「これはこれは、グロリア辺境伯領北西部で一番の商会でありミルガルの街の顔役でもあるバストール商会の御方に、私共の様な辺境の田舎者が御時間を御掛け致しまして、誠に申し訳ございません。
その溢れる貫禄、さぞ名のある御方と存じ上げますが、私共無知蒙昧な田舎者に是非お名前をお聞かせ願いませんでしょうか?」
マルセル村を出てからはや五日、漸く辿り着いた目的地であるバストール商会。マルセル村一行は行商人ドラゴ氏との契約書の通りマジックバッグに詰め込んだ野菜を引渡し支払いを済ませる予定であったが、バストール商会から言い渡された返答は思いもよらぬものであった。
「ふん、これだから田舎者は。俺の名はガルバス・バストールだ、二度は言わんからな」
ガルバスと名乗った男性は椅子に座ったまま見下す様な視線を少年に向ける。だが少年はその様な事は意に介さず、笑顔で話を続ける。
「これは大変ありがとうございます、ガルバス・バストール様と仰るのですか?家名がバストールと言う事は次期商会長様であらせられましたか、かえすがえすも失礼を致しました。
バストール商会様には我々の住むマルセル村の様な辺境の地迄わざわざ足を運んで頂き、感謝の言葉しかございません。
今回私共がこのミルガルに訪れた道中でも何度も魔物に襲われ、いかにバストール商会の行商人様方が命を掛けて我々の下へ商品を届けて下さっていたのかを身を持って知る事が出来ました。バストール商会様は我々グロリア辺境伯領北西部住民にとって掛け替えのない存在、日頃の感謝を次期商会長様にお伝え出来る機会をお与え下さっただけでも、このミルガルの街に赴いた甲斐があったと言うもの。本当にありがとうございます。
ほら、皆もちゃんとご挨拶をしなさい」
少年は危険な辺境の村々に迄行商に来てくれる商会の者達に対する感謝を述べる様に、子供達に促した。
「「「何時もありがとうございました」」」
そう言い頭を下げるマルセル村一行一同に、満更でもない顔になるガルバス。
「それでは早速次期商会長様のご指示に従いたいところではありますが、今回の取引は行商人ドラゴ氏との契約取引となっております。
ボイルさん、次期商会長様に今回の契約書をお見せして下さい」
少年に促される形で契約書を取り出す村人ボイル。それを受け取ったガルバスは契約書を一読し、その内容に怒りを露にする。
「なんだこの価格は、通常の野菜の三倍!?ドラゴは一体何を考えているんだ。高が野菜にこんな値段を出せる訳がないだろうが!」
契約書をテーブルに叩き付けるガルバス、その行動に少年は黙って肩掛け鞄を漁り出す。
「成る程、私共はあくまで村長代理ドレイク・ブラウンの名代でして、この契約に至るまでの経緯を詳しくは知りませんが、とても大切な交渉であった様な事は聞き及んでおりました。ですが次期商会長様であらせられるガルバス様が御納得頂けない内容と言う事になりますと・・・。
ではこの契約は”無かった”と言う事にした方がよろしいのでしょうか?」
少年は暫し考えを巡らせた後、ガルバスに向け意思の確認を行った。
「当たり前だ、これは後でドラゴによく言っておかねばならないな」
憤慨し、部下を叱責するガルバス。そんな彼の様子に粛々と手続きの準備を始める少年。
「そうですか、それではこの契約書のこの部分に今回の契約を破棄する旨を記して貰えませんでしょうか、それと現在の役職とお名前をお願いします。
私から次期商会長様にこの様な事を申し上げるのは教皇様に説法を解く様でお恥ずかしいのですが、契約書がある以上私共で勝手に契約を解除する事は出来ませんので。
