「ワイルドウッド男爵閣下、本日はお招きいただき感謝いたします。
米の話は当商会の従業員織絹より聞いてまいりました。扶桑国・武連国・創国といった大陸の東方諸国において主食とされる穀物であるとか。水田と呼ばれる水を張った圃場での穀物栽培など私どもでは想像もできませんでしたが、まさかその農業技術を湿地帯問題に苦しむリットン侯爵領に持ち込むとは。
ワイルドウッド男爵閣下の見識の広さにはいつも驚かされてばかりでございます」
そういい慇懃に礼をする王都商業ギルド会長にしてアパガード商会の商会長ベルナール・アパガード氏。今回のプレゼンにおける最重要人物であるアパガード商会長からの先制パンチに、
戦いはすでに始まっているのだと自身に強く言い聞かせる。
本日はリットン侯爵家王都屋敷での新米の試食会。リットン侯爵領における米の栽培事業は、王都屋敷代官マリルドア・リットン卿が中心となって推し進められてきたもので、長年リットン侯爵領の代官として領内の農業問題に取り組んできたリットン代官殿にとって、湿地でも行える穀物栽培技術の確立は悲願と言ってもよい物であった。
俺としては水稲栽培が行えるような土地がオーランド王国国内にあったことが驚きであったが、何よりオーランド王国という米文化とは全く関係のない土地で稲作が行われることで今後どんな米料理が生まれるのか、その一点が気になって仕方がないといった思いによりこの事業に参加したと言っても過言ではない。
在りし日の記憶では日々の食卓に米は欠かせない物であった。米は脇役でありながら主役、例え価格が倍に高騰したとしても欠かすことのできない食卓の主人公。
様々なおかずは米という懐の広い主食と共にある事で、最高の輝きを放っていた。
そんな米が海を渡り世界各国に広がった時、米はこれまでにない新しい姿を得て帰ってきてくれた。パエリア然り、ドリア然り、カリフォルニアロール然り。
食とは文化であり正解のない物語。様々な人々の間を渡り、そこに飽くなき挑戦を行う同志がいる限り、食材たちは必ずや新たな可能性の花を咲かせてくれる。
これまで米に触れてこなかったオーランド王国の調理人たちが米という未知の食材を知った時、そこにはどんな物語が紡がれるのか、俺はその先を見てみたい。
「アパガード商会長にそう言っていただくと気恥ずかしい思いでいっぱいになりますな。私など長年王都経済を牽引し続けるアパガード商会長の足元にも及ばぬ若造、あまり持ち上げないでいただきたい。
先程アパガード商会長も仰られていた通り、米はエイジアン大陸東部地域で主食とされる穀物、腹持ちもよく小麦とは違った魅力を持つ食材。本日は米の食材としての力を知っていただく為に様々な形式の料理を用意させていただいた。
本来であれば扶桑国や武連国、創国の食材を使った料理の方が米に合うのであろうが、それでは意味がない。
私はオーランド王国に広く米食文化が浸透することを願っている、それにはオーランド王国で手に入る食材を使い調理を行う事が重要であろう。
まずこちらは“丼物”と呼ばれる料理となる。深皿のような器に米を盛り付け、その上に様々な食材を飾り付ける。例えばこの丼にはオーク肉を油で揚げたものを盛り付けさせてもらった。
小指の先ほどの厚みに切ったオーク肉をコッコの卵・小麦粉・魔力水で溶いた液に漬け、取り出したオーク肉に砕いたパンを塗し油で揚げる。薄切りのオニールを敷いたフライパンに蜂蜜・白ワイン・岩塩・魔力水を加え、よく火を通したところに先ほど揚げたオーク肉を食べやすい大きさに切ってから並べる。よく溶いたコッコの卵を流し掛け火を通したら米の上に盛り付ける。
扶桑国の丼物をオーランド王国風に多少変更して作ったものとなるな。
