転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第830話 辺境男爵、王都の偉い人とお話しする

王都に冬が訪れた。オーランド王国の中心よりやや南東部に位置する王都は冬といっても凍える程ではないものの、人々は厚手の衣類や毛皮を着込み、各家の煙突からは白い煙がモクモクと立ち昇っている。

そんな肌がキュッと引き締まるような空気の王都貴族街を、一人の若者が目的の屋敷に向け歩いていく。

 

「こんにちは、ワイルドウッド調薬店のケビンです」

若者が辿り着いた場所は貴族街でも有名なベルツシュタイン伯爵の屋敷。ベルツシュタイン伯爵家は代々王都諜報組織“影”の総帥を務め、“王家の剣にして盾”と謳われる王家を陰で支え続ける一族であった。

 

「あぁ、ケビンか、丁度良かった。執事長が胃腸薬と酔い止めの在庫が心もとないって心配してたんだ、もう少し配達の頻度を増やして欲しいとも言ってたぞ」

「ハハハハ、ご愛顧ありがとうございます、ですがこればかりは。ウチは調薬店とはいっても人を雇っている訳じゃないですし、数を揃えるのは難しいんですよ。なるべくご要望に応えられるように頑張らせてはもらっているんですが。

あっ、これ。俺の奥さんが作った干し芋です、よかったらどうぞ」

若者はそう言うと、肩掛けカバンから紙に包まれた束の干し芋を取り出し、屋敷の裏門を守る兵士に手渡す。顔見知りだろう兵士は干し芋を受け取ると、「もう干し芋の季節になったんだな、一年は早いよな」と言って若者を屋敷内に通すのだった。

 

“コンコンコン”

「失礼いたします。旦那様、ワイルドウッド調薬店のケビン様がお越しになられました」

「あぁ、入ってもらってくれるか」

 

開かれた扉、中は簡素ながらも品の良い調度品が置かれ、部屋の主の気質を現している。

 

「すまないが少し座っていてくれ、ケビンにお茶と茶菓子を」

そこは執務室、屋敷の主ハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵は書類から顔を上げると、「もう少しで一区切りつくからすまんがお茶でも飲んで待っていてくれ」とケビンに声を掛ける。

ケビンは執務机の上に山と積まれた書類の束を見やり、「あっ、お気になさらないでください、急に訪問したのは俺なんですから」と言葉を返す。

 

“偉い人って大変そうだよな~、ウチには優秀な部下がいてくれて本当に助かったわ~”

ケビンは書類の山に埋もれるベルツシュタイン伯爵に同情しつつ、日頃から自身を支えてくれている使用人たちの働きに、心から感謝するのであった。

 

「さて、本当にすまなかったね。そろそろ一年も終わるだろう、年末月は毎年決裁やらなんやらと立て込んでしまうんだよ。これでもベルツシュタイン伯爵家はオーランド王国の公式な諜報機関だろう? 通さなければいけない筋も多くてね」

そう言いゲンナリとした表情をする王都諜報組織“影”の総帥の姿に、在りし日の記憶にあるバッタ顔の変身ヒーローと敵対していた秘密結社幹部もこうした苦労をしていたんだろうかと、子供の夢をぶち壊すような事を想像するケビン。

 

「お疲れ様でございます。オーランド王国の平和を陰に日向に支えてくださっているベルツシュタイン伯爵閣下や“影”の皆さんのお陰で、我々国民は穏やかな日常を過ごすことが出来ていると日々感謝申し上げております」

「そう思うんなら代わってくれない? ケビンなら“影”の後継者として十分だと思うんだけど?」

ベルツシュタイン伯爵はやや食い気味に提案する。その目は真剣で、あわよくば目の前の若者ケビン・ワイルドウッド男爵に全てを押し付ける気満々であった。

 

「う~ん、でもそうなると今俺が抱えている案件をベルツシュタイン伯爵閣下にお願いする事になるんですがよろしいでしょうか? 急ぎのものですと王都に襲来したドラゴンのうち暗雲に消えていった四体のドラゴンと龍騎士、彼らのところに伺って色々お世話をしたりご要望にお応えしたりですかね。それと彼らの仕えるフィヨルド山脈に棲むドラゴンの下に赴いて「あっ、うん。余計な事を言ったみたいだね、こっちのことは私に任せてケビンはドラゴンの対処を頼むよ。いや、本気で頼むよ。オーランド王国を更地にされたら堪らないからね」・・・そうですか? まぁいいんですけど」

どこか納得いかないといった顔で「他にも暗黒大陸の四天王が」とかぶつぶつ言うケビンに「聞いてない聞いてない、私は何も聞いていない」と呪文を唱えるベルツシュタイン伯爵。どこか似たような二人なのであった。

 

「ところで今日はどういった用件なのかな? 緊急の話であればすぐに対処に走らなければならないんだが」

「はい、今日は報告と質問ですかね。先ずバルカン帝国北部地域に関する報告です。

既に情報は入っているかもしれませんが、ドラゴン領域となった北部地域はタスカーナ地方特別行政官ホーネット・ソルティア卿を中心として自治領政府を樹立、独自の経済圏を確立しつつあります。その一環で近々オーランド王国に使節団が送られる可能性があります。この冬の間にはダイソン公国に接触が持たれることになるでしょう。

暗黒大陸の魔国ですが、国内情勢は完全に安定したようです。新しい四天王はまだ決定していないようですが、国王アブソリュートが王妃を迎えたという事で、国民は国内の発展に力を注いでいるようですってどうしました? 俺まだそこまで変な事言ってないですよね?」

 

ケビンの報告、それは近隣諸国の国内情勢についてのこと。だがその内容は決して一地方貴族が知り得ないようなもの。

 

「あっ、うん、いいんだけどね。ケビンはもう隠さない事にしたのかな? “貴族恐い、商人怖い、冒険者怖い、王都、駄目、絶対”だったっけ? ガーネットの報告書には以前のケビンは口癖のようにそう語っていたとあったんだが」

ベルツシュタイン伯爵の言葉に「あ~、そんな事も言ってましたね~」とどこか遠くを見つめながら呟くケビン。

 

「そうはいってもここまで引き摺り出されちゃうとなんとも。大っぴらに何かをしたいって気持ちは今も無いんですけどね、どうしようもない事はある程度諦めて、便利なものは便利に使っていくしかないんじゃないかと。

俺の一番の目的は“マルセル村でのんびり暮らすこと”ですし、周辺国が戦争なんて始めちゃったらそうもいかなくなっちゃうじゃないですか。だから打てる手は打ちまくってるんですけど、上手くいかないと言いますかなんと言いますか。

この頃はワイルドウッド男爵家王都屋敷周辺が常に見張られているようなんですよね。元々王都三大禁足地の一つ“商人街の悪夢”と呼ばれた家ですから注目はされていたんですが、どうもそうした物とは違う。

気になって調べさせたら教会と中央貴族と呼ばれる者たちが怪しい動きをしていたんですよ。ほら、ウチの王都屋敷の使用人って死霊ですから、気配を消して追跡したり相手のアジトに入り込むことが得意なんです。

それでその辺の事についてベルツシュタイン伯爵閣下が何か知らないかなと思いまして」

 

そう言いティーカップを口に付けてからニコリと微笑むケビン。その目には先程までのどこかふざけたような色はなく、ただじっと相手を見定めるような、心の内を見透かすような鋭さが含まれる。

ベルツシュタイン伯爵は背中にじんわりと冷たい汗を感じつつ、表情を崩さず言葉を返す。

 

「これはベルトナ教皇猊下経由で入った情報だが、ボルグ教国がマルセル村を、正確にはマルセル村の“祝福されし礼拝堂”を欲しがっているそうだ。マルセル村を教会の管理地とし、聖地としてオーランド王国教会と共に共同管理しようと提案してきているとか。王都教会から国王陛下に働きかけてほしい旨の書状を送ってきたらしい。

