“サクッ、サクッ、サクッ”
腰を曲げ、片手で掴んだ稲の茎を鎌で根元から刈り取っていく。刈り取った稲を一束にし、端を稲藁で括っていく。括りつけた稲の束はロープを縛った平船に集め、量が溜まったら畔の者がロープを引き寄せ回収していく。
元々湿地帯であるリットン侯爵領の農地は水捌けが悪く、田んぼの水抜きを行っても泥田の状態は改善されにくい。扶桑国では山間の湿原などでも稲作が行われている為、そうした土地用の対策としてこうした平船が利用されているとの事であった。
「いや~、しかし壮観ですな。見渡す限りの黄金の野、これまでリットン侯爵領でこうした光景を目にすることは出来なかった。他領に向かった際に収穫期を迎える麦わら畑の美しさに悔し涙を浮かべたことは一度や二度ではない、それを私の代で見ることが出来ようとは。
これも全てはワイルドウッド男爵閣下のお陰、心より感謝申し上げる」
上機嫌で握手を求める周辺地域担当監督官。俺は「これは一部の稲を収穫し魔法で処理した物です」と言って新米で作ったおにぎりを持ってこさせる。
「おお、これは何とも深い味わい。噛めば噛むほど広がるほんのりとした甘み、パンとはまた違った得も言われぬ食べ応えですな」
そう言いぺろりと食べきりもう一つとばかりに手を伸ばす監督官。シンプルによくすり潰した岩塩で味付けしたものだが、新米の味を一番おいしく味わうには最も相応しい調理法だろう。
「パンを焼くにはパン窯が必要なように、美味しく米を炊くにはそれなりの準備が必要です。棒パンや堅パンがあるように、米にもさまざまな調理法があるため必ずしも炊く必要はありませんが、米が普及するにはそれなりの時間を必要とするでしょう。
ですが麦の代わりとなる主要穀物の生産が行えるようになる事は大きい、後はこの農法を正しく継承し、領内の各農村に広めていく事です。
監督官殿は圃場の整備から収穫作業までの行程の全てをご覧になっている。この穀物には通常の畑作とは異なる作業手順が必要である事も理解されたはずだ。
先ずは稲作に取り組む村の村長と農民たちに稲作の良さと得られる利益をしっかり理解させることが肝要です。その上で正しく農法を学び実践する事、只得られるはずの利益を求めるだけでは必ず失敗します、そのことを決して忘れないでいただきたい」
俺の言葉にウンウン頷くも夢中になっておにぎりを頬張る監督官。その目はたわわに実り頭を垂れる稲穂を付けた金色の田んぼに向けられる。
うん、絶対頭の中で目の前の田んぼが金貨の山に見えてるって感じだね、連想しちゃうのも分かるけど焦る乞食は貰いが少ないぞ~。
「!?」
そんな感じで監督官の相手をしていると不意に残月から業務連絡が。俺は監督官に断りを入れ急ぎ玄才さんの下に向かいます。
「玄才さん、すみません。他のところの状況が動き出しました、暫くこちらにこれませんけど後の事をお願いしてもいいですかね」
「あぁ、これから一月は刈り取った稲を天日干しにしないといけないからな。鍛冶屋に頼んだ千歯扱きも出来上がってるし、木工職人に殻竿と風選器も作ってもらってるから脱穀作業までは終わらせることが出来る。
脱穀した種籾を麻袋に詰めるところまではやっておこう。
確り道具を頼んでくれていた玄才さん、そこまでやってくれれば十分です。村人たちも白米が食べたかったら、木臼に搗きん棒でザクザク搗いて精米してください。
俺は玄才さんに後の事をお願いすると、両の頬を叩き気合を入れ直すのでした。
―――――――――――――
“ガラガラガラガラガラガラ”
夜の街並みを走る馬車が、車輪の音を立てる。王都の人々が穏やかな眠りに就く深夜、馬車は貴族街を抜け、巨大な門の前へ。
そこは王城、通常であれば夜間の出入りが制限されたオーランド王国の中枢。馬車は門前で停車すると扉を開き、中から現れた者が二人がかりで木箱を運び出す。
「こちらが例の品となる。後は手筈通りに」
“コクリ”
馬車から降りた一人が門兵に声を掛ける。門兵は静かに頷くと、部下に目配せをして木箱を通用門より城門の内側へと運び込む。
走り去る馬車、門は閉ざされそこは再びの静寂に包まれる。
その様子を<暗視>と<遠見>のスキルにより見つめる人影。
「注文の品は配達されました。この後はいかがいたしましょうか?」
「そうだね〜、状況は開始されたし皆は配置に付いてくれる? 動くとしたら明日か明後日か、家の方は月白とエリザベスがいれば大丈夫じゃないかな」
闇が笑う、影は恭しく一礼をすると夜の闇に消えていく。
「しかし元気に騒いでるね、王都に到着したのが今日、声がし始めたのが貴族街に到着してからだって話だったから、それまでは何らかの方法で声が漏れないようにしていたのかな? だとしたら凄いよね。流石は天才魔導研究員ケトル、考え得る危険性の想定範囲が普通じゃないよね。
オーランド王国最大の危機、王都で祭りが始まるまでは気が抜けないかな」
“コツンッ、コツンッ、コツンッ、コツン”
石畳の通りを歩く靴音が夜の街に響く。人々が寝静まる深夜の王都、暗い闇に閉ざされた王城の入り口で、舞台は静かに幕を開けたのであった。
――――――――――――――
「ようやく動き出したかの。しかしこの二週間はちと長すぎやせんかったか? 儂はすっかり待ちくたびれてしまったわい」
老人は日課である木剣の素振りをしながら同僚の偉丈夫に語り掛ける。
「まぁそうだな、俺も家の事や畑の事が気になって仕方がなかったからな。もう少し事態が進んでから駆け付けてもよかったのではないかとも思うが、息子もあちこち飛び交って忙しなくしていたようだし、移動の手間を省いてくれただけでもよしとしなくてはいかんかもな。
しかし今更だが辺境で燻っていた俺たちがこんな派手な場所に駆り出されるようになるとは、息子が生まれた当初は考えもしなかったよ」
偉丈夫は手入れ用の油を塗り付け布で磨いていた鉄の塊の輝きを確認しながら、老人に言葉を返す。
「そうですね、私もまさかまた再び戦いの場に駆り出されるとは思いませんでした。呪いの森の暗黒魔導師に取り込まれて三百年、解放されてお義母さんと再会して。死んでからの方が充実した人生を送ることになるなんて意味が分かりません」
濃紺のローブを羽織った長杖を持った女性が、何とも言えない表情で言葉を添える。
「いいじゃない、世の中何があるのかなんて結局のところ誰にも分からないものなのよ。いつだったか転生者の青年がマルセル村に来たことがあったじゃない? 面白そうな話だったしエリクサーの話にかこつけて色々聞いてみたのよ。
あの青年の話す異世界の前世の話は本当に興味深かったわ。馬車のない箱車が街中を走り、王城よりも高い建物がいくつも立ち並び、多くの人々を乗せた乗り物が空を飛ぶ。
魔法はなく、人々は科学と呼ばれる技術を用いて豊かな生活を送っている。そんな世界で語られた一つの物語にこの世界は酷似しているという話。
彼の語った未来予測の多くが決して無視の出来ないような国の諜報組織の者くらいにしか知りえない情報を含んでいた。
書き留めておいて後でガーネットに確認を取ってもらったのよ、ガーネットは会話の端々に登場していた人物名や、危惧された未来に起こるとされる事象に表情を厳しくしていたわ。王都諜報組織“影”が掴んでいた情報でも、その危険性を示唆するようなものが含まれていたって言って。
でもそれは別の要因で潰されちゃってたんですって、その辺は詳しく教えてくれなかったけど。
人生の先なんて分からない、死後ですら予測できないのよ? 私だって生涯独身で終わったと思ったら、死後ボビーと出会えるだなんて思わなかったもの。
ケビンが言ってたわよ、“世の中楽しんじゃった者勝ち”ってね」
漆黒のローブを身に纏った美女が女性の声に応える。
「ワッハッハッハッハッ、確かにの。難しいことは頭の良いものが考えればよい、儂らは楽しめればそれで充分。
老い先短い老人がこの大舞台に立てたことだけでも感謝せねばならんの」
老人は素振りを止め手拭いで汗を拭うと、高台の下に広がる平原を見つめ口角を引き上げる。
「そうだな、何も気にせず全力で剣を振るえる、その機会を与えられたこと以上に感謝すべきことはないな」(ニチャ~)
修羅が笑う、身の内に滾る闘争心を全身から迸らせて。
「お義父さん、分かっているとは思いますが基本的に防衛戦ですから、あまり深追いしてバルカン帝国軍の司令本部を攻め落とさないようにしてください。
私たちは建前上ダイソン公国の危機に立ち上がった義勇兵なんですから、全滅させるなんてもってのほかですからね?」
賢者が暴走しがちな義父を諫める、小声で「生前試してみたい魔法が一杯あったんですから」と呟きながら。
「イザベルもあまりボビーにきつく言わないの。お義父さんも久々の戦場に昔の血が疼いちゃっただけなのよ。
でもボビー、いくら楽しかったからって勝手に女神様の下に向かったらだめよ? それとちゃんとお守りは肌身離さず持っていてね、お・ね・が・い・よ?」(ニッコリ)
大賢者は微笑む、愛する夫が力一杯楽しんでくれることを願って。
「バルカン帝国軍の先発隊が最終警告線を通過しました、これよりダイソン公国の防衛のため戦線維持行動に入ります。
ダイソン公国軍マチル・ダジャン司令官、バルカン帝国軍本体は我々ホーンラビット伯爵家騎士団が抑え込みます。ですが討ち漏らしが発生しないとも限りません、その際の敵兵の対処をお願いします」
「えぇ、いくら帝国からの武器供給が無くなったからといって、為す術なく敗北するほどダイソン公国の兵士は脆弱ではないつもりです。あなたたちの強さは身を以って理解しています、私たちの事は気にせず存分に暴れてきてください」
眼下に迫る大地を埋め尽くす数万という大軍勢、その光景を前に震える足に力を入れ気丈に笑みを作るマチル・ダジャン司令官。
「では皆さん、手筈通りに。昼食の時間になりましたら大きい攻撃を行いますので、それを合図に集まってください。それと決して最終警告線より先に出ないように、目的はこの地に敵を引き付け続ける事ですので」
執事服の女性の声に頷きで応える戦士たち、命を捨て、己を捨て、義の為に、ダイソン公国の人々の為に。
「指令官、高台の上、ダイソン公国軍の姿が確認できました。いかがいたしましょうか?」
「ほう、これだけの戦力を前に逃げずに迎え撃とうとするその心意気は評価に値する。この地はダイソン公国の生命線、籠城など何の意味もないという事を彼らはよく理解しているのだろう。
ならば応えよう、その許可はイワノフ・ユーリビッチ作戦参謀長よりいただいている。
精霊砲三機、前へ。目標はダイソン公国軍、集束放射により敵の士気を挫く!!」
「「「「「了解しました、司令官!!」」」」」
戦争は進歩の歴史である。争いの形は棍棒による殴り合いから剣による切り合いへ、魔法使いによる遠距離魔法の撃ち合いから長距離の銃砲の撃ち合いへ。
そしてそれはやがて大賢者が放つと言われる最上級魔法のごとき破壊力を持つ兵器の開発へと至った。
「精霊砲、集束放射、準備完了いたしました」
そして強大な力を持つ兵器は更なる改良の末、これまででは考えられないほどの射程を持つ超兵器へと進化を遂げた。
「長距離精霊砲、発射!!」
「「「長距離精霊砲、発射します!!」」」
“““バシューーーーーーーーーーーーーーーーーーー”””
それは光の帯、世界を焼き尽くす終焉の始まり。
「エッガード、全部吸ってしまってください」
“ブルブルブルブル♪”
“““ギュォォォォォォォォォォォォォォォォォ”””
だがそれはある一点に束ねられるように引き寄せられ姿を消してしまうのだった。
「・・・副官、一体何が起きたのだ? 俺の目には精霊砲が空中で姿を消したように見えたのだが」
「ハッ、私にもそのように見受けられました。ダイソン公国軍を前にして何かに吸い寄せられるようにして跡形もなく姿を消したとしか」
「第二射準備、発射準備が終わり次第即時発射せよ!!」
“ズドーーーーーン”
「どうした、何があった!?」
「精霊砲の一台が敵の襲撃に遭い大破、現在我が軍との交戦に入っています」
“ゴォゴォゴォゴォゴォゴォ”
「何だあの竜巻は!?」
「司令官、精霊砲が、竜巻に巻き上げられています!!」
兵士の報告に目を凝らした司令官は、その渦の中に巻き込まれる多くの兵士と浮かび上がる精霊砲に驚き目を見開く。
“ゴロゴロゴロ、バリバリバリ、ビカーーーッ、ズドーーーーーン、ビカーーーッ、ズドーーーーーン、ビカーーーッ、ズドーーーーーン”
「司令官、落雷が精霊砲を直撃、制御装置が全く反応しません!!」
「なっ、一体どうなっているんだ!?」
ダイソン公国軍とバルカン帝国軍との衝突、だがその始まりはバルカン帝国軍の思惑とは全く違った様相を見せる。
戦いの狼煙は上げられた。もはや止めることの出来ないバルカン帝国軍による蹂躙、その数の暴力をダイソン公国軍が如何に凌ぎ続けることが出来るのか。
祖国のため、家族のため、自ら死地に立ったダイソン公国軍の兵士たちは、目の前で繰り広げられる悪夢に唯々立ち竦むことしかできないのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora