王都武術大会から一月が経った頃、王都では新たに創設されたワイバーン部隊の話題でもちきりになっていた。
「なぁ、聞いたか? ワイバーン部隊が東部のハンセン侯爵領で発生したスタンピードを鎮圧した話」
「あぁ、聞いた聞いた。何でもミゲール王国で発生したスタンピードがハンセン侯爵領に入り込んできたって奴だろう? 隣国で発生したため碌な備えも出来ていなくてかなりの被害を出したって話だけど、ワイバーン部隊が現れて一気に鎮圧したとか、やっぱりスゲーよな。
厄災級の魔物ワイバーン、敵に回すと厄介だがこれが味方となると話が違うぜ、ワイバーン部隊万歳、オーランド王国万歳!!」
空を飛び、疾風のように現れてスタンピードから人々を救うワイバーン部隊の登場は、人々の心に勇気と希望の光を灯す慶事として賞賛と歓迎の言葉を以って広く受け入れられる事となった。
そんなオーランド王国の新たな光を生み出した中心人物であるベイル伯爵の下には連日多くの貴族が訪れ、少しでも関係を深めようとあの手この手の接触を試みていた。
「ハッハッハッ、これは笑いが止まらん。一度は引退した老いぼれと砂をかけた連中が掌を返し擦り寄ってきおる。こちらは既に選定を終えているというのに、熱心な事だ」
来賓を迎える応接室で優雅に紅茶を口にしながらベイル伯爵家当主マホガニー・ベイルは口元に愉悦の笑みを浮かべる。
「父上、そう仰らないであげてください。彼らは時勢を読めぬ小物、必死に生き残りを図ろうとしているだけなのですから。我が義父のように早くに手を打っておけばこのような事もなかったのでしょうが、それこそ今更でしょう。
義父グロリアス・バルデン侯爵より託けを預かっております。“ワイバーン部隊の活躍、我が事のようにうれしく思う。ベイル伯爵家がより一層の発展を遂げる事を心より望む”、以上となります。
義父も本心ではこの場に訪れて父上の成功を共に分かち合いたいのでしょうが、今はアルデンティア第四王子殿下の派閥の取りまとめに忙しく動かれている様子、私によくよく祝意を伝えて欲しいと申しておりました」
応接室の向かいの席に着くラグラ・バルデンは実家であるベイル伯爵家を訪れ、父親であるマホガニー・ベイルに賛辞を贈るのだった。
「フッ、しかしあの剣術しか頭になかったラグラがこのようにベイル伯爵家とバルデン侯爵家の仲を取り持つ役割を果たすようになるとはな。人生何がどう転ぶかなど分からんものであるな」
「そうですね、私も義父グロリアス・バルデン侯爵の下日々勉強させていただいているところです。ですがこれも全ては父上のお力があったればこその縁、微力ではありますが両家の橋渡しとして尽くしていく所存であります」
ラグラは深く頭を下げ父親であるマホガニー・ベイル伯爵に敬意を示す。侯爵家であるバルデン侯爵家に婿養子として迎え入れられ王国法上では次期侯爵家当主となったラグラではあるが、あくまで次期侯爵であり爵位では父マホガニーの方が上である。更に言えばオーランド王国で最も注目されているワイバーン部隊創設の中心人物として、マホガニーの発言力は非常に強いものとなっていた。
「うむ、その心掛け、父として嬉しく思うぞ。今や我がベイル伯爵家がオーランド王国を牽引していると言っても過言ではないが、血筋や伝統をないがしろにする訳にはいかない。
我がベイル伯爵家の力とバルデン侯爵家の血筋、双方が揃う事で我々は揺るぎない地盤を作り上げることが出来よう。
オーランド王国の新たな時代の幕開けに」
“カチンッ”
打ち鳴らされるグラス、マホガニーは我が世の春の訪れと更なる計画の成功を確信し、笑みを深くするのであった。
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「それでベイル伯爵との面会はどうであった?」
翌日、ラグラの姿は王都学園の生徒会執務室にあった。その場にはアルデンティア第四王子、カーベル・ハンセン侯爵令息、ラビアナ・バルーセン公爵令嬢、ミルキー・バルデン侯爵令嬢といった生徒会の主要メンバーが顔を揃えていた。
「はい、ワイバーン部隊の活躍によりベイル伯爵家の威光は王宮第一騎士団の騎士団長時代の栄光を上回る勢いといった様子で、父マホガニーは非常に上機嫌でありました。
その為「こちらは既に選定を終えている」等、かなり隙だらけの発言も口にしておりました」
アルデンティア第四王子の問い掛けに答えるラグラは、どこか諦めたといった表情で視線を下げる。
「ミルキー嬢、派閥の取りまとめの方はどうか。今度のワイバーン部隊の件で浮足立つ者も出ていると思うが」
「はい、父グロリアスには予めワイバーン部隊の件は言い含めておいたのですけれど、それでも王都武術大会でのお披露目とスタンピード制圧の知らせにはかなりの動揺と妙な期待を抱いた様子でしたので、お茶をいただきつつ時間を掛けて説得しておきましたわ。
やはり長年高位中央貴族として権勢を振るってきたという思いがあると、中々時流の変化にはついていけないものですわね。お父様には派閥内の者たちが揺らがぬよう説得に回ってもらっておりますわ」
ミルキーは大きくため息を吐きながらも、来るべき変革の訪れを肌で感じ、表情を歪める。
「カーベル、ハンセン侯爵領の被害は、支援は必要か?」
「ハッ、幸いスタンピードの発生地域がミゲール王国との国境付近であり人口密集地ではなかったのですが、幾つかの村や街は壊滅的被害に遭っております。
スタンピードの終息後、直ぐにハンセン侯爵家より支援物資や医療班を派遣させましたので現在は復興に向け動き出しているといった状況です。
ただ殿下のご指摘の通りあまりにもワイバーン部隊にとって都合のいいスタンピードの発生は、軍閥貴族派の工作の可能性が非常に高いものかと。
ミゲール王国側に調査員を送る訳にもいかないため書面にて情報の共有を行うにとどめていますが、我が家に対する牽制の意味もあったのではと考えております」
カーベルはそう報告するや、厳しい表情のまま口を閉じる。
「ラビアナ嬢、“影”は何と言っている?」
「はい、王都に潜んでいる帝国の工作員と思しき商会や人員が引き上げ始めていると。我が家の者の見解ではありますが、一月から二月の内に大きな動きがあるとの報告が上がっています。
ただこれが軍閥貴族の動きだけなのかその動きに乗じて帝国が何らかの工作を仕掛けるのかは不明との事です」
生徒会執務室に重い沈黙が流れる。自分たちに出来る事は何か、見逃している事はないか、押し寄せる激流にどう行動すべきか必死に思考を巡らせる。
“コンコンコン”
そんな時であった、静寂を破るように部屋の扉が叩かれ訪問者の訪れが知らされた。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
アルデンティア第四王子の入室許可に扉を開け入ってきた者、その意外な人物に室内の者たちの注目が集まる。
「確か生活魔法講座の講義を行っているネイチャーマン先生でしたか、生徒会にどういったご用件で?」
「これはアルデンティア第四王子殿下、突然の訪問大変申し訳ありません。私がお世話になっておりますワイルドウッド男爵様より託けを頼まれまして、不躾とは思いましたがお伺いさせていただきました」
ネイチャーマンより告げられたワイルドウッド男爵という名前にその場の者全員の顔がこわばる。ケビン・ワイルドウッド男爵、それは辺境の蛮族の一員にしてオーランド王国のアンタッチャブル。
「“ホーンラビット伯爵家はアルデンティア第四王子殿下を支持します。今後大きな動きが続くでしょうが、事態の推移を見守られる事をお勧めいたします”、以上となります。
それともう一つ、我々王都学園教職員は生徒の皆様を全力でお守りいたします。それはどのような外圧が掛かろうとも変わらぬ誓い、皆様はこれから起きるであろう事態を学びの一つと考え、互いに研鑽を続けてください。
卒業し社会に出られた時、学園で学ばれたことが皆様の助けになることが、我々の願いですから」
生活魔法講師ビーン・ネイチャーマンは、それだけを伝えると一礼の後生徒会執務室を後にする。その場に残された者たちはネイチャーマン講師の残した言葉の真意を探るべく、互いの意見を交わし合うのだった。
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ダイソン公国、そこは建国を宣言してから三年半に満たない若い国であった。オーランド王国との独立戦争を経て消極的ながらも承認を勝ち取りはしたものの、これといった資源の乏しい貧しい国家である事は変わりなく、ビッグワーム農法やホーンラビット牧場、コッコ飼育やキャタピラー繊維産業の振興と様々な産業に取り組み、国土を豊かにするため国民が一致団結して労働に励んでいた。
「その後のバルカン帝国軍の動きはどうなっておる」
「はい、<遠見>スキルを持つ者たちによる観測ではイースタニア周辺でのワイバーンの飛来が頻繁に目撃されています。偵察に向かった部隊の消息は不明、帝国軍に捕縛されたかあるいは。
スロバニア王国側も帝国の動きに警戒を強めているとの報告が上がっております」
ダイソン公国宰相マケドニアル・グロリアは配下の者からの報告に眉間の皺を揉む。
ダイソン公国の建国自体がバルカン帝国の周辺国に対する侵攻作戦の一環であった。だがこの事を国民が知ることはなく、ダイソン公国公家はその事実を乗り越えて国家として歩み出した。
宰相マケドニアル・グロリアはダイソン公国を一流の独立国家とすべく、就任以来自らの交友関係を駆使し周辺国との交渉に臨んでいた。