先ずは契約主であるバストール商会様方から契約解除を申し出てもらい、私共が了承すると言う手続きが必要となります。はい、ありがとうございます。
では今回のマルセル村の代表であるボイルさんはこの欄に契約解除を了承すると記入し、名前をお願いします。はい、ありがとうございました。
では無事この契約は解除されましたので、我々はここで失礼させて頂きます。本当に貴重な御時間をお取りして申し訳ありませんでした」
これで全て終了ですと笑顔を向ける少年、対してため息を付きながら辟易とした表情をするガルバス。
「ふん、全く面倒な事だ。では御苦労だったな」
「はい、行商人ドラゴ氏にはよろしくお伝え下さい。失礼致します」
さっさと帰れとばかりに手を振るガルバスに深々と礼をし、マルセル村の一行に退室を促す少年なのでありました。
「あれ、ケビンお兄ちゃん、お野菜をバストール商会に置いて行かなくていいの?」
退室した後そのままバストール商会を後にしたケビンに疑問を投げ掛けるジェイク少年。そんな彼に“いいから、いいから”と笑顔で荷馬車に乗る様に促すケビン。
荷馬車が一路教会に向け走り出そうとした時、バストール商会の建物から大柄な男性が飛び出し一行を引き留めた。
「済まんがちょっと待って貰ってもいいだろうか?商会長がマルセル村の皆さんに話があるそうなんだが」
「あぁ、これはこれは、行商人のドラゴ氏ではないですか、お久し振りでございます。お仕事の方は順調な様で何よりでございます。
では私共はこれで、これより領都に赴かねばならない用事が出来たものですからあまり時間がないのですよ。申し訳ありませんが商会長様にはドラゴ氏からマルセル村の一行が謝っていたとお伝え下さい。ボイルさん、早くしないと日が暮れてしまいます、急ぎましょう」
荷馬車の上から頭を下げ先に進もうとする少年ケビン、そんな彼の行動に慌てる行商人ドラゴ氏。
「本当に頼むから一緒に来て頂きたい、先程の契約の件もある。悪い様にはしない」
そう言い頭を下げるドラゴ氏に、ケビン少年が冷たくいい放つ。
「申し訳ありませんが今回の取引は既に契約が解除されております。私共も危険を掻い潜りやっとの思いで辿り着いたミルガルの街で、この様な扱いを受けるとは思いも致しませんでした。流石はグロリア辺境伯領北西部最大の交易都市、大変勉強させて頂いたと感謝申し上げます。
そして今回の件で私共マルセル村がバストール商会様よりどのように思われているのかがよく分かりました。お隣の部屋はさぞ声が聞き易かったのではないですか?
この破棄された契約書は今後のバストール商会様の指針の様なもの、これが分かっただけでも僥倖、周辺五箇村農業重要地区入りを果たしてから発覚していたら目も当てられないところでした。数多くの物資が必要な街道の整備や各産業施設の建設がグロリア辺境伯領主様主導で行われ様と言うところに、やたらな不安は持ち込みたくありませんから。
ドラゴ氏もこれで態々余計な危険を犯してマルセル村迄足を運ぶ必要はなくなった訳です、皆が幸せになれて良かったではないですか。
バストール商会様の今後の発展を遠い辺境の最果てよりお祈り申し上げます。では失礼致します」
ケビン少年の冷静でありながら明確な決別の宣言に、漸く状況が理解出来たのか顔を青くする行商人ドラゴ氏。事は単なる一取引の問題では済まない、これから始まるであろう大事業に、そして更なる発展を遂げるであろう有望な市場において何歩も遅れをとってしまう大失態。
「誠に申し訳ありませんでした!誰か、商会長を呼んで来い!大至急だ、引き摺ってでも連れて来い!
それとボンボンは連れて来るなよ、話がぶち壊しになる、絶対だ!只今商会長が参ります、今しばらく、今しばらくお待ちを」
「いえいえ、私共の様な礼節も知らない田舎者ごときの為に商会長様の御時間をお取りしては申し訳ありません。それにドラゴ氏にも私共の気持ちがご理解いただけた様で、大変ありがたい。今後ともよい取引をお願い致します。では私共はここで失礼させて頂きます。
そうそう、確かミルガルの街の商会長会議の場で我がマルセル村の野菜を使った料理をお出しになられるご予定だったとか。我が村の野菜は領都に拠点を置くモルガン商会様が広く取り扱ってくださっており貴族の方々にも大変な評判を呼んでおります、モルガン商会共々是非ともよろしくお願い致します。
私共がこのミルガルの街に到着した際も複数の冒険者に守られた豪華な馬車を何台か目撃致しました。会議の場には地方有力者の方々もお見えになられるのでしょうか?いえ、これは余計な事を申しました。では私共は急ぎますので」
ハッとして青ざめた顔を更に白くするドラゴ氏は、荷馬車にすがり付く様にして声を上げる。
「本当に、本当に申し訳ありませんでした!この度の志儀は全てこのドラゴの責任、何とぞ、何とぞバストール商会とのお取り引きだけは成立させていただきたくお願い申し上げます!この通りでございます、買取価格は取り決めの二倍、いえ、三倍出させていただきます。どうか、どうか矛を納めて頂きたくお願い申し上げます!」
必死の形相のドラゴ氏に全く目が笑っていない笑顔を向けるケビン少年。
「いえいえ、今回の件で行商人ドラゴ氏が責任を取る必要はありません。全てはご子息可愛さに重要な取引に未熟な者を差し向けた総責任者の問題、責めを受けるのはこの話を考え実行した者、そうではありませんか、商会長様?」
そう言い視線をバストール商会の建物に向けるケビン。
「うむ、確かにそうであるな。経験を積み、これから伸びるであろうマルセル村の者と
謝るべきは商会長である私自身であるな、誠に申し訳ない。本来であればガルバスにも謝罪させるべきであるのだが」
「それは止めて下さい。と言うかなぜ私共が頑なにバストール商会に入ろうとしないのかをお考えください。
今回の出会いでガルバス様の人となりはある程度理解致しました。この後この件で叱責するのも止めて頂きたい、一方的に逆恨みされるのは我々マルセル村の者ですから。ガルバス様は自らよりも下等と判断した人物からの侮辱は決して許さない、その恨みは一生忘れない、その様な御方でしょう。たとえそれが親心から来る教育であろうと関係無いのです。
商会長様やバストール商会様はいい、一方的に逆恨みされるのは我々マルセル村の者達なのです。私共がこれまでの長年のバストール商会様との関係を絶ってでもこの場を終わらせようとした第一の理由は、その一点なのです。人の恨み妬みほど恐ろしいものはない、それは理屈ではないのですよ。
もしガルバス様の教育をとお考えなら王都や領都での取引に同行させ自尊心を満足させつつ経験を積ませる事をお薦め致します。我々マルセル村や周辺五箇村の取引には携わらせない様、依頼致します」
少年ケビンからの明確な拒絶、全ては保身のため、今後村に掛かるであろう厄介事を事前に取り除く為、“安全第一・命大事に”を行動指針とする自身の信念に基づいた危機回避行動であった。
「あい分かった。この件に関しては一切ガルバスには伝えず、この件に関してあやつを責める様な事をしないと誓おう。その上で今回購入する筈であったマルセル村の野菜を卸して頂きたい、購入価格は約束の三倍、これは今回の事態に対する謝罪と受け取って貰いたい。
息子の事を考えるあまり、結果マルセル村を軽視するような真似をしたこと、改めて謝罪する」
そう言い頭を下げるバストール商会商会長。そんな彼の態度にボイルと共に荷馬車を降りるケビン少年。
「改めまして、マルセル村のケビンと申します。こちらはドレイク村長代理の名代ボイルです。本日はよろしくお願い致します。そうそう、こちらに到着するまでに何度か魔物に襲われまして、その際討伐したグラスウルフの毛皮があるのでそちらの買取りもお願いしますね。後鍬や鋤と言った農具がありましたら売って下さい。村にとっては必要な物資ですので」
そう言い笑うケビン少年の表情は、面倒な頼まれ事が終わった後の子供の様に、にこやかで晴れ晴れとしたものであった。
「・・・ねぇジミー、君のお兄ちゃんって一体何者?」
「・・・ごめん、僕もよく分からない。まさかこれ程とは思わなかった」
「・・・ボビー師匠、ケビンお兄ちゃん何か商会長さんを謝らせちゃってるよ?」
「・・・うむ、子供たちよ、こう言う時こそあの呪文を唱えるのじゃ」
「「「「ケビンお兄ちゃんだから仕方がない」」」」
“私も一緒に呪文を唱えたい”、痛む胃を抑えつつ商会長の後に続いてバストール商会内に入る、マルセル村ドレイク村長代理名代ボイルなのでありました。(T T)
本日二話目です。
農家さん田植え準備ですな。
もう苗は作ってるのでしょうか?
いってらっしゃい。
by@aozora