転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

814 / 861
第814話 厄災からの復興、転生勇者は考える

それは突然王都を襲った。

大厄災、王都に響き渡ったドラゴンの咆哮。その口から吹かれる炎の息吹は天を焦がし、王都の空は業炎に染まった。

 

若者たちは立ち上がった、勇者が、聖女が、賢者が、剣天が、聖騎士が。これまで命懸けで積み上げてきたすべての力を結集し、大厄災と呼ぶべきドラゴンに立ち向かった。

自分たちの背中には王都に住む何十万という人々の命が懸かっている、絶対にドラゴンを王都に近付けさせる訳にはいかない。勇者は巨剣を振るい、聖女は聖拳を叩き付け、賢者は魔法でドラゴンの気を逸らし、剣天はロングソードで傷を付け、聖騎士はドラゴンブレスを防ぎ続けた。

ドラゴンとの戦いは決して容易いものではなかった、ギリギリの緊張状態、張り詰めた神経を更に研ぎ澄ませ一瞬の油断もなく立ち回り続けた。

故郷で幼いころより続けてきた宿敵との戦闘訓練、その経験が彼らの背中を支え、大厄災に立ち向かう勇気をくれた。希望や期待が何の意味もない事、戦闘とは無機質に己の取るべき最善を積み重ねる事であると宿敵は教えてくれた。

ドラゴンは長い歴史に多くの伝説を残す最強種、そんな大厄災に対し人類の取れる選択肢はただ一つ、ドラゴンが諦めるまで戦い続ける事。

その道は勇者物語で語られる剣の勇者様が示してくれた、ドラゴンに対する有効な対策がそれ以外残されていない以上、若者たちに出来ることは他に存在しなかった。

 

どれくらい時が経ったのか、永遠とも一瞬とも思える時間感覚を失うような戦闘が続く中、それは突然現れた。

『そこまでだ、双方、戦いを止めろ』

“ズーーーーーン”

天が落ちる。まるで深海の底に叩き落されたかのような圧倒的な気配が、周囲一帯を支配する。

広がる暗雲、雷が走り雷鳴が轟く、そんな空を背後に従えその場を見下ろす者。絶対者、そう呼ぶこと以外にその存在を表す言葉が見つからない。

 

自分たちは一体何を勘違いしていたのか、ドラゴンを抑え込み王都の人々をこの大厄災から守り切る。自分たちなら出来る、自分たちが立ち上がらなければ他に誰がやるというのか。

甘かった、何もかもが甘かった。何が勇者、何が聖女、何が賢者、自分たちの、人のなんと矮小で愚かな事か。

人は大自然の驚異を前に決して逆らうことはできない、人に出来ることは脅威に寄り添い脅威を受け入れ、ただその脅威が去ることを祈るのみ。大自然、それは女神様そのもの、我々人類を生かし(はぐく)む生命の揺り籠。

大自然の怒りを買うという事は、我々人類が犯してはならない禁忌に触れたという事。

 

““グギャ~~~~~~ウォ、グワッグワッ””

“ズォォォォォォォォォォォォォ”

黒雲から身をくねらせ姿を見せる二体の龍。

 

““ブワーーーーッ、グギャーーーーーーー””

雷光に照らされその威容を惜しみなく晒す二体のブラックドラゴン。

最後の審判、王都は、オーランド王国は、いま終焉を迎えようとしている。

 

「待ってください、どうか、王都を、王都の人々を殺さないでください!!」

「俺からも頼む、どうか、どうか王都の人々の命だけは見逃していただきたい!!」

若者たちに出来ることは他に何もなかった、人が大いなる存在に出遭ってしまった時に出来ることなど、心の底からの懇願以外にないのだから。

 

果たして願いは聞き届けられた。五体のドラゴンは王都に進行し王城を破壊した、だが王都の人々は見逃され、ドラゴンたちはそれぞれの向かうべき場所へと去っていった。

 

夜が来て、朝が来て、また夜が来て、朝が来て。

王都はいまだ混乱に包まれているものの、一応の落ち着きを取り戻しつつあった。

若者たちはそれぞれの生活に戻り、王都には日常の風が流れ始めた。

 

“スーーーーーッ、カチャッ、スーーーーーッ、カチャッ”

振るわれる剣、それは静かに、正確に。まるで舞を踊るようなその優雅な剣筋は、見る者の心に鮮烈な感動を与える、そんな動き。

 

「ようジミー、ここにいたんだ」

掛けられた声に動きを止めた剣士は、ロングソードを腰鞘に納めると大きく息を吐き、腰の手ぬぐいで額の汗を拭く。

 

「どうしたジェイク、エミリーたちと一緒じゃなかったのか?」

「あぁ、何かアリスさんたちと一緒に生徒たちの間を回ってリフレッシュを掛けてくるとか言ってたな。アルデンティア殿下の呼び掛けで教会の奉仕活動に出る話も上がってるとかなんとか、その打ち合わせもするって言ってたよ」

 

ドラゴン襲来から二日、剣天ジミーの姿は王都学園武術訓練場にあった。ジミーはドラゴン戦の後自身の弱さを見詰め直し、自身に出来る事、すべきことを模索していたのであった。

王都学園は臨時休校となり、授業はしばらく行われないこととなった。ドラゴン襲来の衝撃は生徒の心に大きな傷を残し、学園教職員たちは彼らの心のケアに全力を尽くす事となった。

 

だが問題はそれだけに止まらない。ドラゴン襲来の前に起きた第二王子ブライアント・ウル・オーランドを首魁とした軍閥貴族の造反、ドラゴン襲来の対処に追われる王家ではあるが、国政に牙をむいた者たちを放置する訳にはいかない。

造反に参加した多くの軍閥貴族家当主がその日のうちに拘束され即日処刑、貴族街にあるそれぞれの家も迅速に捜査の手が入り、捕縛拘束の措置が取られた。

造反を行った憂国騎士団に潜入し内部工作を行っていた者たちはそのまま原隊への復帰が認められ、憂国騎士団参加者の捕縛並びにその家族の拘束に駆り出されることとなった。

 

「ラグラがどうしていたか聞いているか? アイツ、実家が処分を受けただろう?」

「いや、俺もそこまでは。でもエミリーの話じゃアルデンティア殿下に強く言われて生徒会の仕事を手伝っているってさ。こういう時は変に一人になるよりも何か仕事をしていたほうがいいって言われたらしい、アルデンティア殿下の実体験らしいぞ?」

そう言い肩を竦めるジェイクに、「あぁ、アルデンティア殿下も去年は色々あったからな」と納得するジミー。

 

「なぁジミー、俺たちは弱いな」

「そうだな、俺たちはマルセル村での大福チャレンジを通じて強くなったと思っていた。でもそれは村を出る為の最低限の力を付けただけに過ぎなかったんだな。

昔ケビンお兄ちゃんが言っていた“貴族怖い、商人怖い、冒険者怖い、魔物怖い”って言葉。

ジェイクは覚えてるか、ボイルさんがミルガルのバストール商会に村の野菜を売りに行ったときの事、ボビー師匠に言われて護衛任務で初めて村を出た時のことを」

ジミーの言葉にジェイクは視線を落とす。それは恐怖、それは後悔、自分たちが何の力もないただの村の子供だと自覚させられた出来事。

 

「夜の草原、襲ってきた盗賊団、そして音もなく現れた化け物。俺たちは直接その姿を見た訳じゃなかったが、暗闇の街道を全速力で逃げたことや荷馬車の上から見た巨大な化け物の光景は今でも忘れたことはない。そしてその後起きた子供の盗賊の襲撃、魔物の恐怖、人の狂気、あの時ケビンお兄ちゃんが魔物を足止めしてくれなかったら、ボビー師匠が襲われた現場に駆けつけてくれなかったら、俺たちはここにこうして生きている事は出来なかった。

あれから五年、俺たちも随分成長したと思った、思い込んでいた。でもそんなものはこの世界のほんの一部を知って全てを分かった気でいる子供の戯言だった。

ジェイクはあのドラゴンを従えた存在が語った言葉を覚えているか?

“我はフィヨルドの御大に従いし者。盟主たる御大の支配域で暴れるこのドラゴンを諫めにきたまでの事。だが御大は黒衣の者との盟約を忘れてはいない、人の事は黒衣の者に任せるものとする”、俺たちはあのドラゴンたちと黒衣の者との約束によって見逃してもらったに過ぎない。

俺たちだけじゃない、王都も、オーランド王国も。俺たちは結局何も出来なかった。

だが話の本質はそこじゃない」

 

ジミーの言葉に顔を上げたジェイク、ジミーはコクリと頷きジェイクに同意を示す。

 

「ジミー、その黒衣の者って・・・」

「・・・あぁ、まず間違いなくケビンお兄ちゃんの事だろうな。前にグロリア辺境伯家とランドール侯爵家との戦争があって、ヘンリーお父さんたちが無事に帰村した際の祝賀会でグルゴさんが話を聞かせてくれただろう? あの戦争の影で暗躍してポンポコラクーンの物語を作り出したのがケビンお兄ちゃんだって。

次の年の春祭りの時、俺がドレイク村長とケビンお兄ちゃんに無理を言って暗黒大陸に修行に行かせてほしいと頼み込んだ時も、四天王のゼノビアさんに力を示して俺の事を頼んでくれたのはケビンお兄ちゃんだった。

それと暗黒大陸の魔王城でシルバリアンに意識を奪われた俺を解放してくれたのも、その場で起きていた騒動をすべて解決してくれたのも」

 

「その話はクルンさんに詳しく聞いたんだけど、四天王の内の三人が反乱を起こして国を乗っ取ろうとしたんだって?」

「表向きはそうなってるが実際は違ったんだ。シルバリアンの話じゃ魔王アブソリュートは大きな力を持つ何者かに身体を奪われていたらしい。四天王の中で魔王アブソリュートに従っていた者はゼノビアさんだけ、他の三人はその力ある何者かに従っていたって事だった。シルバリアンはその何者かを御方様と呼んでいたらしい。

ケビンお兄ちゃんはそんな絶体絶命の魔国魔王城に乗り込んで俺を、魔国を救ってくれたんだ。その時のケビンお兄ちゃんの服装が漆黒のコートを羽織った全身黒ずくめのものだった」

 

夏の終わり、涼しさを増した風が武術訓練場に流れる。真剣な顔で目を合わすジェイクとジミー、二人の思いは一つとなる。

 

「俺たちはまたケビンお兄ちゃんに助けられたんだな」

「あぁ、しかも今回はとびっきりの奴だ。ケビンお兄ちゃんは絶対に話してくれないだろうけどな」

 

見上げた空、上空を飛ぶビッグクローが、くるりと輪を描いて王都学園の上を旋回する。

 

「そういえばさっきエミリーから聞いたんだけど、ラビアナ様がジミーの事を凄く心配しているらしいぞ? ドラゴン襲来の時も帰って来た時泣きながら抱き着いてきてたけど、昨日も流れ星にお前が無茶してケガをしないように必死になってお願いしていたって」

「あぁ、ラビアナには少し刺激が強い話だっただろうからな。でも俺が無茶するのは性分だし、これが治るとは思えないんだがな。

でもそうか、星に願いを託すってのはちょっとロマンかもしれないな。昨日はやたらはっきりとした流れ星が落ちてたし、もしかしたら女神様に願いが届いて俺もジェイクのような身体を丈夫にするスキルに目覚めるかもしれないな」

 

ジェイクはジミーの話にハハハと笑いながら、「ラビアナ様があれだけ沢山の流れ星に願い事をしてくれたんなら叶うかもしれないな」と言葉を返す。

 

「ところで話は変わるがジェイクはこのままでいいのか? 何か生徒の間で“今代の勇者は肝心な時に腹痛でトイレに籠っていた臆病者”とかって噂が流れているらしいが」

「あ~、アレね。王都へドラゴンが迫ってきていた時に、腹が痛いって言って授業を抜け出したんだよ。まぁいいんじゃない、俺は今回の件で人が寄ってきても困るし、エミリーも俺が英雄視されて女子生徒が群がってくるよりましって思ってるみたいだし。

それに王都から離れていたから大剣を持った黒騎士と銀の甲冑姿の騎士がドラゴンと戦っている姿しか確認されてなかったみたいで、エミリーたちの事は噂にも上ってないしね。

俺の聞いた話じゃ黒蜜とシルバリアンがドラゴンを足止めしていたけど敗れて死んだって事になってたし、真相は闇の中って事で」

 

そう言いニヤリと悪そうな笑みを浮かべるジェイクに呆れた顔を向けるジミー。

 

「それじゃ俺は行くわ、トイレの勇者は少しでも好印象を稼がないといけないからさ」

「おう、それじゃまた後でな」

そう言い分かれる若者たち。ジミーは自身の抱えていた胸の痞えが取れたような心持に、“ジェイクの奴には敵わないな”と独り言ちるのであった。

 

――――――――――――――――

 

「昨夜の流れ星は凄かったの~、長い人生であのようなものは初めて見たわい」

「そうですね、私も三百年大森林中層の結界内にいましたけど、あれだけの流れ星は初めてでした。というかあの現象は流れ星とは少し違いますよ? 星の石が降る、普通流れ星は光の尾を引いて過ぎ去るだけなのですが、極稀に地上に落ちてくることがあるんです。

ボビーもあの時地面が揺れていると言っていたでしょう? おそらく西南西方向のどこかに落ちたものかと、あれだけの星屑が落ちたとなれば落下地点の被害は甚大でしょうが」

 

ダイソン公国の国境付近、ドラゴンの出現によりバルカン帝国との戦闘は強制的に終了したものの、公国兵士たちはその場に残りバルカン帝国による再びの侵攻に警戒の色を強めていた。

 

「皆さん、大変申し訳ありません。ですがバルカン帝国の再侵攻が始まった際、我々だけではその侵攻を止める事が出来るかどうか。一方的に頼ることになってしまい申し訳ない限りですが」

ダイソン公国軍マチル・ダジャン司令官は、数万というバルカン帝国軍の侵攻をたった五人で押し止め続けた救国の英雄たちに頭を下げる。この英雄たちがいなければダイソン公国は一夜にして消滅していた、そう確信出来るほどにバルカン帝国軍の攻撃は苛烈であった。

 

「いえいえ、気にしないでください。この戦闘狂どもはただ遊んでいただけですから。シルビア師匠、イザベル師匠、お約束のバルカン帝国の魔導関連書物はばっちり購入してきましたんでご期待下さい。残月は鬼神と剣鬼のお守りお疲れ様、エッガードもありがとうね、助かったよ。

えっと、マチル・ダジャン司令官でしたっけ、この度はうちの修羅共が大変お世話になりました。最近暴れ足りないとか言って何かと戦闘をせがんできていて大変だったんですよ、農繁期なんだから大人しく収穫作業をしてほしいものですよ、本当に。

それとここの渓谷周辺部なんですけど、危険なんでしばらく近付かないようにしてください。そうですね、二十キロほど離れていれば問題ないでしょうが、少なくとも一月は傍に寄らないことをお勧めします。急激に削られた土地は土砂崩れを起こす危険性が高いんですよ。

それではその内ホーンラビット伯爵閣下から正式にご挨拶申し上げますんで、我々はこの辺で失礼させていただきますね」

“ブワッ”

 

突然掛けられた声にマチル・ダジャン司令官が振り返ると、そこにはホーンラビット伯爵家の騎士服を着た青年が一人。青年はマチルに一礼するとその場からスッと浮かび上がる。

 

「そうそう、バルカン帝国軍ですけど全軍イースタニアに撤退したみたいですよ? わずか二日で完全撤退って、本当にバルカン帝国軍は恐ろしいですよね。それじゃ俺たちはこれで、エッガード、途中まで競争だ!!」

そう言い晴れ渡った空を北に向かい飛んでいく青年と大きな卵。

 

「マチル司令官、英雄様方は・・・」

部下の言葉に周囲を見回せば、いつの間にか姿が見えなくなってしまった英雄たち。

 

「我々はあの方々に救われてばかりなのだな。総員、英雄様方のお帰りである、北の空に向かい敬礼!!」

“““““バッ”””””

秋の気配を運ぶ風が吹き抜ける。マチル・ダジャン司令官は誇り高き英雄たちが飛び去った空を、いつまでも見つめ続けるのであった。

 




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。