転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第832話 辺境男爵、義父に現状の報告を行う

マルセル村の冬は厳しい。村人たちは秋の収穫が終わると畑の残渣を取り除き、道具の手入れを行って翌年の春までの長い農閑期に入る。

風は身も心も凍えさせる寒風へと変わり、木々の葉は落ち草原は枯草色に染まる。

“オーランド王国の最果て”、嘗て“貴族令嬢の幽閉地”と呼ばれたそこは、オーランド王国で最も厳しい大地として多くの凍死者や餓死者を生んだ歴史を持つ場所であった。

 

「ワッハッハッハッ、偏屈屋、久しぶりだな。暗黒大陸はよかったぞ~。魔都総合武術大会、暗黒大陸最大の武術大会の名にふさわしく予選会から気合十分な者たちばかりでな、王都武術大会の本戦出場者と同等の実力者がごろごろいおったぞ。

本戦の初日と二日目の試合に至ってはどの試合も見どころ満載でな、見てよし戦ってよし、ほんに暗黒大陸に向かってよかったと思ったわ。

大会終了後は武勇者として各地に赴いて暗黒大陸の魔獣と戦いまくったのだが、これがまた。大森林深層の魔獣も悪くないんだが、暗黒大陸はこれまで見たこともないような魔獣が現れるのだ、これは楽しいぞ? お主らを差し置き一人で楽しんでしまって悪かったの」

そんなマルセル村の健康広場脇に立つ食堂では、長く村を離れていた大剣聖クルーガル・ウォーレンが、友人である剣鬼ボビー・ソードと鬼神ヘンリー・ドラゴンロードを相手に暗黒大陸の土産話に花を咲かせていた。

 

「お主はケビンに無理を言って付いて行ったんじゃろうが、何を旅行を満喫してきましたといった顔をしとるんじゃ。大体魔都総合武術大会も本来であればラビアンヌさんが出場するはずであったところをお主が無理やり立場を代わったと聞いておるぞ、ほんにお主は昔から」

「まぁボビー師匠もあまり強く言ってやるな。戦場と武術大会とでは場の空気が違う、クルーガル殿はあの空気を感じる事が出来なかったのだ。立場上叶わぬことであったとはいえ、戦士として戦場に立てなかったことは悔やまれてならなかった事だろう。

その心の隙間を暗黒大陸旅行で埋められたのだとしたら、むしろ良かったとこちらから祝福するべきことなんじゃないのか?」

 

苦言を呈するボビーに、ヘンリーが両者の間に立つ。だがヘンリーの言葉に先程まで自慢げに語っていたクルーガルが、グヌヌヌと悔しげに表情を歪ませる。

戦場とは命の削り合いの場、そんな極限での人同士の戦闘は、武術大会や強力な魔獣討伐とは違った緊張と高揚感を得られるという事を知っているがゆえに。

一方ボビーとヘンリーも、クルーガルの話に暗黒大陸という未知の大陸での戦闘に興味をそそられていた。

この勝負両者痛み分け、互いに悶々とした気持ちを抱えながらエールのジョッキに手を伸ばすのであった。

 

―――――――――――――

 

“カサカサカサカサ、クイックイッ”

「あら、守家ちゃんどうしたのかしら? もしかしてヴィーゼをお散歩に連れて行ってくれるの?」

ワイルドウッド男爵家の屋敷の中を、巨大な蜘蛛がカサカサと歩く。蜘蛛は器用に部屋の扉を開けると、中にいた幼子を連れた夫人にジェスチャーで意思を伝える。

 

“ブンブンブン”

「そう、どうもありがとう。それじゃ暖かい格好に着替えてから出掛けましょうね」

アナスタシア夫人は大蜘蛛の守家に礼の言葉を向けると、息子のヴィーゼを暖かい格好に着替えさせ、屋敷の外に向かい歩き出すのだった。

 

“ググググッ”

守家は扶桑国という大陸の東の国からやってきた特殊な蜘蛛であった。怨霊と魔物との融合体、その力は身体の中から怨霊が抜けただの魔物へと変化しても尚残されることとなった。その一つが身体を自在に拡大縮小できるというもの。守家はその変幻自在な力を使い、新しい主人であるケビン・ワイルドウッド男爵の為、子供であるヴィーゼに甲斐甲斐しく世話を焼くのであった。

 

「アナスタシア奥様、守家、お散歩ですか?」

“ブンブン、クイックイッ”

屋敷を出て背中にヴィーゼを乗せ出掛けようとした守家に声を掛けたのは、黒い喪服を着た女性。守家は脚を振り言葉に応えると、アナスタシアに顔を向ける。

 

「エリザベスさんこんにちは、ケーナちゃんもこんにちは。二人もお散歩? ケイトはどうしたのかしら」

「ケイト奥様は首の輪コッコが冬眠する前に最後の稽古を行うとおっしゃられまして。最近は横綱が力を付けてきたからと、ケーナ様にもぶつかり稽古の見学を」

そう言い少し困ったような表情を作るエリザベスとどこか遠い目をするケーナ。ケーナにとっては美しく声のきれいな理想の母を体現したようなケイトが、首の輪コッコ相手に素手で戦う姿は衝撃が強過ぎたのだろう。

 

「まぁケイトにしろパトリシアにしろ、ワイルドウッド男爵家の女性は肉体派ですものね。ケーナちゃんには刺激が強かったのかもしれないわね。

エリザベスはケーナちゃんと相性がいいみたいだし、これからもケーナちゃんの事をよろしくね。

相性がいいといえばアルバ君と月白の二人はどこに行ったのかしら? 姿を見ないんだけど」

「アルバ様でしたら御主人様、パトリシア奥様とご一緒にホーンラビット伯爵家のお屋敷に出掛けられました。なんでも御主人様がホーンラビット伯爵閣下にご報告申し上げることがあるとか、このところ忙しくされておられましたから、お話ししなければならないことがたくさんあると仰られておりました」

 

エリザベスの言葉に乾いた笑いを浮かべるアナスタシア。

“ホーンラビット伯爵閣下、ご愁傷様でございます”

ホーンラビット伯爵邸で行われる報告会、ケビンの報告が只で済むはずがないと知っているアナスタシアは、頭痛と胃痛に悩まされるであろうホーンラビット伯爵を思い黙祷を捧げるのであった。

 

――――――――――――――

 

“コンコンコン”

「失礼いたします。伯爵閣下、ワイルドウッド男爵が暗黒大陸からの帰村報告に参りました」

「あぁ、入ってもらってくれ」

 

ホーンラビット伯爵家執務室、そこでは当主ドレイク・ホーンラビット伯爵が決裁書類に囲まれながら来年度のマルセル村の運営について考えを巡らせていた。

 

「失礼いたします。ケビン・ワイルドウッド男爵、昨日暗黒大陸より大剣聖クルーガル・ウォーレン卿を回収し帰村いたしました」

「ご苦労様、クルーガル卿は壮健であったかな? まぁあの御仁が暗黒大陸の雰囲気に呑まれて委縮するところは想像できないんだけどね。

それで今回は何か拾ってきたりしていないかな? 扶桑国に行ったときは大きな蜘蛛を持ち帰っていたみたいだけども」

そういいジト目を向けるホーンラビット伯爵に、ひょいと視線を逸らすケビン。

 

「え~っとですね、ホーンタイガーを一体。いや、可愛いんですよコイツ、とっても大人しくてですね、お腹の毛がモコモコなんですよ。ただちょっと大きいんで、森のブー太郎のところでグラスウルフ隊の皆さんに小さくなる魔法を教えてもらう事にしまして」

ケビンの言葉に「ホーンタイガーですか、そう聞かされてもあまり驚かない自分に驚きですが。今までケビン君が捕まえてこなかったことの方が不思議に思えてしまうあたり、私も相当ケビン君に毒されているのでしょうか」と呟くホーンラビット伯爵。

 

「それと女性が一人、なんでもブー太郎に惚れてるとかで、魔都総合武術大会に出場してマルセル村を目指していた猛者です。ただこうしたことは本人同士の理解が必要ですので、一度ブー太郎をマルセル村に呼んで引き合わせてから森のお店屋さんに向かわせるかどうかの判断をしようかと」

「あぁ、ブー太郎君ですか。というかブー太郎君はオークですよね? 進化して人と見分けがつかなくなっていますが、立派な魔物。相手の女性はそれでもいいと言っているのでしょうか?」

 

「はい。ブー太郎がオークであることは何度も説明したんですが、それでもいいからブー太郎に会わせて欲しいの一点張りでして。いずれにしても一度話し合いの席を用意したほうがいいと思いまして連れてきたという訳です」

「連れてきてしまったことは仕方がありません、その女性の事はワイルドウッド男爵家で面倒をみてあげてください」

ケビンはホーンラビット伯爵に一礼をすると、話の続きとばかりに別の話題へと移るのであった。

 

「まず暗黒大陸の魔国ですが、前回魔都総合武術大会より戻った際にもお話しいたしましたが、国内情勢は安定しているように見受けられました。ただバルカン帝国が分断されたことや北部地域がドラゴン領域となったことは魔都内でも相当な関心事となっていたようで、酒場などでは王城からの発表を噂し合う姿が見受けられました。

次にバルカン帝国北部地域、現在のドラゴン領域ですが、タスカーナ地方特別行政官ホーネット・ソルティア卿を中心にまとめられた自治領政府がうまく機能しているようで、これといった混乱は見られませんでした。

この事は元々帝国の治安が安定していたこともありますが、帝国国民の民度が他国に比べて高い事が主な理由と思われます。皇帝バレシュタイン・リヒテンブルグは周辺国を併呑し超大国を築くことに固執してはいましたが、為政者としては非常にすぐれた人物であったように思われます。まぁその為に攻め込まれた方は堪ったものではありませんので、これはそうした側面もあるというだけの話なのですが。

次にヨークシャー森林国ですが、こちらはあの疫病騒ぎから完全に回復し、バルカン帝国に負けない国を作ると国民が一丸となって国の立て直しに励んでいるようです。

ヨークシャー森林国には精神的支柱になる聖霊樹様と精霊姫カトリーヌ様がおられますので、よほどのことがない限り揺らぐことはないかと思われます。

最後にオーランド王国王都バルセンの状況ですが、王都民の間からドラゴン襲来の恐怖が拭い去られたという事はないのですが、王都教会の司祭や神官、シスター方が積極的に街に出て女神様の教えを説くことで人々の混乱は落ち着きを取り戻しつつあるように見受けられます。

ただこの状況を利用し王都中央貴族と王都教会の枢機卿たちが手を組み、第三王子クロッカス殿下を担ぎ上げる形で発言力を強くしていっている状況が非常に気になります」

 

ケビンの報告を真剣に聞いていたホーンラビット伯爵は、周辺国の情勢が安定方向に向かっているとの話に胸を撫で下ろすも、中央貴族と教会勢力の動きに眉間に皺を寄せる。

 

「バルカン帝国が国内情勢の安定の為他国に対する圧力を弱めつつある今、教会と手を結びオーランド王国における発言力を確固たるものにする。この数年で改善の進んできた地方貴族と中央貴族との関係が再び悪化する。王家を中心とした地方貴族叩きが再燃するという事でしょうか」

ホーンラビット伯爵の脳裏に思い出されるのは、グロリア辺境伯家とランドール侯爵家との闘い。地方貴族であるグロリア辺境伯家の力を削ぐ為、王家がランドール侯爵家に加担し危うくオーランド王国北西部地域の独立戦争に発展しかねない事態を引き起こしたあの紛争。

ホーンラビット伯爵は“王家はオーランド王国を二つに割りたいのか”と頭を抱える。

 

「これはベルツシュタイン伯爵からの情報となりますが、中央貴族と王都教会勢力の動きの背景にはボルグ教国からの支援が関係しているようです。ボルグ教国と言えば昨年異端審問官がマルセル村に視察に来られたことは記憶に新しいと思いますが、彼らの報告の中にあった“祝福されし礼拝堂”が彼らの欲を強く刺激してしまったようです。

ホーンラビット伯爵閣下もよく覚えておられると思いますが、私とパトリシア・アナスタシア・ケイトが村の礼拝堂であげた婚姻の儀式、あの時に女神様の御言葉を賜ったことで礼拝堂自体に祝福の力が残ってしまったようで、教会勢力としては女神様の奇跡がもたらされた聖地としてマルセル村を含んだ周辺一帯を手に入れたいようでして。

ボルグ教国は王都教会のベルトナ教皇猊下を通じ、王家にマルセル村の教会への移譲を打診してきたとのことです。無論この話にはゾルバ国王陛下、レブル王太子殿下、アルデンティア第四王子殿下が反発。“ホーンラビット伯爵領は自治領であり、我々にマルセル村を勝手に教会へ差し出す権限も無ければ意思もない”としてこの話を完全に突っぱねたのだそうですが、クロッカス第三王子殿下が教会の考えを支持。

“女神様のお与え下さった聖地は我々人類の宝、一地方の礼拝堂として放置していいようなものではない”としてホーンラビット伯爵領を教会の管理地とし、ホーンラビット伯爵家の領地替えを行うべきであると主張なさっておられるとのことです」

「はぁ!? 何だってそんなことに」

 

ケビンの報告、それはマルセル村終了の知らせ。これまでの様々な出来事を吹き飛ばす最大の爆弾に、執事長ザルバに聖茶とクッキーの用意を指示するホーンラビット伯爵。ホーンラビット伯爵はケビンの報告を一旦止め、その場の者たちをテーブル席に座らせ聖茶とクッキーを口にしてから話の続きを促すのであった。

 

「では続けます。クロッカス第三王子殿下の提案はホーンラビット伯爵家の領地替え、バルザック伯爵領の先の森を開発する事を許可するというものです。領地は開発した土地の分だけ認めるとのことでした」

「・・・すまないガーネット、私にはクロッカス第三王子殿下の発言が上手く理解できないのだが、クロッカス第三王子殿下は我がホーンラビット伯爵家から領地を取り上げ森林開発を行えと命じているように聞こえてしまったのは聞き間違いではないだろうか?」

ホーンラビット伯爵の質問に王都諜報組織“影”の耳目であるガーネットが無表情に言葉を返す。

 

「はい、まさしくその通りであるかと。これまでも王家は貴族家に対し褒美と称して同様の仕打ちを行ってきた経緯があります。領地替えとして地方に飛ばすなどといった事や領地開発と称して魔の森を与えるなど、バルザック伯爵領などはそうして生まれた領地であったと記録されています。

ですが今回のような大魔境を開発せよといった命令は異例であるかと。これは暗に内乱を誘発しているとしか受け取れません」

「クロッカス第三王子殿下の主張は、“ホーンラビット伯爵領の者は大森林から王家主催のオークションに出品されるような魔物素材を狩り取ってくる事の出来るような猛者、であればその力を王国の為に活かして貰いたい。国土を広げ貴重な魔物素材を集める役目をお願いする事こそ国益に繋がるというもの。オーランド王国の為に尽くす事に否やがあるはずはない”というものであったそうです。

ゾルバ国王陛下は“お前は国を亡ぼすつもりか、ホーンラビット伯爵家に喧嘩を売るつもりなのか”と声高に反対されたそうですが」

ケビンはそう言葉を付け加えると、どうしますかと言わんばかりにホーンラビット伯爵に視線を向ける。ホーンラビット伯爵の中では色んな考えが浮かんでは消える。領地の独立、村人全員を連れての出国、グロリア辺境伯家を中心としオーランド王国西部地域を新国家として樹立させる等々。いずれにしろ多くの血を流すことは避ける事が出来ず、眉間に皺をよせ思い悩む。

 

「あぁ、そうそう、俺、近いうちにボルグ教国から正式に“魔王”に指名されるっぽいです。まさか村祭りの劇で魔王になっていただけだったのが歴史に名を遺す魔王にされちゃうとは。人生何が起きるのか分かったもんじゃないですね、参った参った」

「「「・・・・・・・・」」」

凍りつくその場の空気、そんな中ケビン・ワイルドウッド男爵の乾いた笑いだけが、ホーンラビット伯爵邸の執務室の中に響き渡るのであった。

 




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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