王都貴族街、その一角に居を構える名門貴族家、バルデン侯爵家。中央貴族家として国を支え王家を支え続けた彼らは、強い権力と利権を持ち、多くの貴族家を牽引する名家として君臨し続けてきた。
だがそんな彼らの生活を揺るがす大事件が起きた。“一年戦争”、
侯爵家とはいえこれといった産業もない貧乏貴族家、中央貴族の彼らからすれば蔑みの対象でしかない者たち。だがそれは領地運営という目で見てのもの、奪い蹂躙する対象としては十分に魅力的な獲物であった。
ある者は戦争の英雄という名誉を求めて、またある者は戦後の利益配分という利権を求めて。皆が皆そのおこぼれにあやかろうと物見遊山にこぞって貴族軍に参加した。
第一回アスターナ戦役における死者数、五万六千名。第二回アスターナ戦役における死者数、六万七千名。死者数は十二万を超えるオーランド王国史におけるもっとも凄惨な戦争として歴史に名を残すことになったこの戦いにより、各貴族家は当主並びに嫡子を失い、オーランド王国貴族社会は未曾有の大混乱に陥ることとなった。
だがそれは同時に、これまで日の目を見なかった者たちに新たなチャンスを与えることとなる。国内に吹き荒れる壮絶な跡目争い、武力によるもの、根回しによるもの、様々な方法で当主の座を手に入れた者たちは、自らの権力基盤を確立しつつ、新たな貴族社会の力関係を作り上げていった。
“コンコンコン”
「失礼いたします。旦那様、ミルキーお嬢様がお見えでございます」
「うむ、通せ」
現在の王都貴族社会は三つの勢力に分かれていると言われている。一つは現国王ゾルバ・グラン・オーランドを支持する国王派、いま一つは元王宮第一騎士団の騎士団長であったベイル伯爵を中心とした軍閥貴族派、そして最後がマルス侯爵家・バルデン侯爵家を中心とした旧勢力の集まりである中央貴族派。
バルデン侯爵家当主グロリアス・バルデンは、これまで中央貴族家筆頭であったバルーセン公爵家の失墜と国王派への転身を受け手に入れた中央貴族社会のトップの地位を確かなものにすべく、各貴族家への根回しと第三王子クロッカス・ウル・オーランドとの交流に力を注いでいた。
「失礼いたします。お父様、ミルキー・バルデン、学園での工作と学園内の交流を通じ手に入れました情報をご報告いたしたくお伺いいたしました」
そう言いカーテシーを決める次女ミルキー。年の離れた長女はすでにバルーセン公爵家の親族に嫁いでおり、バルデン侯爵における次女ミルキーの存在は、大きなものとなっていた。
「うむ、して<勇者>ジェイクとの交流はどうなっておる」
「はい、<勇者>ジェイクは他貴族との関係を避けるべくアルデンティア第四王子殿下の下に身を寄せており、直接的な関係性を築くことは困難であるかと。
ですので方針を若干変更し、<勇者>ジェイクを
ミルキーはそう言葉を向けると、訝しむグロリアスをよそにメイドに目配せを行う。
“ガラガラガラガラ”
扉を開け入ってきた別のメイド、台車の上にはティーセットが載せられ、若葉の爽やかな香りが広がる。
「ミルキー、それは」
「はい、お父様はヘルザー宰相閣下が好んでお求めになられている茶葉があることをご存じでしょうか? その茶葉は紅茶とも違う蒸し茶と呼ばれる製法で作られたもので、大陸の東方扶桑国から伝わったものだとか。
こちらは学園での交流により特別に譲り受けた品となります」
そう言いメイドが淹れたお茶を受け取り口に運ぶミルキー。グロリアスは一度部屋に控える執事に目を向ける。執事はそんな主人の問い掛けに、静かに礼で応える。
「ふむ、爽やかな若葉の香り、これまで嗜んだものとは趣の違う茶葉という事か」
“スーーッ”
口腔に広がる爽やかな風味とほんのりとした甘み、心が落ち着く感覚と思考が鮮明になる効果に驚きを露にするグロリアス。
「ヘルザー宰相閣下は激務により混乱する思考を落ち着けるために愛飲しているとか、王都諜報組織“影”の総帥として知られるベルツシュタイン伯爵閣下もこちらの茶葉を好まれているとのお話でございました。
淹れ方がやや特殊なのですが、聖水を温めて注ぎ込み抽出することでより深い味わいとなるのだとか。大変すばらしいお茶を紹介していただいたと、感謝いたしております」
ミルキーの言葉になるほどと頷きを返すグロリアス。ミルキーがバルデン侯爵家の利益になる情報を集めていることに、娘の成長を感じ頼もしく思う。
「それでは改めまして、現在のオーランド王国が置かれました状況につきましてご報告申し上げます。お父様はすでにご承知の事とは思いますが、これから申し上げます話の前提となりますのでお聞きいただければと思います。
まずオーランド王国と周辺諸国との関係となります。オーランド王国周辺国としてはリフテリア魔法王国、ミゲール王国、スロバニア王国、バルカン帝国の四カ国との関係となりますが・・・」
ミルキーが語る言葉に真剣に耳を傾けるグロリアス。この日、バルデン侯爵家の方針を大きく変える決定がなされることとなるのだが、この時のグロリアスはまだそのことを知らないのであった。
―――――――――――――
王都学園生徒会室、王都学園における生徒行事の運営や様々な決定事項の承認を行う生徒管理組織であるそこは、王都学園所属生徒が王都貴族社会の動きを観察し今後の身の振り方を考える緊急避難所と化していた。
「カーベル、三年生の動きはどうなっている。フレアリーズ姉上にはこちらの事情を説明し受け入れ態勢がある旨の話は通してあるが」
「はい、概ね好感を持って受け入れられているようです。現在王都学園に所属しています二学年・三学年の生徒は皆ホーンラビット伯爵領出身者の実力をよく分かっていますから、下手な動きがどういった結果を生むのかを理解しているものかと。
保護者の者たちは武術学園魔法学園との交流会の際に<勇者>ジェイクの洗礼を受けていますから、王家に逆らってまで状況を乱すことの愚を認識しているようです。
ですが立場上中央貴族社会の派閥に従わなければいけない家は思いのほか多いらしく、どうにかできないかと相談してくる者が多数見られます。
問題は新入生ですが、本人たちが現状を正確に理解できていないという事もあり、あまり色よい反応は見られません」
カーベルからの返事に表情を厳しくするアルデンティア第四王子、ラグラからの報告では王都武術大会に於いて自分たちの力を誇示するお披露目を行い、本年中には大きな動きを見せる公算が高いとのこと。少なくとも夏の間には軍閥貴族中央貴族を問わずある程度の貴族家を自身の派閥に加える必要がある、そうでなければ王国の運営に支障が出るとアルデンティアは考えていたのである。
「皆も聞いて欲しい、学園内において私がどれだけ動こうとすでに走り出した軍閥貴族並びに中央貴族は止まることがないだろう。まず最初に行動するのは軍閥貴族、王都武術大会の開会式に於いて自分たちの力の誇示を行う事は、王家にも許可申請がなされている。これには第二王子であるブライアント兄上が名を連ねている以上、軍閥貴族がブライアント兄上を旗印に軍部を伴ったより活発な動きを見せることは確実だろう。
そして中央貴族たちは表向き軍部の動きを容認し共に行動する姿勢を見せている。だがこれは表面上の同盟であり、本命は教会勢力を取り込んだ形での北西部貴族連合叩きにある。
これは陛下から直接伺ったことだが、ボルグ教国はホーンラビット伯爵領に対し、敵対姿勢を見せる可能性が高いとのことだ。この事は冬期休暇を利用しマルセル村に向かったラグラとラビアナが報告してくれた異端審問官の派遣からも明らかだろう。中央貴族はこの動きを利用しようとしているものと思われる。
この二年で大きく力を付けた北西部貴族連合の発言力を削ぎ、経済的な勢いを止める事、あわよくば彼らの持つ利権を根こそぎ奪う事が目的だろう。すでに自治領宣言をしているグロリア辺境伯家およびホーンラビット伯爵家を、問題を起こした主犯として支配下に置くことも考えているのやもしれない。
彼らの旗頭は第三王子であるクロッカス兄上、もともとクロッカス兄上は王国の貴族たちを取りまとめる目的でマルス侯爵家の長女を妻としているが、今回はそこがあだとなった。陛下もクロッカス兄上の事については頭を悩まされておられたよ」
アルデンティアは机に肘を突き大きくため息を吐く、派閥を抜けたがっている貴族家の受け皿となる策はゾルバ国王から承認が得られたものの、実際に派閥に参加するという者たちを未だに集められずにいたからである。
「やはり事が起こっていない段階で現在所属する派閥を抜け出すことは難しいという事でしょうか。周囲からの反対を押し切るような者たちはすでに国王派に寝返っている訳ですし」
ラビアナは自身の兄が当主を引き継いですぐに国王派に寝返ったことを上げ、派閥を抜けることの難しさを語る。たとえバルーセン公爵家のような大貴族であっても、その地位や関係を捨てることは並大抵ではなかったのだからと。
“コンコンコン”
「失礼いたします、一学年ミルキー・バルデンと申します。アルデンティア第四王子殿下にお話があるのですが入室のご許可をいただけますでしょうか?」
扉をノックした者、それは新入生の中でも筆頭と目されるバルデン侯爵家次女ミルキー・バルデン。
「どうぞ、入室を許可します」
アルデンティア第四王子の言葉を受け“カチャリッ”と開かれた扉、そこには力強い瞳をアルデンティア第四王子に向ける金髪碧眼ドリルヘアの新入生の姿。
“なっ、何ですのこの破壊力抜群のザ・悪役令嬢は。
ラビアナはその表情を一切崩さず、鋭い視線でミルキーを値踏みする。
「失礼いたします、アルデンティア第四王子殿下。突然の訪問にもかかわらず入室の御許可をいただけましたこと、心より感謝いたします」
「いや、構わないよ。私は第四王子ではあるが王都学園の生徒会長でもあるからね。生徒会の方針として生徒の言葉を真摯に受け止め学園運営に活かすというものがある。まぁそれだけではなく広く生徒の言葉は聞こうと努めている。それはたとえ一学年であるミルキー・バルデン嬢であろうとも変わらないんだ。
それで今日はどういった話があるのかな?」
ミルキーはアルデンティアにカーテシーを決め挨拶を行ったのち、生徒会室の者たちに目を向けてから口を開いた。
「はい、本日は我がバルデン侯爵家の意向表明と提案がありお伺いさせていただきました。我がバルデン侯爵家はアルデンティア第四王子殿下が発足されます派閥に参加いたしたくお願い申し上げます。
またラグラ・ベイル伯爵令息と私《わたくし》ミルキー・バルデンとの婚約並びにラグラ・ベイル伯爵令息のバルデン侯爵家への婿入りを提案いたしたく存じます」
・・・静まり返る生徒会室、突然の自身の婿入りという話に思考が追い付かず停止するラグラ。最初に意識を取り戻し口を開いたのはアルデンティア第四王子であった。
「なるほど、話は分かったよ。まずはバルデン侯爵家の派閥加盟表明に対して感謝を。正直加盟したくとも身動きの取れない家が多かったからね、中央貴族を牽引する二大侯爵家の内の一つが加盟してくれることは、これほど心強いことはないかな。
だがいくつか疑問が残ることも確かだ、ラグラに対する婚姻の提案もそうだが、詳しい説明をしてもらってもいいだろうか?」
「はい、そのご意見は当然のものかと。これはバルデン侯爵家の総意であるとお考えいただきお聞きいただければと存じます」
そうして語られるミルキー・バルデンの話、アルデンティア第四王子はその提案に舌を巻くとともに、自身の行動が少なからず実を結ぶだろうことを確信するのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora