王宮騎士団と軍部の造反、ドラゴンの襲来、その衝撃的な出来事から一月が過ぎた。
自らを憂国騎士団と名乗り王都を占拠した者たちは、予め対策を講じていた王都諜報組織“影”の働きによりその日のうちに鎮圧された。
造反を主導した王宮第一騎士団元団長マホガニー・ベイル伯爵をはじめとした主要なメンバーは、国家転覆を企てたとして即日処刑。その家族たちも王国法にある連座制に則り身柄を拘束され、爵位を剥奪のうえ御家取り潰し、罪状に合わせ処刑などの措置が取られた。
造反に加わった騎士や兵士もその罪状に合わせ処罰が下され、その大半が鉱山労働や大森林での魔物討伐といった過酷で命の危険性の高い労働を課せられることとなった。
首魁であった第二王子ブライアント・ウル・オーランドは王位継承権剝奪の上除籍、身分を平民としたうえで王国兵の監視の下、大魔境に隣接するバルザック伯爵領でワイバーンの飼育員見習いとして労役に就くこととなった。
この事は広く国民にも知らされ、“毒杯を飲む栄誉を与えず”としたゾルバ国王の決定は、ゾルバ国王の憤りと怒りの表れとして広く受け止められることとなった。
そして第二王子の造反と時を同じくして起きたドラゴンの襲来、王都民を恐怖のどん底に叩き落したこの出来事は、その厄災の大きさにかかわらず王城の破壊という小規模な被害に止まり、王都民は徐々にではあるものの日常を取り戻していった。
そんな中、王城より発表されたドラゴン襲来に関する真実に誰しもが驚愕し、身を震わせることとなった。
“今回王都バルセンを襲ったドラゴンは巣穴より卵を盗まれたものであり、その襲来目的は卵の奪還であった。
卵の略奪はバルカン帝国の暗躍によるものであったが、造反を起こした者たちがバルカン帝国の間者に唆され、ドラゴンの卵を王城に持ち込む愚行を犯した。
これは警告である、オーランド王国国民はドラゴンからの警告を深く受け止め、今後一切ドラゴンに干渉してはならない”
“愚者の夢”、百六十年前剣の勇者様がお救いくださったドラゴンの襲来、オーランド王国は再び同じ過ちを犯してしまった。
人がどれほど強力なスキルを手に入れ、深い研鑽を積んだとて五体のドラゴンを相手に勝てようはずもない。人の慢心こそが更なる厄災を呼び寄せる。
あの日あの時王都にいた全ての者たちは深く心に刻むこととなった、ドラゴンとは決して人が手を出していい存在ではないという事を。
今も尚修復作業の続くドラゴンの使者により削り取られた王城、その光景はあの日の出来事が夢などではないという事を王都の人々に知らしめ続けるのであった。
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「それは誠の事であるか?」
「はい、スロバニア王国経由で帰還いたしました耳目による報告です。バルカン帝国帝都ドンヌベルクは超常の力を持つ何者かにより帝都より五十キロ南下した街ラーグシャルトの側に強制的に移転させられ、帝都跡地には天より大量の星が降り注ぎました。
超常の言葉によれば帝都を中心に半径三十キロ圏内にいたすべての人々が、帝都から十五キロほど離れた地点に集められていたらしく、“星降り”を見せつけられたのち、強制転移させられた帝都ドンヌベルクに転移させられたのだとのことです。
これはまだその全容が確認できてはいないのですが、ダイソン公国より情報提供のあったドラゴンにより作られた大渓谷ですが、どうやらバルカン帝国を北と南に分断するように真っ直ぐと海へ続いているようです。
その情報が確かであるとしますと、追加情報としてダイソン公国より齎された渓谷を大量の水が満たしたという話や、渓谷から潮の香りがするという話に辻褄が合います」
国王ゾルバ・グラン・オーランドは、王城の国王執務室で王都諜報組織“影”の総帥ハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵の報告を聞きながら、大きなため息を吐く。
この一月、造反を起こした軍閥貴族や軍属の対処、ドラゴン襲来による周辺各国に対する対応など、不眠不休の日々を過ごしていたといっても過言ではなかった。
そのような中齎されたバルカン帝国の現状の情報、これを一体どう扱うべきか。
ドラゴン襲来直後はあまりの事態にバルカン帝国の事などすっかり頭から飛んでいたゾルバ国王であったが、ダイソン公国からの非公式通信によりバルカン帝国軍によるダイソン公国侵攻を思い出した。
てっきりバルカン帝国軍によりダイソン公国公都が攻められているとの情報かと思ったゾルバ国王であったが、四体のドラゴンが戦場に現れ渓谷を作りながら西に去っていったという理解に苦しむ内容に、どう返答すればよいのか分からなかった。
転移による強制的な停戦、何者かによるバルカン帝国に対するドラゴンからの制裁宣言、そのようなことを行う人物は一人しか考えられない。
「ベルツシュタイン、卿は耳目よりの報告を詳しく聞き情報の精査も行ってきている事だろう。そんなベルツシュタインに聞きたい、バルカン帝国に対する制裁を行った者、バルカン帝国を南北に分断する渓谷を築き帝都の建物を移転しつつその跡地に星を降らせた人物、それは誰であると考える」
「ハッ、バルカン帝国で行われたドラゴンの制裁は、規模が大き過ぎます。寄せられた情報が正しいとして、このようなことを行えるような存在は神話に語られる天使か神々としか思えません。
しかし現に現象は起きた、彼の者がどのようにして今回の事態を引き起こしたのかは全く見当が付きませんが、観賞者が事態にかかわっていることは間違いないかと。
ですが国王陛下にはより身近な脅威に目を向けていただきたく存じます」
ベルツシュタイン卿の意外な言葉、ドラゴンとオーランド王国の間に入り国家滅亡を防ぎ、バルカン帝国侵攻を強制的に止め、バルカン帝国に深刻な制裁を加えた観賞者以外に恐れるものなどあるというのか。
「今回の騒動、たしかに観賞者は様々な手を尽くし事態の鎮静化を図っていたようです。暗殺者ギルドを使い我々に情報提供を行ったり、帝国間者を捕縛し“影”の下に届けるよう指示を出したりもしていました。
ですが協力者は観賞者だけではありません。ダイソン公国に侵攻を開始した数万という軍勢を押し止め続けた者たち、ドラゴン襲来に合わせ王都の主要な施設を襲おうとしたワイバーンを討伐した者たち、王都の混乱に乗じ騒動を起こそうとする者を鎮圧していった者たち。そして最初に王都を襲おうとしたドラゴンを押し止めた者たち。
その全てにホーンラビット伯爵家の者たちがかかわっておりました。そしてその中心的人物はケビン・ワイルドウッド男爵、彼は影に徹し決して表に出ようとはしませんでしたが、起こりうる事態の全てに対応策を用意していた。
真に恐るべきは手に負えぬ超常などではなく、周囲を誘導し事態を操る者。ゾルバ国王陛下に置かれましては、その事努々お忘れなきようお願い申し上げます」
深々と礼をし忠告の言葉を残すハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵。ゾルバ国王は大きく頷き配下の諫言に耳を傾ける。
ハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵は思う、“いっそのこと全部ぶちまけてしまいたい”と。
聖茶や特別な甘木汁の聖水割りすら突破してくるとんでもない心労に、“せめてヘルザー宰相くらいは引きずり込んでもいいのではないか”という気持ちをグッと理性で抑え込む。
“これ、観賞者の正体がケビン・ワイルドウッド男爵だって教えたらどんな顔するんだろう? 陛下が王位を王太子殿下に引き継いだら絶対に聞かせてやろう”
心に宿る仄暗い決意、ハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵は“王家の剣”として、今日も胃薬を友に戦い続けるのであった。
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“カリカリカリカリ”
執務机に向かい書類に何かを書き込んでいく。山のように積み上げられた報告書や決裁書類の束、それらを黙々と処理していく部屋の主。
“コンコンコン”
「失礼いたします。ボルグ教国より新しい情報が届けられました」
「入れ」
開かれた扉、ペンを置き執務机の書類から顔を上げたルビアン枢機卿は、配下の手にする書類を受け取るとざっと目を通し、その信じられないような内容に眉間に皺を寄せる。
「王都がドラゴンの襲撃を受けてから一月、事態の割に被害らしい被害もなかったといってよい状況。一部のお調子者はオーランド王国は女神様の加護に守られているとか吹聴しているようだが、そんなものがそこいら中にごろごろ転がっているようなら勇者の職業持ちがここまで大事にされてはいないだろう」
そう言い執務机に書類の束を放り投げる。書かれていた内容にドラゴンの恐ろしさを改めてかみしめる。
王都を襲った五体のドラゴン、そしてそのドラゴンたちを従えるような人の大きさをしたドラゴンのようなナニカ。王都中を恐怖に陥れたドラゴン大侵攻は、その規模の割にこれといった被害も出さず、王都民は心の傷は負ったものの命が奪われることはなかった。
王都教会には連日のように多くの信者が訪れ、大聖堂の女神様像に祈りを捧げ、ドラゴンから身を守って欲しいと訴え続けた。
教会関係者は日夜押し寄せる人々の対処に追われ、その心のケアに務めた。
王都教会教皇ベルトナ・オーランドは連日にわたりミサを開き、人々の心の安寧を説いた。これまで多くの歴史に語られるドラゴンの物語を紐解き、人々の慢心と増長がドラゴンという厄災を引き寄せるのだと戒めるとともに、女神さまのご意思に寄り添い謙虚に日々を送ることが平和と繁栄をもたらすのだと語り伝えた。
「バルカン帝国軍の侵攻を観賞者とドラゴンが止めた、ダイソン公国の教会からもたらされた情報に一体何を言っているのかとその真意を疑ったが、まさか言葉の通りであったとはな。読んでみろ、そしてその方の感想を聞きたい」
ルビアン枢機卿はボルグ教国からの情報の書かれた書類を報告者の司祭に手渡すと、黙って次の言葉を待つ。
「これは・・・こんなこと、これではまるで天使の粛正、神々の御業ではありませんか。こんなことが・・・」
「そうだな、バルカン帝国を南北に分断する大渓谷を創り出し、国の中心である帝都をそっくり五十キロ離れたラーグシャルトの側に移転させ、帝都跡地に大量の星を降らせる。
古文書にある六千年前に滅んだ大帝国、現在のローレライ大砂漠地帯に存在した神聖ローレライ帝国に下された天使の大粛清。“星降り”はその際に上級天使により行使された神聖魔法として記録されている。つまり今度の件に天使の関与があったことは確かだろう。
だが帝都ドンヌベルクが強制的に転移させられ、帝都の者たちが“星降り”を見せつけられた後に転移させられていることから、これらはバルカン帝国だけでなく世界に向けての警告であると捉える事が出来る。
天は人がドラゴンに手出しすることを憂いている。王城からの発表にあった、“バルカン帝国の工作により王城にドラゴンの卵が持ち込まれた話”を事実とするのなら、オーランド王国とバルカン帝国に対するドラゴンの制裁に違いが生じるのも頷ける。そこに天使の介入があれば、ドラゴンが理性的に立ち振る舞ったとして不思議ではない」
ルビアン枢機卿はそこで言葉を区切り、配下の顔をじっと見つめてから口を開く。
「問題はこの後だ、バルカン帝国の現状を知った国内貴族、そしてボルグ教国がどう動くか。バルカン帝国は良しにつけ悪しきにつけ周辺国家の重しであった、その重しが取り除かれた今、彼らがどう動きを見せるのか。
特にオーランド王国の中央貴族社会は最も恐れていた脅威から解放されたことで一気に動き出す恐れがある。そこにボルグ教国からの接触があれば。
近頃は馬鹿な枢機卿共が、“ドラゴンの襲撃から王都が救われたことは我々が女神様に選ばれた民であるからだ”とかいった妄言を吹聴し始めていると聞く。今の不安定な民心を利用し求心力を高めようとしていることがまるわかりだ。
皆に伝えよ、警戒し、注意深く情報を集めよ。甘言に惑わされず、自身を見失うな。
数年内に大きな動きがある、その時の立ち回り如何で命運が決する、分かったか?」
「「「ハッ、全てはルビアン枢機卿猊下のお心のままに」」」
時代は動く、各国を揺るがしたドラゴン襲来という衝撃は更なる波を引き寄せようとしている。人々は否応なくその波にのみ込まれることとなるだろう、その時自身は一体どう立ち振る舞うべきか。
ルビアン枢機卿は再び執務机の上に重ねられた書類に手を伸ばす、来るべきその日に向け着実な準備を行うと心のメモに留めて。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora