「つまり、風属性魔法である<ウィンド>に火属性魔法である<ヒート>を掛け合わせることで熱風が作り出せるように、異なる属性の魔力を組み合わせることでこれまでにない魔法を作り出すことが出来るのです。
皆さんは宮廷魔導士の中でもごく一部の者が<アイスランス>という特殊な魔法を使うという話をご存じでしょうか? これは俗に氷属性と呼ばれる魔法で、一般的には上級属性魔法などと呼ばれるものになりますが、これも先程の話と同じく二属性の魔力の組み合わせを基に作られた魔法となります」
“コトッ、コトッ”
教壇の上に置かれた透明なグラス、その横には少し高そうなお酒のボトル。
「風属性魔力と水属性魔力、その二つを上手く組み合わせ生活魔法<ウォーター>の応用で周辺から水分を作り出し固めるとどうなるのか」
“カラカラカラン”
グラスの中を踊る氷の塊、その光景に驚き目を見開く俺たち。
“トクトクトク”
「このように風属性魔力と水属性魔力の組み合わせは氷を作り出すことが出来るという訳です。無論生活魔法の範囲ですので宮廷魔導士のような破壊力のある氷とは行きませんが、修練次第で透明度の高い美しい氷を作り出すことが出来ます。
そしてこの風属性魔力と水属性魔力の組み合わせは何も氷だけに止まりません」
“ジョロジョロジョロ、ジュワ~~~~”
注がれた液体、それはグラスの中でシュワシュワと泡を立て気泡を弾けさせる。
「これは炭酸水と呼ばれるものとなります。極稀に山の麓の湧き水の中には、こうした気泡を含んだ水が湧くところがあります。これはその湧き水を生活魔法として再現したものになりますね」
“ゴクッゴクッゴクッ、プハ~”
「一日の終わりのこの一杯が堪らなく美味しいのですが、二属性を複合させた生活魔法はこうしたちょっとした要望にも応えることが出来る応用性を含んでいるのです。皆さんの場合はそうですね、果実水や蜂蜜などを混ぜて楽しまれるといいのではないでしょうか?
お時間になりましたね、では今日の講義はここまでとさせていただきます」
そう言い教壇の上のグラスを手持ちカバン型マジックバッグにしまっていくネイチャーマン先生、相変わらずとんでもない講義内容に開いた口が塞がらない。
「なぁロナウド、お前確か水属性の特化型魔導士だったよな? あの炭酸水って奴は作れるか?」
俺は隣で講義に耳を傾けていたロナウドに言葉を掛ける。ロナウドは呆れた顔をしつつ「あんなもの出来るか!! でも生活魔法の範囲で氷と炭酸水が作れると証明された以上、練習するしかないだろうが!!」と唸りを上げる。
王都をドラゴンの集団が襲ったあの日から二カ月が経過した。五体のドラゴンとそんなドラゴンを従えて王都全域を圧倒的な威圧で支配した龍騎士とも呼ぶべき絶対者の訪れは、王都の人々を恐怖のどん底に叩き落し、決して拭い去る事の出来ない心の傷を刻みつけた。
幸いなことに王都の建物被害はワイバーンにより破壊された南街門と龍騎士により削り取られた王城の一部だけであった為、人々が路頭に迷うような事にはならなかったものの、心の安寧を求めた王都民が王都教会に殺到する事となったのは致し方のない事なのであろう。
一月半ほど全ての授業が休講となった王都学園も徐々に日常を取り戻し、生徒達も次第に授業へ顔を出すようになった。もっとも俺たちホーンラビット伯爵領出身者は全員学園の学生寮で暮らしている為、授業が再開された日から出席する事にはなったのだが。
「ところでジミー、エミリーたちはちゃんと授業に出れているのか? 王都教会からは引き続き教会の治療奉仕に来てほしいと要望されていたんだろう?」
「あぁ、エミリーたちはその辺きっぱり断ったようだ。アリスさんも「申し訳ありませんが学業に支障が出ますので」と言って断ったらしい。一年の頃だったら「困っている人々を助けるのが聖女の務め」とか言ってエミリーを引き摺り込みながらいいように教会の掌で転がされていたんだろうけど、何かアリスさんも強くなったよな」
そう言い腕を組む俺に「確かにな、アルデンティア第四王子殿下をはじめとした生徒会の連中も随分変わったよな」と同意を示すロナウド。
