れ合う機会がありましたが、前提としてあれほど意思の疎通が取れ尚且つ動きの達者なスライムは極稀だという事をご理解ください。

えっと、エイコー嬢には一体何のことだかお分かりになりませんよね。ジミー君、申し訳ありませんがスライミーを出していただいてもよろしいでしょうか?」

私の言葉にコクリと頷いたジミー君は従魔の指輪の付いた左手を前に出し、「オープン」と唱えるのでした。

 

「ヒーッ」

現われた骨格標本魔人に小さな悲鳴を上げるエイコー嬢。それはそうですよね、中の骨の身体が透けて見える人物なんか恐怖以外の何物でもありませんから。

 

「あぁ、すみません。スライミーたち、分離してスライム体型をとってもらえますか?」

“ガシャンッ”

私の言葉に骨格標本から分離し三体のスライムへと戻るスライミーたち、その光景に唯々唖然とするエイコー嬢。

 

「ご覧いただいたように、スライムという魔物は訓練次第では人の想像を遥かに超えた事を熟す不思議な生き物なんですよ。

では、なぜ彼らがこの様なことが出来るのかという事についてお話しいたしたいと思います。

予め申し上げますがこれは私個人の見解です、スライムという魔物に関する研究はまだまだ進んでおらず分からない事の方が多いという事をご了承ください。

彼らは基本的にその場に合わせ食性を変える環境対応型魔物であると言われています。それはあらゆる環境に対し適応し、時には進化を果たし、全世界的に生息域を広げている事からも明らかであり・・・」

 

こうして始まった私の“趣味”の講義、新入生の中で唯一受講を決めて下さったエイコー嬢がこのまま残って下さるのかは分かりませんが、少しでも楽しんでいただければ幸いと思う私なのでありました。

 

―――――――――――――――

 

“ザクッ、ネッチャ、ザクッ、ネッチャ、ザクッ” 

そこはある種異様な光景の広がる農場であった。大きく広がる大地は一面湿地帯であり、そんな大地で鍬を振るう農民たち。確かに作物の成長に水は欠かせないものではある、だがそれにも限度というものがある。

多過ぎる水気は根腐れや病気の原因となり、決して作物の成長にとってよい物ではない。であるにもかかわらず、農民たちは真剣な表情で鍬を振るい続ける。

 

「うむ、いい感じに土がこなれてきてるな、これならいい田んぼが作れそうだ。次はビッグワーム肥料を撒いてからもう一度混ぜ込んで水を引き入れる、大変な作業だが頑張ってくれ。

この村での成功が未来のリットン侯爵家を変えていくんだからな」

掛けられた声、鬼人族という額に角を生やした人物からの農業指導に抵抗がなかったわけではない、だが示された未来、齎された塩おにぎりの旨さに村人たちは決意する。

“俺たちの手でリットン侯爵領の未来を切り開く!!”

彼らは三年間の完全生活保障、穀物と野菜の支給、ビッグワーム農法の指導という条件の下、心に宿る使命感に突き動かされ今日も鍬を振るうのだ。リットン侯爵領に生きる全ての農民の希望となるために。

 

「トライデント、用水路の設置個所の図面はどうなっている? 最終的には川に流れ込む様に傾斜角度を考えて・・・」

「マスター、自噴井戸の設置場所なんですが・・・」

「ご主人様、周辺地区の監督官様がご挨拶に参られました」

 

春眠、暁を覚えず。お布団様に包まれながらキャタピラーに進化したい今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

(わたくし)、ケビン・ワイルドウッド男爵は週のうち二日を王都学園講師、残りの四日をリットン侯爵領での農地整備事業に費やしております。

何故俺自ら率先して農地整備を行っているのかといえば、リットン侯爵家が結構な借金体質だからですね。残念ながらこれといった産業を持っていないリットン侯爵家、それでも侯爵家ですんでそれなりの税収はあるんですけどね、支出の方が多くてですね~。

まぁオーランド王国の貴族社会はそんな貴族家がゴロゴロ存在するってんですから笑えない話ではあるんですが。

 

商業ギルドとしても安定的な返済を行って貰わないと困る訳でして、潰れてもらってはどれだけの人間が困窮するのか分からないって感じで、負債ばかりが雪だるま式にですね。

まるで江戸時代の貧乏藩主、救済策で徳政令なんか発令された日には商業ギルドどころか全ての商会が引き上げちゃいますから強権も使えない。

オーランド王国、政治ばかりじゃなく経済的にもとんでもなかったようでございます。

 

