転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第828話 転生勇者、冬期休暇を迎える

「私たちは皆女神様に見守られています。女神様を信じ、女神様と共に在る事、それこそが私たちが幸せな人生を送る唯一の道なのです。

さぁ、共に祈りましょう、王都教会はいつでも皆様の訪れを歓迎いたします」

 

多くの人々が冬の備えを求め、王都の商店街を巡る。食料、薪、衣類、物流の盛んな王都であれば冬になったからといって物がなくなるという事はないものの、備えあれば患いなしといった気持は、誰しもの心に宿る思いなのであろう。

更に言えば夏に起きたドラゴン襲撃事件、王都の人々は心の底から恐怖し、自身の生活が決して安全なものではないという事を心に刻み付けられた。

国王ゾルバ・グラン・オーランドの安全宣言や、王都教会での教皇ベルトナ・オーランドが説く女神様の教えにより人々の混乱は鎮まりをみせたものの、恐怖の思いが深く心に根付いたのは当然の事であったといえるだろう。

 

そんな王都民の心の支えとなったものは王都教会の司祭やシスターが街角で説く女神様の教えであり、ドラゴン襲撃事件を通じ多くの人々が深い女神教信者となった事は仕方のない事なのであった。

 

「エミリー様、アリス様、共に王都教会に赴き女神様に祈りを捧げましょう。王都の人々の不安は未だ拭い去られておりません、冬期休暇中は私たちが交代でお手伝いに参りますので、奉仕活動により人々に希望の光を与えてあげてください」

「エミリー様、アリス様、王都の人々ばかりではありません。オーランド王国中の民が不安に苛まれているのです。国民を、オーランド王国を救う事が出来るのはお二人しかいないのです!!」

 

学園とは才能ある庶民と高貴な血を引きし貴族との出会いの場であり、多くの貴族令息令嬢が集う社交の場。そんな学園も冬場の社交シーズンに入れば休みとなり、高貴な血を引きし貴族令息令嬢はそれぞれの家へと帰っていく。

王都に屋敷を持つ多くの貴族は王都屋敷に残り王都で開催される様々なパーティーや夜会に参加し、家同士の繋がりを強める為に奔走する。

 

王都学園に在籍する聖女エミリー・ホーンラビット伯爵令嬢は辺境ホーンラビット伯爵領の次女であり、新参貴族であるホーンラビット伯爵家は王都に屋敷を持たず、冬期休暇にはオーランド王国北西部の自領に一月掛けて帰郷するという。

聖女アリス・ブレイク男爵令嬢は領地持ちの男爵家出身であり、当然のように王都に屋敷など持たず領地へ帰ってしまう。

聖女二名を自らの陣営に引き込みたい、そうした思いを持つ中央貴族たちは自分たちの子供に思惑を託す。

“聖女エミリーと聖女アリスを王都教会に繋ぎ止めよ”

貴族家において当主の命令は絶対である、その当主から思いを託され否やと唱える者はいない。

かくして冬期休暇目前の王都学園では必死とも言える引き止め工作が行われていたのであった。

 

「大変申し訳ありません。ですが私は聖女である前にホーンラビット伯爵家の者、当主ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下が帰郷を望む以上その思いに従うは貴族家の者としての務め。

皆様のお気持ちは大変うれしく思いますがお応えする事は出来ません」

 

「すみません、皆様の王都民を助けたいという御心はとても美しく高潔な思いであるのでしょう。ですが私はブレイク男爵家の者であり、私が最優先とすべきはブレイク男爵領の領民なのです。

現在ブレイク男爵家ではビッグワーム農法を取り入れ農地改革に取り組んでいます、私はそんな領民たちの助けになりたいのです。これはブレイク男爵領とブレイク男爵家の問題、他の者では代わりとはならないのです。

皆様も高貴なる貴族家の血を引く者として私の思いはお分かりいただけると思います」

 

だが彼女たちが盾とした言葉は理想論や主義主張などではなく、貴族としての現実。自分たちが貴族であることを捨てる事の出来ない中央貴族の令息令嬢にとって、否定する事の出来ない常識的な言葉。聖女たちの言葉を否定する事は自らの行動そのものを否定する事に繋がってしまう彼らに、聖女たちを引き留める事は出来なかったのであった。

 

「エミリー、素晴らしかったよ。ケビンお兄ちゃん直伝“正論パンチ”、腰の入ったいい正論だったよ」

「エヘヘへ、ジェイク君に褒められちゃった。この前ジェイク君がエミリーを助けてくれた時の事を思い出して、どういう言葉がみんなに効くのか考えてきたの。

“相手の立場になって考える、その上で角度を変えると相手の弱点が見えてくる”、ケビンお兄ちゃんの教えは本当に私たちの助けになってるよね」

 

明日から冬期休暇に入るっていうのに必死になって引き留め工作に走る下級生、同級生や上級生も混じっているけど、彼らは一歩引いてモブと化してるんだよな~。こっちと目が合うとそっと視線を逸らすし。

同級生や上級生の親は俺やエミリーの事は知ってるはずなのに、断るに断れない柵があるのか、はたまた時流に乗って躍進したい野心があるのか。

軍閥貴族が悉く力を失い、王都貴族社会は国王派の貴族と中央貴族の二極分化が進んでいる。その中央貴族勢力内に隠れるように存在するのがアルデンティア第四王子殿下派閥。一応中央貴族勢力に属しているように見せかけて、その実第三勢力を築いているっていうところが上手い。

王都学園内では順調に裏工作を進めて勢力を拡大しているし、あの時モブに徹していた生徒の家も、秘かにアルデンティア第四王子殿下派閥に鞍替えしてたりするんだよな~。

 

「でも何か勧誘が凄いんだけどどうしたんだろうね? 確かにドラゴン襲撃事件で王都の人たちが恐怖に怯えて象徴となる支えを欲しがっているってことも分からなくはないんだけど、それだけじゃないような気がして仕方がないの」

「おそらくは教会内の勢力争いが激化してるんじゃないかな? エミリーも王都教会で教皇様と何度か顔を合わせたでしょう、多分次の教皇の座を狙う枢機卿様方がエミリーとアリスを自分たちの陣営に引き込みたいと思っていて、中央貴族の人たちはそんな枢機卿たちに貸しを作りたいんだと思うよ?

今やオーランド王国内で教会の発言力は絶大なものになっているからね。王家も頑張ってはいるけど、ブライアント第二王子が造反を図ったって話とドラゴンの卵を王都に持ち込んだって話が尾を引いてるしね」

 

俺の言葉に「でもドラゴンの卵を持ち込んだのはバルカン帝国の工作員なんでしょう?」と疑問を口にするエミリー。残念ながらエミリーみたいに純粋な者は少ないんだよね。

 

「うん、たしかに王家からの発表だとそういう事になっているね。でも実際に起こった事実だけを見ると、王都にドラゴンが現れて王城だけを襲って帰っていったって事になる。

つまり王家とドラゴンとの間で何らかの問題が起きて、ドラゴンを怒らせたって事だね。そんな見方をする人たちにしたら、王家の発表はただの言い訳か誤魔化しにしか聞こえないんだよ。

ドラゴンの卵もバルカン帝国の工作員も実際に見た訳じゃないし、証拠として見せられたとしても、そこに説得力は見いだせない。これが実際に王都へバルカン帝国の兵が攻め込んできたって事になったら別だろうけど、そこまでの事態にならないと王家に対する疑いは払拭する事が出来ないんだよ。

 

でもドラゴンは違う、実際に目にしたしとんでもない威圧が王都全体を襲った。そんな状態でも自分たちは生き残る事が出来た、王都教会の人たちが熱心に“私たちは皆女神様に見守られている。女神様を信じ、女神様と共に在る事が私たちが幸せな人生を送る唯一の道だ”って言ってるでしょう?

ドラゴンの恐怖に晒された人たちはこう考える筈だよ、“自分たちが助かったのは女神様に選ばれた民だからだ、自分たちは特別なんだ”ってね。そう思う事で自尊心を保とうとするんだよ。

そう仕向けているのが王都教会の枢機卿一派で、そんな彼らと手を結んでいるのが中央貴族派閥。王都貴族社会では再び中央貴族の発言力が増大しているんだと思うよ?」

 

俺の言葉に「ジェイク君、早くマルセル村に帰ろう」と言い出すエミリー。そうだよね~、こんな状態の王都にいたら碌な事になりそうもないもんね。

俺は焦るエミリーを宥めつつ「一緒に帰郷の挨拶でもしに行こう」と誘い、アルジミールやロナウドたちの下に向かうのでした。

 

――――――――――――――――――

 

「それで、ボルグ教国は何と言ってきているのかな?」

「はい、“女神様の奇跡を賜った聖地は我ら女神様の信徒が管理すべきである。ボルグ教国正教会はオーランド王国教会と手を取り合い聖地の管理を行いたい”と。

具体的には聖地の存在するホーンラビット伯爵領マルセル村を教会の管理地とすべく王家に働きかけて欲しいとのことです」

 

王都教会の大聖堂、大聖堂に隣接する建物に設けられた教皇執務室で配下の枢機卿から報告を受け、教皇ベルトナ・オーランドは大きなため息を吐く。

昨年の冬にオーランド王国へやって来たボルグ教国の大聖女イブリーナ・ボルグは、ボルグ教国の複数の聖女に下された神託の真意を確かめるべく調査に赴いたと告げていた。“北の大地、厄災の種誕生せり”、厄災が発生しているであろうとして異端審問官が向かった土地、そこがマルセル村であった。

 

「“女神様の奇跡を賜った聖地”、言い方はどうであれマルセル村にある“祝福されし礼拝堂”を手に入れたい、そういう事なのでしょう。

これまでも世界各国に様々な聖地と呼ばれる場所はありました、ですがこれほどまでに明確に女神様が己の存在をお示しになった建物は存在しない、ボルグ教国の者たちが聖地と讃える気持ちも分からなくはない。

ですがボルグ教国の者たちは忘れているのでしょうか、マルセル村には異端審問官たちが「どれを以ってして厄災の種としてよいのか分からない程、あの地には多くの力が集まっていた」との報告を残すほど様々な力が集まっているという事を」

ベルトナ教皇は再びため息を吐き執務机の引き出しから取り出した最新のマルセル村に関する調査報告書に目を通す。

 

「教皇猊下に申し上げます。現在多くの枢機卿が王都の街角や周辺主要都市に司祭やシスターを派遣し、王都のドラゴン襲撃事件の例を上げ、我々オーランド王国の民は女神様に選ばれた民であると錯覚させるような話を聞かせております。

各都市の教会はもとより王都教会でも礼拝に訪れる信者の数は増え続けており、枢機卿たちの発言力は日増しに強くなっております。

そのような状況に於いて、マルセル村の“祝福されし礼拝堂”を手に入れようという動きもまた強まっているものかと。

マルセル村に危険な魔物が多くいるといわれても実際にその魔物たちが暴れたという事ではありません。ホーンラビット伯爵領はビッグワーム農法をはじめとした様々な産業を起こし辺境の地としては異例の発展を遂げている、そのような場所が危険であるはずがない。

多くの者たちには魔物の危険性よりもホーンラビット伯爵家騎士団の勇猛さが印象として残っている事でしょう。

人であれば女神様に仕える自分たちが恐れるものではない、女神様を信仰する信徒として“女神様の奇跡を賜った聖地”を差し出すべきである。そのように考えているのやもしれません」

 

意見を述べた後恭しく一礼をする配下に、“そういう問題ではないのだが”といった複雑な視線を向けるベルトナ教皇。

 

「春先に王都教会に立ち寄りマルセル村の調査報告を行ったボルグ教国異端審問会の者たち、あなたもあの場にいたはずです。あの土地は本当に危ないのです、王家が恐れているのは何もあの土地に生息する魔物だけではない、全ての物事の中心人物にして黒幕、ケビン・ワイルドウッド男爵。王家が最も恐れ警戒する人物、マルセル村発展の功労者」

「はい、あの時の異端審問官の報告は覚えています。そして多くの枢機卿たちが声高に<創造神の加護>を賜ったケビン・ワイルドウッド男爵の排斥を叫んでいたという事も。彼らの抱いた敵愾心、自分たちを差し置き教会関係者でも何でもない辺境の男爵が創造神様から加護を賜っているという事実が、どれほど衝撃的であったことか。

嫉妬はやがて恨みとなり、そこに欲望が加わった。この後どういった事態が起きるのかは考えるまでもないでしょう」

配下の言葉に考え込むベルトナ教皇、そしてしばらくの沈黙の後口を開く。

 

「ルビアン枢機卿を呼んできてください。今後の事で意見を聞きたいと伝えればすぐにでもこちらに来る事でしょう。あの者はこの手の問題には非常に鼻が利きますからね」

そう言い悪戯そうな笑みを浮かべるベルトナ教皇に、恭しく一礼をし執務室を下がる配下の枢機卿。

 

「さて、どうなる事だか」

ベルトナ教皇はポツリと呟くと、再び最新のマルセル村報告書に目を向けるのだった。




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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