第二王子ブライアント・ウル・オーランド殿下を首魁とした王都騎士団と軍部による造反、ドラゴン襲来の衝撃が大き過ぎて王都民の間では殆ど話題に上ることがないものの、その衝撃は少なからず王都学園生徒を揺るがした。
生徒の中には父親が造反に加わっていた為に、連座制により処断された者もいたらしい。詳しい事は生徒に知らされてはいないものの、人の口に門は付けられないの言葉の如く、そうした生徒の内情は噂として広がる事となった。
主犯とされる王宮第一騎士団元団長マホガニー・ベイル伯爵は即日処刑、その家族たちは長男である近衛兵隊長ジョシュア・ベイルが造反貴族の内部に入り込み逐次その情報を流していたとして罪を減じ、男爵位への降格と長男共々大魔境に隣接するバルザック伯爵領へ向かう事で命を長らえることが出来た。
マホガニー・ベイル伯爵の次男であるラグラは既にベイル伯爵家から籍を抜け、バルデン侯爵家に婿養子に入っていた為この咎めを受けることはなかった。
生徒の一部にはラグラのことを“内通者兄弟”や“家族を捨てた薄情者”と揶揄する者もいたが、ラグラはその事に対し一切の反論を行わなかった。
沈黙を貫きただ生徒会の仕事を続ける、そんなラグラの態度にラグラに対する批判は次第に声を失っていくのだった。
「ジミーはこの後どうする? どうせジェイクたちと合流するんだろう?」
「あぁ、一緒に学食に行く事になっている。アルジミールたちもどうだ?」
ネイチャーマン講師による“便利な生活魔法活用術講座”の講義が終わった教室に残るアルジミールとライオネスに偶には一緒に昼食でもどうかと声を掛けるも、申し訳なさそうな顔になる二人。
「ジミー、悪い。俺たちは「アルジミール様、食堂に参りましょう。今日はちょっとしたお菓子を持ってまいりましたの」・・・という訳だ。この埋め合わせは今度という事で」
「いや、気にするな。フレアリーズ第五王女殿下との仲が順調ならそれでいい。というかオーランド王国とスロバニア王国の友好のためにも頑張ってくれ」
俺の言葉に小さく「おう、任せておけ」と答え教室を離れていくアルジミールとライオネス。
「そう言えばロナウドも卒業したらすぐにダイソン公国に向かうのか?」
「あぁ、本当なら今すぐ向かいたいところなんだが、「今のところはこちらで頑張れるからちゃんと王都学園で学んで来て欲しい」とアイリスからの手紙に書かれていてな。
幸いバルカン帝国軍の侵攻はヘンリー師匠とボビー師匠のお陰で完全に抑えられてたため被害らしい被害は出ていなかったらしい。その後ドラゴンによる襲来で戦闘自体が終息、ドラゴンの報復でバルカン帝国側に大渓谷が造られた事で戦争どころじゃなくなったって話だ。
ドラゴン云々に関しては俺にもよく分からない事だらけだが、バルカン帝国の侵攻を止めダイソン公国を救ったのがホーンラビット伯爵家騎士団だという事は確かだ。ジミーにこんな事を言うのは少し違うかもしれないが、本当にありがとう」
そう言い頭を下げるロナウド。俺は自分の父親が感謝されている事に気恥ずかしさと誇らしさを感じつつ、頭を上げるように促すのだった。
「エミリー様、今度の闇の日、ぜひ一緒に教会へ参りませんこと? 私たちもお手伝いいたしますので」
教室を離れジェイクたちとの待ち合わせ場所に向かった俺たちの目に映ったものは、エミリーを取り囲み聖女様と称える生徒たちの集団。その中心で物凄く困った顔をするエミリーは、どうしたものかとジェイクに視線で助けを求める。
「はいはい皆ごめんね~、今日はここでお終い、これから聖女エミリー様は食堂に向かわれます。皆もエミリー様のお食事を邪魔するような無粋な真似はしないよね~。
でもそんな事をする生徒さんは何か良くない病気に罹っているのかもしれないよね、そんな時は直ぐに言ってね。エミリーの拳は万病を癒す、その効果は体験した俺が保証するよ~」
何処か気の抜けた調子で間に割って入るジェイク。その口調とは裏腹の物騒な内容に、蜘蛛の子を散らすように離れていく生徒たち。
