第四王子アルデンティア殿下の派閥発足、その知らせは瞬く間に王都貴族社会に走り抜けた。ある者は“今更残り物の王子が何を”と鼻で笑い、ある者は“残念王子は必死であるな”と見下したのち、“残念王子の派閥に加わるような愚か者は一体どこのどいつだ?”と興味を派閥の構成貴族へと移していった。
だがその後聞こえてきた噂に、彼らは更なる驚きを示すこととなった。
第四王子アルデンティア殿下派閥筆頭貴族の名が王都中央貴族を牽引する二大侯爵家の一人、グロリアス・バルデン侯爵その人だったからである。
「クックックックッ、アッハッハッハッ。グロリアスの愚か者が遂に身の程を知ったと見える。まさかよりによってアルデンティア第四王子殿下を擁立しようとは、確かに王族ではあるが今の時勢何の旨味もない王子の下に付いてあ奴はどうしたいというのだ」
グロリアス・バルデン侯爵がアルデンティア第四王子の派閥結成に加わったという知らせは、直ぐさま中央貴族派閥のリーダーであるライトニー・マルス侯爵の下にも届けられる事となった。
ライトニーはワインの注がれたグラスを傾け、自身が名実ともに中央貴族社会の頂点に立った事に笑みを深める。
「ですがよろしいのでしょうか? グロリアス・バルデン侯爵は次女ミルキー嬢を軍閥貴族筆頭であるベイル伯爵家次男ラグラ・ベイルと結ばせ、ラグラをバルデン侯爵家の養子とする事で軍閥貴族家との関係を急速に強めています。
確かにアルデンティア第四王子殿下のお立場は弱いですが、事がなった場合バルデン侯爵家の発言力は強いものになるかと。
それにグロリアス・バルデン侯爵のアルデンティア第四王子殿下派閥加盟を受け、少なくない貴族家が中央貴族・軍閥貴族の中から加盟を表明し始めております。彼らは数こそ我らには及びませんが、立ち回りによっては今後強い発言力を持つ集団になる恐れがございます」
配下の貴族の心配、それはいずれアルデンティア第四王子殿下の下に集まった者たちが自分たちの立場を揺るがす存在に成長する懸念。
「うむ、まぁ貴殿の心配はもっともだ。グロリアスもその計算があっての離反であろうからな。軍閥貴族とブライアント第二王子殿下の結束は強く今更あの者たちの下に付いたところで立場が良くなる事などあり得ない。だが我ら中央貴族の中でグロリアスが筆頭となる芽があるかと言えば」
ライトニーはワイングラスに目を向けながら口元を大きく緩める。
「我が娘とクロッカス第三王子殿下との婚姻が、これほど大きく響くようになるとは。グロリアスは長女をバルーセン公爵家の縁戚に嫁がせる事で中央貴族社会での立場を盤石にしたつもりであったようだが、とんだ目論見違いになってしまったからな。
大人しく我が旗下に従っていればよいものを、侯爵家の誇りとやらが邪魔をしたのであろう。
あ奴に従い我々の元を離れた連中も所詮先の見えぬ者たちばかり、現状では芽が出ぬと鞍替えした先が砂上の城とは、愚かを通り越して憐れではあるがな」
ライトニーの言葉に室内にいた者たちから失笑が漏れる。
「ここは一つ使えぬ者たちを引き取ってくれたグロリアスに感謝しようではないか。皆の者グラスを。
先のない愚か者どもの船出に」
「「「「「オーランド王国に栄光あれ!!」」」」」
掲げられたワイン、魔道具の明かりに照らされた深紅の液体は、約束された栄光の未来を示すように美しく輝くのであった。
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アルデンティア第四王子殿下の派閥に中央貴族社会の大物貴族家であるバルデン侯爵が加わった事は、王都学園の生徒達の間でも大きな話題となっていた。