隣は扶桑国の天ぷらという料理の丼物だな、リットン侯爵家王都屋敷の調理人には随分と無理を言ってしまった。
隣の皿はトメートのソースで味付けした米の上にコッコの卵焼きを載せ、トメートのソースを掛けたものとなる。
その隣はひき肉とトメートのソース和えと牛乳ソース、チーズを米を敷いた深皿の上に載せオーブンで焼いた料理となる。
これらの料理にはテレンザ侯爵家のコッコの卵と植物油、バルーセン公爵家の牛乳とバターが使われていることを明示しておきたい」
俺はそう言うと、会場にいるテレンザ侯爵家令息ロナウド・テレンザ君とバルーセン公爵令嬢ラビアナ・バルーセン嬢に深々と頭を下げる。
「他の米料理も皆オーランド王国で手に入れることの出来る食材や調味料を使い調理したものばかり、リットン侯爵領での米栽培が軌道に乗った暁にはこれらの調理法をリットン侯爵家の名で広く公表することを、マリルドア・リットン卿が約束してくれた。
それにより新たなる穀物“米”は、リットン侯爵家を代表する特産品として知れ渡る事になるだろう。アパガード商会長には是非米の流通に協力いただきたい」
試食会場に漂う丼物の香り、ドリアは熱々でいただいて欲しいので<ヒート>の生活魔法を掛けさせていただいております。
アパガード商会長はオーランド国風かつ丼にスプーンを伸ばし、一口。クワッと目を見開いて掻き込んでおられます。このかつ丼には本当に苦労したんだよな~、醤油とみりんと砂糖を使わないかつ丼、どう再現したらいいのかリットン侯爵家の調理人と一緒に頭を抱えたんだよね。
因みに扶桑国には砂糖がありました。甘竹という植物から採取されるらしく、扶桑国南部の名産品だそうです。暗黒大陸に行ってシュガールを捕まえてくるか、扶桑国の甘竹を購入してくるか、どっちもいっちゃうか。自己領域の島なら無問題で導入できそうですが。
だもんで醤油の代わりに岩塩、米酒の代わりに白ワイン、砂糖の代わりに蜂蜜とかなりの無茶をですね。最終的に魔力水で馴染ませることで全体を調整(誤魔化したともいう)したってわけです。
醤油と砂糖と米酒と魔力水を使って作ったかつ丼は普通に旨かったです。リットン侯爵家の調理人は“この一杯を目標に更に上を目指します”と約束してくれました。
「ワイルドウッド男爵様、リットン侯爵領産の米は中々に好評のようですな」
リットン代官は、今回の試食会に確かな手ごたえを感じたのか、満面の笑みを浮かべ声を掛けてくる。パーティー会場に目を向ければ、米料理に手を伸ばし感嘆の声を上げる若者たち。俺はこの場に集まっている面子に、秘かに笑みを浮かべる。
「バルーセン公爵家とリットン侯爵家の間には家畜飼料の取引ですでに関係が結ばれている。米の生産が本格化すればよい取引相手となってくれることであろう。
ラビアナ・バルーセン公爵令嬢も米料理はお気に召してくれている様子、バルーセン公爵家の食卓に米料理が並ぶ日も遠くないかもしれませんな。
アルジミール・マルローニ侯爵令息は第五王女フレアリーズ殿下の婚約者であり、オーランド王国の文化や知識を積極的にマルローニ侯爵領に導入していると聞く。
あの様子であれば米のよい輸出先になってくれるかもしれん。
テレンザ侯爵家の食材には米を活かす物が多く存在し、ロナウド・テレンザ令息はダイソン公国に婿入りするという話が上がっているとか。販路としては大きなものとなるでしょう。
なによりアパガード商会長のあの反応、アパガード商会の流通網を使う事が出来れば、米はオーランド王国に広く知られることとなる。
この試食会はリットン侯爵家における本格的な米栽培のよい後押しとなるでしょう。この実績を以って当主デリルブル・リットン侯爵閣下に進言されれば、必ずやリットン侯爵領の主力穀物として水稲栽培を御認めくださることでしょう」
