転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第821話 辺境男爵、曰く付きの刀を購入する

武家屋敷の庭に佇む漆喰の壁の蔵、造りは確りしていて重厚感すら感じられる。

 

「こちらになります」

“ガチャガチャ、ギィ~~~~~”

大きな錠前を外しゆっくりと開かれた分厚い扉。中には引き戸がもう一枚、ご婦人が引き戸をガタガタ音をさせながら開くと暗い蔵の中に外の光が差し込んでいく。

 

「どうぞ」

言われて蔵の中に一歩足を踏み入れると、その異様な光景に息を飲む。

天井の真ん中から壁に向かって何本もの縄が張られており、その縄には御札のような物が何枚も貼り付けられている。壁にも呪符らしきものがところせましと貼られ、この空間の異様さを引き立てている。

 

俺は思う、“何という演出、何と言う気遣い、この蔵の持ち主は侘び寂というものが分かっている!!”と。

何といっても蔵の壁に明り取りになるような小窓がないのが素晴らしい。ここが密閉空間であり閉塞空間であるという事を無意識に訴え掛けることで、人は自然と息苦しさを覚える、それは恐怖感を増幅させ否応なしに心をざわつかせる。

この場は人を拒絶している、誰の目にもそう感じさせる造りの蔵、この場には何かとんでもない秘密が隠されていると確信するに余りある状況。

そしてその宝刀は蔵の最奥、暗がりの祭壇に祀られるご神体のように、刀掛け台に掛けられていた。

 

俺は暫く周囲を見渡す。暗視スキルにより暗がりであろうとも物の配置ははっきりと見えるが、それよりも全体に漂う魔力の流れを追っていく。

 

“トンッ、トンッ、トンッ、トンッ、トンッ”

木板の床を足音を鳴らし、ウロウロと歩き回る。

 

「袈瓶よ、どうしたというのか。雲切丸は目の前にあるであろう?」

そんな俺の奇行に、声を掛けてくる伊藤様。俺は暫く蔵の中をウロウロした後、「一度蔵から出ましょうか」と声を掛け、全員に蔵から出るよう促すのでした。

 

「袈瓶よ、一体どうしたというのだ。雲切丸は蔵の刀掛け台の上に掛けられておったであろう?」

「はい、確かにそれらしき刀は拝見いたしました。それでこちらのお家、有田家の御当主様はおそらく家宝に当たるであろう雲切丸を人に譲ることに同意されているのでしょうか?」

俺の言葉に途端表情を曇らせるご婦人。そんなご婦人に代わり伊藤様が言葉を繋ぐ。

 

「この家の当主有田清十郎は代官所の勘定役を務めていた。剣の腕も確かで多くの者に慕われておった。

そんな清十郎がある時血塗れで発見された、その時残した言葉が“雲切丸は呪われている”というものであった。雲切丸の逸話を残したのは先代当主、清十郎の父であった。

清十郎の父は“雲切丸に倒せぬ怪異なし、されど我が腕それに及ばず”との言葉を残していたそうだ。

困ったのは残された妻子、桔梗殿にはまだ授けの儀を迎える前のお子がおる。目ぼしい家財は売り暮らしの支えとしてきたが、先々を考えればまとまった金が必要となる。

雲切丸のことは知る者は知っておったのでな、桔梗殿に買い取りの打診を行う者もおるにはおった。だが誰も鞘から抜くことが出来ぬどころか、刀掛け台から雲切丸を摑み取った途端体調を崩し、膝を突く者が続出したのだ」

 

伊藤様の言葉に口を噤んだまま下を向くご婦人。おそらくは実際に伊藤様の言葉の通りのことが起こったのでしょう。

 

「分かりました。それではこうしましょう、あの蔵を含め中にある全てのモノをこのケビンが買い取ることといたしましょう。そうですね、刀は侍の魂とも申しますし、金貨五千枚で如何でしょう? 無論即金でお支払いいたしますが」

俺からの申し出に、一体何が起きたのかといった表情になるご婦人。伊藤様も半ば呆れ顔をしながら、「まぁ、うん、袈瓶は袈瓶であるからな」と仰っておられます。

 

「それで、いかがなさいますか?」

俺が再度確認を取ると、ご婦人は伊藤様に顔を向け“これ、本当にいいんですか?”といった困った表情をなさっておられます。

 

「あぁ、うむ、構わんであろう。それだけあれば今後生活に困る心配もあるまい。新たに蔵を立てたとて金貨百五十枚もあれば立派な物が出来よう、必要であればその手配もいたそう」

伊藤様からの後押しにご婦人も安心されたのか、恐縮しながらも「よろしくお願いします」と答えられるのでした。

 

「それでは答え合わせをいたしましょう」

俺が蔵を指差しながらそんな言葉を向けると、何やら余興が始まったのかと興味深げな表情になる伊藤様。

 

「先ずその一、桔梗様でしたか? 桔梗様は御当主様よりこの蔵の由来、雲切丸の来歴等をお聞きになった事は?」

「はい、この蔵は雲切丸を封じこの家を守る為の物であると伺っています」

 

「なるほど、では御当主は定期的に蔵に入り雲切丸に触る、もしくは祈りを捧げる等のことはしていませんでしたか? そして蔵から出られた時はひどく疲れた様子を見せていた、違いますか?」

「はい、二カ月に一度、蔵に入り祈りの儀式を。その際は非常に疲れた表情をなさっておられましたが、有田家当主の務めであるとしかお答えいただけませんでした」

ご婦人の言葉に益々確信を深めた俺氏、伊藤様は先程から早く話せといった目を向けてきます。

伊藤様、推理系の読み物はあまりお好みではないようです。

 

「結論から言いますと、先程蔵の中の刀掛けに掛けられていた刀は封じの刀となります。こうしたものの専門家が見ればより詳しいことが分かるのでしょうが、この蔵全体が何かを封じるための施設であり、蔵の地下に封じられた何かが存在する。

先ほどお話に出た御当主有田清十郎様は先代御当主からその事を聞いていたのでしょう、そして封じの儀式を行っていた。だからこそ“雲切丸は呪われている”などの言葉を残し家族をこの屋敷から遠ざけようとした。

詳しい事を伝える時間すら残されていない中での苦肉の策といったところでしょうか。屋敷の蔵に何かが封じられているなど家の醜聞にもなりかねないので迂闊に話す訳にもいかず、さりとて家族を守るには危険を知らせる必要がある。

桔梗様がこの言葉を受け呪いの専門家である呪術師なりを呼べば蔵の秘密を知ることになる、一縷の望みに掛けた清十郎様の愛情だったのやもしれません」

 

俺からの言葉に口元を抑え涙を流されるご婦人。亡き御当主は残された家族のことを心から想っていた、その一事(いちじ)がどれ程の救いとなるか。

 

「さて、それではこの先は私たちだけで参ります故、桔梗様は屋敷内にてお待ちください。なに、有田家の憂いは見事晴らしてみせましょう」

俺はご婦人に屋敷内に戻るよう促し、再び蔵の中に足を踏み入れるのでした。

 

―――――――――――――

 

一切の光の届かない闇、その場には怨念と憎悪が渦巻き、ある種の異界を作り上げていた。

旅の途中、行商の最中、丹精込めて作った村の野菜を届けようと街へ向かっていた道すがら。老若男女を問わず、突然振り下ろされた理不尽な凶刃。その思いは、未練は、憎しみは土地を彷徨い集まり、大きな塊へと成長していく。

思いの塊は形を求め、救いを求め、獲物を求め、次第に凶悪な物へと変化する。それは森の生き物を依り代とし、徐々にその存在を強くした。

怪異、人々からそう呼ばれ恐れられる特殊な魔物。鬼人族たちは刀を振るい、符術や呪術を駆使し、怪異と対峙する。

 

この世から忘れられた闇の中、封じられし怪異が静かに復活の機会を窺っていた。

 

それは遂にやってきた。これまで自身を封じていた力が、少しずつではあるが弱まっていくのを感じる。だが怪異は慎重であった。機会は一度、力を貯め、全力でこの場を立ち去る。

人に対する復讐は後でも構わない、今はただ、復活の時を待つのみ。

 

時は来た、何者かが封じを取り除き近付いてくる。だが行き成り襲い掛かったりなどはしない、人は愚かだが貪欲だ、油断を誘い時を待ち、確実に息の根を止める。

 

「おぉ~、ジャイアントスパイダーか? 俺が知ってる奴とは少し違うみたいだけど、これって扶桑国の固有種って奴なのかな? それなら大蜘蛛とか呼んだ方がいいのかな?

それで封じの刀と繋がっているのはその身体に突き刺さった短刀? えっ、普通逆じゃね? 何で攻撃用が短刀でそこに力を送るための器が刀なの? でも武器として刀は離せないし、この判断は間違ってないのかな?

まぁいいや、おいお前、ウチに来ないか? いつまでもこんな穴倉に封印されてたら息が詰まるだろう」

そう声を掛けてきた者、それはやや小柄な侍。怪異は思う、‟この者はどうやら自分を使役するつもりらしい。それならばこの者にこの忌々しい短刀を抜かせよう。そうすれば自分は完全に開放される。そしてこの者の油断を誘い喰らってしまおう”と。

 

“コクリッ”

「おぉ、そうか、ウチにくるか。それならその短刀は邪魔だな、ガッツリ呪術でお前の身体を縛ってるみたいだし、やたらに引き抜くよりもまずはその呪術を消しちまうか。闇喰らい、周囲一帯の闇属性魔力を全部喰っちまえ、そうすれば呪術も勝手に解けるだろう」

 

“ズズズズズズズズズズズズズッ”

目の前の人の足下から何かが抜け出してくる。それはこの真の暗闇の中に淡く赤黒い光を放ち、ドクドクと脈打つく狂気の塊。

 

“ギシギシギシギシギシギシギシギシ”

空間に不快な金切り音が響き渡る、それは魂を震わせる狂気のメロディー。未練も、憎しみも、恨みも、欲望も、嫉妬も、全てを恐怖に染め上げる。

絶対的な格の違い、存在自体が比較にならない狂気の闇そのものの顕現に、怪異は只管に自身の消滅を願う。消滅こそが救い、消滅こそが解放、この世への囚われが失われた時、怪異を怪異たらしめていた根源が女神様の下に旅立っていった。

 

「よし、これで大丈夫かな? 闇喰らい、ご苦労さん」

“ギシギシギシ♪”

ズズズズッと音を立て再び人の足下に沈んでいった狂気、人は足下から顔を上げると、怪異に向かい声を掛ける。

 

「よし、それじゃお前の身体に刺さっている短刀をって、お前縮んだ? 何かさっきよりずいぶんと小さいんだけど。まぁいいや、取り敢えず短刀を抜くな」

“ズボッ”

引き抜かれた短刀、怪異はその身が軽くなった事に喜び片足を上げる。

 

「おっ、大丈夫そうだな。一応ポーションを掛けておくか、長年短刀が刺しっぱなしだったわけだし」

傷口に振り掛けられた七色に光る液体、見る見る間に塞がる傷口。怪異は身体全体に広がる心地よさに、ブルリと身を震わせる。

 

「それじゃお前に名前を付けるか。蜘蛛は害虫を食べる益虫だろ? 確か家の守り神って言われてる蜘蛛がいたよな。ウ~ン。

よし、決めた。お前の名前は守家(もりや)、封印されるくらい凄い蜘蛛なんだから家の守りにはバッチリでしょう。っていう事でこれからよろしくな、守家」

“プワンッ”

淡く光る身体、人との間に感じる何かの繋がり。守屋は自身の変化に驚くも、何故か嬉しい気持ちで満たされていくのを感じる。

 

「あっ、<テイム>しちゃったよ。手を翳さなくても<テイム>できちゃったよ、名前を付けた事が効いたとか? よく分かんないけど良しとしよう。

それじゃちょっと影の中に入っててね、詳しい事は闇喰らいが教えてくれるから」

人にそう言われた途端身体が地面に沈んでいく。でも今は怖くない、人との間に確かな繋がりを感じるから。守屋と名付けられた怪異は右足を上げフルフル振り回すと、ゆっくりと地面の影の中に沈んでいくのだった。

 

暗闇に静寂が戻る。人は辺りを軽く見回してから踵を返すと元来た道を戻りその場から姿を消す。怪異が囚われていた深淵の闇、そこはただの光の無い洞窟へと姿を変え、静かに役目を終えるのだった。




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