転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第826話 辺境男爵、注文の品を受け取りに行く

今より三か月前、バルカン帝国はドラゴンによる襲撃を受け、帝都ドンヌベルクは強制的に五十キロメート南下した街ラーグシャルトの隣に移転させられ、国土は巨大な渓谷により南北に分断された。

これはドラゴンによる報復行動であり、人類全体に対する警告であった。ドラゴンは分断した北部地域をドラゴンの領域とすることを宣言、バルカン帝国の介入が行われた場合国を亡ぼすとして、王都跡地に“星降り”の奇跡を起こしてみせた。

 

これに対し皇帝バレシュタイン・リヒテンブルグはドラゴンの要求を受諾、バルカン帝国北部地域を自治領とし、各都市の自治権を承認した。

この決定は直ぐさま魔道具を通じ各都市の行政官ならびに統治貴族へと知らされた。

地形を変える程のドラゴンの報復、皇帝バレシュタイン・リヒテンブルグの突然の決定、バルカン帝国は国内全土が大混乱に陥る、そう思われていた。だがその心配は杞憂に終わることとなった。

 

東部方面作戦参謀長イワノフ・ユーリビッチはダイソン公国との戦闘を終結させるや直ぐさま東部方面軍をスロバニア王国との国境付近に展開、帝都の混乱に乗じスロバニア王国軍が侵攻を開始する危険を未然に防ぐ事に成功した。

皇帝バレシュタイン・リヒテンブルグは帝都の現状を調査させ、可能な限りのインフラ整備を行いつつラーグシャルトと融合した形での新帝都建設を決定、帝国幹部たちはその決定に従い新帝都を中心とした新たな交通網の建設と都市復興に着手した。

 

自治領とされた北部地域ではタスカーナ地方特別行政官ホーネット・ソルティアが中心となり、各都市の行政官を取りまとめた形での自治領政府を樹立、各貴族領を経済協力という形で引き入れ、最小限の混乱でドラゴン領域の安定化を図ることに成功した。

またホーネット・ソルティアは北部地域に派遣されていたバルカン帝国北部方面軍並び国境守備隊に接触、分断された南部へと帰還を望む者に対し海上輸送による帰国を提案。北部地域に残る者に関しては自治領政府に組み込む事で話を付けるのだった。

この帰還事業はバルカン帝国政府の協力のもと行なわれ、南北分断から三カ月たった現在では帰還希望者の三分の一が帰還を果たす成果を示していた。

 

「うん、タスカーナ地方は南北分断の影響を感じさせないね。もっと混乱が起きてもおかしくないと思ったんだけど、住民はこの事態をいたって冷静に受け止めたって事なのかな?

一応ドラゴン領域になったんだってことをアピールするために、大福とシャロンには定期的に空を飛んでもらっているんだけど、別段何かをしようって訳じゃないしね。

でも今度どこかにドラゴンの塒でも造った方がいいのかな? 一応ドラゴン領域だし」

 

未だ続くタスカーナ地方の建設ラッシュ、国を分断され北部地域で新たな経済圏の確立を余儀なくされたドラゴン領域在住の皆さんですが、一国として余裕で成り立つくらい広いんですよね、ココ。

農業を中心とした地域や商業都市、海運の盛んな湾岸部も完備、何の問題もございません。

懸念材料としてはこのどさくさに覇業に乗り出す御仁が出ないとも限らなかったんだけど、その辺はホーネット・ソルティア卿の根回しが効いていたのかあっさり自治領政府が樹立。

あの人マジで何者? 俺が与えたヒントなんて微々たるものよ? あんな曖昧な言い回しでただ不安を煽っただけだってのに、何でこんな事出来ちゃうの? いくらバルカン帝国国内の民度が高いからって、ちょっと異常じゃね? 意味解らん。

 

在りし日の記憶では大災害にあったにもかかわらず略奪行為に走らない国民性を海外メディアに褒めちぎられてたって思い出があるけど、国が崩壊してもおかしくないような状況にあって内乱すら起きないバルカン帝国ってマジヤバだと改めて思い知らされた感じです。

一応混乱が収まり易いように住居や財産を失わないよう気を使ったけれども、人命も可能な限り救いましたけれども、でもね~。

俺は残月とトライデントを引き連れ元気な客引きの声が響く商店街をそぞろ歩きます。

 

「マスター、どうやら迎えが来たようです」

トライデントに声を掛けられ指し示された方を向けば、いつぞやのメイド喫茶の本格執事さん。馬車の前で一礼って、どんだけ情報網が出来上がってるのよ。

俺はにこやかに笑みを浮かべつつ「お迎えご苦労様、今日は注文の品を受け取りにきたからそのように手配を頼むよ」と声を掛け、残月、トライデントと共に馬車へ乗り込むのでした。

 

――――――――――

 

“ガタガタガタガタガタガタ”

馬車に揺られること暫し、到着した場所は街の中心街にある行政関連の建物が集まった区画。開かれた扉の向こうには大きな建物が聳え、これからお堅い話が始まることを予感させます。

 

・・・そうか、今日はメイド喫茶じゃないのか。

あれはあれでいいものだとちょっと癖になりかけていただけに少し残念。今度は毒入りじゃないパンケーキやフワトロオムレツを出して貰えると思ってたのに、これは任務と己に言い聞かせてなんちゃってメイドに成り切るお姉さん方を見るのはかなり楽しかったです。

 

「こちらへどうぞ」

執事さんに案内されて向かった先は重厚な扉の一室、部屋の中には執務机に向かい大量の書類と格闘するホーネット・ソルティア卿の姿。

 

「すまない、お越しいただいておきながらこのような事を言うのは心苦しいのだが、こちらはかなり立て込んでいてね。少しだけ時間をいただけないだろうか?」

書類から顔を上げ頭を下げるソルティア卿に「どうぞお構いなく」と答える俺氏。

今回タスカーナ地方を訪れた目的の一つ、その後のタスカーナ地方の様子の観察は既に済んだのでこっちとしてはそこまで急ぎじゃないんですよね。それに変態研究員がまだ来てないみたいだし、それまでゆっくり時間を潰すって方向で。

 

俺は執事さんに勧められて着席、残月とトライデントは俺の背後に控える模様。出された紅茶とクッキーを摘まみながら待つこと暫し、騒がしい話声と共に待ち人がやってまいりました。

 

「やぁやぁやぁ、めんごめんご、お待たせしちゃったかな? ちょっと頼まれ物の作製に没頭しちゃってたもんで、切りのいいところまで中々終わらなかったんだよ~、許してちょ。

それとあれだよね、例の結晶体。マジであれって何なの? これまでの魔力結晶と違って薄く削ることも可能って、しかもしっかり機能するって意味解らない。

だもんでとりあえず限界に挑戦してみました」

そう言い白衣のポケットから無造作に四角い結晶体を取り出す天才魔導研究員ケトル嬢、その漆黒でありながら透明感を感じさせる物体には、これまでになかった複雑な文様がびっしり刻み込まれています。

 

「基本的な使い方はこれまでの魔力結晶と同様、様々な魔導機器の制御装置って事なんだけど、セシリアちゃんに組み込まれている生活支援機構N903の数段階上、これ一個で一つの国を余裕で管理できちゃうんじゃねってくらいの化け物になってるはずだから。 

噂でしか知らないんだけど、冒険者ギルドや商業ギルドのギルドカード機能を総合管理しているっていうアーティファクトにだって負けないと思うよ? もっともあれは古代魔法王国で使用されていた個人認証カードの仕組みを、大昔に現れた異世界転生者が解析して組み上げたトンデモ機構らしいけどね。 

知ってる? この世界の他にもさまざまな文明を持った世界が存在してるって。バルカン帝国でも異世界転生者らしき人物がたまに発見されるらしいんだけどね、今の世の中じゃ考えも付かないような技術や発想を持ってる有用人物って事で国で保護する事になってるらしいんだけどってヤベ、これって国家機密だったわ」

 

“ブホッ”

この馬鹿、話の流れで国家機密暴露してんじゃねえよ! 俺の命がデンジャーだろうが!!

俺は慌ててホーネット・ソルティア卿に目を向ける。何か頭を抱えていらっしゃいますが、直ぐに室内の者全員に「今の話は聞かなかったって事で頼む」と指示を出されるのでした。

俺は背後の残月にお茶の準備を頼みます。ここは聖茶といきたいところだけどソルティア卿は悩む事も仕事みたいな人ですからね、敢えて気持ちの落ち着くマルセル茶で。

 

「ソルティア卿、これはホーンラビット伯爵領の特産品であるマルセル茶になる。気持ちを落ち着け物事を深く考えるのを助ける作用がある、よかったら飲んでみて欲しい」

そう言い残月が入れてくれたお茶を一口、周囲には爽やかな若葉の香りが広がります。目の前の空気を読まない御仁が「私も欲しいんだけどな~」とか言ってるのでメイド喫茶の執事さんにマルセル茶の茶葉を進呈、一度鑑定してから使用してもらう事に。

