“ガタガタガタガタガタガタガタガタ”
王都学園の正門前に集まる多くの馬車。
各地から集まった高位貴族令息令嬢は、社交シーズンを迎える冬期休暇を前に、暫しの友との別れを惜しむ。
「ロナウド、元気でな。この後ダイソン公国に向かうんだろう?」
「あぁ、ダイソン公国はバルカン帝国の侵攻やドラゴンの襲来の影響で国民に不安が広がっているらしいからな。
俺がアイリスの下に向かう事で、ダイソン公国とテレンザ侯爵家の間に深い繋がりが結ばれていることを国民に示す事が出来る。テレンザ侯爵家は南西部貴族連合の盟主、その発言力も大きい。そのことはダイソン公国の安定に一役買う事になるだろう」
ロナウドはそう言うと、「俺なんかよりジェイクの方が大変なんだ、頑張れよ」と肩に拳を当ててくる。
ロナウド、出兵でもするの? 発言が十四歳の青年のものじゃないよね? これって高位貴族令息なら当たり前なの? アルジミールにしろロナウドにしろ、とても同い年には思えないんだけど?
今日の終業式を以って王都学園は冬期休暇に入ります。高位貴族令息令嬢が通う王都学園の生徒の多くは王都屋敷に残り社交に励むようですが、一部の生徒は領地に戻り家の手伝いや周辺貴族との顔繫ぎに走るようです。
かくいうホーンラビット伯爵家令嬢のエミリーも本来であれば近領のグロリア辺境伯領や周辺の貴族家にご挨拶に向かわなければいけないのでしょうが、ホーンラビット伯爵閣下からそうしたことは気にしなくてもよいとのお達しが。
ホーンラビット伯爵閣下曰く、「大人しくしていることが一番」とのこと。
一年戦争で“聖者の行進”などと言われ名が売れてしまったホーンラビット伯爵家が下手に外交に気を使うと、その事に過敏に反応する貴族家が多いんだとか。どれだけ恐れられているんだ、ホーンラビット伯爵家。
「辺境の蛮族は辺境の引き籠り集団、貴族の付き合い方も知らない田舎者と侮られているくらいで丁度いいんだよ。下手に中央に引きずり出されてもいい事がないしね」とはホーンラビット伯爵閣下のお言葉。“のんびり豊かに”がホーンラビット伯爵家の基本方針とのことでした。
「ロナウド、ジミー、ジェイク、お前たちも今から領地に帰るのか?」
「やぁ、アルジミール。ロナウドはダイソン公国に向かうそうだ。俺たちはマルセル村に戻ることになっている。
アルジミールは王都でスロバニア王国の使者としての仕事か?」
声を掛けてきたのはスロバニア王国からの留学生アルジミール。アルジミールの場合そう簡単に家に帰るってわけにもいかないだろうし、王都で外交に奔走するんだろう。
コイツも十四歳、これが十四歳。この世界の十四歳って半端ない。
「それもあるんだが、今度の春にフレアリーズ第五王女殿下がご卒業を迎えるからな、その準備やらが色々とな。フレアリーズ殿下はご卒業とともに王家を離れ新たに公爵家を立てられることとなる、そうなると揃えなければならない物ややらなければならないことなど事前準備が多くてな。俺はその手伝いだな」
「ロナウドにしろアルジミールにしろ、なんか大人。お前らと会話していると自分がどれだけ周囲に守られた子供なのかがひしひしと伝わってくるわ」
友人たちがすでに結婚を前提にしながら自分の立場を理解し社会の一員として動いている話を聞くと、妙な焦りがですね。前世で言えば俺たちって多感な中学二年生なんだけどな~。あの頃は同級生の女子の話題で盛り上がってる程度のおバカさんだったような記憶が、何だこの落差は。
「ジェイク、これは立場の違い、目指すべきものの違いだ。ロナウドとアルジミールはそれぞれ背負うべきものを見定めて行動している。二人が進んでいるのは貴族としての信念と為政者としての責任を果たそうとする道。それは立派であり、そうした者が国や民の生活を支えている。
俺たちが目指すのは世界を渡り歩く冒険者の道、様々な土地で様々な出会いや冒険を繰り返す旅人の道。
どちらがいいとかどちらが優れているといったものじゃない。互いの進む道が違う、選んだもの、目指すものが違う、ただそれだけだ。
焦ることはない、俺たちがまだまだ未熟だって事は嫌ってほど思い知ったばかりだろう?」
そう言いニヤリと笑うジミー、こいつってば本当にジゴロ、欲しい言葉をスッと提供するんだもん。この調子で色んな土地の女性を翻弄し続けるんだろうな、俺はそのフォロー係と。・・・フィリーとディア、クルンさんにはジミーの手綱をしっかりと握ってもらわないと。
「そういえばエミリーたちはどうしたんだ? また下級生たちの勧誘に捉まってるんじゃないのか?」
「エミリーたちはラビアナお嬢様のところにいってるよ。去年は一緒にマルセル村に向かった仲だからね、離れがたいものがあるんじゃないかな」
俺の言葉に顔を寄せ小声で話すアルジミール。
「ラビアナはジミーにぞっこんだったんじゃないのか? この冬期休暇も一緒に過ごすとか言い出さなかったのか?」
「それがラビアナお嬢様、アルデンティア第四王子殿下の手伝いで社交界に顔を出さないといけないらしくてさ。このところまた王都貴族社会が面倒なことになってるだろう? アルデンティア第四王子殿下も派閥の結束を固めるために大変らしいんだよ。
パーティーにラビアナお嬢様が顔を出す事で派閥の者の安心感が違うらしいんだよね。あそこって隠れ国王派だから」
俺の言葉に「あぁ、そういう」と納得の呟きを零すアルジミール、本当にお貴族様は大変でございます。
“ガタガタガタガタ”
「ジェイク、ジミー、待たせたな。エミリーお嬢様はどうした? 一緒じゃないのか」
「あっ、グルゴさん、今呼んできます。それじゃロナウド、アルジミール、またな、春に学園で」
正門前の馬車の列が進み、ホーンラビット伯爵家からの迎えであるグルゴさんとギースさんが顔を見せました。
「あぁ、ジミーとジェイクも元気でな。ジェイク、死ぬなよ」
「二人とも、春に学園で会おう。ジェイク、逃げることは決して卑怯なことじゃないぞ?」
「お前ら止めろ? 俺をいじめて楽しいか?」
「「うん、凄い楽しい。大丈夫、なんやかんや言ってジェイクの耐久力は化け物級だから」」
「扱い~~~!!」
笑い声を上げながらそれぞれの迎えの馬車に去っていくロナウドとアルジミールたち。野郎同士のくだらない会話、何かこんな感じも悪くない。
俺は友との再会を誓いつつ、エミリーたちを呼びに正門を潜り校舎へと向かうのだった。
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「ネイチャーマン先生、これからお帰りですか?」
王都学園の終業式が終わり、生徒たちは長い冬期休暇に入る。私たち教職員もこの冬期休暇を利用し論文をまとめたり新しい研究に着手したり。
学園長からは何故か名目講師であるはずの私にも論文の提出が求められてしまいました。
他の講師陣がそれぞれ研究成果を発表している以上、何も発表しないのはおかしいと指摘されれば断る訳にもいかず、何を研究テーマとすべきか頭を悩ませている今日この頃です。
「はい、冬期休暇は両親の下で生活する家族に会いに行くつもりですので、帰ってから荷造りを。ロックケイプさんは独り暮らしとお伺いしましたが、休暇は取られないのでしょうか?」
臨時教務棟に向かう私に声を掛けてこられたのは、清掃員のオータム・ロックケイプ嬢。今年から王都学園に勤務され、困っている生徒の相談に乗ったりと、生徒たちから秘かに信頼を集めている縁の下の力持ち的な女性です。
「ハハハハ、私は清掃の仕事がありますので、特に休暇は。授業が休みとはいっても、学生寮には学園に残る生徒もいますので、仕事がなくなるという事はないんですよ」
そう言い頭を掻くロックケイプさんに、「お疲れ様です、頑張ってください」と声を掛けます。
「そうだ、事務所の職員さんがネイチャーマン先生を探していると伝えにきたんでした。紹介できる住宅の資料が揃ったとのことで、顔を出してほしいとのことでした。
それでは私はこれで」
「わざわざありがとうございます、早速向かわせてもらいます」
ロックケイプさんに礼をすると、その足で事務所へと向かいます。単身用の手ごろな住居、学園の紹介であれば治安のよい場所の住宅もすぐに見つかるだろうと思ってのことでしたが、思いのほか早くに候補地が見つかったようです。
「こちらが学園側から紹介できる物件となります。王都学園の教職員ですと賃貸だけではなく購入も可能となりますので、よくご検討ください」
「はい、ありがとうございます。一度現地に赴いてから決定したいと思います」
私は職員に礼をすると、渡された資料を持って事務所を後にするのでした。
「こんにちは、王都学園からの紹介で伺いましたビーン・ネイチャーマンと申します」
その後私が向かったのは資料に書かれていた不動産商会、借りるにしろ購入するにしろ実際の物件を見てみないことには話になりません。
「王都学園講師のビーン・ネイチャーマン様ですね、お話は王都学園の方からお伺いしております。単身用の住居をお探しとのことで、資料は王都学園事務所にお送りさせていただいておりましたが、ご覧いただいておりますでしょうか?」
「はい、よさげな物件をご紹介いただきましてありがとうございます。やはり何も知らない状態で不動産商会を巡るよりも王都学園という後ろ盾があったほうが安心出来ると思ったものですから、本当に良い不動産商会をご紹介いただけたと感謝していたのですよ。
特に街の治安は、私のような世間慣れしていない者には判断が難しいですから」
私はそう言うと、渡された資料の中からいくつかの物件の用紙を取り出し、詳しい話を聞くのでした。
「こちらが先程商会の方でお話させていただいた一番のお勧め物件となります。近くには商店街もあり買い物には困りませんし、周辺住人も長く暮らされている方が多く治安の面は安心できます。商店街の通りは衛兵の巡回路にもなっていますので、そうした面も安心材料であるかと。
建物は二階建て、一階は来客用として使い二階は居住区、屋根裏部屋は物置として利用可能です」
不動産商会の店員の案内で向かった住居は、街に溶け込んだこじんまりとした建物でした。
「よさげな家ですね、こちらは確か賃貸物件でしたか」
「はい、ですが以前の持ち主が当商会に急ぎの販売を願い出た為、現在は当商会の所有物件となっております。ですので賃貸と販売の両方でご検討いただければと思います」
「因みにお値段はいくらになりますか?」
「はい、賃貸ですと月額金貨一枚大銀貨二枚となります。販売ですと金貨二百三十枚となります。ただし販売の場合ですと建物所有税が年間金貨五枚掛かりますのでご注意ください」
流石王都といったところでしょうか、ですが王都学園講師であれば決して払えない金額ではありません。それにこの建物、少々気になる点がありますので。
「分かりました。場所柄もよく、王都学園へも通い易そうですので、こちらに決めさせていただきたいと思います。契約は年が明けてからという事で一年分先払いという形でいかがでしょう。それと多少内装を変えさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「そうですね、内装の変更の内容にもよりますが建物全体の工事といったものでなければ問題ありません。では店に戻り次第契約書の作成をいたしましょう、本日はご契約ありがとうございます」
こうして私ビーン・ネイチャーマンは、ワイルドウッド男爵家王都屋敷以外に王都内での拠点となる建物を手に入れることになったのでした。
この備えが杞憂に終わるといいのですが、おそらく無駄にはならないでしょう。王都の街並みに広がる喧騒と街角で行われるシスターの説法は、この判断が正しいだろうことを予感させるに十分なものなのでした。
本日一話目です。