大きく荘厳なレンガ作りの建物、高い三角屋根には天窓が設置されており、そこから入り込む淡く優しい光が聖堂内を温かく照らしてくれている。その立派な教会の建物が、このミルガルの街の経済力の強さと教会勢力の強大な権力、そして人々に対する影響力の強さを示している。
そんな重厚な建造物を前にしてケビン少年は思う、“さっきのピタパンの肉野菜包み、最高でした”と。
やはり洗練された都会の食べ物は違う、特にこの教会前と言う最高の立地はある意味屋台の激戦地区、冒険者ギルド前の様な“ただ肉と濃い味の物を出していれば文句は言われない”と言った場所とは訳が違う。
周辺地域から集まる信仰心の強い方々を相手にした商売は純粋に味の勝負、少しでも悪い評判が立てばそれはあっと言う間に周辺地域にまで広がってしまうと言う恐ろしさ。そんな常に試される環境下で鍛えられてきたこの一品が美味しくない訳がない。しかもあそこの女性店主、硬くなったピタパンは脇に避けて使わないと言う気の使いよう、おそらくは孤児院に寄付でもして帰るのだろうけど、お客様に最善を提供しようと言うその姿勢、大変素晴らしい。
そんな屋台を引き当てたボビー師匠も流石です。長年の冒険者生活でその辺の嗅覚は鍛え上げられて来たんだろうな~。俺一人だったらあの屋台に辿り着いた自信は無いです。
新鮮な野菜もさることながら一緒に挟んだタレで味付けされたお肉がもうね、それを素朴な味わいのピタパンで挟む事によりかぶりついた際の口の中に広がる味のハーモニーがですね~。惜しむらくは共にいただける飲み物が手持ちの水だけだったと言う事、あのピタパンの肉野菜包みにはミランダさん特製ハーブティーでしょう。今度持ち運び用にブレンドしたものを分けて貰おう。それぞれの家庭でそれぞれの味わいが楽しめるハーブティー。ウチは今の時期は偽癒し草の煮出し茶一択だからな~。
“そろそろ暑くなるしマルセル村に帰ったら麦茶用の麦の焙煎でもしよう”と今後の予定を決める、ケビン少年なのでありました。
「失礼しますシスター、私は辺境マルセル村から参りましたボイルと申します。本日は村の子供たちと共に女神様に祈りを捧げ、更に村に備蓄する為の聖水を購入したくお伺いさせて頂きました」
大きく開かれた聖堂扉脇に控えるシスターに声を掛け慇懃に礼をするボイルさん。そう言えば聖水ってどこで売ってるんだろうって思っていたけど、ああやってシスターに御声掛けしてから購入するのね。これって態度が悪かったりしたら売ってくれないってパターン?だったら買えない冒険者って多そうなんだけど?その辺は冒険者ギルドが中に入って上手い事調整したりするんだろうか。
「これはこれは、わざわざ遠方よりのお越し、女神様もさぞお喜びになられる事でしょう。皆様の信仰心に感謝を。それで聖水の購入ですね、村での備蓄用とのお話しですがどれ程必要とされておられるのでしょうか?」
シスターさんがボイルさんに聞き返すのはその購入量、ここで金額をすぐに言わない辺りは流石宗教家、“浄財はお気持ちです”とか言いながらしっかり価格設定されちゃってるとか言う奴なんだろうか?あれって結構面倒なんだよな~。安い金額だと怒りだしたりする人もいるし、“礼儀知らず、常識が無い”って言われても分からないですって。スマホが無ければ検索も出来ない、坊主丸儲けの世界でどうしたらいいのさ。
「はい、我が村では現在四名ほど出産を控えた御婦人方がおられまして、女神様のお力におすがりしたくその必要量を頂ければと。幸い我が村村長よりマジックバックをお預かりして来ておりますので持参した甕にお譲りいただきたく存じます。甕には状態保存の魔法陣が刻まれておりますので、御婦人方の出産までは持つかと」
「なるほど事情は分かりました、それでは司祭様にお取次ぎさせて頂きますので聖堂にてお待ちください。女神様へのお祈りはこの扉を真っ直ぐ進んでいただけましたら女神様の像がございますので、そちらでお願いいたします」
「はい、何から何までありがとうございます。では私どもは女神様にご挨拶をさせて頂きます」
そう言い教会の奥へと向かうシスターに礼をするボイルさん。えっとボイルさん、聖水って出産の時に使ったりするの?
「ん?あぁ、流石にケビン君でもその辺は知らないか。私も詳しくは知らないんだが、助産婦のセシルさんによれば聖水で妊婦を清める事で出産時の母体の危険を防ぎ赤ちゃんを無事に取り出す事が出来るらしい。出産後の妊婦の死亡率がこの清めを行うのと行わないのとでは相当に変わって来ると仰っていたぞ。教会では広く知られた事実とも仰っていた。
これならケビン君の実験に使うとか、闇属性系の魔物退治に向かうとかいった言い訳よりもマシだろう?小瓶で分けて貰うならいざ知らず、今回は甕で分けてもらうからね。それなりの理由付けが必要だったのさ。幸い我が村に妊婦がいるのは事実だしね」
「へ~、全然知らなかった。今度セシルおばあさんの所に行って聖水の事を詳しく聞いてみます。それじゃ司祭様が来る前に早速お祈りに行きましょうか、俺、教会って初めてなんで楽しみにしていたんですよ」
目の前に広がる大きな聖堂。壁際にはこの建物を支える為か柱状の曲線を伴ったでっぱりが幾つか見られ、高い天上の窓からは日の光が差し込み幻想的な雰囲気を醸し出している。こうした教会建築の技術は、在りし日の記憶の中の宗教施設と似通った点が見られる。高い天上と広い空間、この空間で語られる司祭様のお話しは建物内の反響と相まって、とてもありがたい物に聞こえてくるのだろう。これで孤児院が併設されていて聖歌隊を形成していたら完璧なんだけど。
「ボイルさん、この建物の中ってよく音が反響しますよね?街の子供たちや御婦人方が歌を歌って女神様を称えたりとかってしないんですか?」
「あぁ、聖楽師隊の事かい?王都ではそうした人たちがいると聞いた事が有るよ。なんでも協会に所属している吟遊詩人の職業を授かったシスターたちで結成されているとか、女神様を称えるその調べは天上の歌声だとか。
残念ながら私は聞く機会に恵まれなくてね、お貴族様の結婚式や教会の重要な式典などで聞く事が出来ると聞いているよ」
へ~、やっぱりいたんだそう言う人たち。王都辺りなら楽器の演奏も入ってさぞやにぎやかで華やかな結婚式や式典を行うんだろうな~。お風呂場じゃないけど、これだけ反響が入るんなら歌っていても気持ちいいだろうし。褐色肌のおじさんが魂の歌声で綴る愛の賛歌を熱唱したい。“あなたに~~~~い~~~~~~~!”とかやりたい!怒られるからしないけど。
それで目の前の彫像が女神様と。彫刻師の渾身の作品、凄い荘厳。人の想像力って凄いよな、でもこの作家さん、なんであんなに女神様のお胸様を双子山にしちゃったんだろうか。母性の象徴?大地の神って事なんだろうか。
「ボイルさん、この彫像が女神様って事なんですけど、どうして女神様ってあんなにお胸が大きいんですか?母性と繁栄の象徴、作物の豊作を願ってとか何か意味が込められてたりするんですか?」
「あぁ、あの女神様のお姿は神託のスキルをお持ちの聖女様方が口伝で残した物を忠実に再現したものだよ。聖女様の中には直接女神様にお会いして神託を授かる方もおられるからね。直接お会いになると言ってもどこかに女神様のおわす場所があると言うのではなくて、祈りを捧げた聖女様が天界に呼ばれて女神様に謁見すると言う事らしい。私もあまり詳しくは知らないんだけどね。」
いえいえ、十分御詳しいと思います。でもそうか~、女神様って巨乳なのか~。う~ん、あのサイズ、凄い肩が凝りそう。
教会の中には俺たちマルセル村一行とほか数名、この時間帯は割と空いていた様で聖堂は静かで落ち着いた雰囲気となっています。だってお昼だもんね、皆食事に行ってるよね。と言う訳で皆でゆっくりとお祈り。
ゲームや小説とかだとこう言った場面で勇者ジェイクにご神託が降りて来て何かの強化イベントが始まっちゃったりするんですが・・・うん、特に何もなさそうですね。ジェイク君が急に光り出したりしたらどうしようかと思ってた、内心ハラハラドキドキでしたよ全く。本当にそう言うイベントは授けの儀まで待っていただきたいものです。
で、他のチビッ子は“ブッ”、ちょっと待てい。エミリーちゃんがなんか淡く光ってるんですけど!?
ボビー師匠これって不味くないですか。
「むっ?おぉ、これは。どうやらエミリーは<祈り>のスキルに目覚めた様じゃな。この淡い光は祈りのスキルが発動しておる証拠じゃ。エミリーや、何か頭の奥でスキルを使っていると言った感覚が無かったかの?」
「えっと、何か身体がポカポカして周りを包み込んでいるような感じがしました」
「うむ、それが祈りのスキルじゃな。このスキルは効果範囲内の味方を癒す効果がある。怪我の回復、疲労の回復、軽度の状態異常回復など使い勝手の良いスキルじゃ。エミリー、良かったの」
「そう言えばさっきから身体が温かくなって腰の痛みが取れて来てたのはエミリーちゃんのお陰だったのか、てっきり女神様の奇跡かと思ったよ。エミリーちゃん、ありがとうね」
「俺はお腹がすっきりしてきた。今ならもう一回お昼が食べれそう」
「ジェイク、それってただの食いしん坊だから。エミリーのスキルはあまり関係ないと思うよ?」
「「「「アハハハハハ」」」」
「いずれにしろそのスキルはパーティーでの戦闘において有効な武器となる。マルセル村に帰ったらそうしたパーティーでの戦闘についても教えて行こうかの」
「「「はい、ありがとうございます。ボビー師匠」」」
未だに自分の手を見詰め信じられないと言った顔をするエミリーちゃん。何にしても有用なスキルの獲得おめでとう。そしてボイルさん、御者のお仕事が腰に来てたのね、五日間ですもんね、本当にご苦労様です。
って言うかエミリーちゃん、そのスキルどうやら始めから持っていたっぽいですよ。周りが驚く中、ジェイク君全く動じてませんでしたし。鑑定スキルでエミリーちゃんがどんなスキルを持っているのか知っていたって顔ですね、あれは。
変に所有スキルを開示して人間性を歪めるんじゃなく、こうした偶然の機会や授けの儀を待って共に祝福する。ジェイク君って結構大人、流石は転生勇者様、分かっていらっしゃる。本来ジェイク君のような特別な力を持っていて尚且つ異世界転生なんて体験をしようものなら、テンション爆上がりでハッチャケて無茶苦茶しそうなものだけど、彼ってしっかりこの世界に馴染んでるよね。地に足が付いているって言うか、その点で言えば俺の方が浮ついているのかな?
ただ美味いタンパク質を追い求めてたり言い訳の為に奔走したりしているだけなんだけど、今じゃすっかり勇者病<仮性>重症患者のケビン君だもんな~、事実だから何にも言い返せないけど。でもジェイク君もいい感じに勇者病だと思います、仲間がいるって心強いです。
でですね、皆さん先程からエミリーちゃんを囲んで感謝の言葉を述べたり祝福の言葉を送ったりされておりますが、あの祭壇脇の床にドカッと腰を下ろして飲んだくれている御方は完全スルーなんでしょうか。
俺は祭壇の前に来てからずっと気になっている存在に目を向け、一人頭を傾げるのでした。
本日二話目です。
花粉症終了(杉)
ヒノキの方は頑張って。
いってらっしゃい。
by@aozora