これはこちらには敵意はありませんよといったアピールですね、変態研究員を害するつもりは端からありませんが。

 

「はぁ~、なんか落ち着くね~。やっぱり緑茶はいいよね~。これで団子があれば最高なんだけどね~」

「団子はないけど蒸し饅頭ならあるぞ? ちゃんと小豆を使った奴だ。蒸したてを時間停止機能付きの収納に入れてきたから出来立て熱々だぞ?」

俺の言葉にクワッと目を見開くケトル。こいつってば端から隠す気ゼロだよな~、一応国家機密人物じゃないの? これでいいのかソルティア卿。

 

“コトッ”

収納の腕輪から取り出したお皿には蒸したて熱々のお饅頭が三つ、速攻でお饅頭に手を伸ばし頬張るや「アチチ、旨、熱、セシリアちゃんお水ちょうだい!!」と騒ぎ立てるケトル。俺がコップに冷えた魔力水を入れて差し出すと、ゴクゴク飲んで「プハ~、この水も旨!?」とか言ってる自由人。

ソルティア卿が大きくため息を吐く中、執務室のテーブルでは変態研究員ケトルがお茶とお茶菓子を抱え一人大騒ぎを続けるのでした。

 

「お待たせした、それとうちのケトルがすまなかった。マルセル茶はありがたくいただく事としよう」

そう言いカップに注がれた緑茶を口にするソルティア卿、その表情には執務とは関係ないところの疲れが窺えます。

うん、お父さん頑張れ。

 

「すんませんしたー、緑茶とお饅頭に興奮し過ぎましたー、どうかお許しください!!」

そんなソルティア卿の隣には床に正座させられ人造メイドのセシリアに監視される変態研究員の姿が。周囲の者が一切この状況に反応しないっていうね、もう慣れっこなんだろうな~、お疲れ様です。

 

「ところでワイルドウッド男爵って転生者? 緑茶や蒸し饅頭を作るって凄くね?」

そして舌の根も乾かぬうちにぶっ込んでくるこの精神性、これが天才の天才たる所以なんだろうか。

 

「あぁ、これらはエイジアン大陸の東方の島国扶桑国から伝わったものだな。マルセル茶は茶の実を手に入れてな、ホーンラビット伯爵領で栽培に成功したものだ。現在は扶桑国から来た鬼人族の親子がお茶農家として働いてくれている。

蒸し饅頭は扶桑国に行って買ってきた物だ。扶桑国はいいぞ? オーランド王国にはない調味料や料理に溢れている。今年からオーランド王国南部のリットン侯爵領で扶桑国から取り寄せた種籾を使い米という穀物の実験栽培を始めたところでな、ついこないだも収穫した米を使って試食会を行ったところだ」

 

“トンッ”

テーブルに出した物は一杯の丼、それは扶桑国の醤油・砂糖・米酒・昆布だし汁を使い味付けをした、コッコ卵のカツ丼。

 

“ジュルッ”

口元から滝を流しながらも保護者(セシリア)に取り押さえられ身動きの出来ない獣、内なる咆哮が鳴る鳴る。

 

「ソルティア卿も大変ですな。異世界転生者、特に“日の本”、“大和”、“日本”と呼ばれる国の出身者は食に貪欲と聞きますから。

この料理は丼物と呼ばれる扶桑国で親しまれている調理法の米料理ですが、この“カツ丼”は転生者からの知識で再現した異世界料理となります。

流石に扶桑国の調味料は我が領でも再現出来てはいませんが、いずれは味噌とたまり醤油を再現すべく日々研究を続けているところです。

それと甘味ですが、ソルティア卿もご存じの暗黒大陸魔国では、シュガールという植物系の魔物から甘味を採取しているとか。隣国ヨークシャー森林国では甘木汁という甘味もあります。

歴史的な背景からヨークシャー森林国との直接取引は難しくともオーランド王国経由での間接取引であれば可能かと。ダイソン公国経由でご連絡いただければお力になれるやもしれませんな。

なに、我々は平和な世の中を望んでいる、ただそれだけですよ」

そう言いニヤリと笑うと、それだけで顔を引き攣らせるソルティア卿。頭のいい人は勝手に先読みしてくれるから楽だな~、何か壮大な物語を作り上げてるんだろうな~。

俺はカツ丼の丼に蓋をすると、ソルティア卿の次の言葉を待つのでした。ケトル? なんか床で涙と涎を流しながら唸ってます。ちょっと人にはお見せ出来ない姿ですね、うん。

 




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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