その後行われたバストール商会商会長との商談は、いたってスムーズに事を運ぶことが出来た。
「ハハハ、しかしケビン君はとても辺境の村の少年とは思えないな。王都の学園でも君ほど理知的で度胸の座った者など見た事がない、もしかしたら何か事情があって移り住んだ人物だったりするのかね?」
商会長の柔和な笑顔と明るい声音、だがその鋭い眼光は、笑顔とは裏腹に相手の内を探らんと観察の手を緩めない。
「いえいえ、そうした事ではありません。私のこれ迄の振る舞い、話し方や仕草と言ったものは全て我がマルセル村村長代理ドレイク・ブラウンよりの教えで身に付けたもの。普段の私は至って普通の村の子供ですよ。
“全ての物事においてその場に相応しい服装や態度、話し方と言ったものがある。交渉の場において自らの話し方や仕草を変える事は当然であり、置かれた立場に自分を合わせる事は生き残る為に必要な技術なのだ”
私は尊敬するドレイク村長代理の言葉をただ忠実に実行しようとしているに過ぎません。
ドレイク村長代理には申し訳ありませんが、彼が現村長シンディー・マルセルの毒牙に掛かりマルセル村に囚われの身になって下さった事は、私共マルセル村住民にとっての救いでありました。数多くの行商人を村に引き寄せ、冬の餓死凍死者をゼロにした実績は偉業以外のなにものでもありませんから。私は少しでもそんなドレイク村長代理に近付きたいと願う若輩者に過ぎないのです。
これ迄のマルセル村は若者が出て行く一方の寂れ行く村でした。私はドレイク村長代理に協力し、子供たちが村に住み続けたいと思える場所にしたいと願っているのですよ。私の生きる場所は、自然豊かなあの場所しか考えられませんから」
そう言い柔らかな笑みを浮かべるケビン少年に、行商人ドラゴをはじめマルセル村の名代ボイル、バストール商会商会長も何か眩しいものでも見るかの様に目を細める。
「そうか、ケビン君はとても良い出会いがあったのだな。人生において真に尊敬出来る人物に出会うと言う事は難しい、その絆、大切にしなさい」
「はい、ありがとうございます。これからもマルセル村の事をよろしくお願い致します」
少年ケビンはバストール商会商会長に深い礼をすると、今後のより一層の関係強化を願い出るのであった。
「大変良い取り引きをありがとうございました。今後ともマルセル村の特産品及び野菜をよろしくお願い致します」
「いや、こちらこそ久しぶりに気持ちの良い商談を行う事が出来た。今後ともより一層の付き合いをお願いする」
そう言葉を交わし硬い握手をする両者。マルセル村の少年ケビン、バストール商会商会長アベル・バストール、二人は今後長い付き合いになるであろう優良な取引先に、満足気な笑みを浮かべるのでした。
「凄い少年がいたものだな」
バストール商会商会長は去っていく荷馬車を見詰めポツリと言葉を漏らす。
ほんの出来心の様な商談であった。既に概要から詳細迄決定した商談、息子には今後付き合いが増えるであろう取引先との顔繋ぎをして貰えればとの思いから任せた仕事であった。
「ドラゴ、お前にはすまない事をした。お前がこれ迄築き上げて来た信頼を全て壊してしまう様な真似をしてしまった」
「いえ、私もこの様な事態になるとは考えも付きませんでしたから。若が何か失敗しても自分が取り成せばよい、それでどうにかなると高を括っていたのは事実でしたので。ケビン君には痛いところを突かれてしまいました。今回の件はよい勉強をさせて頂いたと胸に刻ませて貰います」
「うむ、私も気付かぬ内に傲慢になっていた様だ、肝に命じなければならないな。しかし惜しい、彼の様な人材は是非とも我がバストール商会に欲しいのだが」
「ええ、本当に惜しい。ケビン君は世に出れば一角の人物に成る事は間違い無いのですが」
溢れる才能、周囲を観察し分析する能力、だがその全てを村の発展に捧げると誓った少年。
バストール商会の者たちはそんな眩しい才能を持つ彼を惜しみつつ、それでも辺境にめげず頑張って欲しいと願わずにはいられないのでした。
「いや~、まさかケビン君があれ程熱い思いを持ってマルセル村の事を考えているとはおもわなかったよ。バストール商会商会長に自分の思いを語るケビン君はとても格好良かったよ、感動した」
カタコトと揺れる荷馬車に乗るマルセル村の一行は、そろそろ教会に到着しそうと言うところ。手綱を握るボイルさんは先程から何やら商談の席での一件を語っておられる様ですが、俺、そんなに深く考えてませんからね?あれってああでも言わないとバストール商会商会長がうるさく勧誘して来そうだったんで牽制しただけですから。
「ん?何やら話しとる様じゃが、ケビンがまた何やらやらかしたのかの?」
「ボビー師匠、人聞きの悪い事を言わないで下さい。俺特に悪さなんかしてませんからね。ただ少しバストール商会商会長とお話ししただけですから。
何か商会長がやたら俺を探って来ていたんで、俺の今があるのは全てドレイク村長代理のお陰だと深く印象付け、俺はマルセル村から離れませんって事を感動的に語っただけですから。
実際村から離れる気は微塵もありませんし、それなりに協力もしてますし、嘘は一切言ってませんよ?ドレイク村長代理の事を尊敬し目標にしてるのも事実ですし、小さい頃から入り浸っていたのも本当ですから。本当に嘘は言ってませんよ?多少印象操作はしましたが。
お陰様で商会長の勧誘も回避出来、尚且つ商談並びに今後の取引先も確約出来たんです。言うこと無し万々歳じゃないですか。
いや~、頭使い過ぎ、お腹ペコペコですって~。教会に行く前になんか食べません?教会前の屋台で美味しそうなものが売ってますし」
そう言いお腹を押さえながら鼻をクンクンさせるケビン。その動作を見たチビッ子軍団のお腹からも”キュ~”と言う可愛らしい音色が響き始める。
「分かった分かった、あれはピタパンに肉と野菜を挟んだものじゃな。ピタパンとは平べったいパンの様なものじゃ、普段食べる硬パンよりかは少し柔らかいかの。ボイルさんや少し待っていてくれるかの、ケビンとジミーは買い物に付き合いなさい」
「「「「はい!ボビー師匠!」」」」
腹ペコモンスターは食べ物の事になると途端素直になる、これは世界が違えども変わらぬ真実なのかもしれない。
「はい、いらっしゃい。おや、お爺さんとお孫さんと言った所かな?今日は教会にお祈りにでも来たのかい?」
屋台の女性は明るい掛け声で三人を出迎える。教会前の屋台は各地から巡礼に来た信者が良く立ち寄る場所でもあった。
「うん、僕教会って初めてなんだ。僕の村には教会なんてないからね。それでね、村長さんが村の為に聖水って言うありがたいお水を買ってくれることになってね、お使いがてら村の子供たちみんなしてお祈りに来たんだ。教会って神様のお家なんでしょ?神様ってどの方なのかな?」
ピタパン売りの女性の言葉にワクワク顔をして答える少年ケビン。そんな彼の様子に笑顔になる屋台の女性。
「あ~、そうだね~、教会って所はね、聖堂に入って一番奥におられる神様の像にお祈りをする事で神様にお伺いを立てたりお祈りしたりするところなんだよ。神様が直接お住まいになられてはいないんだよ。神様はお忙しい御方だからね、こちらからお伺いを立てる場所、それが教会なんだよ。
教会の聖女様と呼ばれる方々には神託により神様が直接お言葉を掛けてくださったり、代わりに大天使様が御声を掛けてくださったりするらしいから、神様はそちらの天界と呼ばれるところにお住まいになられているんじゃないんだろうかね~」
「え~、神様に会えないの~、残念。でもお忙しいのなら仕方がないよね、お仕事の邪魔をしちゃったらお母さんに怒られちゃうもん。それじゃお姉さん、このピタパンの肉野菜包みを、えっと、一、二、三、七つ下さい」
屋台の女性の言葉に残念そうに眉を下げるも、すぐに明るい顔に戻るとピタパンの注文をするケビン少年。そんな彼の様子に、微笑ましそうに笑みを浮かべる屋台の女性。
「フフッ、そうだね、神様のお仕事を邪魔したらいけないね。坊やは偉いな~。そんな坊やにはお肉を一杯入れて上げよう。はいよ、一つ銅貨四枚、七つだから銅貨二十八枚だよ?」
「わ~、お姉さん凄い、どうしてそんなに早く計算が出来るの?僕そんなにすぐに数を数える事なんて出来ないよ」
屋台の女性が瞬時に合計金額を告げた事に指を折りながら驚きを露にするケビン少年、そんな彼に悪戯が成功したかの様な笑顔でネタ晴らしをする屋台の女性。
「ハハハ、嬉しい事を言ってくれるね。おばさんの事を尊敬しちゃったのかな?でも答えは簡単、その柱の所にあらかじめ計算した数字を張り付けてあるのさ。それなら間違う事もないだろう?」
「凄~い、お姉さん頭いいや。もしかしてお姉さんって天使様なの?僕ビックリしちゃった」
屋台の女性が言う通り、柱には商品の品名と個数別合計金額が記されている。単純ではあるがお客様とのトラブルを回避する為の最善を求める工夫に、素直に称賛を送る少年ケビン。
「うんもう坊やったら言い過ぎだよ~、おばさん照れちゃうね~。これ、硬くなっちゃったピタパンだけど良かったら持って行っておくれよ、坊やのおやつにはぴったりだろうさ」
「本当?お姉さんありがとう。はいこれお金、ちゃんと銅貨二十八枚数えられてる?」
「あぁ、丁度だよ。またミルガルの教会に来ることがあったら寄っておくれ」
「うん、絶対寄るね。お姉さん、ピタパン御馳走様でした」
美味しそうなピタパンの肉野菜包みに満面の笑みを浮かべ、落とさない様に注意を払いながら荷馬車に戻るケビン少年。そんな彼を後ろから眺め、開いた口が塞がらないと言った顔のボビー老人と弟ジミー。
「なぁジミーや。ケビンの奴は“都会が恐い”とか“人混みは人酔いしそうだから行きたくない”とか言っておらんかったかの?なんか儂よりもよっぽど手馴れておる様に見えるのは気のせいかの?これでも儂、元白金級冒険者だったんじゃがの」
「ハハハ、僕もケビンお兄ちゃんの事を何も知らなかったんだって改めて思い知らされました。ただの勇者病仮性じゃ説明付きませんよ、どれだけ頭の中で訓練していたんだか。
さっきのだって“都会に行って余計な厄介事に巻き込まれない為の生活術その三”とか言って練習していた話術の一つですよ、多分」
「イヤイヤイヤ、ジミーは十二分にケビンの事を理解しておるからな。おそらくじゃがヘンリーやメアリーさんでもそこまでケビンの事を分かっておらんからな?これからケビンの事はジミーに聞く事にするからほんによろしく頼む」
いくら身内の事とは言え、ボビー師匠より最大級の厄介事を押し付けられ、その甘い面立ちを盛大に引き攣らせるジミー少年なのでありました。(合掌)
本日一話目です。