転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第831話 大剣聖、暗黒大陸を楽しむ

“タッタカ、タッタカ、タッタカ、タッタカ、シュタンッシュタンッ”

鬱蒼とした森の木々の合間を二体の獣が走る。白い毛並み、大きな身体、森の中では目立つであろうその姿も、漂わせる気配も相まって何処か神秘的なものを感じさせる。

 

「ワッハッハッハッ、進め四狼、目的地はもうすぐだ!!」

“ガルルルル”

獣の背中には三人の人影、一体の獣に跨る老人は豪快に笑いながら騎乗する獣の首筋を叩く。

 

「クルーガルさん、次はもう少し大人しくしていてくださいよ? 依頼人を吹き飛ばすなんて論外ですからね?」

「分かっとる分かっとる。あれはあの依頼人が私の事を信用できずに、勝手に後を付いてきて魔獣に襲われそうになったところを助けただけであろう? 感謝こそされ文句を言われるようなものではないと思うのだがな」

 

魔獣に騎乗したオーランド王国の大剣聖クルーガル・ウォーレンは、さも心外だと言わんばかりに肩を竦める。雇い主であり愛しの人の兄であるケビン・ワイルドウッド男爵からクルーガルの面倒を頼まれたクルンは、そんな彼の態度にこめかみを揉みつつ大きなため息を吐く。

 

「それでもです、大体肝心の魔獣より被害を出してどうするんですか、依頼はただ魔獣を討伐すればいいというものではないのですよ?」

「ふむ、クルン嬢はマルセル村で随分と成長したのであるな。獣狼族族長フーガ殿が顎が外れんばかりに驚いていた気持ちがよく分かる、嘗ては獣狼族一の暴れ者として各部族に喧嘩を売りまくっていた娘が「うわ~~~!! その話はやめてください、あれは若気の至りで」口調もすっかり女性らしくなって、母上殿が涙を流して喜んでおったではないか。この一年の成長は誇ってよいと思うぞ?」

 

自らの黒歴史を抉られ顔を真っ赤にしながら唇を嚙むクルン。“このクソ爺、ニヤニヤしやがって、いつか絶対に泣かす!!”と思いながらも、その気持ちをグッと堪え前を向く。

 

「フフフ、クルーガルお爺さんは本当にクルンさんが好きなのですね。まるで孫娘に構ってもらいたくて仕方がないお年寄りのようです。でも接し方を間違えると逆に嫌われてしまいますよ? 可愛くて仕方がないのは分かりますが、あまりクルンさんをいじめないであげてくださいね?」

そんな二人のやり取りを見ながら柔和な笑みを浮かべるカトリーヌに、「うっ、うむ、そうであるな。クルンよ、すまなかった、ちとからかい過ぎたようである、許してほしい」と言って頭を下げるクルーガル。クルンも「そうですね、私も過敏に反応し過ぎてしまったようです。気にしないでください、それよりも気を付けて向かいましょう」と言葉を返す。

クルーガルとクルンは思う、“カトリーヌはどうも苦手だ”と。まるで幼子を優しく包み込むような包容力に溢れたカトリーヌの雰囲気に、どこかこそばゆい気持ちにさせられる二人。それはいつまでもやんちゃなクルーガルと、一生懸命に背伸びをするクルンを温かく穏やかな心持にさせる。

 

「あの、カトリーヌさんはどうしてそんなにマルセル村に行きたいんですか? 魔都総合武術大会の準決勝でブー太郎さんを探していることは聞きましたが、接点が分からなくて。ケビンさんからはあまり詳しい話を聞いていませんし」

カトリーヌはクルンから見ても魅惑の女といった雰囲気を持つ女性であった。女性であっても惹かれてしまう、男性であれば尚の事。そのような女性がなぜオークであるブー太郎を求めるのか。

 

「恋に落ちた、という事かもしれないわね。彼は私の事など憶えていないかもしれないけど、私にとってブー太郎様のような男性は初めてだった。

嘗ての私は傲慢で欲深で、欲しい物のためには何でもするような女だった。周囲の者は私の奴隷、私の望みを叶えるためだけに存在する。そんなことを本気で信じているような愚かな女だったの。

そんな私の目を覚まさせてくれたのがブー太郎様だった、彼には私のサキュバスとしての力が一切効かなかった。薄れゆく意識の中、彼の温かい手が倒れる私をそっと抱き留めてくれたことを私は生涯忘れない。敵対し、切り殺されても当然だった私を彼は庇ってくれた、その優しさが今の私を支えてくれている。