ダイソン公国はオーランド王国の盾である。周辺国侵攻に強い意志を見せるバルカン帝国を宥め戦争を回避する。ダイソン公国が果たす役割はオーランド王国、スロバニア王国、バルカン帝国の平和維持にとって非常に重要なものであった。
マケドニアルは報告書を机に置くと大きなため息を吐き天井を見上げる。就任から二年と少し、必死に走り続けた日々であった。
老いた自分にもまだまだやらねばならない事がある、自らを鼓舞し、若い世代に宰相としての全ての経験を伝える為に。
「我では力不足であった、そういう事であろうかの」
バルカン帝国東部方面軍は動き出した。侵攻の開始は最早秒読み段階に入ってしまった。
「東部方面作戦参謀長イワノフ・ユーリビッチ、あの男は慎重だ、何重にも手を尽くし動き出したら止まらない。東部方面軍が動き出したという事は、全ての準備が整ったという事なのであろう。
思えばオーランド王国は自らの力で平和を掴み取ってきた訳ではない、これはいつか訪れるはずであった終焉がついにやってきたという事なのであろうか」
宰相マケドニアル・グロリアは身体を椅子の背もたれに預け、静かに目を瞑る。突然宰相という役目を引き受けグロリア辺境伯領から遠くダイソン公国まで連れてきてしまった妻デイトリアル、ランドール侯爵家との諍いに巻き込んでしまった三女デイマリアと孫娘パトリシア。
これまでの人生、自分はどれだけ家族に負担を強いてきてしまったのだろうかと自嘲する。
「謝って済む問題ではないが、せめて別れの言葉くらいは残しておかねばならんか」
ゆっくりと目を開けたマケドニアルが執務机の上のペンを手にしようとした時であった。
“コンコンコン”
「失礼いたします。旦那様、ホーンラビット伯爵家よりケビン・ワイルドウッド男爵様がお見えになり面会を求められておりますが、いかがなさいましょうか?」
扉の向こうから告げられたケビン・ワイルドウッド男爵来訪の知らせ。
ランドール侯爵家との諍いを最小限の犠牲に止めた知恵者、ヨークシャー森林国を呪病より救った賢者、一年戦争を僅かな手勢で終結に導いた真の英雄。
「構わん、この場にお通しするのだ」
そして彼は再びダイソン公国の窮地に駆け付けてくれた。
「お久し振りでございます、マケドニアル・グロリア宰相閣下。面会の機会をお与えいただき感謝いたします。
本日はドレイク・ホーンラビット伯爵閣下の名代としてだけでなくホーンラビット伯爵家の全権を預かる者として、これから起こるであろうバルカン帝国との衝突に対処すべくやってまいりました」
こともなげにそう口にするケビン、彼は何故そうまでして我々を。
「ケビン・ワイルドウッド男爵、ドレイク・ホーンラビット伯爵殿のお気持ち大変ありがたく思う。だが何故なのだ、この戦いはホーンラビット伯爵家にとっては何の利益も齎さないもの、ホーンラビット伯爵家の力を得ることが出来る事は大変心強いが、ダイソン公国がその恩に報いる見返りを用意する事が出来るとも思えない」
助けを求めるのならその働きに見合った報酬を用意すべきである。これは貴族に限らずすべての物事に言える事、ただ助けてと縋る事など人としてあるまじき行為。
だがケビンはそんなマケドニアルの考えなど見透かしていると言わんばかりに柔らかく微笑みかける。
「何を言ってるんですか、マケドニアル様はパトリシアのお爺ちゃんじゃないですか。ドレイク村長にとってもマケドニアル様は大切なお義父様なんですよ?
バーミリオン君にマリアンヌちゃん、それにうちのアルバ君。孫やひ孫の顔も見ないうちに寂しい事言わないでくださいよ。
いいんですよ、家族を助けるのは辺境じゃ当たり前の事なんですから。それにダイソン公国には教え子のアイリスもいますしね。
本当にこの忙しい時期に帝国も面倒な事ばっかりしてくれちゃって困りますよね~。
ですんで最小限の人員しか用意できませんでしたけど、まぁどうとでもなるでしょう」
そう言い自身の影を伸ばすケビン。
「ヘンリー・ドラゴンロード男爵、ボビー・ソード男爵、シルビア・ソード男爵夫人、イザベル・ソード男爵令嬢、それと我が家から残月と従魔のエッガードです。
お父さん、ボビー師匠、シルビア師匠、イザベル師匠、敵は十数万のバルカン帝国軍、適当にぶっ飛ばしちゃってください。
残月、エッガード、皆の事を頼んだぞ?」
目の前に現れた者たち、それはこの難局を盤上ごとひっくり返し得る力を持った辺境の修羅。
ダイソン公国宰相マケドニアル・グロリアは絶望的状況に現われた救世主たちの登場に希望の光を見出し、「皆の者、本当にありがとう。マケドニアル・グロリア、この恩を生涯忘れぬと誓おう」と述べ、涙を流しながら深々と頭を下げるのであった。
本日一話目です。