それでもバルーセン公爵家やシュティンガー侯爵家みたいに黒字体質の領地もあるにはあるんですけどね、バルーセン公爵家は国内最大の穀倉地帯を有しているし、シュティンガー侯爵家は隣国リフテリア魔法王国の窓口として貿易の権利をしっかり握ってますからね。

ランドール侯爵家は大森林沿いに城壁都市を建設しその運営に成功、ダンジョン都市も持っているんじゃなかったかな? グロリア辺境伯家はそういう意味では経済的に弱かったんだけど、王家と袂を分かった事でヨークシャー森林国との貿易権利を独占、農業改革も相まって一気に黒字に転換したんですよね。以前カミラさんに聞いた話では財政状況はかなり危うかったらしいです。

 

ホーンラビット伯爵家? 現在は借金なしの黒字経営でございます。大森林素材をバンバン放出してますからね、周囲からのやっかみが凄いんじゃないんですかね。

前にドレイク村長が実家にビッグワーム農法を教えに行きたいって言ってたけど、そういった背景もあって音信不通状態。親切顔で下手に接触を持った日には、ご実家のブラウン男爵家が潰されちゃうかもしれませんからね。

まぁその辺も鑑みてロイドの兄貴経由でビッグワーム農法の指南書と生活魔法の教本を送ってもらっているんですけど。

ロイドの兄貴、「極秘の依頼です」とか言って自分で行こうとして支店長さんに怒られたらしいからな~、本当に兄貴は兄貴だよ、マジリスペクトだわ~。

 

「ワイルドウッド男爵閣下、ご苦労様でございます。それで新たな農法のための水田作りの進捗状況はいかがですかな?」

声を掛けてきたのは周辺地区を担当する監督官、今回の試みはリットン侯爵領代官を務めていたマリルドア・リットン卿の発案とはいえ、現在の代官からすれば面白くはない筈、逐一情報を集めて上にあげろとか言われてるんだろうな~。失敗すれば苛烈に責め立てて、成功すれば功績を掠め取ろうとか考えてるのかな?

こっちとしては安定的に米の取引が行えればそれでいいんですけどね。

 

「そうですね、この地の農民は元々湿地での農作業に慣れている為か飲み込みも早く、指導に当たっている玄才も手放しに褒めていました。

圃場整備に関してはただ水の流れを作ればいいというものでもないので慎重に行っていますが、先に整備した実験用の田んぼに関しては問題なく。

先ずはこの規模の村で管理しきれる水田面積を算出、水路整備に関しても自分たちで行えるように指導をしていこうかと。

本年度に関してはあくまで実験栽培となりますが、玄才の話では気候風土的に問題はないのではないかとの事ですので、十分な収穫量を得ることが出来るものと思われます」

 

俺は今も指導を行う鬼人族の男性を指差しながら説明します。この監督官も初め玄才の姿を見るや顔をしかめていましたが、穀物生産の道筋が立つと聞いては掌を返さざるを得なかったのでしょう。

裏で何と言おうと邪魔さえしてこなければ無問題です。

 

「それではこの後稲作の栽培が成功したらですが」

「そうですね、この村の者たちには確りとした指導を行いますので、それを基準に各村に指導官を送り込んでいただければよいのではないでしょうか。

グロリア辺境伯領においてはビッグワーム農法の指南書を作り各村に配布し、尚且つ指導官を送り込む事で正しい農法の普及に成功したとか。リットン侯爵家に於かれましてもそうした成功例を参考にされる事をお勧めいたします。

またこの用水路の建設も現在のリットン侯爵領における湿地問題解決の一手段になり得るかと、是非参考になさってください」

 

俺はそう言いニコリと微笑むと、この後作業が残っていますのでと断りを入れ話を切り上げるのでした。

おんぶにだっこの事業に未来はないですからね、稲作を普及したいのなら自分たちの手足を使ってください。俺が全部やるって思ってる辺り図々しいっすよ? 俺がやるのは切っ掛けに対する初期投資、以降十年間は収量の半分を回収する事で話は付けてますんで。

甘い汁だけ吸おうとしても無駄なのだよ、監督官殿。

 

降り注ぐ日差しの下、田んぼ作りは続いて行く。青い空に飛ぶビッグクロー(式神)は、この村を明るい未来に導くかのように優雅に羽を広げるのでした。

 




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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