私にとって彼は全てなの。サキュバス族の女はね、恋に落ちたら他の事はどうでもよくなっちゃうの、私もまさか自分がそんな風になるだなんて思いもしなかったんだけどね」

そう言いニコリと微笑むカトリーヌの顔は、希望と幸せに満ちたものであった。

 

「変なこと言っちゃったわね、今はクルーガルお爺さんのお世話をしないと、それがあの大陸の魔王様との約束ですもの」

「あっ、それは言わないであげてください。ケビンさんはご自身が魔王と呼ばれることを嫌がりますので。大陸では魔王は厄災と悪の象徴、全人類の敵といった扱いなんだそうです。ケビンさんは基本的に面倒事が嫌いなので、ご自身を前面に出して権力を振るおうとはなさらないんですよ。どちらかというとそうしたことは人に任せてご自分は好き勝手にゴロゴロしていたいといった質の人物なんです。

魔都総合武術大会で力を振るったのも、ご自身の住まわれる地域に暗黒大陸の人間が大挙してくることを嫌ったからでしょう。のんびりゆったりしていたいのに多くの人が押し寄せて弟のジミー君を求めたり勝負を挑まれたりしたら堪りませんから。

でもそんなことを思いながらも凄く面倒見がいいと言いますか、気に入った者や身内と認めた者にとことん甘いと言いますか。だからカトリーヌさんのことも受け入れようと思われたんだと思いますよ? カトリーヌさんは一途でとてもかわいらしい女性ですから」

 

クルンに言われ意外といった表情になるカトリーヌ。あれだけの力を持ち全てを思うがままに出来るというのにそうした事には興味がない、ケビン・ワイルドウッドとはどういった人物なのであろうかと。

だがこうも思う、そうした器の大きな人物であるからこそブー太郎様のような素敵なお方が傍に仕えているのだと。

 

「ブー太郎様がおられるマルセル村は、素晴らしいところなのでしょうね」

「そうですね、村人全員が生き生きしていると言いますか、楽しげと言いますか。私は好きですよ、マルセル村。

でもブー太郎さんには娘さんがいるからどうだろう? シャロンちゃんはブー太郎パパの事が大好きですし、シャロンちゃんに認めてもらわないとブー太郎さんとお付き合いするのは難しいかも」

 

「・・・えっ!? ブー太郎さんって独身じゃなかったんですか? 奥さんがいるんですか? そうなると第二夫人? 私はそれでも全然」

「いえ、シャロンちゃんは養女だったと思いますよ? 種族までは分かりませんがオークではないです。初めて見た時はすごくきれいな女の子って感じだったんですけど、春になった時には年頃の女性といった容姿になっていて、ケビンさんに聞いたら進化したとかなんとか。どう見ても人族に見えるんですけど、違うらしいんですよね」

 

“常に一緒にいる美しい娘が進化して大人の女性に。彼は、ブー太郎様はそんなお相手がいて私の事を受け入れてくれるのだろうか”

クルンの言葉に、カトリーヌの胸に不安な気持ちが湧きおこる。魔獣の背中に乗り、クルンの腰に捉まっていた手に力が籠る。

 

「・・・カトリーヌさんもやっぱり怖いですか? 私もそうです。ジミー君は私の事を受け入れてくれると言ってくれた、でもどこか不安な気持ちはぬぐえない。私はずるくて卑怯な女なのかもしれません。彼の思いを尊重すると言いながら、ずっと私の傍にいて欲しいと思ってしまう。でもそれが恋する気持ちなんだと思います。

互いを知り、互いに惹かれ合い、恋が愛に変わる時、この不安は自然と消えていくのかもしれませんが。

お互い、大変な男性に惚れてしまいましたね」

クルンの言葉にふと肩の力が抜けるのを感じるカトリーヌ、自身が焦っていたのだと自覚し、どこかおかしな気持ちが湧きおこる。

 

「クルン、ありがとう。あなたとはいい友達になれそうね」

「ハハハ、そうですね。今は協力してクルーガルさんのお世話をしましょうか、あのお爺さんは目を離すと何をするのか分かりませんから」

自然とこぼれる笑み、カトリーヌはクルンの腰をしっかりと摑む。森を走る二体の魔獣は、人々の思いを乗せ目的地に向け突き進んでいくのであった。

 

――――――――――――――

 

「こちらのご老人が武勇者様なのですか?」

「いかにも、私が武勇者クルーガル。依頼にあった二つ首のホーンタイガーとはどういった化け物なのか教えてもらってもよいだろうか」

 

依頼者は森の奥に暮らす部族の長であった。強力な魔物が現れ森の均衡が崩れる、暗黒大陸ではよく見られる光景ではあるものの、そうした現象に遭遇してしまった者たちにしてみれば堪ったものではない。

集落が崩壊する前に魔獣を排除しなければならない、冒険者の上澄みである武勇者の訪れは、部族の存亡にかかわる大事であったのである。

 

「しかしあの化け物は並の冒険者では太刀打ちできない強者ですよ、こう言っては何だがとてもお年寄り一人にどうこう出来るようなものでは」

「まぁまぁ、長殿、こう見えて私は本年度の魔都総合武術大会の準々決勝出場者、並の冒険者より遥かに強いと保証いたそう。それに共に参った二人も女性ながら強大な力を持つ戦士、カトリーヌ嬢は準決勝進出者、クルン嬢に至っては本年度の準優勝者であり、前大会の優勝者でもありましてな。私が駄目でもこの二人がいればどうとでもなりましょう、安心して任されよ」

そう言い豪快に笑うクルーガルに「えっ、何でこんなところに獣狼族最強のクルン様が。クルン様はジミー殿を追って中央大陸に渡ったはずでは・・・」と呟く依頼人。その目にはクルーガルに対する不安ではなく、クルンに対する同情と憐みの色が宿っているのであった。

 

「クルン、よかったのかの? ジミーとは上手く行っていますと宣言してしまえば、あのような目を向けられることもないのではないか?」

「いえ、変に言いふらして嫉妬を煽ったり次は私がなどと思われてしまった方が面倒事になりますので。ジミーが暗黒大陸を離れてから二年半になりますが、未だジミーの事を思う女性は多くいますから」

クルンの言葉に“何やら女性は大変だの”と小さくため息を吐くクルーガル。

クルーガルたちは依頼人が示した双頭のホーンタイガーの目撃情報をもとに、森の中を進んでいく。どれ程向かったのか、木々が倒れ、何かが暴れたような痕跡を見つけるクルーガル。

 

「四狼、六狼、この辺りにホーンタイガーの臭いを感じたりせんか? この荒れ方からすれば、まだそれほど月日は経っていないと思うのだが」

クルーガルの言葉に臭いをかいでから周囲の気配を探る二体の魔獣。

 

“クンクンクン、ガルルル”

四狼と呼ばれた魔獣が何かを嗅ぎ取ったのか、六狼に目配せをしてから森の木々の向こうをジッと見つめる。

 

「よし、向かおうではないか。暗黒大陸の者が脅威と認める双頭のホーンタイガー、実に心が躍るわい」(ニチャ~)

クルーガルのあまりに武勇者らしい反応に、“やり過ぎなければいいのですが”と思うクルン。

 

“スーーーーーッ”

引き抜かれたロングソードはミスリル製の愛剣、クルーガルは二体の魔獣が示した森の先に向け走り出す。

 

「強大な気配、これは中々楽しめそうだ。これだから暗黒大陸は堪らん、依頼人の過少報告はあれど、期待を裏切ることはないからの~」

通常の冒険者であれば依頼人が魔物の情報を過少報告するなどあってはならない裏切り、それは冒険者の危険を増大させ命を縮めることに他ならない。だが暗黒大陸にあえて飛び込み武勇者となる者にとっては手に余るような強敵こそが望み、それは裏切りではなく心遣い、喜びこそすれ恨むことなどあるはずもない。

 

「見えた、こちらに気が付いているであろうに気にも留めぬとは。大きさは大福ヒドラと同等か? よい気配を持っておるではないか」

先手必勝、相手が油断しているところに一撃を叩き込む。全神経を集中させ双頭の首を狙い飛び出した時であった。

 

“ゴロンッ”

その巨体を転がし仰向けになる双頭ホーンタイガー、それは飛び出したクルーガルを下から狙う意外であり理に適った構え。

 

「クッ、やりおるな。だが私とて負けはせん」

クルーガルが咄嗟に姿勢を変え、迎撃の態勢を取った時であった。

 

“グルルルルルルルル♪”

「ほ~らほら、ここかここか。なんだお前、お腹を撫でて欲しかったのか?

あっ、クルーガル爺さん、ちっす。お迎えに来ました」

 

「・・・。ケ~ビ~ン~~~~!!」

己の尊厳を賭け、互いのすべてを賭して命の火花を散らす武勇者の戦い。その最高の舞台はたった一人の理不尽により取り上げられた。

激高したクルーガルが理不尽に切り掛かり、触腕で容赦なく縛り上げられたことは、致しかたのない事なのであった。

 




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