俺の言葉に力強く頷かれるリットン代官、リットン侯爵家との契約は十年、ここから先はリットン侯爵家での水稲栽培が広がるにしたがってこっちの収益も上がるという好循環にですね。まだ二~三年は指導員として玄才さんに頑張ってもらわないといけないかもですが、今の実験栽培村の人材が育てば各村に水稲栽培指導員として飛び回ってくれることでしょう。
売れるものは作る、今までよりも収益が上がるというのなら尚の事。これもある種のビッグワーム農法、ホーンラビット伯爵閣下のお言葉の通り、本当にオーランド王国から飢えの苦しみが消えるかもしれません。
俺はオーランド王国における稲作の明るい未来に、自然と口元を緩めるのでした。
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「ねぇジミー、ケビンお兄ちゃんが相変わらずケビンお兄ちゃんしてるんだけど。アレンが唖然としてるんだけど」
「まぁこればかりは慣れろとしか言いようがないからな。もしくは諦めろか、いずれにしても俺たちに出来ることは何もない」
リットン侯爵家王都屋敷で行われているリットン侯爵領産の新米試食会。普通こうした場合米本来の旨さを味わってもらうためにあえてシンプルな塩おにぎりを出したりするものだと思ったんだけど、ケビンお兄ちゃんが本気です。
前にワイルドウッド男爵家王都屋敷でマリルドア・リットン代官様に出されていた米料理をオーランド王国で手に入る食材や調味料を使って再現、さらにオーランド国風にアレンジを加えたりして何とかオーランド王国に米食文化を根付かせようと奮闘しています。
「本来であれば扶桑国や武連国、創国の食材を使った料理の方が米に合うのであろうが、それでは意味がない。
私はオーランド王国に広く米文化が浸透することを願っている、それにはオーランド王国で手に入る食材を使い調理を行う事が重要であろう」
もうね、ケビンお兄ちゃんが米の伝道師にしか思えない。ラビアナお嬢様はもとよりアルジミールやロナウドも、米の可能性に興味津々といった様子。この三人の発言力って大きいからな~、オーランド王国で米文化が花開くのは確実でしょう。
「でもケビンお兄ちゃんが凄いところって、しっかりアパガード商会を引き込んだところだよね。オーランド王国国内はもとより周辺国にもしっかり販路を築いているアパガード商会が間に入れば、単なるリットン侯爵家の特産品というばかりじゃなくオーランド王国の特産品として知られるようになるかもしれない、リットン侯爵家が穀倉地帯として一躍知られる未来も夢じゃないかも」
「そうなれば俺たちがリットン代官様に稲作を紹介した事や、ジェイクがケビンお兄ちゃんにリットン侯爵領のことを頼んだ行いが無駄じゃないって事になる。俺たちは切っ掛けを与えたに過ぎないとしても、何だか誇らしく感じるな」
ジミーの言葉に俺も頷きで応える。俺たちに出来ることは少ない、だけど人と人を繋げる事は出来た。自分たちに出来ることは小さなことでも多くの人々を頼ることで大きな結果を得る事が出来る。
この試食会はそのことを俺たちに教えてくれた。
「ケビンお兄ちゃん、どうもありがとう。俺が我儘を言ったばかりに迷惑を掛けちゃったけど、こうして立派な結果を残してくれて」
「あぁ、ジェイク、ジミー、エミリーお嬢様、フィリー、ディア。リットン侯爵領で収穫されたオーランド王国産の新米の味はどうかな? 味わってくれているかな?」
ケビンお兄ちゃんは侍のような恰好で、米料理の感想を聞いてきます。というかその着物、買ってきたんじゃなくて作ったの? 羽織にワイルドウッド男爵家の紋章が入ってるんだけど?
「ケビンさん、その服装はもしかしたら扶桑国のものですか? 腰に差しているのは魔剣黒鴉みたいですけど、どうしてそのような格好を?」
俺たちが疑問に思っていても“ケビンお兄ちゃんだし”で済ませてしまうようなことをズバリと聞き出すフィリー、流石はパーティーの作戦参謀、頼りになります。
「今回は新米の試食会だったからな、場に合わせてみたといった事もあるんだが。単に気に入ったからだな。
ちょっと扶桑国に今年の米の買い付けに行ってきたんだが、オーランド王国の服装では少々目立つんでな、扶桑国の侍の格好をしてみたという訳だ。この格好でおでこに角を付ければ鬼人族の侍の出来上がりってな」
そう言い懐から取り出した角を額に付けるケビンお兄ちゃん。それってもしかしてホーンラビットの角? 白雲さんに怒られない?
「因みにこの角の事は内緒だ、“ホーンラビットの角を額に付けて鬼人族の真似をしたという事が分かったら、馬鹿にするなと切り掛かられても文句が言えない”と水稲栽培の指導を行ってくれた玄才に怒られてしまった。まぁバレるようなへまはしていないがな」
そう言い胸を張るケビンお兄ちゃん。でもケビンお兄ちゃん、織絹さんが目頭を揉んでいるから止めたほうがいいと思いますよ?
「おぉ、そうだった、織絹さんとの約束を果たさなければな」
ケビンお兄ちゃんは額の角を外すと、収納の腕輪から刀と短刀を取り出し、織絹さんたちの方へと向かうのでした。
「織絹殿、王都で軍閥貴族が造反を起こした際には世話になった。こちらは約束の刀となる、どうか受け取って欲しい」
そう言い刀と短刀を渡すケビンお兄ちゃん。織絹さんは恐縮しつつも刀を受け取ると、鞘から引き抜きその刀身の美しさに唸りを上げる。
「名は雲切丸、有田家という武家に伝わっていた一振りで、かつて山蜘蛛と呼ばれる怪異を封じ込めた名刀といわれている。その切れ味は天に浮かぶ雲をも切り裂く、雲切丸の名に恥じぬ見事な一振りであるかと。この短刀は雲切丸と対になる品、銘までは分からないが大切にしてやって欲しい」
「これほどの名刀、さぞ名のある鍛冶師が打ち上げた一振りかと。このような素晴らしい刀を本当に譲り受けてもよろしいのでしょうか?」
あまりの品に躊躇する織絹さん。素人目にも名刀と分かるほどの刀を渡されて狼狽する織絹さんの気持ちはよく分ります。
でも相手はケビンお兄ちゃんだからな~、まったく気にしてないと思いますよ?
「刀は武器にして道具、振るわれてこそ初めて活かされるもの。それは剣士も同じこと、自らが扱うにふさわしい得物を手にしてこそ剣士の力を十全に引き出せるというもの。雲切丸は織絹殿が手にしてこそ活きるというもの、アレン殿と共に旅をする中で織絹殿の心強い味方となってくれることであろう。その短刀共々雲切丸のことをよろしく頼む」
そう言い頭を下げるケビンお兄ちゃんの姿は、刀を単なる武器としてではなく一つの人格として扱っているようにも見えます。
「承知しました。雲切丸とこの短刀は、たしかに御刀之守織絹がお預かりいたします。雲切丸に恥じぬような剣士であるよう、我が心に刻むものといたしましょう」
そう言い深々と頭を下げる織絹さん。俺は隣のジミーを肘で突くと声を掛ける。
「なぁジミー、お前あの雲切丸って刀を差した織絹さんが相手だったら勝てそうか?」
「いや、正直何とも言えん。王都武術大会の時もかなり危なかったからな。あの時は剣だったからそこまででもなかったが、これが十分に実力を発揮できる刀だったら。それにあの刀は俺の目でも相当な名刀であることが見て取れる。
本当にケビンお兄ちゃんはとんでもない事をしてくれる、これは来年の王都武術大会がどうなるのか分からないな」(ニチャ~)
そう言い口元を獰猛に歪ませるジミー、俺はそんな親友に呆れつつ、“ケビンお兄ちゃん、俺にも一振りいただけないでしょうか!!”と思わずにはいられないのであった。
本日一話目です。