「ケッ、“便所の勇者”が調子づきやがって」
「何であんな腰抜けがエミリー様に付きまとっているのよ、今すぐエミリー様を解放しなさいよ。本当に黒蜜様とシルバリアン様じゃなく“トイレの勇者”がドラゴンに倒されればよかったのに」
エミリーから距離を置きながらもひそひそとジェイクの悪口を言う生徒たち、そんな声に不機嫌になるエミリーと、エミリーを必死に宥めるジェイク。アイツも苦労が絶えないな。
「なぁ、いいのか? ジェイクの奴、酷い言われようだが」
「あぁ、どうもジェイクはこの機会に埋没勇者になるつもりらしくてな。過去にも勇者の職業を持って生まれたものの、大した活躍もせずに忘れさられていった者たちが結構な数いたらしい。
そうした者たちのことを埋没勇者というらしいんだが、大図書館にある勇者研究史でその一文を見つけたジェイクは“これだ!!”と思ったらしくてな、「埋没勇者に、俺はなる!!」って宣言したんだよ」
「・・・相変わらず阿呆だな、アイツ」
「あぁ、でもそんな奴だからこそ俺は一緒にいるんだがな。エミリーなんか大賛成で「ジェイク君はエミリーだけの勇者様だよ♪」とか言っていたくらいだしな」
俺の言葉に「やっぱりマルセル村出身者は」と頭を抱えるロナウド。
・・・なぁロナウド、そこに俺は含まれてないよな? 俺は
何故か目を合わせようとしないロナウドに小一時間問い詰めたい気分になる俺なのであった。
―――――――――――――
「カーベル、学園生徒達の登校状況はどうなっている?」
「はい、王都学園が再開された当初は七割ほどの生徒しか登校していませんでしたが、現在は九割を超える生徒が登校して来ていると、教職員から報告が入っております」
「そうか、ラビアナ、ドラゴン襲来による精神的障害を訴える者は出ていないか」
「はい、聖女エミリー、聖女アリスの献身と、彼らに触発された光属性魔法の魔法適性をもつ生徒が生徒間を回り<キュア>や<リフレッシュ>による精神回復治療に取り組んでくれたお陰でほぼそうした症状を訴える者は見られなくなりました。
ただ聖女エミリーと聖女アリスを前面に押し出す形での精神回復を行ったためか、聖女に対する依存といいますか、彼女達を祭り上げようとする動きがみられます」
生徒会執務室に集まり王都学園の状況について話し合いを行う生徒会役員たち。生徒会長のアルデンティア第四王子はカーベルとラビアナの報告を聞き眉間に皺を寄せる。
「ラグラ、ミルキー嬢から何か情報を聞いていないか? 学園に生徒が戻ってきたことは嬉しい報告だが、現在の状況がどうも気になる。
ドラゴン襲来による恐怖を思えば聖女エミリーと聖女アリスを精神的支柱に据えたいという心理は分からなくもない、だがどうもそれだけではないような気がしてならない。
近頃の国王陛下たちの動きもどこかおかしい。軍閥貴族による造反やバルカン帝国の侵攻は結果的に抑えることが出来たはず、だというのに緊張感が抜けていないというか、何かに備えているような気がしてならない」
アルデンティア第四王子の言葉に暫く黙って考えを巡らせていたラグラは、不意に何かを思い出したかのように言葉を返す。
「そう言えば義父が中央貴族の者の動きが活発化してきたと。頻繁に教会関係者と顔を合わせていると言っておりました。ミルキーも“元々自身の派閥であった者たちが聖女様方にご迷惑をお掛けして申し訳ない”といった事を話していたかと」
「う~ん、これだけではどうにも分からないな。ただ結束力と影響力を強める為に中央貴族と教会勢力が接近しているのか、それとも。
いずれにしろ警戒するに越したことはない、皆も生徒たちの動きには十分注視してもらいたい」
「「「ハッ、アルデンティア殿下の思し召しのままに」」」
変革の時代、若者たちは否応なくその波に呑まれて行く。そんな中、彼らは自分たちなりに考え協力し合い、その波を乗り切ろうと必死に足搔いていく。
アルデンティア第四王子は、自身の心配が杞憂に終わって欲しいと願わずにはいられないのであった。
本日一話目です。