“コツンッ、コツンッ、コツンッ、コツンッ、カチャリッ”
「皆さん、お揃いのようですね、それでは本日の講義を・・・おや、これはミルキー・バルデン嬢、どうしてこちらに? 事務所では新しい受講生の話は伺っていないのですが」
私、ビーン・ネイチャーマンが“便利な生活魔法活用術講座”の講義を行う為いつものように第二校舎203教室の扉を開けると、そこには目にも眩しい金髪のドリルヘアーを搭載した目力の強い女子生徒が。
それは嘗てポンポコラクーンの進化版アフロラクーン(白煙付き)という芸術的な姿で私を崖っぷち(腹筋崩壊)にまで追い詰めた侯爵令嬢ミルキー・バルデン嬢。アフロラクーン姿での扇技は凄まじい破壊力を有しておりました。
ですがミルキー嬢の恐ろしい点は、そのような出オチで終わらなかったところ。呪い解除薬(天使の微笑み)を飲みお笑い兵器の姿から元に戻ったというのに現われたのはパーフェクト悪役令嬢、しかも一切の態度を変えず繰り出す扇技。
あの時ばかりは光属性魔力マシマシマシマシ聖茶を常備しておいた自分を褒め称えたものでございます。
おそらくもう一度あのコンボを喰らってしまったら腹筋崩壊は免れないでしょう。隣にいたエイコー嬢はよく平気だったなとその精神力に感服したものですが。
「ごきげんよう、ネイチャーマン先生。既に学園内では噂になっていますのでネイチャーマン先生もご存じの事と思いますが、この度我がバルデン侯爵家はアルデンティア第四王子殿下がお作りになりました派閥に参加いたしましたの。
その件で皆様
なるほど、今や話題の中心、時の人となったミルキー嬢の話を聞きたいと思う方々が大勢いるという事でしょう。
「分かりました、エイコー嬢に話を聞いていると思いますので私の講義がどういったものかということはお分かりと思いますが、その場その場で話の逸れる雑学的なものであるとご理解ください。
それとそうですね、この場の皆さんはこれからの国際社会において重要な立場に立たれる方々ですので、今騒がれているアルデンティア第四王子殿下の派閥設立がどういった意味を持つものであるのかといった事について、少しお話しさせていただきたいと思います」
私は教室を見回すと、あの日エイコー嬢とミルキー嬢が訪ねて来た時の事を思い出しながら話を始めるのでした。
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「はい!?
それは暗中に照らされた一筋の光、既に私《わたくし》たちではどうにもならない状況で縋った相手は王都学園で生活魔法講師という仮面を被った暗部の人間、ビーン・ネイチャーマン講師でした。
「はい。先ほどお話させていただきましたように、王都貴族社会とオーランド王国全体の貴族社会とでは大きな開きがあります。
これまでオーランド王国貴族社会は王家を中心とした王都中央貴族社会により形成されていました。国内における権限のほとんどが中央貴族と呼ばれる者たちにより握られ、国の予算配分も彼らの思惑なしには決定されることがなかった。
地方貴族・中央貴族と分けられるように、彼らにとって貴族とは中央貴族社会で力を持った者たちであり、地方において産業も資源もない貴族家の者たちは蔑みの対象となっていました。
これは考えてみなくとも当然のこと、彼ら中央貴族は権限こそあれ生産性は皆無、そんな彼らにとってより多くの富を齎してくれる者たちが正義であり、王家の予算を求めるような力ない者たちなど害悪以外の何物でもないのですから。
そうした中で生まれた地方貴族を蔑む風潮が、現在の捻じれ現象を生んでいると言っても過言ではありません。
一年戦争を経て王家の求心力は急激に衰えました。北西部・南西部の貴族たちはこれまで蔑みの対象とされてきた自分たちに中央貴族たちの牙が向く事を恐れ結束を強めた。
ダイソン公国は独立の道を選んだので言うまでもありませんが、南部貴族たちは第一回アスターナ戦役において先陣を務め大損害を受けた上、第二回アスターナ戦役においては精霊砲の脅威を目の当たりにしながら生き残った者たちです。北西部貴族連合・南西部貴族連合・ダイソン公国の三勢力が手を組むと言われれば、どちらに旗を振るのかは明らかでしょう。
王家はそのような現状の矢面に立たされ、オーランド王国を維持するために苦渋の決断として終戦を選んだ。
王家が必死になってスロバニア王国との軍事同盟を結んだことは、なにもバルカン帝国の脅威に対抗するというだけの意味に止まらず離れていってしまった国内貴族の忠誠心を取り戻すという意味合いもあったのです」
ネイチャーマン講師はそこで一度言葉を切ると、ここまでが前提と言わんばかりに話を続けるのでした。
「さて、前提はどうであれ今はお二人がどうすれば生き残れるのかという事となります。ここでは軍閥貴族と中央貴族を纏めて旧勢力と呼ばせて頂きますが、旧勢力は今でこそ力を合わせてはいますが互いに利権を求めるだけの浅い関係でしかありません。
軍閥貴族はブライアント第二王子殿下を擁立し、次期国王としようとしています。方法はおそらく王都を占拠しての軍事革命といったところでしょう。その為の兵力は軍閥貴族たちの力で動かすことが出来るかと、王都武術大会開会式での新兵力のお披露目はその為の布石でしょう。
ですが中央貴族たちは軍事革命が起きた先を見越しての行動に出ています。ベイル伯爵は記憶から抹消しようとしているようですが、聖者の行進で見せた辺境の蛮族の力は本物です。
軍事革命のような騒動が発生すればいずれ蛮族たちが動き出す。両者がぶつかり合い共倒れになれば良し、軍閥貴族側、蛮族側、そのどちらかが勝利したとしても無傷では済まない。
そこを叩きます。その為の方策として彼らは教会勢力を引き入れる事としました。
彼らの思惑は今のところ順調です、教会勢力の一部はホーンラビット伯爵領マルセル村を粛清の対象と考えているようですので。後は視察から帰国された大聖女イブリーナ・ボルグ様と異端審問官の報告を受けボルグ教国がどう判断を下すかによりますが、過去オークの魔王を認定したボルグ教国が魔物溢れるマルセル村を放置するとは考えにくいでしょう。
こうしてみると一見旧勢力の思惑は成功しそうにも見えます。ですが条件だけ並べたて上手くいくようであればバルカン帝国はヨークシャー森林国を征服しオーランド王国も手中に収めていたはず、そうはならないように動いている者たちがいるという事をご理解ください。
それに今回の騒動、背後にはバルカン帝国の影が見え隠れしています。旧勢力の思惑通りに事が進むと考えるのは早計でしょう」
“パチンッ”
私は口元を扇で隠し熟考します。現状の不利は明らかであるもののそれを納得させるだけの条件が厳しい事、夢見るお父様や派閥貴族の者たちの目を覚まさせることは不可能。かと言って自分達だけ逃げだしたとしてどこかの家に受け入れてもらえる保証もなく、完全に手詰まりである事。
「ですので第三の道を模索します。現在アルデンティア第四王子殿下が独自の派閥を作る動きを見せている事は御存じでしょうか?
アルデンティア第四王子殿下は側近のラグラ・ベイル君を通じ軍閥貴族が反乱を起こす事を予見されています。その上でこの反乱が失敗すると考えておられるようです。
また同様に中央貴族たちの造反も失敗すると考え、その際に起こるであろう大粛清からいかに多くの貴族を救い出せるかと検討しておられるとか。
ミルキー嬢にはこの動きに乗じてもらいます。
先ずラグラ・ベイル伯爵家次男との婚姻には現在の旧勢力に属する者たちの目を誤魔化す意味合いがあります。彼は長年アルデンティア第四王子殿下の側近を務めており、ラグラ・ベイル君と婚姻関係を結ぶ事はバルデン侯爵家がアルデンティア第四王子殿下の派閥として本気で加わっているという事を喧伝してくれるはずです。
その上でベイル伯爵家との深い関係を結ぶ事を示している、この事は王国貴族社会での発言力を強めたいと考えているベイル伯爵家から歓迎される事でしょう。更に両家の繋がりを深くするとして婚姻を前提とする形での養子縁組を先に行ってしまうといいでしょう。
次男が侯爵家の婿になる、この餌に食いつかない程ベイル伯爵の権力欲は弱くありません。
こうする事でマルス侯爵家からはバルデン侯爵家が無い知恵を絞って足搔いている様に見えるはずです。まったく無意味ではなく少なからずバルデン侯爵家の利害がみえるような政略結婚であることが重要となります。
あとはアルデンティア第四王子殿下の思惑に従い現在の旧勢力から逃げ出せずに動けないでいる者たちに声を掛けていけばいい。その選定は王都諜報組織“影”が終えているはずです。
ビーン・ネイチャーマン講師の紹介と言いご相談に向かえば協力してくれるでしょう。王家としてもあまり多くの者たちを粛清して国家運営に支障が出る事は避けたいと考えているはずですから」
ビーン・ネイチャーマン講師、その深謀はどれ程のものなのでしょうか。このほんのわずかな時間で完全に詰んでいると思われた状況を、あり得ない方法で覆そうとしている。これは彼の仕える主人の力という事なのでしょうか。
“カチャッ”
私がビーン・ネイチャーマン講師の話を咀嚼しようと考えを巡らせているさなか、席を立ちお茶の準備をし始めたネイチャーマン講師。
「少々話が込み入りましたね、一度休憩に致しましょう。こちらは王宮のヘルザー宰相閣下も愛飲されている“聖茶”という茶葉になります。爽やかな若葉の香りが特徴のお茶で、思考をはっきりとさせる効果のあるものとなります」
そう言い出されたティーカップからは、ほのかな若葉の香りが漂います。
確かに多くの驚くべき考えを示され疲れた頭には嬉しい効果のお茶であると一口“聖茶”を口にしたその時、まるで目の前の靄が晴れたかのように思考がハッキリとし、自身のすべきことが明確になってくる事を感じるのでした。
「どうです、素晴らしい効果と思いませんか? この聖茶はあくまで自身の考えを明確にする、余計な感情を排し、冷静に物事を分析させるという効果しかありません。
ですが貴族の誇りや他者を見下す驕り高ぶりといった感情を抜きに、相手の言葉を正当に評価できる状態にすることが出来るのです。
ミルキー嬢の最大の難関、お父上であるバルデン侯爵閣下の説得にこれ程適した飲み物はないものかと。
あとはミルキー嬢がいかにバルデン侯爵家の利益と現状を放置した場合の損失を訴えることが出来るのか。
生き残るための手段は与えました、それを掴み取れるかどうかはミルキー嬢次第。聖茶の茶葉はお分けいたしますのでご自身ではなくお父上が最も信頼されている人物に渡し、お出ししてもらえるように手配してください。
お二人が生存の道を掴み取れることをお祈りしております」
ビーン・ネイチャーマン講師はそう言い茶葉の美味しい淹れ方を説明すると、私《わたくし》たちを送り出したのでした。
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「このように、アルデンティア第四王子殿下派閥の成立はオーランド王国貴族社会崩壊を防ぐ妙手として機能しているという訳です。
貴族社会は縦構造です、今回派閥参加を表明したバルデン侯爵家に従う伯爵家や子爵家・男爵家が王国の官僚として国をまわしていることも事実、そうした者たちがごっそりと抜けてしまう事は王国としても大打撃となるのです。
王国は一部の貴族だけで成り立つものではないという事を意識しながらこれから起きるであろう王国の変化を観察することは、今後の皆さんにとって大いに力になるでしょう。
さて、ちょうど時間のようですね、それでは皆さんまた来週の講義でお会いいたしましょう」
私はそう言葉を締め、本日の講義を終えます。そんな私の事を何故か信じられないといった表情で見つめるみなさん。はて、本日の講義に何かおかしなところでもあったのでしょうか?
私は“やはり政治経済の講義は専門外ですので上手く行きませんね”と思いながら教室を後にするのでした。
本日一話目です。