季節は巡る、時は絶え間なく過ぎ、人々は否応なしに変化の波に呑まれていく。ドラゴンの王都襲来から二カ月半、王都はあの出来事を過去のものとし、これから迎える冬の季節に向け動きだす。
それはオーランド王国における最高学府である王都学園においてもいえる事、長い冬期休暇を前に生徒たちは各家からの命を受け、様々な工作に奔走する。
「エミリー様、エミリー様は今度の冬期休暇はどうお過ごしになられるのですか? 実は我が家の別荘がございまして是非ともエミリー様をご招待いたしたいと思いますの」
「エミリー様はあまり社交界には顔をお出しになられませんけれど、よろしければ私共とご一緒に」
そんな中、注目を浴びる生徒が二名。ドラゴン襲来により心身を弱らせてしまった多くの王都民を救い、献身的かつ慈愛の籠った活動姿勢から人々の信頼と尊敬を集める聖女、エミリー・ホーンラビット伯爵令嬢とアリス・ブレイク男爵令嬢の二人なのであった。
「皆様申し訳ありません。皆様もご存じのように私の生家は遠くフィヨルド山脈を臨む大森林の隣、ホーンラビット伯爵領マルセル村。私自身伯爵家令嬢とは名ばかりの新興貴族家の者でございます。
私のような右も左も分からぬ田舎者が皆様方のおられる華やかな世界に足を運ぶこと自体が無礼な行い、このようにお声掛けいただけることは大変ありがたくも光栄なお話ではありますが、ご辞退いたしたく存じます」
そう言い申し訳なさそうに誘いを断るエミリー、だがそんな言葉を逆手に取るかのように「でしたら私たちがエミリー様の社交界デビューをお手伝いいたしますわ。きっとホーンラビット伯爵様もエミリー様が王都で頑張られているお話をお聞きになれば、お悦びになられるに違いありませんわ」と食い下がる女子生徒の方々。
エミリー選手、アウト、俺に対し救援要請を送ってきております。
まぁ頑張ったとは思うけど、王都のお貴族様方相手にはちょっと強引さが足りないんじゃないかと思わなくもない今日この頃。やはりこの辺は経験と環境の差、ラビアナお嬢様のようにはいかない様子。
こんな時ラビアナお嬢様だったら扇とチラ見だけでどうにかしちゃうんだろうな~。このところ生徒会の仕事が忙しいからか益々お嬢様振りに磨きが掛かってるもんな~。
この調子でジミーをゲット・・・駄目だな、ラビアナお嬢様、ジミーの前じゃ恋する乙女にジョブチェンジしちゃうし。エミリーとフィリーがキャーキャー言ってるくらいだもんな。
「はいはいごめんね~、エミリーお嬢様が困っておられるからここまでだよ~。それと今度の闇の日は、エミリーお嬢様はちょっとお出かけしないといけないんだよね。お誘いいただいていたみたいだけど、そういう訳でお付き合い出来ないんだよね、申し訳ないね~」
そう言い間に入る俺の言葉に、途端不機嫌になられる取り巻き(仮)の皆さん。うん、あからさまに俺を見下していらっしゃる、これでも俺勇者様なんすけど? これならいい感じに埋没勇者になれるかな?
でもこいつらもなんか変だよね。去年の王都三大学園による交流会の時に俺がやらかしたことで、“平時の勇者”や“じゃない系勇者”だった評価が“触れてはいけない者”的な扱いになって、さてどうしたものかなって思っていたところに今回のドラゴン襲来騒ぎ。表向き何の活躍もしてない事で“トイレの勇者”ってバカにされる事になったけど、俺が黒蜜だって事は剣術部の上級生の中じゃ公然の秘密なんだけど?
だって黒蜜の使っていた魔剣ドラゴンキラーって、今も剣術部に保管されてるのよ?
今回ドラゴンキラーには頑張ってもらったし、確り手入れして高そうな布に包んで箱に入れて保管。これまでみたいに倉庫の隅でホコリをかぶせるような真似はしてないんだけどな~。
まぁ俺が騒がれたくないって言って黙ってもらっているけど、剣術部の中じゃドラゴンキラーを振るう為の筋トレがブームになってるっていうね。ドラゴンとガチ勝負をした伝説の剣を実際に手に取れるとなれば、燃えない剣士はいないもんね、当然当然。
俺もヘンリー師匠からグレートソードと斬馬刀を見せてもらった時は内に秘めた厨二心が天元突破したもんな~。大切に武器コレクションを扱うヘンリー師匠の姿に、“自分もいつかこんな漢になりたい!”って強く思ったもんです。
まぁその目標は未だに叶えられていないけど。だってヘンリー師匠にしろボビー師匠にしろ、ヤバいくらいに強いんだもん。俺、追いつけるかどうか不安です。
「失礼ですが、何故ジェイク・クロー先輩が私たちの会話に口を出されるのですか? 今私たちはエミリー先輩と大切なお話をしているのです、邪魔をしないでいただけますか?」
「大体勇者の職業を授かったというだけで肝心な時に何の役にも立たない者が、いつまでこの由緒正しい王都学園に居座り続けるつもりなのか。その神経を疑いますよ、ジェイク・クロー先輩?」
クスクスと広がる笑い、中にはニヤニヤ笑いながらあからさまに俺を見下す者がちらほら。これ、ケビンお兄ちゃんが見たら“堪らん、これでこそ貴族社会、王都学園最高!!”とか言って大興奮するんだろうな~。
ケビンお兄ちゃん、小説とかにあるような定番展開大好きだもんな~。
「う~ん、分かり易く言えば俺がホーンラビット騎士団に所属する騎士だから? 俺ってばエミリーお嬢様の護衛なわけですよ。つまり
冷静に考えよう、君たちの護衛騎士が主人である君たちを放置して正義の為に戦いだしたらどう思う? そんな騎士を君たちは必要とする?
今の状況もそう、何で口出しするのかと聞かれたら主人であるエミリーお嬢様がそう望まれたからなんだけど? エミリーお嬢様はそんな事を言ってないと言おうとしたそこの君、当たり前だっての。主家であるエミリー・ホーンラビットお嬢様の御心を察し行動する、それが仕える者として当然の働きだと思うのは俺だけじゃないと思うけど?」
どうだ、これぞケビンお兄ちゃん直伝“正論パンチ”、先ほどまで騒いでいた周囲の皆さんがぐうの音も出ないといったお顔をされています。
これは気持ちいいわ~、エミリーも超ご機嫌、「ジェイク君が“エミリーだけを守る”って、キャ~~~♡」と一人興奮なさっておられます。
・・・あの、ホーンラビット伯爵家騎士団の騎士として当然って話なんですが、何か飛躍した解釈をされておられませんでしょうか? まぁいいんですが。
「それではエミリーお嬢様、参りましょうか」
「えぇ、それでは皆様、ごきげんよう」
エミリーは本物のお嬢様のようにニコリと微笑むと、俺と一緒にその場を後にするのでした。
翌日から俺に対する根も葉もない噂が飛びまくり、「ジェイク・クローは勇者と偽り王都学園に潜り込んだ犯罪者である」とか「教会で再鑑定すべし」とか「ジェイク・クローは格式ある王都学園に相応しくない、退学にすべきだ」とか言った声がですね。
「ジェイク、何か馬鹿が馬鹿言ってるな」
そう言いニヤニヤ顔を隠そうともしないジミーとロナウド。アルジミールとライオネスに至っては「よっ、失格勇者!!」と言って煽ってくるし。
私《わたくし》ジェイク・クロー、遂に失格勇者にランクダウンいたしました!!
この話、社交界を通じ各貴族家に広がっていくんだろうな~。つまり俺が貴族の柵を気にする必要がなくなる、卒業後は誰にも気にされる事なく冒険者として旅立てる、うん、計画通り。
「そうそう、今度の闇の日、リットン侯爵家王都屋敷代官のマリルドア・リットン様から食事会に誘われていただろう? リットン侯爵領で行われていた米の試験栽培、今年の収穫分が送られてきたって事でご招待いただいた話」
「おう、絶対に行くぞ! リットン代官様の話だと、王都屋敷の料理人がケビンお兄ちゃんのところの伊織さんに教えを乞うて色んな米料理に取り組んでいるんだろう? これを逃したら何の為にケビンお兄ちゃんにお願いしたんだって話だっての」
そう、遂にオーランド王国産の新米が出来たのです!!
ケビンお兄ちゃん、本当にありがとう!!
「でもケビンお兄ちゃんも凄いよな、米栽培を行う為だけに扶桑国から鬼人族の農家を雇ってくるんだから」
「そうだよな、でもお陰でオーランド王国に新しい食文化が生まれそうなんだから感謝しないと。美味しいは正義、米文化万歳!!」
俺が全力で喜んでいると、何故か呆れた顔をする友人たち。この気持ちは米を主食にしていた異世界転生者にしか伝わらないのがちょっと悲しい。
「それでこの話をラビアナにしたらどうしても付いて行きたいって言い始めてな、リットン代官様のお手紙には“ご友人もお誘いください”とあったから了承してしまったんだが、構わないか?」
あぁ、たしかラビアナ様、伊織さんが作った米料理を食べて号泣してたんだよな。あの時は俺も一緒になって泣いていたから後から思い返してスゲー恥ずかしかった・・・イヤイヤイヤ、まさかね。
「なぁジミー、その食事会って俺たちが行ったりしたら駄目か? その米料理って物に凄い興味があるんだが」
「あぁ、構わないぞ。アルジミールはスロバニア王国と国境を接するリットン侯爵領にとって重要人物だからな、リットン代官様も喜ばれるだろう。ロナウドもどうだ? 珍しい食材を知る事は領地経営的に無駄にはならないと思うが」
ジミーに誘われ快諾するロナウド。アルジミールにしろロナウドにしろ、常にアンテナを張って自領にとって役立ちそうなものを探しているんですね。流石は高位貴族家の御令息、俺には真似できそうもありません。
こうして俺たちは揃ってリットン侯爵家王都屋敷の食事会(新米発表会)にお邪魔する事になったのでした。
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「本日はお招きいただいた訳ではないにもかかわらず、押し掛けてしまい誠に申し訳ございません」
「いやいや、お気になさることはありませんぞ。エミリー・ホーンラビット伯爵令嬢にご友人をお誘いくださるようお願いしたのは我が家の方、それにバルーセン公爵家には以前より当家から家畜飼料を購入いただいております。
本日はリットン侯爵領で穫れました新たな穀物“米”の試食会、皆様方に於かれましては存分にご堪能いただければと思っております」
リットン侯爵家王都屋敷に到着した俺たちを出迎えてくださったのは、リットン侯爵家王都屋敷代官のマリルドア・リットン様。その表情は満面の笑みで、リットン侯爵領での米の栽培が上手くいったという事が一目で伺えます。
「ジミー、どうやらケビンお兄ちゃんが上手いことやってくれたようだね」
「そうだな。俺もこうした事に関してはケビンお兄ちゃんに敵う気がしないよ。器用と言うかなんと言うか、弟の俺が言うのもなんだけど、ケビンお兄ちゃんって何者なんだろうな」
ただ強いだけじゃない、様々な食文化を創造するケビンお兄ちゃん。マルセル村が今のように発展したのも全部ケビンお兄ちゃんのお陰、“干し肉の勇者ケビン”、俺なんかよりよっぽど勇者様しているんだけど、表に出たがらないんだよね。
お屋敷の玄関前でリットン代官様の歓迎を受けた俺たちは、執事さんの案内でお屋敷のパーティー会場へ。そこは王都の貴族を集めて夜会を開いたりする関係上、とても広くて豪華絢爛といった雰囲気を醸し出していました。
でも本日の主役は米料理、テーブルに所狭しと並べられたバラエティー豊かな米料理に、俺の内なる獣は咆哮を上げまくっております。
「ほほう、これが米料理というものですか。話はワイルドウッド男爵様から聞いていたのですが、実物を目にするのは初めてでしてな。今日の試食会を楽しみにしていたのですよ」
声がする方を振り向けば、リットン代官様に案内されパーティー会場に入ってきた壮年の男性。えっとどこかであった事があるような・・・。
「えっ、もしかして商業ギルド会長のベルナール・アパガード様ではありませんか? アパガード商会の商会長様がどうしてこちらに?」
「これはバルーセン公爵家のラビアナお嬢様ではありませんか、ご無沙汰いたしております。本日こちらにお伺いいたしましたのはケビン・ワイルドウッド男爵様よりご招待いただきまして、なんでもオーランド王国に広めるべき新しい穀物の栽培にリットン侯爵家が成功したとか。
是非その穀物で作られた料理の数々を味わっていただきたいと仰られたものですから、喜び勇んでお伺いしたという訳でございます」
そう言い慇懃に礼をするアパガード会長様、その後ろには目茶苦茶緊張した表情のアレンと織絹さんの姿。
アレンの姿を見るのって三年ぶり? なんか凄い男前になってるんだけど。東方に買い付けに行くことのできるくらいの行商人になるべく、頑張って商売のノウハウを勉強してるんだろうな、なんかこっちまで嬉しくなっちゃうんだけど。
「これはこれは皆さま、お揃いのようですな。本日は東方扶桑国より仕入れ、リットン侯爵領にて栽培されました新しい穀物、“米”の試食会においでいただき感謝いたします。
この度のリットン侯爵領での米栽培に於きましては、我がワイルドウッド男爵家の総力を挙げ、ご協力させていただいた次第。リットン侯爵領の新しい可能性、存分にご堪能いただきたい!!」
扉を開け口上を述べる腰に刀を差した羽織袴の男性。
「「「「「・・・はぁ!? ケビンお兄ちゃん?」」」」」
それは扶桑国の着物を身に着けたマルセル村の理不尽、ケビン・ワイルドウッド男爵その人なのでありました。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora