“ズドーーン、ズドーーン、ズドーーン、ズドーーン”
高度射撃砲の砲声が帝都都の空に響く。
““““グギャーーーーーーーウォ、グルグギャーーーーー””””
四体のドラゴンの咆哮が天より打ち鳴らされた終末を告げる鐘のように、大気を切り裂き大地を揺らす。
“ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ”
ドラゴンたちの口から放たれるドラゴンブレスは帝都を包み見えない壁に遮られ、横に広がり帝都の空を炎で埋め尽くす。
「内側からの攻撃は通すけど外からの攻撃は完全に遮断する、ドラゴンに対する決定打はないものの逆に向こうもこれ以上の手出しはできようもない。
もしかするとドラゴンブレスの魔力もあの膜によって吸い込んでる感じかな? だったら広がったドラゴンブレスがすぐに消え去ってしまう事にも説明が付くよね。
うん、皇帝陛下がドラゴン恐るるに足らずって思うのも納得だね。
それじゃドラゴンさん方にはいったん下がってもらうね、さっきから大砲の音がうるさくて仕方ないし」
夜の帳が下り、星々が輝きを見せる。バルカン帝国皇帝バレシュタイン・リヒテンブルグは目の前で舞台役者のように振る舞う何者かを冷徹に観察しながら静かにその動向を伺う。
「それじゃまず今回の帝都侵攻の話からしようか。さっきも言ったけどこれは君たちがドラゴンの卵を使いオーランド王国王都バルセンに親ドラゴンを嗾けたことに対する報復だね。
この話は東部方面作戦参謀長イワノフ・ユーリビッチ氏をはじめとしたダイソン公国との国境線の戦場にいたすべての者にも伝えたんだけど、ドラゴンはその特性上子供の数が極端に少ない生物でね、巣立ち前の若いドラゴンを一族全体で守ろうとする傾向があるんだよ。
これは人の社会でもたまに見られることだけど、閉塞した村社会や迫害された少数民族なんかで結束力が強まることに似ているよね。
バルカン帝国はそんなドラゴンの卵を盗み出してしまった、ワイバーンの卵は比較的容易に盗む事が出来たからね、オーランド王国の軍閥貴族はドラゴンの卵をその延長上で考えていたし、バルカン帝国でもドラゴンの事を所詮は力があるだけの魔物と侮る部分があったのかもしれないね。
まぁ現にこうして四体のドラゴンの攻撃を防げちゃってるし、その考えも分からなくはないけど」
ナニカはそこで軽く周囲に顔を向ける。あれほど鳴り響いていた砲声は止み、ドラゴンの咆哮も収まっている。
不意に訪れた静寂、ナニカは一息ついたのか再び話を始める。
「ドラゴンの制裁対象は二カ国、オーランド王国とバルカン帝国。今回は事態が事態だからね、卵を盗み出すなんてことを許したら今後のドラゴンの種族としての存亡にかかわるし、苛烈に対処すべしというのが彼らの総意だったよ。
でもそれはちょっと困るって言うか、せっかくここまで育ってきた人の社会が再び混乱し消え去ってしまうのはもったいないじゃない?
これはバルカン帝国の誇る諜報部がすでに調べ上げてるのかもしれないけど、僕は人同士の営みを見るのが好きなんだよ。その文化や食事、生活様式や人々の営み、正義を翳す者、犯罪を犯す者、弱者を労わり慈しむ者もいれば権力を笠に横暴を振るう者もいる。自浄作用的に悪が倒されることがあれば、空回りな正義漢のせいで地域が立ち行かなくなることもある。
そんな人々の悲喜こもごもを観察することが大好きなんだよ。
これが戦争によって社会が崩れるのならまだしもドラゴンの粛正によって跡形もなくなるってのはちょっといただけないかな?
だから今回の件に関してはかなり積極的に介入させてもらったよ、主にドラゴンとの交渉だったけどね。
それでなんとかオーランド王国とバルカン帝国の消滅は回避したってのが現状、ここまでは理解してくれた?」
ナニカの言葉にざわつく帝国幹部たち、そんな中皇帝バレシュタイン・リヒテンブルグは吐き捨てるように口を開く。
「それがどうしたというのだ、そのような口先だけの戯言に我が従うとでも? たとえ貴様の言うようにドラゴン共が攻めてこようと、我が帝国が敗北するなどありえない。ドラゴンなどという太古の異物は排除し、殲滅するのみ。
バルカン帝国の力の前に、ドラゴンは他の魔獣同様ただの素材に成り下がるのだ」
はっきりと、堂々と言い放つ皇帝。その宣言に、その場の者たちの目の光が混乱と怯えから反攻と闘争へと変わる。
「おぉ~、流石は皇帝陛下、その胆力と人心掌握術は他の追随を許さないって感じ?
まぁこの話はいったん置いておくね。
で、次はさっき言ったダンジョンマスターって話ね。これはここバルカン帝国の建国のずっと以前、バルカン帝国のある地域に多くの小国が乱立していた時代に遡るね。
とある小国の王がこう考えたんだよ、“国の守りにダンジョンを利用する事が出来ないだろうか?”ってね。王は自国の兵を使ったのか冒険者を雇ったのかは分からないけど、ダンジョンのコアを手に入れた。そして王城を中心にフィールド型ダンジョンを作らせその外周に強固な壁を築き上げた。
一般的にダンジョンはダンジョン内に入り込んだ者の余剰魔力を吸い、力を高め新たな階層を作り成長を続ける。ダンジョンドロップアイテムはそのための餌であり人々は欲望と好奇心を糧にダンジョンへと挑む。
でもこのダンジョンは挑ませる必要がない、魔力の供給源はそこで生活する人々であり、ダンジョンはその場で暮らす人々を守るために強固な街壁を維持し続ければいい。
でもこんなことは普通はできない、どうやってダンジョンに言う事を利かせるんだという話になる」
ナニカは言葉を切るとじっと皇帝を見つめる、それは言外に皇帝の言葉を促すように。
「人柱、とでも言えばいいのかな? 小国であった頃は国を支える守りの要として敬われた時代もあったのかもしれない。
ダンジョンコアに触れダンジョンマスターとなった者は、ダンジョンを操り様々な罠を作ったり構造物を築く事が出来る。おそらくは王に忠誠を誓った者がその役割を引き継ぎ、ある一定の年数を務めあげたうえで次の者に引き継いでいったんだろうね。人の精神は長命種のエルフやドラゴンのように強くはないからね、永の生に耐えられなくなった者は自らの死を望み、次の者へと引き継ぐ、そうしてダンジョンは国の守りとして受け継がれていった。
でもいつしか人は最初の頃の思いを忘れ、守り人は忌み嫌われる人柱に成り下がる。
最初に違和感を感じたのはバルカン帝国のリヒテンブルグ帝城の歴史について調べていた時、具体的に何って訳じゃなかったんだけど、しいて言えば勘みたいなものかな?
で、オーランド王国の大図書館に潜って調べまくったり暗殺者ギルドを使ってバルカン帝国やボルグ教国で調べ物をさせたり、集めた情報をもとにダンジョンの専門家の下を訪ねてこんなことが本当に可能なのかを伺ったりね。
だからさっきまで語ったことはほとんど僕の想像、でも当たらずとも遠からずってところだったんじゃないかな?」
そこで言葉を止め、漆黒のコートの内側に手を入れるナニカ。取り出した物、掌のそれは闇夜に光る球状の物体。
「ダンジョンコアだと!? 貴様がなぜそのようなものを、いや、それよりもなぜダンジョンコアに触れていて平気なのだ。ダンジョンコアに触れた者はその時点でダンジョンマスターとなるはず、ダンジョンに囚われそこから外には出る事が出来ないはずだ!!」
「うん、流石はダンジョンマスターよく知ってるね~。一般的にダンジョンを消滅させるためにはダンジョンボスを倒しダンジョンコアと呼ばれる光る球体を破壊することと言われている。
で、これは冒険者ギルドでも一部の関係者にしか教えられていないんだけど、破壊する前のダンジョンコアに触れてしまうとダンジョンマスターに登録されてしまって、ダンジョンコアの破壊がダンジョンマスターの死に繋がる運命を背負わされてしまう。
ダンジョン探索に於いてコアを発見しても決して触れてはいけないと言われる理由がそこなんだけど、結構馬鹿やる人間はいるみたいで、冒険者ギルドで問い合わせたらあっさり教えてくれたよ。
それでここからが本題なんだけど、ダンジョンコアには他のダンジョンを感知する力があってね、リヒテンブルグ帝城の地下にダンジョンの続きがあることはしっかり確認させてもらいました。宝物庫的な扱いなのかな、厳重な警備が敷かれていたんだけどね。
帝都全体が地上型ダンジョンフィールドになっている事もしっかり確認済み、僕の予測が正しかったことが証明されたって訳だね」
ナニカはダンジョンコアをコートの中に戻すと、今までのどこか陽気な雰囲気を消し去り皇帝を見つめる。
「もう一度言うね。ドラゴンの裁定はバルカン帝国北部地域の割譲、以降バルカン帝国側の支配的干渉は認めないというもの、それに対する皇帝としての返答を聞きたいんだけど」
「我が答えは変わらん、バルカン帝国がドラゴンなどという下等生物に屈することは決してない。我々は我が国に刃を向けるものが何者であろうとも徹底的に叩き潰す、それがドラゴンであろうともその意思に変わりはない」
突き付けられた意思、決して曲がらぬ思い、ナニカは静かに天を見上げる、それは星々のきらめく晩夏の夜空。
「バルカン帝国皇帝バレシュタイン・リヒテンブルグ陛下、あなた様の意思、調停者である僕が確かに受け取りました。
僕はこの調停にあたりドラゴンより一つの条件を言い渡されております。ドラゴンが矛を収め両国を滅ぼさない代わりに両国に罪を認めさせ最低限の制裁を受け入れさせること。その決定を履行できない場合、あとの処分を僕が行う事」
“ブワッ”
ナニカから影が広がる、瞬間的に辺り一面を覆い尽くした影、だがそれはすぐに晴れ、皇帝の身を案じ駆け寄った者たちは周囲の光景に目を疑う。
“ここはバルカン帝国帝都ドンヌベルクから南に十五キロほど離れた平原、これだけ離れていてもしっかりと街壁を臨める辺り、帝都がいかに巨大な都市であるのかが窺えるよね。
それで今この場にいる人たちは帝都を中心に半径三十キロ圏内にいたすべての人々だね。帝国軍人も、帝都市民も帝都は街壁周辺に住むスラムの住民も全てこの場に集めさせてもらったよ。なんか変な地下施設に監禁されていた人もいたけど、事情が分からないからまとめて連れてきているよ、犯罪者だったらごめんね?
それとケガ人や病人は放置すると命にかかわっちゃうから一応の治療はしておくね、<広域ハイヒール>”
“ブワ~~~~”
癒しの光が闇夜に広がる。人々は突然齎された奇跡に、唯々呆然とその場に立ち竦む。
“これから始まるのはバルカン帝国に対する制裁、バルカン帝国が今後今回の裁定を不服とし反攻の狼煙を上げるのなら、帝国全土に齎される最後の審判。
バルカン帝国の国民よ、皇帝バレシュタイン・リヒテンブルグよ、その意味を深く魂に刻め。<
声が消える、周囲を包んでいた圧倒的な圧力がなくなり、人々は自分たちを今の状況に追い込んだ何者かから解放されたのだと安堵の息を漏らす。それと同時に胸に湧き起こる怒りの感情、自分たちに起きた事態を考えればその何者かがドラゴンを嗾けたのは明らか、それはバルカン帝国の明確な敵。
ざわめきは怒声へ、帝都市民の怒りの感情が頂点に達しようとしていた時であった。
“ピカーーーーー”
眩しい光が夜空を染める、日の光を彷彿とさせるそれは昼間のように世界を照らし、人々はあまりの輝きに掌で視界を覆う。
“チュッ、ズドーーーーーーーーーーーーーーン”
突如鼓膜を襲う轟音、大地は揺れ、大気は爆ぜる。ビリビリと痺れるような振動が心臓を揺らし、人々は訳も分からずその場に蹲る。
“チュッ、ズドーーーーーーーーーーーーーーン、チュッ、ズドーーーーーーーーーーーーーーン、チュッ、ズドーーーーーーーーーーーーーーン、チュッ、ズドーーーーーーーーーーーーーーン、チュッ、ズドーーーーーーーーーーーーーーン”
星が落ちる、地獄の窯が蓋を開け、大地は赤黒く燃え上がる。
「帝都は、リヒテンブルグ帝城は一体どうなったんだ!!」
帝国幹部が叫ぶ、その悲痛な声に人々の目が燃える大地に注がれる。
「「「「「・・・何も、無い・・・だと!?」」」」」
四体のドラゴンの襲撃、ドラゴンブレスや体当たりによる攻撃の全てを物ともとしなかった帝都ドンヌベルク、バルカン帝国の中枢であり力の象徴である帝都が跡形もなく。
降り続ける星々、収まる事のない轟音と地面の揺れ、赤黒く染まる大地。
どれくらいの時が過ぎたのか、その場の者たちが息をするのも忘れその光景に目を奪られる中、皇帝バレシュタイン・リヒテンブルグが小さく呟いた。
「我が死んだか」
「あぁ、そういう事だったんだ。なんか変だなって思ったんだよね、いくら僕の影魔法によってこの場に連れ出したからってコアとダンジョンマスターは切っても切れない筈、何で皇帝陛下は平気な顔をして話が出来るんだろうって。遠隔操作じゃないけど、皇帝陛下はダンジョンマスターの依り代だったんだね、何か納得」
背後から掛けられた声にゆっくり振り向く皇帝バレシュタイン、ナニカは友人に語り掛けるように静かに言葉を続ける。
「力は示した、ダンジョンは消滅したよ。この先どうするのかは君たちの判断に任せる事とするね。
何度も言うけど僕は人を見るのが好きなんだよ、バルカン帝国の人々が築き上げてきた文化は素晴らしいものだと思ってる。
帝都ドンヌベルクから南に五十キロ進んだ街ラーグシャルト、その隣に帝都を引っ越しといたから。建物はあるけど都市機能がどうなってるのかはちゃんと確認してね、下水道なんかは作り直しが必要かもしれないし。
屋根があるだけでも御の字ってくらいの仮住居ぐらいのつもりでいてね、国民には君の口から伝えるといいよ。
いつまでもこんな危ない所にいても仕方がないから全員そっちに送るね、それじゃバイバイ」
“ブワッ”
人々を影が覆う、次の瞬間帝都各地の公園に送られた彼らは、先ほどまでの光景が夢か何かなのかと頬をつねる。
“ズドーーーーーーーーーーーーーーン、ズドーーーーーーーーーーーーーーン、ズドーーーーーーーーーーーーーーン、ズドーーーーーーーーーーーーーーン、ズドーーーーーーーーーーーーーーン”
だが北の大地に落ちる星の振動と天を染める眩しい光が、夢などではないと否定する。
“星の降る夜”、バルカン帝国史に深く刻まれたこの一連の出来事は、その後のバルカン帝国の在り方を大きく変える事となる。その事が世界にどの様な影響を与えるのか、それは誰にも分からないのであった。
本日一話目です。