“ザクッ、ザクッ、ザクッ”
山芋掘りは根気の勝負である。まず森の中で山芋の蔓を見付け、蔓を追って山芋の埋まっている場所を特定する。秋であればまだ緑の葉の付いた蔓を見付ける事も容易だが、本格的な冬を迎えた森の中で山芋の蔓を発見する事は困難を極める。
だが俺たちにはグラスウルフ隊という強い味方がいる、彼らの人の何百倍も鋭い嗅覚は的確に山芋の埋まっている場所を探り当て、俺たちに知らせてくれる。
山芋の埋まっている場所が特定できたら掘り出し作業、スコップを使い土を退け、少しずつ山芋の姿を露にしていく。あまり側を掘り進めるとスコップが山芋を傷付けてしまうかもしれないし、折れてしまうかもしれない。
黙って焦らず少しずつ、古代遺跡の発掘作業をするくらいの慎重さを以って事に当たることこそが、山芋掘りに求められる事の全てなのだ。
“ザクッ、ザクッ、ザクッ”
「ねぇ、ジミー。俺たち一体何をやってるんだろうな」
“ザクッ、ザクッ、ザクッ”
「・・・山芋掘りだな。というか大森林中層にこんな植物が自生しているとは思わなかった」
俺からの問い掛けに、スコップを振るう手を止めることなく簡潔に答えを返すジミー。俺は“そんな事は分かってる”と言い返したい気持ちをグッと堪え、昨日からの事を思い出す。
王都からマルセル村に帰ってきた次の日、村の礼拝堂の隣に立つ公会堂で行われた集会で、ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下の口から語られた話は俺たちに大きな衝撃を与えた。
“教会にマルセル村が狙われている”、公会堂の隣に建つ礼拝堂が“祝福されし礼拝堂”なんていう大層な代物になってしまっていた事も驚いたけど、その礼拝堂欲しさに教会が組織を上げてマルセル村を手に入れようとしているだなんて。
ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下がこれまでマルセル村の為にどれだけ尽くしてきてくれたのかって事は、トーマスお父さんやメアリーお母さんから聞かされていた。
行商人としてマルセル村を訪れていたところを当時の村長の娘であったシンディー・マルセルさんに見初められて、一服盛られて気が付いた時には全てが終わっていたっていう話は、王都学園に向かう前に心に留めるべき教訓としてケビンお兄ちゃんから聞かされた。
「王都の女性は恐ろしいからね? 親切心で手助けしたら次の日には婚約者にされてしまったなんてことが平気で起こるのが王都だから、特にジェイク君は希少な勇者の職を授かった期待の星、王都中の女性から狙われているっていうくらいの心持でいないと本気で詰むから」
あの時のケビンお兄ちゃんの真剣な顔と、その言葉に頷くホーンラビット伯爵やボビー師匠、グルゴさんやザルバさんの顔は生涯忘れられないと思う。俺が「それくらいの心構えでいなさいって事ですよね?」と聞き返したときの可哀想なものでも見るような表情、ホーンラビット伯爵閣下が俺の肩に手を乗せ「後から後悔しても遅いんだ、遅いんだよ」と言った時の低い声が、俺の耳にこびり付いて離れない。
あの言葉にはホーンラビット伯爵がどれ程の重みを背負って生きてきたのか、一瞬の油断がどれほど恐ろしいのかを未熟な俺にも理解させる響きがあった。
でもホーンラビット伯爵は腐らなかった。逃げ出すことなく状況を受け入れ、自分にできる最大限の努力で冬の寒さと飢えに苦しむ村人たちの生活を救っていった。
村に縛り付ける為の借金という名目で食料を与えた、借金返済の為の労働として魔の森の木材切り出しを行わせて冬場の薪を確保させた。でっぷり肥え太った強欲村長を演じる事で商人たちに渡りを付け、村人を不当な搾取から守り続けた。
他所の村では嫌われる訳ありの移住者を積極的に受け入れ、村の一員として組み込んでいった。以前ヨーク村に暮らしていたザルバさんや、スルベ村とマルガス村の間によそ者の集落を作り隠れ住んでいたグルゴさんからしたら、ホーンラビット伯爵やマルセル村住民たちのよそ者に対する扱いはあり得ないものとの事だった。
ただ普通に村人として受け入れる、その事がどれほどありがたいことであるのかを力説する彼らの言葉が、外の世界の厳しさを教えてくれるものでもあった。
マルセル村は発展した。ビッグワーム農法が、ホーンラビット牧場が、キャタピラー繊維産業やマルセル茶が、マルセル村を豊かな農村へと作り替えていった。
村の小麦を使い作られたマルコお爺さんのエール、健康広場の食堂で提供される美味しい食事、ホーンラビット牧場でのホーンラビットによるふれあいイベントやヒーローショー。
ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下は言った、「春の挨拶から“生き残れてよかった”という言葉をなくしたい」と。子供のころ何気なく交わしていたその挨拶が真実そのままの意味だと知った時、俺はどれほど厳しい状況に置かれていたのかという事を理解し、そんな事を微塵も感じさせることなく育ててくれたトーマスお父さんとマリアお母さんに深く感謝した。
温かく、優しく、時に厳しく俺たちの事を見守り育ててくれたマルセル村。そんな俺たちの故郷がこんな理不尽な理由で脅かされようとしている。
「私は断固戦うつもりです」、はっきりとそう宣言したドレイク・ホーンラビット伯爵閣下の言葉に胸の奥が熱くなるのを感じた、絶対にマルセル村を守り抜く、そう固く決意させるに十分な力強い言葉だった。
でもその後に告げられたケビンお兄ちゃんの言葉が俺たちの心を一気に冷ます事になった。
「これから起こるであろう戦いはマルセル村と王都中央貴族との内紛などではありません。マルセル村と人類との戦いです」
何を言っているのかが分からなかった、話の飛躍が甚だしいのはケビンお兄ちゃんのいつものこととはいえ、何故マルセル村が人類の敵にならねばならないのか、俺たちが一体何をしたというのか。
そして語られる勇者を巡る過去の歴史、勇者病<仮性>重症患者であるケビンお兄ちゃんは、ただ勇者に憧れ突拍子もない言動を繰り返すだけの理不尽ではなかった。
勇者物語を読んでただ喜ぶだけだった俺たちとは違い、物語の中に語られていない別の側面、勇者側からだけではなく魔王側からの視点で物事を見る事で、決して表には現れる事のない歴史の闇に辿り着いていた。
そしてその闇はただのお話には止まらず、現実の脅威としてマルセル村に牙を剥いた。
「魔王の名はケビン・ワイルドウッド男爵、歴史上最大の不敬を働く人類の敵である。つまりマルセル村に残るって事は人類の敵として討伐されるかもしれない、仮に生き残ったとしても魔王の配下という汚名を受け続けるかもしれないって事ですね」
思考が止まる、一切の言葉が聞き取れなくなる。これまで抱いていた勇者像が、心のどこかに残っていた“俺は勇者だ”という思いが、音を立てて崩れていく。
勇者とは何か、魔王とは何か、人類の敵を倒し人々を救う正義の使者、そんな勧善懲悪の夢物語の裏に隠された真実が、ただの幻想であったという事に打ちのめされる。
そして職業<勇者(堅牢)>を授かった俺は、そんな空しい幻想を背負わされなければならないのかと怒りが込み上げる。
この先の展開は馬鹿な俺にでも想像がつく、ボルグ教国による魔王誕生の知らせ、連合国軍による魔王討伐隊の結成、王城に呼び出され魔王討伐を命じられるであろうことは必定。王都の人々は声高に叫ぶだろう、“人類の敵である魔王を倒せ、魔王に支配された聖地を取り戻せ”と。
アイツらは馬鹿だ、何も分かっちゃいない。ケビンお兄ちゃんを敵に回す事の恐ろしさを、一切の制約を課されないケビンお兄ちゃんを敵に回す事の絶望を。ドラゴンの襲来がただの遊びと言い切れるほどの戦力差がある相手に、何が出来ると言うのか。
“ブブブブブブブブブブブブ”
大きな羽音が鼓膜を揺らす、「ジェイク君、考え事をしてたら危ないよ?ここは大森林の中層部なんだからね。いくらキラービーさんたちが見張りについてくれているからって、何があるのか分からないんだから」というエミリーの注意に、我に返って「ごめんごめん、つい考え事をしちゃっていたよ」と言葉を返す。
「君たちには高く飛び立つ翼がある、だからよく考えて。俺とドレイク村長の願いはマルセル村を巣立った若者がまた帰ってきたいと思える村にする事、でもそれはマルセル村に縛り付けて村の為と言って命を投げ出させる事じゃない」
公会堂で衝撃の話を聞かされたマルセル村の村人たちは、ケビンお兄ちゃんの「質問がある方はどうぞ」という言葉に暫く声を発する事が出来なかった。自分たちの置かれた立場の絶望的な不味さ、ただ力を示すだけでは解決できないその状況に、皆真剣に頭を悩ませているようだった。
その後ホーンラビット伯爵閣下からの「答えは急がない、自分の事、家族の事、後悔の無いようにしっかり考えて欲しい」との言葉で解散となったあとも、俺ははっきりとした答えを持つ事が出来なかった。
「ワッハッハッハッ、人類よ、仰ぎ見よ。我が名はケビン・ワイルドウッド、人類を誑かす混沌の魔王なり!!」
その夜の夢は最悪だった。巨大ワイバーンであるガーディンさんの背に乗ったケビンお兄ちゃんが魔王カオスの衣装を身に着け多くの魔物を引き連れ迫ってくる悪夢。
ドラゴンモードの八つ首大福ヒドラの蹂躙、緑と黄色が嬉々として暴れ、グラスウルフ隊がフェンリルモードで走り抜ける。ブー太郎率いる森のお店屋さんの従業員たちが数万という兵士たちを吹き飛ばし、残月さんが精霊砲を撃ちまくる。
ボビー師匠、ヘンリー師匠、ザルバさん、グルゴさん、ギースさんが狂気の雄叫びを上げながら暴れまくる。
そんな戦場で矢面に立たされた俺たち、背後からは“勇者なんだから何とかしろ”と高圧的な言葉をぶつけてくる貴族たち、“勇者なんだから魔王に立ち向かえ”という人々の声が、立ち尽くす俺たちを責め立てる。
「ジェイク、ケビン君が来てるわよ、早く起きなさい」
悪夢から解放してくれたのはマリアお母さんの呼び掛け、びっしょり汗をかいた服を着替え、玄関扉に向かった俺を待っていたのは、昨日の事などなかったかのような爽やかな表情を浮かべるケビンお兄ちゃん。
「おはよう、ジェイク君、出掛けるよ? ボビー師匠の訓練場に集合ね」
直ぐに朝食を済ませ訳も分からないまま向かった先で待っていたのは、ジミーとエミリー、フィリーにディア、ブー太郎たちとグラスウルフ隊、緑と黄色とキャロルとマッシュ、大福と団子と白玉と、ケビンお兄ちゃんのところの使用人が数名。
「皆さん、朝早くお集まりいただきありがとうございます。それではこれより第二回山芋掘り大会を開催いたします。今回向かうのは二か所、大森林中層部の山芋採取場所です。事前の現地視察で山芋の生育は確認できていますので、本日は張り切って掘り起こしてください。
尚山芋を掘った後は埋め戻しと種芋の植え付けを必ず行うようにしてください。種芋は山芋の端を拳大の大きさで切り落とし、埋め戻しを行った場所に埋めてくれれば十分です。
では皆さん、ケガのないように張り切ってまいりましょう」
そうして向かった先は大森林中層、一メートはあろうかという巨大な蜂キラービーが飛び交うキラービーの巣の真横。
「女王陛下、本日はお世話になります。キラービーの皆さんも暫くお騒がせしますが、周辺警戒の方よろしくお願いします」
その中でもひと際大きなキラービーに頭を下げ挨拶を行うケビンお兄ちゃんの姿に、無言になる俺たち。
その後一人一人にスコップが手渡され、グラスウルフ隊の案内の下山芋の掘り起こしに向かった俺たち。
「ジミー、ジェイク君、上手く掘れてる? おぉ、中々いい型の山芋が掘れてるね。きれいに掘り出すのって難しいんだよね、大森林の山芋は大きいから、油断するとポキッと折れちゃうしね。これはボビー師匠から聞いた話なんだけど、薬草や野草の採取を続けてると<採取>ってスキルに目覚めるらしいよ? そのスキルを使うとこういった地下茎の植物も簡単に採取する事が出来るようになるから、なるべく時間を作って薬草採取をするといいよ」
そう言い別の木の根元に行くと少しだけ土を掘り返し、「<採取>」と唱えてからズルズルと山芋を地面から引き抜くケビンお兄ちゃん。俺たちの努力って一体。
「でもこの採取方法だと地面の中の様子が分からないんだよね、効率的ではあるんだけど達成感が無いというか、正直つまらないんだよ。
調薬もそうだけど、薬研でゴリゴリやるのがいいんだよ、ロマンって大事だよね。それに山芋掘りに真剣に向き合っていると、余計な事で悩んでいた頭がいつの間にかスッキリしてるでしょう?
悩む事、考える事も大事だけど周囲が見えなくなっちゃうと碌な答えが出てこないしね。
ジミー、ジェイク君、エミリーちゃん、フィリーちゃん、ディアさん。昨日も言ったけど、これまで君たちはマルセル村で頑張ってきた、その経験は君たちに大きな翼を与えた。
王都バルセンを襲ったドラゴンを押し止め、王都の人々を守り抜いた事は十分誇っていいと思う、君たちは本当に強くなった。
今度はその力をどう使うのかよく考えて欲しいんだ。ただ周りに流されていわれるがままに力を振るい続けた剣の勇者様、彼のような後悔を君たちには引き摺って欲しくない。たとえ結果がどういったものになろうとも胸を張って突き進んで欲しい、覚悟を持つって事はそういう事だからね」
ケビンお兄ちゃんの言葉が胸に突き刺さる。ケビンお兄ちゃんは自身が人類の敵にされるかもしれないっていうのに、そんな事を微塵も感じさせず、悩む俺たちの為に山芋掘りなんて企画まで計画してくれて。
「分かったよ、ケビンお兄ちゃん。俺、よく考えるよ。どうすることが一番いい事なのか、良い悪いで決めつけて安易に結論を出さないで、色んな人の話も確り聞いて。これから冒険者として世界に旅立って行ったらもっと難しい判断を迫られる事なんて幾らでもある、そういう事でしょう?」
ケビンお兄ちゃんは俺の言葉に嬉しそうに微笑むと、俺たちを見回してから口を開く。
「ジェイク君は本当に立派になったね。物事を深く考える事も出来るし、しっかり周りを見る事も出来る。確かに時には直情的になった方がいいこともあるけど、そうして多くの者たちが苦しんだ末に消えていった事は歴史が教えてくれている。
魔法の勇者様、剣の勇者様、世に英雄と謳われた者たちも少なからず苦悩と苦痛を抱えているんだよ。
クルーガルの爺さんは例外中の例外、ある意味目標とするにはいいかもね、本当に人生謳歌しまくってるから、あの糞ジジイ。
冬が明けて王都に戻った時、君たちは大きな決断を迫られる。勇者としての使命を果たすのか、それとも裏切りの勇者として人類の敵になるのかとね。でもその言葉だけに惑わされないで、しっかり自分の信念で行動する、後悔だけはしないようにね。
結論が出たらビーン・ネイチャーマン講師を頼るといいよ、彼ならどうとでもしてくれるはずだから。ネイチャーマン講師って、ああ見えて無茶苦茶だからね」
そう言い乾いた笑いを浮かべるケビンお兄ちゃんに、“ネイチャーマン先生って一体何者!?”と顔を引き攣らせる俺たちなのでありました。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora