一年という月日は、日々の生活に追われているとあっという間に過ぎていくものである。
ある者は己の未熟を鍛え直し、ある者は強者を求める冒険の日々を経て。今日この時のために再び王都に集まった強者たち。
「うわ~、込んでるね~。だからもっと早めに来ようって言ったのに、シルバリアンがぐずぐずするから」
「うむ、すまなかった。この頃心身が一致してきたというか、身体が思いに追い付いて来たような感覚がしてな。つい瞑想にふけってしまった」
「ゲッ、それって又強くなったって事じゃん。シルバリアンにしろエミリーにしろマジで勘弁して? 訓練訓練って言いながらいつも全力じゃん、俺の身体が持たないからね?」
「いや、黒蜜の成長速度は驚愕と言ってもいい。我らの思いを受け止めることが出来る者は黒蜜をおいて他にはいないからな」
そう言い漆黒の全身鎧の騎士の背中をバンッと叩く白銀の騎士。ざわざわと騒がしさが増し、周囲の視線が二人の騎士に注がれる。
「それにしても人が多いよね~。今日は予備選考会もあるし、王都に来た記念に参加するっていう隠れた強者がいたりして」
「ふむ、それもまた一興。まだまだ我らが知らぬだけで、強者というものは存在するはずだからな」
王都の名所王都闘技場、その前に集まる多くの強者たち。そんな彼らが二人の騎士の存在に自ら道を開ける。二人はそれだけの実力者であり、有名人であったのだ。
だが、有名人というものは得てして妬みや嫉妬の対象になるもの、ましてや全身鎧に身を包んだ正体不明の者であれば尚の事。
「あっ、親方、いやしたぜ。やい、シルバリアン、手前いい加減剣の代金を払いやがれ!!」
「見つけたわよ黒蜜、今日こそツケの代金を払って貰いますからね!!」
「うむ、一体何の事だ? 我は剣など新調しておらんが?」
「はぁ? イヤイヤイヤイヤ、飲み屋のツケって、あり得ないから。大体俺っち飲み屋になんか行った事ないし、お姉様方のおられる場所なんてもってのほかよ? そんなことバレた日にはマイハニーにギッタンギッタンのボッコンボッコンにされて明日の朝日は拝めなくなっちゃうのよ? おぉ~~~~、こわ~~~~~!!」
取り立てに囲まれる二人の騎士、だが周囲のざわめきはそんな二人とは違うある人物たちに注がれる。
「おいあれって」
「一体どういう事だ? もしかしなくてもどちらかが偽物って事だよな?」
割れる人垣、現れたのは白銀の全身鎧にロングソードを携えた偉丈夫と、漆黒の全身鎧に巨大な剣を背負った黒騎士。身体から溢れる覇気は、その者たちがただ者ではない事を如実に示す。
「何だ貴様らは、我らと同じような装備を付けおって。我らを愚弄するつもりか?」
「おいおいおい、何考えてやがんだ手前らは、俺たちをシルバリアンと黒蜜と知って喧嘩売ってやがるのか?」
王都闘技場前のざわつき、だが事態はそれだけでは終わらなかった。
「なぁ、あそこにもシルバリアンと黒蜜がいないか?」
「ちょっと待て、向こうからもやってきたぞ」
ぞくぞくと予備選考会に集まってくる“シルバリアン”と“黒蜜”。
「先程我に剣代金の支払いを迫った御仁、この者たちの中にそちらの工房が作られた剣を携えた者はいるか?」
「むっ、おっ、おぉ。アイツだ。あのシルバリアンが持っているのがうちの工房で打ち上げた剣だ」
「お姉さんお姉さん、ツケ溜めてる黒蜜ってどいつ? 鎧の違いで分かるかな~。皆似たり寄ったりで区別しづらいけど」
「あっ、アイツよ。大会出場のゲン担ぎとか言ってウチの女の子に鎧の胸元に口付けの跡を残させていたもの」
それは瞬きの出来事であった。
“スッ、カチャッ”
「これでいいか? 支払いを行わない辺りあの者の所持金などたかが知れているであろう。現物を取り返せたことで溜飲を下げて欲しいのだが」
「おっ、おう。疑って悪かった、アンタが本物のシルバリアンでアイツは偽物って事だったんだな。迷惑を掛けてすまなかった」
「なっ、貴様我の剣を。返せ!!」
「ならば代金を払えばよい、金も払わず自らの剣と言い張るのは無理があるぞ?」
“ドスッ、ドサッ”
怒りのまま襲い掛かる自称シルバリアンを拳の一撃で沈める白銀の騎士。
「街中で盗賊に襲われた場合どうすればよいのか知らぬか? 外であれば金目の物を剝ぎ取ってその辺に投げるだけでいいのだが」
「いや、それはまずいだろう。衛兵に突き出すしかないんじゃないのか? 俺も詳しくは知らねえんだけどよ」
「ふむ、そこにいるこいつの相方、悪いが引き取ってはくれんか? 嫌であれば面倒だが衛兵に突き出すのだが」
「いや、こっちで引き取ろう。迷惑を掛けたな」
そう言いシルバリアンを担いで下がっていく黒蜜。
「そこの格好いいお兄さん、ちょっとこっちに来てくれる~♪」
「何だ手前は、俺を誰だと思って“ドゴッ”、ウゥゥゥ」
「駄目だな~、黒蜜を名乗るんなら腹筋をもっと鍛えなきゃ。飲んでばっかりいるからお腹がプヨプヨじゃん。シルバリアンさん、ご免ね~、ちょっとこいつ借りるね~♪」
全身鎧の胴が拳の形でべコリとへこんだ黒蜜を引き摺り、女性の前に連れて行く黒騎士。
“カチャカチャッ、スポッ”
「え~っと、飲み代を払わないでツケとかぬかしてる黒蜜はこいつで合ってる~?」
「あっ、あぁ。悪かったね、アンタの事を疑っちまって。顔さえ見せてくれたら人違いだってすぐに分かったんだけどね」
「え~、ヤダ~、恥ずかしい~。こんな大衆の場で素顔を晒すくらいなら初めから全身鎧なんて着て来ないっての~。
あ~、この場にいる他の取り立ての方々に言っておくけど、少なくとも俺とこいつは用もないのにこの格好になることはないからね? それに自分たちの事を黒蜜やシルバリアンだって名乗ったりしてないから。
だから代金の未払いやツケなんかをしてるのは俺たち以外だと思ってね?
あとなんか今年は黒蜜が一杯いるみたいなんで俺は別の名前にするから、それじゃあね」
「ふむ、面白い。では我も別名を名乗るとしよう。対戦を楽しみにしているぞ、シルバリアン殿」
そう言いその場を離れていく黒騎士と白銀の騎士。その場に残された者たちは“あぁ、あの二人が本物のシルバリアンと黒蜜だ”と思いながら、他の“シルバリアン”と“黒蜜”たちに蔑みの視線を向けるのであった。
――――――――――――
「さっきのって一体何? スゲー笑えるんだけど」
王都闘技場内に設置された予備選考会会場に向かう黒騎士は、白銀の騎士に声を掛けながら陽気に笑う。
「ふむ、所謂成りすましというものなのではないか? 我らは互いに正体を隠す為全身鎧を着ているからな。昨年度の準優勝者同士であれば姿絵を残す者もいるであろう。確か<描写>というスキルでまるで風景を切り取ったかのような絵を残す者がいると聞いた事がある。単純に絵の上手い者もいるであろうし、そうしたものが売られていたとしても不思議ではあるまい?」
「えっ、マジ? 俺っちの格好いい場面が絵になって売られてたりするの? あとでモルガン商会に行ってロイドの兄貴に聞いてみよっと」
“ザワザワザワザワ”
多くの参加者でにぎわう予備選考会会場、そんな中見知った顔はいないかと周囲を見回す黒騎士。
「よう、黒蜜。何キョロキョロしてるんだ? って言うかお前らって本当に普段は気配を落としてるのな。それだけ特徴的な格好をしてるのに周囲に紛れるってある意味才能だぞ?」
声を掛けてきた者は身の丈二メートルはあろうかという巨漢。
「えっ、あれ、誰だったっけ。知ってる、知ってるんだよ。去年もこうやって声を掛けてくれて、参加者の事を色々教えてくれた親切さん。
名前なんだったっけな~!!」
「お前、酷くないか? 確かに名乗ってないけどな、これでも本戦にはいったんだぞ? 二日目には上がれなかったけどな」
そう言いガックリと肩を落とす巨漢に何か申し訳ないといった気持ちになる黒騎士。
「あっ、そうそう、俺っち今年は黒蜜じゃないから。なんか会場に来てびっくりしたんだけどさ、シルバリアンと黒蜜が一杯いるんだもん。
だもんで今年のおいらは“ブラックハニー”です。因みにこっちは“
そう言いどうよと言わんばかりに胸を張るブラックハニー、隣の白銀も仕方がないと言わんばかりに肩を竦める。
「あのな、お前らそれでいいのか? 仮にも昨年の大会準優勝者だろうが、誇りはないのか誇りは!!」
こめかみを揉んでから声を荒らげる巨漢に、「え~、そんな事言われても~」と軽い態度を変えないブラックハニー。
「別に構わん、奴らがシルバリアンを名乗りたいのであれば名乗るがいい。その名には昨年度王都武術大会準優勝者としての重みが乗っているという事を心得ているのであれば、我から言う事は何もない。
我は戦うことが出来るのであればそれでよい、彼らのうち何人が本戦に進むことが出来るのか、楽しみが増えるというもの」
「だね~。でもどうしようかな、せっかく黒蜜たちがデッカイ剣を担いで参加してくれてるってのに、ドラゴンキラーを持ち出したら如何にも俺が本物ですって主張しているみたいでダサくね? こう、捻りがないっていうか」
「だったら敢えてショートソードを使ってみたらどうだ? あの巨大な剣とショートソードだったら対比的に面白いだろうし、偽黒蜜たちは全員背負うくらいに大きな剣を持ち込んでくるんだろう?」
「いや、どうせならダガーなんかどうだ? 巨大な剣を操る黒蜜対ダガーを振るうブラックハニー、これは見ものだろう」
そう言い両手を組んでウンウン頷く白銀。
「ちょっと待とう白銀君、それってもしかして昨年同様最後までダガーで戦えとか言わないよね? 流石に縛りが厳しくね? せめてショートソードで」
「「ダガーだな、頑張れ!!」」
「無理だ~~!!」
膝から崩れ落ちるブラックハニー、そんな彼を前に巨漢と白銀は愉快そうに笑い声を上げるのだった。
「皆様、お待たせいたしました。これより予備選考会を開始いたします。
選考基準は時間内に試験官より一本取る事、人数の関係上一度に五名で挑んでいただきますことをご了承ください。
尚、試験官より一本取られた場合は即失格となりますのでご注意ください」
予備選考会開始の合図に、騒がしかった会場が静まりかえる。
「それじゃ先に行かせてもらうわ。ブラックハニー、予選会からはダガーだからな」
「分かったわい、さっさと予選に進んじまえってんだ!!」
やや不貞腐れ気味のブラックハニーに高笑いで返す巨漢。
「そうそう、俺の名前はブロンコだ。本戦で会おうや、ブラックハニーに白銀」
「ブロンコね、了解。本戦で会ったら両手ダガーでズタズタにしてやる、憶えてろよ!!」
「あぁ、本戦で会おう」
巨漢はそう言うと、係員から木剣を受け取り試験官に挑むのだった。
「ジミー、武器屋に行こう、武器屋に。にしてもダガーって、制約きつくない? 俺、短剣とかってほとんど使った事ないんだけど?」
王都闘技場で行われた予備選考会を無事に通過したブラックハニーと白銀は、会場の隅で鎧姿を解くと気配を消したままその場を後にし、ジェイクとジミーの姿で武器屋に向かうのだった。
「そうだな、前にディアが月影さんから短剣の扱い方を教わったと言っていたから習ったらどうだ? 大会までまだ何日かあるし、ジェイクだったらそこそこの扱いが出来るくらいにはなると思うぞ?」
そう言い軽く返事をするジミーを忌々しげに見上げるジェイク。
「あのね、王都武術大会だから、実力者が集う武術の祭典だから。付け焼刃の短剣術でどうにかなる訳ないでしょうが!!」
「そうは言っても、去年は付け焼刃の大剣術で準優勝してなかったか? 実際ジェイクの剣技は大したものだったぞ? その事は対戦した俺が保証しよう」
「ウガ~~、ああ言えばこう言う、ジミーのいじめっ子~~!!」
多くの人々が溢れる王都の商店街、じゃれ合うように歩く二人の若者は、その正体を知られる事なく街の喧騒の中に消えていくのであった。
本日一話目です。