“ガタガタガタガタガタガタ”
寒風吹きすさぶ冬の街道を三台の馬車が車列を作り走り抜ける。その前後には武装した騎士の騎乗する馬が付き、馬車に乗る者が貴人であることを物語る。
彼らが向かうのは王都より遥かに離れた辺境の地、ホーンラビット伯爵領マルセル村。彼らの目的はいたってシンプル、全てを奪い、全てを従わせる事。
貴族とは、ただ地位で決まるものではない。中央貴族こそが本物の貴族であり、地方貴族などただの雑用に過ぎない。
武力などという野蛮なものに縋る事しか出来ない無知蒙昧な愚か者に、自分たちがいかに脆弱で思い違いをしていた無礼者であったのかを知らしめる、そして全ての富を吐き出させる、永遠に。
揺れる馬車の中、彼らは思う、これから始まる輝かしい未来を。貴族社会は整理された、武力をかざす愚か者は自らの増長の果てに勝手に滅んでいった。王都貴族社会は真に選ばれた高貴なる血族だけが残された、そしてオーランド王国は新たなる国王の下、正しい道を歩み出す。
最大の潜在的脅威であったバルカン帝国は神の怒りにふれ沈黙した。ドラゴンを操ろうなどと愚かな選択をしたばかりに、国は南北に分断され帝都は崩壊した。
最早我々を脅かすものなど何もない、恐れる物がない以上、過剰な戦力は我々の為に有効活用すべきなのだ。王家主催のオークションは蛮族の活用法を示す素晴らしい考えであった。
これから行われるものは交渉ではない、通達である。従うしかない絶対的な宣言、奴らに残された道など無いのだから。
馬車に乗る中央貴族の代表は、絶対的な自信と先行した自分が役得的に行おうとする仄暗い思惑に、内なる欲望を湧き起こらせ嫌らしく唇を歪ませるのであった。
―――――――――
マルセル村の中心部村の健康広場では、朝の健康体操と時に使われる高台の上でちびっ子のリーダー的存在であるミッシェル・ドラゴンロード男爵令嬢(五歳)が、マルセル村の子供たちを前に言葉を向けていた。
「諸君、君たちも知っているように現在我がマルセル村は窮地に立たされている。マルセル村の信仰の中心である村の礼拝堂がボルグ教国という宗教国家に狙われている。
彼らは異端審問官に調査を行わせ、礼拝堂の秘密を知ってしまったのだ」
“バッ”
ミッシェルの言葉に整列していた子供の一人、グルゴ男爵の息子ポール・ナイトが手を上げる。
「隊長、礼拝堂の秘密とは一体何でしょうか?」
「うむ、ポール隊員はよい質問をした。ポール隊員は礼拝堂の中央に描かれている模様を知っているかね? あの模様の中心で跪き女神様に祈りを捧げると、模様が光り出し六本の光の柱が立ち上るのだよ」
“ザワザワザワザワ”
ちびっ子たちの間にざわめきが広がる、そんな面白そうなこと、自分たちは知らなかった。
「皆がこの事を知らないのは無理もない。この事は村の大人たちにより秘匿されていたのだからな。だがその秘密は既に知られてしまった、異端審問官の手で暴かれてしまった。そしてこの礼拝堂には更なる秘密がある、礼拝堂に供物を捧げると、目の前から消え失せてしまう事があるのだ。
消える物は棒パンに蜂蜜を垂らしたおやつや甘木汁クッキーなど、その辺の石ころを捧げても消える事はないが、美味しそうな物やお酒のつまみになりそうな物は消えるという事が分かっている。
つまりあの礼拝堂は我々の知らない未知の存在との交流施設である可能性が高いのだ。
村の大人に聞いても本当の事は教えてくれないし、はぐらかされてしまう。だがその事をボルグ教国は嗅ぎつけた」
“バッ”
次に手を上げたのはロバート隊員の妹マリアンヌ、彼女は冷静に言葉を向ける。
「えっと、それって何が問題なんですか? ボルグ教国は教会組織の纏め役の国ってパパに聞きました。ボルグ教国の司祭様が礼拝堂に来ても私たちは特に何も変わらないですよね?」
マリアンヌの発言にミッシェルは目を細め、優しく諭すように語り出す。
「そうだな、確かに礼拝堂自体は変わらないだろう。礼拝堂は祈りの場、女神様に対する信仰心がなくならない限り失われる事はない。
だがそうなると現在礼拝堂の管理維持を行っている御神木様が森に帰られてしまう。それがどういうことなのか」
ミッシェルは高台の上からちびっ子たちを見回し、先の事を考えさせる。ちびっ子たちは首を捻り御神木様がいなくなってしまった後の事を考える。
「えっ、まさか、そんな・・・」
「うむ、チェリー隊員は気が付いたようだな。そうだ、御神木様がいなくなるという事は、私たちにおやつを与えてくれる存在の喪失を意味するのだ!!」
混乱と絶望がちびっ子たちを襲う、御神木様が与えてくれるおやつはちびっ子たちの生命線、ママさんズが用意してくれるおやつでは満たされない空腹を補ってくれていた存在、それが御神木様に他ならなかったのである。
「諸君、我々は立ち向かわねばならない、これは我々の生存を駆けた聖戦なのだ!! 第一期航空隊は引き続き上空警戒訓練を行う。第二期航空隊は初期飛行訓練を行う。
ロバート隊員、本日より第一期航空隊の隊長に任命する。他の者はロバート隊長の指示の下、上空警戒訓練に入ってくれ」
「「「「「はい、了解しました、ミッシェル司令官!!」」」」」
ロバート隊長の指揮の下、チェリー、ルビアナ、ランディー、ポールがグラスウルフ隊隊員たちの背に跨り空に向かい駆け出していく。
「エリーゼ隊員、クロック隊員、シュミット隊員、プリシラ隊員、君たちは私の後に従い初期飛行訓練を行うように。焦ってはいけない、誰もが初めは初心者だということを心に刻み、着実に技術を身に着けるのだ。
マルセル村の空の安全は君たちの頑張りに掛かっているのだからな」
「「「「はい、ミッシェル司令官!!」」」」
元気よく返事をし、それぞれの相棒となるグラスウルフ隊隊員たちに跨るちびっ子たち。ミッシェルは魔獣の背に跨り確りと前を見据える隊員たちの姿に大きく頷くと、宙に浮かぶ大きな卵に飛び乗り号令を掛ける。
「第二期飛行隊、出発!!」
“シューーーーーーー”
ゆっくりと空に向かい飛んでいくミッシェルを乗せた巨大な卵。
““““スクッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ、シュタンッ””””
立ち上がりその後を追い掛けるちびっ子たちを乗せたグラスウルフ隊の隊員たち。
彼らは進む、マルセル村に広がる大空に向かって。自分たちの行いがマルセル村の輝かしい未来に繋がると信じて、絶対に美味しいおやつを守るのだと魂に誓って。
―――――――――――
「・・・なぁリンダ、マルセル村の子供たちは何でこんなに元気なんだ? 普通自分たちの住む場所がなくなってしまうと聞かされたら、もっと混乱するものだろう? それに村のお年寄りたちや若い住民もあまり慌てているようには見えないし、ホーンラビット伯爵閣下がよく考えて結論を出して欲しいと言ってから半月が経ったけど、誰もグロリア辺境伯領に移り住もうと言い出さない。ワイルドウッド男爵の言った「魔王の配下という汚名を受け続けるかもしれない」という言葉の意味を理解していない訳じゃないと思うんだが」
健康広場の一角に建つ食堂の窓から白い魔獣に跨って空に飛び立っていくちびっ子たちの様子を眺めながら、マルセル村から納品される大森林素材の運搬管理を担う王宮所属資材管理部ケープ・ゴートは、テーブルに置かれたマルセル茶の注がれた湯呑みに手を伸ばす。
「そうですね、この村にいる者の多くは他の土地を追われた者やその子孫、一度村を出てみたものの世間の荒波に翻弄され舞い戻った者たちです。身も蓋もない言い方をすれば他に行く場所がない、他所に行く気がない人たちなんですよ。
ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下は村人の生活を保障するとは言っていますが、彼らにとってマルセル村は自分たちの手で作り上げた楽園です。
ただ食事をする事、冬の寒さに怯えず春を迎える事のありがたさを知る者たちにとって、今のマルセル村は捨てる事の出来ない魂の故郷なんです」
向かいの席に腰を下ろすリンダは、同じように冬空に飛んでいくちびっ子たちを眺め目を細める。
「それよりもケープは王都に戻らなくてもいいんですか? マルセル村にいては確実に混乱に巻き込まれてしまいますよ?」
ケープの顔を見ながら心配そうに言葉を掛けるリンダ、ケープは肩を竦めながら返事をする。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどな、正直に言って王都に戻っても俺には帰る場所がないんだよ。既に資材管理部には席もない、名目だけの所属にされていて素材管理報告書を上げるだけの役割になっている。
要するに大森林の素材の運び屋って扱いだな。旨い汁を吸えなかった連中のやっかみ、俺に全てを押し付けておきながら嫉むって、意味が分からないんだけどな。更に言えばこの冬の素材の納品はホーンラビット伯爵閣下が正式に中止なさっている。これからクロッカス第三王子殿下に簒奪されようっていうのに、王家主催のオークションへ素材を納品する馬鹿はいないってな。
そうなるとどうなるのか、その責任は誰に向かうのか。よくて更迭、悪ければ投獄、王都の連中にとって都合のいい自白調書にサインを書かされて、身ぐるみ剥がれて犯罪者として処分される。
これまでだってそうして処分された連中を嫌って程見てきたし、自身がどう扱われるのかなんて簡単に想像がつくさ。
それに、リンダは残るんだろう?」
“コトッ”
テーブルに置かれた湯呑み、リンダは少し寂しそうな瞳を向け言葉を返す。
「そうですね、私は耳目、王都諜報組織“影”の諜報員です。己を隠し、己を偽り、これまでも様々な任務に就いてきました。本来はこうして自身の所属を話す事などあるまじき行為なのですが、マルセル村では公然の秘密、この村に来た当初から知られていましたから。
私の任務はマルセル村で生き、マルセル村の情報を送ること、その命令は変わりません。たとえ今度の件で終わりを迎えるとしても、私はマルセル村に残るでしょう。
でも私はケープには生きて欲しい、たとえ王都に居場所がなくともケープならどこででも生きていける。マルセル村に順応できたあなたなら大丈夫、だからすぐにでも「嫌だね、ここを離れたらリンダに会えないだろう?」・・・」
流れる沈黙、見つめ合う二人、静かに時間だけが過ぎていく。
そんな二人を、食堂の影からマルセル村女衆が覗き見る。
食堂の片隅に生まれた大人の恋の物語、それは女衆の絶好の獲物として、瞬く間に村中に知れ渡る事になったのは仕方のない事なのであった。
―――――――――――
多くの人と物とが集い活気に溢れるグロリア辺境伯領領都グルセリア、その繁華街の片隅、裏路地の行き止まりにひっそりと佇む一軒の酒場。カウンターテーブルに立ちグラスを磨くマスターは、ふとした違和感に視線を上げる。
「あぁ、あんたか。相変わらず心臓に悪い登場の仕方をするな」
“コトッ、トクトクトクトク、スーーーー”
マスターはグラスに赤ワインを注ぎ入れると、カウンターテーブルへ静かに差し出す。
「ごめんね~、ちょっと色々あってさ、どうしようか悩んでたんだよね」
カウンターテーブルの向かいにはいつのまにか漆黒のコートを着たハーフマスクの人物が席に着き、差し出されたグラスに手を伸ばす。
「それで、今度は一体何をすればいいんだ?」
「う~ん、それなんだけどね、この資料にある人物たちの素行調査を頼みたいかな、行動から交友関係、借財の有無と隠し財産なんかもね。資産の差し押さえを行った際の資産分配に関わるからね、詳しい情報が集まったら王都諜報組織“影”と商業ギルド会長のベルナール・アパガード氏に届けて欲しいんだよね。
差し押さえはベルツシュタイン卿の指揮の下、財務局との共同で行われる予定。その際に商業ギルド職員も共同参加する事になってるんだよね。
詳しいことは現場の者には知らされてないけど、信頼のおける上層部はその方向で動きだしているから。
それと既に情報が入ってると思うんだけど、近々ホーンラビット伯爵家旗下ケビン・ワイルドウッド男爵がボルグ教国から魔王認定されて魔王からの聖地奪還の名目で勇者軍がホーンラビット伯爵領を目指して進軍してくるはずなんだけど、その日程が知りたいかな? 勇者軍の構成、参加国や組織等が分かるようならそれも知りたいんだよね。
勇者軍はかなり危険だけど、情報統制はガバガバだから調べようはあると思うんだけど」
そう言いグラスに口を付けるナニカにマスターは視線を鋭くする。
「・・・バレたって事か?」
「あ~、やっぱりマスターには分かっちゃってた? まぁこれまでの情報を総合的に分析すればおのずと答えは導き出せるしね。でも今回はそうじゃなくて所謂“生贄の魔王役”、彼らにとって都合のいい魔王役であり尚且つ排除対象になっちゃったみたい。
ちょっと前に異端審問官が来た時に僕のステータスを調べていったんだけど、僕ってば加護が特殊なんだよ。<創造神の加護>、教会関係者には認めたくない、信じたくない加護みたいなんだよね。
だってこれまでの歴史上そんな加護を持った人物なんていないからね、しかもそれが教会の関係者以外から出たとあっては嫉妬心が先に立っても仕方がないのかな? 職業が<田舎者(辺境)>だったのが余計に腹立たしくなった原因みたいだけどね。
この辺の事は王都教会のベルトナ教皇猊下から直接聞いてきたから確かかな」
マスターはナニカの言葉にその場に崩れ落ちそうになるも、グッと堪えて言葉を返す。
「分かった、依頼は依頼だ、引き受けよう」
「いや~、助かるよ、こっちは勇者様ご一行の歓迎準備が忙しくなるからさ、情報収集に時間を掛けられないんだよね。
それとメルビン司祭長からの依頼を受けてくれてありがとうね、あのお爺ちゃん、目茶苦茶喜んでたよ」
「あぁ、ピエール司祭見習の母親を探して欲しいって話か、アレは簡単だったからな。王都の夜の蝶の情報は全てうちで握っている、当然ルビアン枢機卿がアルデンティア第四王子殿下の側近に付ける為に産ませた子供たちの情報も把握済みだ。
あんたも知ってる“倶楽部雪の雫”の“マダム”に問い合わせたら、すぐに現在の所在地を教えてくれたよ。まぁ役に立ったんならよかったじゃないか」
「それがさ、あのメルビン司祭長がピエール司祭見習のママさんに一目惚れしちゃってさ、熱心に口説いた挙句ママさんの為にピエール司祭見習を自分の養子にしちゃったんだよね。
ママさん大感激、真実は言えないまでも実の息子に母親として接する事が出来るとか言って、メルビン司祭長に永遠の愛を誓ったとかなんとか。
こっちに来る前に顔を出して来たんだけど、のろけが凄くって、それでさっきは疲れ切ってたって訳。老いらくの恋じゃないけど、お爺ちゃんに惚気られるって疲れるわ、マジで」
そう言いカウンターテーブルに突っ伏すナニカの姿に、苦笑するマスター。
動乱が始まる、それも国を揺るがす規模の動乱が。だがそんなものがやってこようともこのナニカは飄々と叩き潰してしまうのだろう。
マスターは棚からグラスとボトルを取り出すと、琥珀色の液体を注ぎ入れクイッと飲み干すのであった。
本日二話目です。
ゴールデンウイーク、サービス業がんばれ、私も仲間だ!!
いってらっしゃい。
by@aozora