バルカン帝国北西部地域タスカーナ地方、帝都から遠くこれといった産業もないこの土地は嘗て中央の権力闘争に敗れた者の流刑地と呼ばれ、寂れた雰囲気漂う陰湿な地域であった。
“シュシュシュシュシュ、カランカラン”
整地された路面を蒸気を上げた車両がベルを鳴らしながら走り抜ける。
“クワーーーッ、シューーーーーッ”
上空を背中に人を乗せたワイバーンが飛んでいく。
「いらっしゃい、いらっしゃい、今日は新鮮な果物が入荷したよ~。本日お買い得の品はアポーとメローナだ、是非見ていってくんな~」
魔法レンガで作られた真新しい建物が大通り沿いに立ち並び、店先からは店員の客引きの声が聞こえる。
「ねぇ新月、ここってバルカン帝国の中じゃ辺境と呼ばれる田舎って話だったよね? 帝国の文明レベルって田舎ですらこんなに発展してるの? 俺、バルカン帝国の街に来たのって初めてだから知らなかったんだけど、あれって蒸気を使った車だよね、馬車も走ってるけど普通に車も走ってるんだけど?」
「すみません、私も地方都市の事はあまり詳しくないのですが、まさかあのタスカーナ地方がここまでの発展を遂げているとは思いもしませんでした。
人口が少なかったことが幸いしたのか計画的に発展した都市といった感じですし、帝都よりも住環境的に暮らしやすいかもしれません。街の賑わいを見るに、周辺の村や街から人口流入が起きているものかと。
通常はそうした者がスラム街を形成して街が荒れるものなのですが、そうした陰が見えないところをみるに、行政組織が余程しっかり機能しているものと考えられます」
元呪術師で帝国の工作員であった新月がお口ポカンとなってしまう程の発展、タスカーナ地方に何があったし。
まぁホーネット・ソルティア卿が左遷の末タスカーナ地方に特別行政官として赴任、私財を投げ打って都市整備事業と産業の確立に尽力した結果なんですけどね。でもホーネット卿が左遷されたのって、ヨークシャー森林国に侵略戦争を仕掛けてる最中に暗黒大陸側から突っ込んできたスタンピードによって帝国軍が崩壊したのが原因だったよね? あれって確か三年前だよね?
僅か三年でこれ程の地方都市を作り上げるって、ホーネット卿ってどんだけ? 今もそこいら中で建築ラッシュが続いてるんですけど?
若き天才軍師“策略のホーネット”、料理長から話は聞いていたけどまさかこれ程のものとは。聞くと見るとでは大違い、俺は街の光景に唖然としながら、バルカン帝国の底力を肌で感じ取るのでした。
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「ホーンラビット伯爵閣下、少々よろしいでしょうか?」
グロリア辺境伯領領都グルセリアの暗殺者ギルドで“料理長”から詳しい情報を手に入れた翌日、俺は王都の現状についての詳細、今後起こり得る事態の予測について報告すべく、ホーンラビット伯爵閣下の下を訪れたのでした。
「やぁ、ケビン君、何かこのところ忙しなく動いていたみたいだね。それと王都武術大会の話は行商人経由で私のところにも届いているよ、大会が終わってからまだ一月も経ってないっていうのにこんな辺境にまでその詳細が伝わるなんて、余程ワイバーン部隊が登場した事が衝撃的だったという事なんだろうね」
「ハハハ、そうですね。俺としてはジェイク君やジミーの戦いについての話が広まってくれた方が嬉しかったんですが、噂話としてはワイバーンを手懐けて国の戦力としたといった話の方が話題性が大きいでしょうから。
今大会の戦いはジェイク君とジミーの成長を窺える本当に素晴らしいものだったんですけどね」
「その話は大会が終わって直ぐに聞かせてもらったからね、学園交流会といい王都武術大会といい、彼らは本当に立派になったものだよ。
あと一年半、学園を卒業したら冒険者として世界に羽ばたいていく子供たち。マルセル村村長として彼らの成長を見守ってきた身としては、嬉しくもあり寂しくもあり心配でもあり、複雑な心境だよ」
ホーンラビット伯爵閣下は執務机から立ち上がると、窓の外に視線を向け優しげに目を細める。そこには庭先でメイドさんに見守られながら追いかけっこをするバーミリオン君とマリアンヌちゃんの姿、いつかは彼らもマルセル村を巣立って行ってしまう、そんな事を考えているんだろうか。
「そうですね、ですがエミリーお嬢様やジェイク君、フィリー嬢とディア嬢、ジミーとクルン。彼らが安心して世界に旅立つには少々面倒事を片付ける必要があるかと。
ホーンラビット伯爵閣下に於かれましてはその為のお力添えをいただきたく、ご報告とご相談に参りました」
そう言い俺が慇懃に礼をすると、途端顔を引き攣らせるホーンラビット伯爵閣下。嫌だな~、そんな顔をされたら俺が悪者みたいじゃないですか~。
「う~ん、それは一地方伯爵である私が聞かないといけない話なのかな? それとお茶の準備は必要かな?」
「そうですね、立場的な事を言えば放置でも構わないとは思います。ですが名目はしっかりあるんですよね~、だってドレイク村長の奥様、デイマリア様のお父様のお命にかかわる事ですし」
俺の言葉に「ザルバ、お茶とクッキーの準備を、それとデイマリアとミランダを呼んで来てくれ」とザルバさんに指示を飛ばすホーンラビット伯爵閣下、その聡明な判断、流石です。
待つこと暫し、詳しい話を何も聞かずに執務室を訪れたデイマリア奥様とミランダ奥様は、来客用テーブルの前に立つ俺に“今度は一体何をやらかしたの?”といった怪訝な表情を向けて来ます。
“カチャッ、カチャッ、カチャッ、カチャッ、カチャッ、カチャッ”
テーブルに並べられるティーセット、小皿にはクッキーが盛られ、ティーカップからは爽やかな若葉の香りが漂います。
「急に呼び立てて悪かったね、先ずは席に座ってくれないかい? ザルバとガーネットも座りなさい、お茶はみんなで飲んだ方が美味しいからね」
そう言い席に着くように促すホーンラビット伯爵閣下、使用人の立場であるザルバさんやガーネットさんにもお茶を勧めるとはなんとお優しい。
「オホンッ、よし、覚悟は決まったよ。それじゃケビン君、話を聞こうじゃないか」
「はい、単刀直入に申し上げます。バルカン帝国のオーランド王国侵攻が始まります。それと同時に王都で大規模な軍部の反乱が起こります。
ホーンラビット伯爵閣下に於かれましてはバルカン帝国の侵攻を防ぐ手立てとして、ダイソン公国へのホーンラビット伯爵家騎士団派遣をお願いいたしたくご報告に参りました」
静まり返る執務室、動きの止まる皆様。俺はティーカップを口に運んだあとクッキーを一口。流石グリルさんの作ったクッキー、サクッとした歯ごたえが堪りません。
「はぁ? イヤイヤイヤ、はぁ? 何でそんな事になるのかな? と言うかどうしてそんなオーランド王国の存亡をかけたような事情に辺境のホーンラビット伯爵家が関わらないといけないのかな?
我が家って元々ただの村長代理一家よ? 先祖が王家に連なるとかいった凄い御家柄なんかじゃないのよ?」
ドレイク村長崩壊、まぁ前回の一年戦争の時も相当無理してましたからね、その気持ちは分からなくもありません。
「そうですね、理由は簡単です、マケドニアル・グロリア様がダイソン公国で宰相をなさっておられるからですね。おそらくですがマケドニアル宰相閣下は既にバルカン帝国の動きは掴んでおいででしょう、今頃どうやってこの戦争を回避しようかと必死の交渉を行っているはずです。
ですが既に事は動き始めている、バルカン帝国の新しい東部方面作戦参謀長イワノフ・ユーリビッチは綿密な計画を練ってこの戦いに備えている。最早開戦は避けられないところまで来ているんです」
俺の言葉に顔色を青くするデイマリア奥様、ミランダ奥様がデイマリア奥様の肩を抱き締めます。
「ですがオーランド王国にはワイバーン部隊があります、彼らがいれば戦況は覆るはず、この情報を王家にお知らせし、急ぎワイバーン部隊の派遣を「無理です。オーランド王国からダイソン公国に公的な戦力が派遣される事は有り得ません。それ程にオーランド王国とダイソン公国との溝は深く暗い、更に言えばワイバーン部隊自体がバルカン帝国の策略の一部です」・・・・」
デイマリア様が絶句した状態で口を押える、頼みの綱のワイバーン部隊がダイソン公国に向かわないばかりかバルカン帝国の策略の一部であるという俺の言葉に、その顔を絶望に染める。
「正確にいつ侵攻が開始されるのかといった情報までは掴み取れていませんが、一月から二月の間には確実かと。問題はこの時期は収穫期なんですよね、ですので我々も大々的に兵を送ることが出来ないんです。
そこで最小の戦力で最大限の効果を示す必要があります。目的は足止め、王家が王都の軍の反乱を収め、バルカン帝国の侵攻に対処するまでの時間稼ぎです。
これまでの情報は別方面からベルツシュタイン伯爵閣下の下に届ける手はずになっています。軍の反乱に関しては王都諜報組織“影”が常に監視し、いつでも対処できるように動いている状態です」
俺の言葉に暫し考え込むホーンラビット伯爵閣下、マルセル村の事、ホーンラビット伯爵家の事、王都の若者軍団の事、様々な思いが頭の中を駆け巡っておられるのでしょう。
「話は分かりました。この件に関しての全権をケビン・ワイルドウッド男爵に委ねます。
デイマリア、マケドニアルお義父様に書状を、ホーンラビット伯爵家はダイソン公国に全面的に協力する旨と騎士の派遣を行う打診を書き記して欲しい。
ワイルドウッド男爵、マケドニアル卿との交渉を任せるが構わないかな?」
「ハッ、お役目、お引き受けしました。派遣人員に関してですが、ヘンリー・ドラゴンロード男爵、ボビー・ソード男爵、シルビア・ソード男爵夫人、イザベル・ソード男爵令嬢、それと我が家から残月を送ることを考えています。
彼らであればたとえ十数万のバルカン帝国軍であろうとも数カ月足止めするくらい造作もないでしょう。ただ東部方面作戦参謀長イワノフ・ユーリビッチであればホーンラビット伯爵家騎士団を引き付けつつ進路をスロバニア王国側に変更し、ダイソン公国を迂回する形での侵攻を行う可能性があります。そうなった場合はオーランド王国とバルカン帝国の直接対決といった形になるでしょうが、流石にこれ以上は一伯爵家が介入できる範疇を超えてしまうかと」
ホーンラビット伯爵閣下は俺の言葉に頷きで応え、「ホーンラビット伯爵家としてグロリア辺境伯家と密に情報共有を行う事としよう。これは北西部貴族連合・南西部貴族連合・ダイソン公国の同盟関係にも関わる事態だからね」と後の政治的処理を引き受けて下さるのでした。
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「しかし実際タスカーナ地方に来たのはいいけど、ホーネット・ソルティア卿への伝手なんかまったくないし、天才研究者のケトル嬢にどうやって接触したもんだか。残月とトライデントの記録情報の中にケトル嬢に関するものって何か残ってたりする?」
「そうですね、基本情報として帝立技術院先端技術研究所の研究員を行っていた事や生活支援機構N401の作製者である事などは含まれていましたが、それ以上詳しい事は。ただ魔力結晶体を使った中枢機構を採用した形で後継の人工給仕体を作製しているとすれば、その稼働地点から作製者の消息を特定する事が可能であるかもしれません」
残月はそう言うと何かに集中するように動きを止める。
「ご主人様、どうやら作製者は人工給仕体の作製に成功しているようです。街中から生活支援機構を搭載した魔力結晶体の稼働反応を検知しました」
「マスター、こちらも捕捉完了、どうやら二足歩行体のようです。生命反応ならびに魔力生命体の反応は見られず、完全に人工物である模様」
「えっ、うそ。二足歩行の人工物って人造人間じゃん、天才なんてもんじゃないじゃん、バルカン帝国の魔導技術って半端ね~!!」
残月とトライデントの報告に思わず声を上げる俺、周囲からは不審者を見る目を向けられますがそれどころじゃありません。
「ご主人様、どうやらあちらもこちらの事を捕捉したようです。真っ直ぐ向かってきます」
“シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ”
残月がそう言い指差す方向、そこにはフードを被った人物を両腕で抱き抱え疾走するメイドの姿が。
“シュタンッ、ザザーーーーッ”
勢いのまま滑り込むようにして現れたメイドは腕に抱えた人物をゆっくりとその場に下ろし、俺たちに警戒の目を向ける。
「ウェ~~~、目が回る、キボチ悪い。僕ちん絶叫系はNOセンキューなんですけど? いくらすぐに向かおうって言ったからって行き成り抱き上げて走り出す必要あったん? 速足で案内してくれるだけでよかったのよ?
セシリアちゃんはもっと僕ちんに優しさをくれてもいいと思うんだけどな~、その辺はなんで学習してくれないのかな?」
「マスターは甘やかすとつけあがるからです。マスターに必要なのは自立と教育です。
生活支援機構N903・個体名セシリアはマスターの健全な生活と健康を支援する義務があります。
それよりも宜しいのでしょうか? 対象が呆れた表情でマスターを観察しています」
まるでビスクドールのような美しい面立ちのメイドにダメだしされる小柄な女性、えっとこれってどういう状況?
「えっ、あっ。いや~メンゴメンゴ、僕ちんはケトルっていうしがない研究員なんだけどね、ちょ~っと聞きたい事があるんだけど、お話しいいかな? 何なら美味しいパンケーキを御馳走するよん」
稀代の魔導研究者ケトル、これは俺とケトルとの出会いの物語なのであった。ってマジかよ、“絶叫系はNOセンキュー”ってこいつ転生者じゃん!?
俺は目の前で好奇心全開に目を輝かせる残念美女の姿に、頭を抱えざるを得ないのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora