“ザッザッザッザッザッザッザッザッ”
隊列を組み走り去る兵士。
「“帝都市民の皆様に、お知らせいたします。現在、帝城より、緊急事態宣言が、発令されています。帝都市民の皆様は、不要な外出を控え、事態が収まるまで、安全な場所にてお過ごしください。
繰り返し、帝都市民の皆様に、お知らせいたします。現在、帝城より、緊急事態宣言が、発令されています。帝都市民の皆様は、不要な外出を控え、事態が収まるまで、安全な場所にてお過ごしください”」
帝都の各地に設置された放送の魔道具から響く警戒の知らせに、バルカン帝国の中枢帝都ドンヌベルクは騒然とした空気に包まれていた。
“カランカラン”
開かれた扉、ドアベルの鐘の音が店内に来客を知らせる。入ってきた者は残暑残るこの季節には似合わない漆黒のコートを羽織った者、店の店主は訝し気な視線を送るも、来客に声を掛ける。
「いらっしゃいませ、何かお探しのものでもございますでしょうか?」
「あっ、はい。実は恋愛小説を大量に購入してくるように依頼されまして、ただその、俺はそういったものに疎いもんですからどうしたらいいのかと。それと魔導関連の書物も出来るだけ多く購入して来てほしいと、北部の辺鄙な村なもので中々そうした物が流通してこないものですから。
それでも最近はカスターナ地方が矢鱈発展してきたお陰で以前よりかはマシになったんですが、書籍の品揃えで帝都に敵う訳もないですし」
そう言いどうしたものかと頭を掻く若者に、合点のいく店主。地方から帝都に買い出しに来る者は多く、冒険者にそうした仕事を依頼する者は少なくない。この若者もそうした依頼を受けた冒険者の一人なのだろうと店主は警戒心を一段下げる。
「そうですね、恋愛小説でしたらこちらの棚が最近出版されたものとなります。少し古いものですと奥の棚に幾つかございますが」
「それでしたらそれらを全部貰えますか? 依頼内容は指定した種類の書籍をできるだけ多く購入してくる事となっていますので。魔導関連書物もそうですが、先ずは金貨百枚で揃えられるだけ用意してください」
若者はそう言うと背中のリュックを下ろし、中から大きな皮袋を取り出し店のカウンターにドサリと置くと、口を開いて中身を見せるのだった。
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「どうもありがとうございました、こちらが先ほどお話しした書店への紹介状となります。現在帝城から出された緊急事態宣言により帝都全体が慌ただしくなっていますので、お気を付けてお向かい下さい」
店の扉の外で深々と礼をしてから心配の声を掛けてくれる店主さん。“ごめん、それって俺のせいなんだわ”と言う訳にもいかず、「どうもありがとうございます、十分に気を付けます」と返事をしてその場を去る俺氏。
どうも、隣国の田舎者、ケビン・ワイルドウッド男爵です。
俺が何をしているのかと言えば十六夜と賢者師弟に頼まれた買い物ですね。特に賢者師弟にはダイソン公国国境付近でのバルカン帝国軍の引き止めに貢献してもらっちゃったんで、ちゃんとお返ししないといけませんしね。
港街でしこたま朝食を食べたドラゴンズはご休憩、夕方くらいに到着する感じでのんびり帝都に向かってもらってるところです。
で、俺はと言えば一足先に帝都入りして用事を済ませてるってところですね、ドラゴンが襲来しちゃったら買い物どころじゃないですしね。
俺は最強装備のリュックを背負うとコートのフードを頭に被ります。するとどうでしょう、周りからは一切その存在を感知されなくなっちゃうって言うね。流石最強装備、セット効果が半端ない。
これで仮面を付けたらまつろわぬナニカの出来上がり、あなた様ですら認識できないって言っていたからマジヤバですな。
「対象が帝都に向かい移動していることが確認された。必ず帝都を守り抜く、お前たちの手に全帝都市民の命運が掛かっているものと心得よ!!」
「「「「「ハッ、了解いたしました!!」」」」」
街の広場に備えられた大きな砲門、恐らく高射砲のようなものなんだろうけど、ドラゴンを落とすというよりも嫌がらせ? 近付きたくないと思わせれば生き残る確率がぐんと上がりますからね。
街全体が緊張とある種の興奮に包まれる中、俺はさっさと買い物を済ませ次の行動に移るべく、足早にその場を離れていくのでした。
――――――――――――――
“コツンッ、コツンッ、コツンッ、コツンッ”
光の無い暗闇の通路、人の気配が一切しないその場所に響く靴の音。
みんな大好き下水道、地下進入路の基本です。
で、何で俺がこんな場所にいるのかと言えば、バルカン帝国の中枢リヒテンブルグ帝城に忍び込もうかなと思いましてね。ただいまスニーキングミッションの真っ最中なのであります。
暗闇でも昼間のように周囲を見渡せる暗視って超便利、周囲を走るビッグラットの行動もしっかり観察出来ちゃいます。
そんでもって俺が向かっているこの通路は暗殺者ギルドから買った情報の中に入っていた奴ですね、料理長の注意書きで“罠の可能性大”と赤く記されていた事から、バルカン帝国の暗殺者ギルド経由の情報って事なんでしょう。
「うん、物理・魔法どちらの罠もてんこ盛り、これは大正解って奴ですね」
黒く染められた糸から間を物体が通ることで反応する魔導センサーまで、ミッションインポッシブルもびっくりの罠の数々。槍やらガスやらがバンバン飛び出すんじゃないのかな~、多分。
そんな罠の中をまるで何事もないかのようにスイスイ進んでいくんですけどね。影移動を使ってるのか? ちょっと違うんですね~、せっかく何でスキル<霊体化>をですね。
壁抜けだってスイスイ、糸があろうが矢が降ろうが問題なし。じゃあ何で足音がしたのか? ヒタヒタといった素足の音、ザッザッザッといった軍行の音、ギシギシという階段を上る音、お化けと足音はセットでしょう。
まぁ普通に無音でも行けるんですけどね、気分ですよ、気分。
そんなこんなで下水道エリアを通過、殺意マシマシな隠し扉を抜け城内の地下倉庫にイン。なんやかんやでしっかりと隠し通路の機能も完備してるっていうね、多分よほどの重要人物を逃がすためにわざと侵入者ホイホイに見せかけてあったんでしょう。
目的はあの場所はハズレだって思わせるためだったんですかね、本当のところは分かりませんが。
そんなこんなでお化けモードで地下を探索すること暫し、複数名の兵士により厳重に守られているエリアを発見。これはビンゴですかね。
目的は果たせたので正解発表は後にしてワイン倉庫を目指し探索再開、皇帝のワインをかっぱらうぞ~。オーランド王国の王城ではワイン探索が出来なかったからな~。城と言えば地下室、地下室と言えばワイン、高級ワインを目指し盗人稼業を再開する俺なのでした。
―――――――――――――
「ご報告申し上げます。間もなく帝都ドンヌベルクにドラゴンが接近する模様、全部隊迎撃態勢に入ります」
「ご報告申し上げます。帝都北西方向より接近するドラゴンを確認、その数四体。最終防衛ライン通過を以って攻撃行動に入ります」
西の地平線に日が沈もうとした頃、その四体の巨大な影は、朱に染まる晩夏の空を北西の方角から帝都ドンヌベルクを目指し飛来した。
帝城内大会議室、対ドラゴン対策本部の設置されたそこでは、迫りくるドラゴンの情報が絶え間なく届けられていた。
“バシューーーーーーーーズドーーーーン、ズドーーン、ズドーーン、ズドーーン、ズドーーン、ズドーーン、ドッドッドッドッドッドッドッドッ”
遥か街壁の向こうから響く攻撃音、精霊砲が、長距離炸裂砲が、大口径連射式石火矢が、その牙を四体のドラゴンに突き立てる。
““““グギャーーーーーーーウォ、グワッグワッーーー””””
“ズドーーーーン、ズドーーン、ズドーーン、ズドーーン、ズドーーン、ズドーーン”
ドラゴンの咆哮が帝都の上空を通過する、高度射撃砲がドラゴンを狙い爆炎を吹く。
「クッ、流石にしぶといか。ドラゴンの被弾率は」
「ハッ、観測部隊からの報告では長距離精霊砲は直撃するも一切の損傷を与えられておりません。長距離炸裂砲は多少の進路妨害ができた程度、他各種砲弾もこれといった損傷は与えられず。被弾率は六割強」
情報官の報告に苦々しげな表情を浮かべる帝国幹部たち、そんな彼らの様子を皇帝バレシュタイン・リヒテンブルグ表情を変えぬまま静かに見つめ続ける。
“ブワッ”
それは突然であった、城内に広がる強大な気配、ある者は剣の柄に手を伸ばし、またある者は魔導式小型石火矢を腰のホルダーから引き抜く。
“カツンッ、カツンッ、カツンッ、カツンッ”
慌ただしかった大会議室に静寂が広がる、城内の廊下からは何者かの鳴らす靴音が響き渡る。
“ガチャッ、スーーーッ”
開かれた扉、大会議室中の者の視線が開け放たれた扉に注がれる。
“カツンッ、カツンッ、カツンッ、カツンッ、カツンッ”
「やぁ、お騒がせしちゃったかな? ダイソン公国との国境から海岸までの工事が終わったからね、東部方面作戦参謀長イワノフ・ユーリビッチ氏に予め知らせておいた通り、工事終了の挨拶をしようと思って立ち寄らせてもらったよ」
“ガチャガチャガチャガチャガチャガチャッ”
現れた者、それは漆黒のコートにフードを被り口元の空いたハーフマスクで顔を覆った何者か。部屋の者たちは一斉にホルスターから魔導式小型石火矢を引き抜き、剣帯を付けた者は腰鞘から剣身を引き抜き切っ先を侵入者に向ける。
「うん、いい反応だよ、流石帝国軍人。咄嗟の時の行動が魂に刷り込まれているんだろうね、オーランド王国じゃこうはいかないよ。
でもあまり無理はしないでいいからね? 必死なのは分かるけど、この状況で飛び掛かってこれるのってよっぽど頭のイカレた連中だけだからね? 具体的にはホーンラビット伯爵家騎士団っていうんだけど、あそこの人間頭おかしいから、この僕が保証するよ。
それで僕の事は自己紹介が必要かな? すでに帝国情報部なら承知していると思うけど、オーランド王国王都諜報組織“影”の皆さんは僕の事を観賞者っていう素敵な呼び名で呼んでくれてるかな?
それで用件はさっきも言ったけど工事完成報告とドラゴンたちからの伝言だね。
今回バルカン帝国が行ったオーランド王国王都バルセン壊滅作戦、この際にドラゴンの塒から卵を盗み出し人族同士の争いにドラゴンを利用しようとしたことは許しがたい、よってバルカン帝国は領土の一部をドラゴンに割譲すること。
今回僕たちが行った工事はその領域を明確化するためのものだね。これは決定事項だから覆すことはできないかな? 何か聞きたい事とかある?」
突如大会議室に現れたナニカにより一方的にもたらされた通達、その事に対し誰もが口を噤む中、皇帝バレシュタイン・リヒテンブルグが静かに口を開く。
「承服しかねるな。我が帝国はドラゴンごときの指示に一切従うつもりはない。用件がそれだけならお引き取り願おうか」
皇帝バレシュタインの冷たい視線がナニカを射抜く。ナニカは腕組みをししばらく考えた素振りをすると、おもむろに皇帝へ声を掛ける。
「確証はないんだけど皇帝陛下は何か凄い自信があるのかな? じゃあ取り合えずその自信の根拠が見たいから試させてもらうね。ちょっと危ないから城内の皆さんには街の広場に移動してもらうよ」
“ブォッ”
突如帝城を包み込む漆黒の影、人々は一瞬の闇に包まれるや次の瞬間自身の立っている場所に驚きの表情を浮かべる。
「ここは、帝都中央公園」
そこは帝城の全景を見ることの出来る帝都の観光地、帝都中央公園。さっきまで城の中にいた多くの者たちは自身が瞬時に公園へ移動させられたことに驚きの表情を浮かべる。
“ズドーーーーン、ズドーーン、ズドーーン、ズドーーン”
周囲には高度射撃砲の射撃音が鳴り響き、ドラゴンとの戦闘が未だ続いていることを知らしめる。
「それじゃ皇帝陛下の自信の理由を見てみようか。ドラゴンさんたち、お願いします」
““““スーーーーーーーッ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ””””
まるでナニカの言葉が合図であったかのように、四体のドラゴンブレスが帝城目掛け放たれた。
“ブワーーーーーーーーーーーーーッ”
だがそれは、まるで巨大な結界にでも阻まれたかのように分散し、帝都の空を朱に染め広がっていくだけなのであった。
「おぉ~、凄い凄い。それじゃ次はこれでどうかな?」
““““グルギュワーーーーーーーーーーーーーー!!””””
““““ブウォッ””””
咆哮を上げ上空に飛び上がった四体のドラゴンたち、勢いよく帝都に迫るもまるで何かに弾かれるようにまったく地上に近付く事が出来ない。その間も帝都からの攻撃は続き、四体のドラゴンを無数の砲弾が捉え続ける。
「なるほど、帝都はドラゴンには屈しない、皇帝陛下の自信はこういう事だったんだね」
砲撃は続く、四体のドラゴンは帝都の空を舞う。日は沈み辺りは夜の闇に包まれる。
「ドラゴンの攻撃にも負けない都市、帝都ドンヌベルク。本当に凄いものを作り上げたね。流石はバルカン帝国皇帝バレシュタイン・リヒテンブルグ、いや、ダンジョンマスターといったほうがいいのかな?
第一層を開放型ダンジョンとしてそこに住む人々の魔力を吸い上げる、何百年、何千年と蓄えられた魔力は攻略不可能な大型ダンジョンを形成するに至る。そんなダンジョンの主である皇帝陛下からしたら、ドラゴンの脅しなんか取るに足らないって事なんだろうね」
ナニカの言葉にその場の空気が固まる、皇帝バレシュタインからナニカに向けられる静かでありながら凍えるような殺気が、その言葉がただの戯言ではないことを物語る。
「貴様、一体何者だ? 我が帝国の何を知っている」
「さぁ、大したことは知らないよ? でも少しくらいなら興味深い話が出来るかもしれないね」
ナニカはそう言うと、まるで悪戯が成功した子供のように、口元に笑みを浮かべるのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora