“ガヤガヤガヤガヤ”
王都学園が冬季休暇に入りマルセル村に帰ってきて二日目、俺たちは村の礼拝堂の隣に建つ公会堂に集まっていた。
「よう、ジミー。これって一体なんの集まりか聞いてるか? トーマスお父さんに聞いても「よく分からないけどホーンラビット伯爵様から集まるようにって知らせがあったから」としか教えてくれなくてさ。
それとチェリーにお土産を買ってくれてありがとうな、あのブローチ凄く気に入ったみたいでさ、俺が買ったペンダントと一緒に着けてロバート君に見せてくるって言って出掛けていったよ」
「そうか、喜んでくれたんなら良かったよ。ウチのミッシェルはそういった小物類にはあまり興味がないみたいでな、どっちかといえば俺が王都武術大会で使っていた十手みたいな物の方が喜ぶんだよ。
あそこの古道具屋はちょっと変わったものが置いてあるからな、今度また立ち寄ってみよう。
それで今日の集まりについては俺も聞いてないんだ、ただどうやらケビンお兄ちゃんがかかわっているらしい。グロリア辺境伯様の城でケビンお兄ちゃんに再会して連れてきてもらったってヘンリーお父さんに話したら、最近ホーンラビット伯爵閣下とケビンお兄ちゃんが何やら頻繁に会ってるって教えてくれたんだ。グロリア辺境伯様のところにケビンお兄ちゃんとホーンラビット伯爵閣下が一緒にいたのもそれが関係してるんじゃないのかって」
ジミーの言葉に腕組みをして考えるも、去年は色々あり過ぎたからどれが関係しているのかが分からない。ケビンお兄ちゃんのことだからお祝い事だったら酒宴の席を用意するだろうし、大概のことは事前に根回しすると思うんだけど。
「ジェイクく~ん、ジミー、こっちこっち」
エミリーたちが前の方の席で手を振りながら俺たちのことを呼んでいる。俺は何とも言えない不安を抱えながらも、呼ばれるがままにエミリーたちの方へ向かうのだった。
「マルセル村の皆さん、寒い中お集まりくださってありがとうございます。それではこれよりホーンラビット伯爵閣下より皆さんに重要なお知らせがありますので静かにお聞きください。尚、質問等はホーンラビット伯爵閣下のお話が終わり次第お答えしたいと思います」
公会堂には木製の長椅子が並べられており、村人たちが揃って前を向き席に着いている。前方には長テーブルの席に座ったホーンラビット伯爵閣下と部屋の脇に立ち司会進行を行うケビンお兄ちゃんの姿。
ケビンお兄ちゃんの進行に従い立ちあがったホーンラビット伯爵閣下は、全体を見回すように視線を向けると、ゆっくりと話を始めるのだった。
「皆さん、今日は急な呼び掛けにもかかわらず参集してくれた事、心より感謝します。それと隣の礼拝堂で小さな子供たちの相手をしてくれている女性たちにも、感謝の言葉を向けていたとお伝えいただければ幸いです。
これからお話しする事は今後のマルセル村の存続にかかわる重大事である事を心に留めた上でお聞きください。
皆さんは昨年の冬、マルセル村を訪れた異端審問官様方のことを覚えておいででしょうか? 彼らは冬季期間マルセル村に滞在し、村の様々な様子を視察し本国であるボルグ教国に戻られた。ボルグ教国では彼らの報告を受けある決定が下されたそうです。
ボルグ教国の教会からオーランド王国王家に打診されたことはマルセル村の譲渡要求、マルセル村をボルグ教国と王都の教会の共同管理地とし、聖地として長く留めていくというものでした」
“ザワザワザワザワ”
公会堂に広がる動揺の声、ホーンラビット伯爵閣下はそんな村人たちの様子にも声を荒らげる事無く、ただじっと騒ぎが静まるのを待っている。
やがて村人たちが口を噤み公会堂の中に静けさが戻ると、ホーンラビット伯爵閣下は村人たちが聞く姿勢に入ったことを認め、再び話を始めるのだった。
「これは皆さんにお話ししていなかった事なのですが、我が娘パトリシア、ザルバの娘ケイト、エルフのアナスタシアとケビン・ワイルドウッド男爵の挙式を行った三年前、彼らの下に女神様から祝福の言葉が届けられるという慶事がありました。
これはあまりにも大きな祝福であった為、周囲に対する社会的影響の大きさからマルセル村の秘密として外部には漏らさぬようにと固く言い含めておいた事です。新しくマルセル村の仲間になった方々が知らないのも仕方のない事、知らされていなかった方々には大変申し訳ないとは思いますが事情が事情であったのだとご納得ください。
そしてその時の祝福は今も尚マルセル村に残り、女神様は私たちの暮らしを見守り続けてくれています。
皆さんは礼拝堂で祈りを捧げた時、心が穏やかになったと感じたことはなかったでしょうか? それは勿論皆さんの女神様に対する信仰心の表れもありますが、礼拝堂の力でもあります。
“祝福されし礼拝堂”、女神様に祝福された礼拝堂。新たな家庭を築き、人生の一歩を踏み出す男女を心から応援する女神様の想いが残された神聖なる祈りの場であり聖地。心の憂いを払い、活力を与える効果がある。
これは異端審問官が村を去る前に私に残してくれた鑑定結果です。このありがたい祝福を教会の者たちは欲した。そしてその流れに乗り力を付けたホーンラビット伯爵家を潰そうという動きが王都中央貴族の中から生まれた、彼らの要求はホーンラビット伯爵家の領地替えです。
これまでもこうした形での領地替えは多く行われてきました。力のない男爵家や子爵家の領地で鉱山やダンジョンの発生が確認された時、その規模にもよりますが王家の命令として領地替えされるという事はあった。そして代替え地として与えられるのは大概辺鄙な土地であった。
王都中央貴族たちは今回もそうした事を画策した、自分たちの脅威となる武力集団は目の届かないところに追いやってしまえ、彼らが提供すると言ってきた土地は大魔境、森林開拓と開拓した分の領地の承認が彼らの提示した答えだった」
公会堂の村人たちは誰も口を開かない。皆こぶしを握り締め、肩を震わせながらホーンラビット伯爵閣下に目を向ける。
「私から皆さんに提案できることは二つ、マルセル村に残るか、それとも村を離れ新しい土地で生活を始めるのか。この事は寄り親であるタスマニア・フォン・グロリア辺境伯閣下にもご相談し、新しい土地と村人の受け入れを約束してもらっています。その土地は過去に問題があり廃村となっている場所ですが、井戸もあり街道沿いという事で村として復興するには申し分のない土地となっています。
望まれるのならホーンラビット伯爵家として村の復興を支援する事をお約束いたします。
もう一つの道はマルセル村に残ること、ですがこの道は容易くはありません。ホーンラビット伯爵家が相手にしなければならないのは王都中央貴族と王都教会、そしてボルグ教国です。
結論は急ぎません、ですが時間もありません。期限は今月いっぱい、それまでに考えを決めてください。これは予測となりますが、この冬の内に王都から先程の領地替えの条件を伝える使者がマルセル村にやってきます。その到着は一月以内となるはずです。
私はその要求を拒否するつもりです、私の愛したマルセル村をそのような理不尽な理由で奪われる訳にはいきません、私は断固戦うつもりです」
“パチ、パチ、パチ、パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ”
公会堂の中に鳴り響く拍手、村人の一人一人が席を立ち力一杯の拍手で応える。俺たちのマルセル村を渡してなるものか、ここは俺たちの故郷、俺たちが帰る場所。
ホーンラビット伯爵閣下はそんな俺たちの反応に、涙を流しながら「ありがとう、ありがとう」と言葉を詰まらせる。
そんな中ただ一人、落ち着いた口調で静粛を促す者がいた。
「はいはい皆さんお静まり下さい、ドレイク閣下も感極まるのは分かりますが落ち着いて下さい。皆さんも話は最後まで聞いて下さいね~、この話は皆さんの人生だけでなく家族や子供たちに大きく関わってくる事だとちゃんと理解してから判断してください。
そして皆さんは一つ大きな勘違いをされていると思いますのではっきりと申し上げますが、これから起こるであろう戦いはマルセル村と王都中央貴族との内紛などではありません。マルセル村と人類との戦いです」
ケビンお兄ちゃんの言葉に鳴り続けていた拍手が止まる。マルセル村と人類との戦い? ケビンお兄ちゃんの言葉に何を言われているのか理解が追い付かない。
「皆さんも知っての通り、マルセル村はこれまでオーランド王国で起きた内紛に深くかかわってきました。マルセル村が独立した貴族領になる切っ掛けとなったグロリア辺境伯家とランドール侯爵家との戦い、ホーンラビット伯爵家の誕生を齎した一年戦争。そして皆さんには秘匿していましたが、夏に起きた王都での軍閥貴族の造反の鎮圧と、王都にドラゴンの襲来を起こしその騒ぎに乗じオーランド王国に攻め入ろうとしたバルカン帝国の侵攻を押し止めたのもホーンラビット伯爵家騎士団によるものです。
あっ、ジェイク君、エミリーちゃん、ジミー、フィリーちゃん、ディアさん。ドラゴン襲来の時は王都を守ってくれてありがとうね、一応こっちも準備していたんだけど、凄く助かりました。
ボビー師匠、ヘンリーお父さん、シルビアさん、イザベルさん、ダイソン公国でのバルカン帝国軍との戦い、お疲れ様でした。皆さんがいなければどうなっていた事か、本当に助かりました。
話を続けますが、このようにマルセル村は多くの戦いで功績を残し生き残り続けてきた訳です。本来ここまでの功績を残せば王都で高い地位を与えられても不思議じゃない、そこは私たちが望んでいないって事で現状のようになっているのですが。
で、そんなマルセル村に攻め込み占領しようとしている彼らはどんな名目で我がマルセル村に攻めこもうというのでしょうか?
ジェイク君、答えをどうぞ」
急に話を振られしどろもどろになる俺、宗教が絡んでいるとなると前世の世界史の授業で習った十字軍みたいに聖地奪還とか?
「えっと、聖地である祝福されし礼拝堂を占拠されているから正統な後継者である自分たちが奪還するとかそういった感じですか?」
俺の答えに「う~ん、惜しい、でもいい線いってる。ジェイク君成長したね~、王都の学園で学んだことが活きてるって感じ、俺から花丸あげます」と言って拍手してくれるケビンお兄ちゃん。でもそうじゃないとなると一体・・・。
「お~い、グランドとリーフ、顔色が悪いぞ~。お前たちはマルセル村のお茶農家、それ以上でもそれ以下でもないって事を忘れるなよ~。
それと月影、表情が怖いから、身体から何か黒いものが漏れてるから、その獲物を見つけたっていう笑顔は止めなさい。
え~、何人かは気が付いているみたいですので話しちゃいますね。ジェイク君たちも今のマルセル村と同じような状況の話を知っているはずなんだよね、というかこの場にいる人全員が知っていると思いますよ、“剣の勇者とオークの魔王”の物語。
あの話の本質は王家の邪魔になるオークの魔王率いる勢力を、剣の勇者を使って潰したって事なんですけどね。話の中ではオークの魔王は人の領域を支配し国を乗っ取ろうと画策した人類の敵って描かれているけど全然そんな事はないから、庇護を求めて集まってきた者たちを受け入れ続けていたら多種族多民族の集落が出来上がってしまったってだけで、その存在を疎ましく思った王家や貴族が兵を差し向けたけどオークの魔王たちが強過ぎて惨敗してたってだけだからね。
結局最後は仲間たちを逃がす為に勇者に討たれるんだけどね、各地に逃げた仲間たちは何処に行ったのやら、もしかしたら暗黒大陸にでも逃げ延びたのかな? そういう事を調べるのもロマンがあるよね」
そう言い肩を竦めるケビンお兄ちゃん、俺とジミーは顔を見合わせ最悪の状況に思い至る。
「はい、皆さんもお分かりになったようですね、彼らの名目は魔王討伐と魔王に支配された聖地の奪還です。魔王は不遜にも女神様が祝福をお与えくださった聖地を汚し、多くの強大な力を持つ魔物を使い人々を支配している。魔王は巧妙に人々を洗脳し、貴族になりすまして影で彼らを操っている。
魔王の名はケビン・ワイルドウッド男爵、歴史上最大の不敬を働く人類の敵である。
つまりマルセル村に残るって事は人類の敵として討伐されるかもしれない、仮に生き残ったとしても魔王の配下という汚名を受け続けるかもしれないって事ですね。
ジミー、ジェイク君、エミリーちゃん、フィリーちゃん、ディアさん、これが現実。世の中は発言力のある者、権力のある者、決まり事を作る者が支配し、自分たちにとって都合の悪い者をさも正当な理由をつけ排除しようとする。
マルセル村にやって来たよそ者は皆大なり小なりそんな理不尽を経験してきた、だからこそ力を合わせマルセル村を盛り立ててきた。ここが最後の地だと知っているからね。
でも君たちは違う、君たちには高く飛び立つ翼がある、だからよく考えて。俺とドレイク村長の願いはマルセル村を巣立った若者がまた帰ってきたいと思える村にする事、でもそれはマルセル村に縛り付けて村の為と言って命を投げ出させる事じゃない。
他の皆さんもよくよく考えてください、皆さんは今再び人生の岐路に立っています。道はドレイク村長が用意してくれた、どちらの道を選ぼうとも俺たちは全力で協力します。
だから確りと考えてください、村人の幸せが俺とドレイク村長の願いなんですから」
そう言い優しい眼差しを向けるケビンお兄ちゃんに、俺たちは何も言えずただ黙ることしか出来ないのであった。
本日一話目です。