そして問題はその事に賛成する枢機卿が多いという事だ。

春にボルグ教国の異端審問官が王都教会に立ちより“北の大地、厄災の種誕生せり”という神託に対する調査結果を報告していったんだが、その内容は“どれを以ってして厄災の種としてよいのか分からない”というものだったそうだ。

詳しい報告を聞いた枢機卿たちの間からは物事の元凶として“ケビン・ワイルドウッド男爵を処分すべし”との意見も上がったそうだが、異端審問官はケビンの鑑定結果の<創造神の加護>を以ってその考えは早計であると反論したんだそうだ。

枢機卿たちはそのような加護は有り得ないと反発したらしいが、異端審問官が加護を賜った事に関係ありそうな事柄として示したのがケビンが造った“祝福されし礼拝堂”だったって訳だ。

 

ここから先は私の推測になるが、ボルグ教国にしろ王都教会にしろ、聖職者共の頭の中にあるのはケビンに対する嫉妬と反発、それと女神様に祝福された聖地に対する渇望だろう。

奴らはこう考えたんだろうな、“自分たちを差し置いて女神様から加護を賜ることは許されない、女神様に祝福された土地は我々女神様に仕える者たちのモノだ”とな」

 

“カチャッ”

静まり返った執務室、受け皿に戻したティーカップの音がやけに響く。

 

「国王陛下は何と、それと王家の方々は」

「ゾルバ国王陛下は“ホーンラビット伯爵領は自治領であり、我々にマルセル村を勝手に教会へ差し出す権限も無ければ意思もない”としてこの話を完全に突っぱねる方針だ。レブル王太子殿下、アルデンティア第四王子殿下も国王陛下のお考えに賛同されている。ただクロッカス第三王子殿下が教会の考えを支持していてな、“女神様のお与え下さった聖地は我々人類の宝、一地方の礼拝堂として放置していいようなものではない”としてホーンラビット伯爵領を教会の管理地とし、ホーンラビット伯爵家の領地替えを行うべきであると主張なさっておられるんだよ」

 

「領地替えですか、一見いい事を言っているようにも聞こえますがそれって普通に考えてとんでもない話ですよ? 農地を一から作り直すのって大変なんですからね。それで俺たちを一体どこに押し込めようって言うんです? 王家の直轄領なんて言ったら他の貴族家が凄く反発しそうなんですけど」

ケビンの問い掛けに言い淀むベルツシュタイン伯爵。だがしばしの沈黙の後、観念したかのように口を開く。

 

「バルザック伯爵領の先の森を開発する事を許可すると。領地は開発した土地の分だけ認めると」

「はぁ? えっと、失礼いたします、クロッカス第三王子殿下は学園でオーランド王国の周辺地理を学ばれなかったのでしょうか? そこは確か大魔境と呼ばれる広大な森林地帯では? 大森林同様多くの魔物蔓延る特級危険地帯と記憶しているのですが」

そんなケビンの返しに、スッと視線を逸らすベルツシュタイン伯爵。

 

「クロッカス第三王子殿下の主張は、“ホーンラビット伯爵領の者は大森林から王家主催のオークションに出品されるような魔物素材を狩り取ってくる事の出来るような猛者、であればその力を王国のために活かして貰いたい。国土を広げ貴重な魔物素材を集める役目をお願いする事こそ国益に繋がるというもの。オーランド王国の為に尽くす事に否やがあるはずはない”というものであった。

臣下は王家に尽くす、一見何の矛盾もないような主張であり、これまでの王家はこうした考えに染まっていたから否定のしようもない。ゾルバ国王陛下をはじめレブル王太子殿下、アルデンティア第四王子殿下は大反対されていたがな。“お前は国を亡ぼすつもりか、ホーンラビット伯爵家に喧嘩を売るつもりなのか”とな。

クロッカス第三王子の背後に中央貴族と教会勢力が付いていることは確かだし、ボルグ教国もクロッカス第三王子を後押しするだろう。ホーンラビット伯爵家の領地替えの案も中央貴族辺りが考え出した嫌がらせという線が濃厚だ、あいつ等は昔からそんな事ばかりしていたからな」

 

ベルツシュタイン伯爵の話を聞き終えたケビンは、腕組みをし暫し考える。クロッカス第三王子の発言、中央貴族、教会勢力が望むもの、そしてボルグ教国の動向。

 

「・・・ハァ~、“オークの魔王、再び”、ですか」

ケビンが大きなため息と共に漏らした言葉、その言葉にベルツシュタイン伯爵が目を見開く。

 

「ケビン、それは・・・」

「いやだって、条件が揃っちゃってるじゃないですか。国はこれまでも自分たちにとって不都合とされる者や組織を“魔王”と断罪して処分してきた。オーランド王国と関係の深い剣の勇者様はオークの魔王を討伐したとして名を残しましたが、オークの魔王が魔王でもなんでもなく迫害された様々な者たちを保護し共に生活を行っていただけの者であったことは、ベルツシュタイン卿もご存じでしょう?

知恵を持ち、多くの魔物を従え、里を作る人型魔物。その者に対する恐れはオークキングなどよりも遥かに大きかった。実際オークの魔王の作り上げた組織は強力無比でオーランド王国の軍隊などものともしなかったそうですしね」

 

それはオーランド王国の闇の歴史、葬り去ったはずの真実。顔を引き攣らせるベルツシュタイン伯爵に対し、ケビンは話を続ける。

 

「では魔王は誰であるのか。辺境の寒村の村長であった者が、わずか十年余りで領地持ちの伯爵家当主にまで上り詰めた。国内最強と呼ばれる騎士団を率い、万を超える軍勢を黙らせ戦争を終結させた。

魔王役に合っていると言えなくもないですが、ホーンラビット伯爵閣下を魔王にするのは無理があるでしょう。むしろホーンラビット伯爵を魔王と契約し今の地位を得た者とした方が民衆の賛同は得られやすい。

闇の者と契約し力を得る、“望みは何だ、叶えてやろう、代償と引き換えに”、民衆はそうした物語りが好きですからね。

そんな時魔王は何処にいるのかといえば契約者のすぐ近く。多くの魔物を操り様々な恩恵を齎した者、つまり俺ですかね。

討伐軍による魔王討伐、どれくらいの規模になるのかは分かりませんが、周辺国に聖地を占拠する教会の正統性を示す為にも大規模になることは確実でしょう。

ゾルバ国王陛下は魔王に与したとして引退を迫られ、新たな国王としてオーランド王国を救ったクロッカス第三王子殿下が即位される。

彼らの思惑はこんなところでしょうか。歴史は繰り返す、今回も勇者様がやってくるんですかね、嫌だ嫌だ」

そう言い肩を竦めるケビンに顔色を青くするベルツシュタイン伯爵。

 

「ケビン・ワイルドウッド男爵、君はどうするつもりなのかな?」

「どうするもこうするも、俺がどう動くのかは初めから言ってますよね? “ケビン・ワイルドウッドはマルセル村第一主義である”と。

あっ、勘違いしないでくださいね、マルセル村の為に自身の身を差し出すような殉教者精神は無いですから。俺から言えることは、“頑張って”ってくらいですかね。

そうそう、前にうちの連中がバルカン帝国の間者を何人も連れてきたことがあったじゃないですか、その時の話を聞かせてもらってもいいですか? 少し気になることがあるんで」

時代の波は多くの者を飲み込み消し去っていく。だが時としてその波を打ち消し叩き潰す者がいる。時代に翻弄される者は、唯々生き残ることを模索するしか出来ないのだ。

ハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵は自身が時代の荒波に翻弄されていることを自覚し、如何にこの波を乗り切るのか、必死に考えを巡らせるのであった。




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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