転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第841話 中央貴族の使者、ホーンラビット伯爵領を訪れる

マルセル村の冬は寒い。フィヨルド山脈から吹き下ろす寒風は木々の葉を落とし、全てを凍り付かせる自然の脅威。ただそこにいるだけで命懸けとなる環境は、人の流れ、物の流れを停止させる。

周辺地域の村々では秋に備蓄した食料を細々と消費し、家に閉じ籠もり春の訪れを心待ちにする。辺境で生きるとは命と向かい合う事と同義なのである。

 

吹きすさぶ風に枯れ草が揺れる。草原に真っ直ぐと伸びた石畳の街道を、騎馬の護衛に守られた馬車の車列がマルセル村に向い走り抜ける。

 

「止まれ、ここから先はホーンラビット伯爵領マルセル村である。許可なき者の通行は禁止されている。

貴公らの用向きを述べられよ」

「控えよ、我らはクロッカス第三王子殿下よりの親書を携えた使節である。我らに対する無礼はクロッカス第三王子殿下に対する無礼と心得よ。

今すぐその場を退きホーンラビット伯爵の下へ案内せよ!!」

 

マルセル村の村境を守る門兵は、突然現れた一団に訝しみながらも、詰所に控える者に合図を送ると毅然とした態度で立ち塞がる。

 

「貴公らは何か勘違いをされているようなので申し上げる。ホーンラビット伯爵領は自治領である、この事はゾルバ国王陛下より正式に御許可をいただいている。

したがって貴公らがクロッカス第三王子殿下より正式に使者の任を賜っていたとして、我らが貴公らに従う義理はない。

自治領とは自主独立を旨とする貴族領であることを、心置きいただきたい」

「クッ、そのような戯言が通用するとでも思っているのか!! 貴様は一体誰に物を言っているのか理解していないようだな、次期国王であるクロッカス第三王子殿下に対する愚弄、貴様一人の責任では済まされんという事を理解しての物言いであろうな!!」

 

怒号を上げ、腰の剣を引き抜く騎士。だが門兵は騎乗の騎士から目を逸らすことなく、ジッと騎士を睨み続ける。

 

“タッタカ、タッタカ、タッタカ、タッタカ”

そんな両者の間に割って入ったのは、一体の白い魔獣であった。ホーンラビット伯爵家の紋章の描かれた布地を身に着けた魔獣は、門兵の前に出ると何かを訴えるかのように顔を向ける。門兵は魔獣の身体に着けられた布地のポケットから一枚の紙を取り出すと、一読し馬上の騎士に向き直る。

 

「ホーンラビット伯爵閣下より入村の許可が下りた。ホーンラビット伯爵閣下は道を真っ直ぐ進んだ本邸に居られる、そのまま進まれよ」

門兵はそう告げると、村境の道を空け通過の許可を出す。騎士は憎々しげに門兵を睨み付けたまま剣を鞘に納めると、馬を進めホーンラビット伯爵邸へと向かうのであった。

 

馬車の一団がその場を通り過ぎた後、詰所から姿を現したギースは未だ近寄り難い雰囲気を漂わせる門兵に声を掛ける。

 

「カシム、お疲れ様。いや〜、素晴らしい対応だったわ〜。流石門兵の鑑カシム、俺には難しい対応だったわ〜」

「ギースさん、何で代わってくれなかったんですか、目茶苦茶怖かったんですからね!!

俺、何度も合図を送りましたよね!? それなのに本邸に連絡を送るだけって、助けに来てくれても良かったじゃないですか〜!!」

泣き言と共に非難の目を向けるカシムに、ギースは笑いながら言葉を返す。

 

「いや〜、だって俺だったらムカついて全員切り捨てちゃうかもしれないし? 俺ってああいう傲慢が服を着ているような連中って大嫌いなんだよね~。それにあの程度ならカシムでも余裕でしょう?」

そう言い肩を竦めるギースに尚も詰め寄るカシム、マルセル村の村境では日々門兵が目を光らせ、村の平和を守り続けているのであった。

 

――――――――――

 

「まったくなんだというのだ、この私の馬車をたかが地方伯爵家に仕える門兵が遮るとは。この不敬、どう償わせるべきか」

「お気を鎮め下さい、ベルモント伯爵閣下。マルス侯爵閣下からのお言葉を忘れなきよう願います。

閣下は次期国王であるクロッカス第三王子殿下の親書を携えた言わば王家の名代、その閣下に対するホーンラビット伯爵家の臣下の不敬は、ホーンラビット伯爵自身に償わせるが筋であるかと。であればこそ今は王都中央貴族の威厳を見せつけるべきかと愚考いたします」

 

馬車の車内で苦言を向ける配下を、ベルモント伯爵は不機嫌さを隠すことなく睨みつける。だが中央貴族の牽引役であるマルス侯爵閣下からの言葉を出されては、矛を収めざるを得ない。

 

「そのようなこと貴様に言われんでも分かっている! オーベルシュタイン、貴様は黙って私に従っていればいいのだ。貴様はエラブリタイン伯爵家という沈みゆく泥船から掬い上げてやった恩を忘れた訳ではあるまいな?」

「とんでもございません、エラブリタイン伯爵は目先の小さな利益に目が眩み大局の分からぬ愚か者、アルデンティア第四王子殿下の派閥が発足するやバルデン侯爵に尻尾を振るように付き従い、愚か者共の集まりで偉い顔をして悦に浸っている小者でございます。

その点ベルモント伯爵閣下はマルス侯爵閣下という血筋確かなオーランド王国の顔というべき正統なる指導者の下につかれた賢明なるお方、此度の使者のお役目をみてもマルス侯爵閣下が如何にベルモント伯爵閣下に信頼を置かれているのかが分かるというもの。そのような偉大なお方にお仕えできることができ、このオーベルシュタイン、身に余る光栄でございます。

どうぞこれからもベルモント伯爵閣下の手足として、お仕えさせていただきたく存じます」

 

深々と頭を下げ絶対の忠誠を誓う配下の姿にいささか気をよくしたベルモント伯爵は、「その言葉、決して忘れるでないぞ?」と威圧を懸けながら、この話は終わりだとばかりに視線を外す。

 

馬車の動きが止まり、騎士がホーンラビット伯爵邸への到着を知らせる。車窓から見える屋敷前には、ホーンラビット伯爵家の使用人たちがずらりと列を作り、当主であるドレイク・ホーンラビット伯爵とその妻であるミランダ・ホーンラビット第一夫人、デイマリア・ホーンラビット第二夫人が顔を揃えている。

 

「ほう、これはどうして。田舎貴族の妻と聞いて少し遊ぶだけのつもりであったが、連れ帰るのも悪くないやもしれん」

沸き起こる欲望、黒い感情が口元を歪ませる。

 

“ガチャッ”

馬車の扉が開かれる。ベルモント伯爵は目の前の獲物をどう料理してやろうかと内心舌なめずりしながら、猟場に足を踏み出すのであった。

 

「これは遠いところよくぞおいで下さいました。私はホーンラビット伯爵家当主ドレイク・ホーンラビット、隣の両名は妻のミランダ・ホーンラビット、デイマリア・ホーンラビット。

王都よりクロッカス第三王子殿下の親書をお届けくださったとか、心より感謝申し上げます。まずは屋敷の中で身体を温められ、詳しい話はその後にお聞かせ願えればと存じます。

護衛騎士の方々並びにお付きの方々もさぞお身体が冷えられたことでしょう、どうぞ屋敷内に入りお身体を温めていただけましたらと存じます」

 

一歩前に出て深々と礼をした後口上を述べるドレイク・ホーンラビット伯爵。ベルモント伯爵はその軟弱な物腰に、王都の噂は何であったのかと拍子抜けする。

 

「これはわざわざの出迎え、感謝する。私はモンド・ベルモント伯爵、クロッカス第三王子殿下の名代として王家の意向を伝えにきた者である。我が言葉は王家の言葉として受け止められよ」

ベルモント伯爵はホーンラビット伯爵にそう言葉を向けると、まるで自身の別荘にでも向かうように堂々と屋敷の中へと入っていくのであった。

 

ベルモント伯爵一行が案内された先は、ホーンラビット伯爵家屋敷の大広間、来客の際にパーティーなどが行われるであろうその部屋には長テーブルが用意され、簡単な軽食が並べられている。

 

「どうぞお座りください、ただいま身体の温まるお茶をお出しさせていただきます」

ベルモント伯爵一行が勧められるままに席に着くと、執事とメイドがテーブルに香り豊かな緑色のお茶の注がれたティーカップを並べていく。

 

「これは我がホーンラビット伯爵領の特産品でマルセル茶と申します。ほんのり甘さを感じる風味と爽やかな若葉の香りが心を穏やかにする一品、私も書類仕事の合間に愛飲しているのですよ。

集中力が切れてくると、仕事の効率が下がってしまいますからね」

そう言い執事に出されたティーカップに口を付けるホーンラビット伯爵の様子に、ティーカップに手を伸ばす面々。口腔に広がる爽やかな若葉の香りとほんのり感じる甘味は、たしかに気持ちを落ち着かせる。

 

「これはいいお茶だな、王都の社交界でも喜ばれるだろう」

「そうですか、ベルモント伯爵閣下のような王都中央貴族社会に精通している御方にそう言っていただけると、生産地の者として心強く感じます」

そう言いにこやかな笑みを浮かべるホーンラビット伯爵であったが、ベルモント伯爵は違う意味で笑顔を浮かべる。

ビッグワーム農法による王都でも評判の高級ブランド野菜、ホーンラビット牧場と言う新たな試みによって生産された良質な食肉、キャタピラー繊維産業やマルセル茶と言う新たな特産品。どれもが生産量こそ少ないものの希少な高級品として取り扱われる品々、これらから生み出される富をいかにして手に入れるのか。

ホーンラビット伯爵家騎士団と言う危険分子を大魔境に排除し、ホーンラビット伯爵領で作られる生産物を維持するにはどうしたらいいのか。

短い時間で複雑な計略を弾き出す。

 

「とても良い物をいただいた、冷えた身体が心から温まるような優しさを感じましたぞ。では早速ですが私も使者としての役目がありますので本題へと移りましょう」

モンド・ベルモント伯爵は懐に手を入れると、大切に保管していた一通の書簡を手に取りテーブルの向かいに座るドレイク・ホーンラビット伯爵にスッと差し出した。ホーンラビット伯爵はその書簡を受け取ると、その場で開封し中身を確認する。

 

「・・・ベルモント伯爵閣下、貴殿はこちらの親書の内容についてクロッカス第三王子殿下からご説明をお受けしておいででしょうか?」

「そうですな、大まかな内容については。目出度くもボルグ教国教会よりホーンラビット伯爵領マルセル村に存在する礼拝堂を聖地として認定する旨の話を伺っている。またボルグ教国教会とオーランド王国王都教会との共同で聖地の維持管理を行いたいとの申し出も受けているとか、この事は我がオーランド王国が国際的にも大きく認められる絶好の機会と考えるものである。

ホーンラビット伯爵家にはクロッカス第三王子殿下の勧めに従い新天地での領地開拓運営に尽力していただきたい。

無論ただホーンラビット伯爵家に無理を強いるつもりは微塵もない。王都におけるホーンラビット伯爵家王都屋敷の無償提供、ミランダ第一夫人とデイマリア第二夫人の王都社交界での手助けはモンド・ベルモント伯爵の名に懸けてお引き受けいたしましょう。

お二人にはつつがなく王都での暮らしを楽しんでいただきたい。

また領民たちの暮らし向きも王都教会とボルグ教国教会の間に入り手配いたしましょう。領民たちにはこれまで通り特産品の生産に従事できる環境を整えようではありませんか」

 

大仰に手を広げ、然も素晴らしい提案をしているような仕草を見せるベルモント伯爵に、ホーンラビット伯爵は暫しの沈黙の後言葉を返す。

 

「そうですか、クロッカス第三王子殿下の親書の内容はよく分かりました。ですがこの提案は到底お受けする事が出来ません、クロッカス第三王子殿下にはドレイク・ホーンラビット伯爵がホーンラビット伯爵家の総意としてご提案をお断りしていたとお伝えください」

そう言い静かに頭を下げるホーンラビット伯爵に、ベルモント伯爵は小馬鹿にしたような笑みを向ける。

 

「ハァ~、これだから田舎貴族は何も分かっていない、わざわざクロッカス第三王子殿下が親書と言う形を取ってくれたのはホーンラビット伯爵家の立場を慮ってのこと、これは王家の命令だ。

お前たち地方貴族は王家の指示に従えないとでもいうのか? だから土地に縛られている者は度し難い。大体村一つしかない名目貴族の貴様が我々中央貴族に口を聞く事自体が烏滸がましいという事が何故わからん、貴様らは我らの言葉を頭を下げて拝聴するくらいでちょうどよいというのに。

それによいのか? 貴様らの運命は私の報告一つで決定してしまうのだぞ?」

ベルモント伯爵は席を立つとゆっくり移動しながら言葉を続ける。

 

「貴様はボルグ教国と王都中央教会が動くという本当の意味が分かっていない。彼らの言葉は天の言葉、彼らが世界に発する言葉一つで貴様らは永遠に呪われた運命を背負う事になる」

「それは一体どういう意味でしょうか、私たちはただ辺境の地で必死に生きてきた、それと教会にどんな繋がりがあるというのです!!」

声を大きくするホーンラビット伯爵の態度に失笑を浮かべるベルモント伯爵。それにつられるように、ベルモント伯爵の配下の者たちがくすくすと笑い出す。

 

「本当にこれだから社交界もろくに知らない成り上がりは度し難い、自分たちの置かれた状況が何も分かっていない。

王家に牙を剥いた軍閥貴族は排除されバルカン帝国は神の粛清を受け沈黙した、最早オーランド王国に貴様らの居場所など無いのだよ。

いや、この世界のどこにも貴様らを受け入れてくれる場所はないだろう、世界の敵である魔王の配下である貴様らをな」

「はぁ? 一体何の事です? 我々が魔王の配下? どこをどうすればそんな話になるのですか」

抗議の目を向け声を荒らげるホーンラビット伯爵、だが彼の背後にまで移動してきたベルモント伯爵はそんなホーンラビット伯爵を宥めるように肩に手を置くと、諭すように語り掛ける。

 

「この地を明け渡せ、ドレイク・ホーンラビット。貴様らが本当に魔王の配下であるかどうかなど関係ない、教会が魔王の疑いを掛けた段階でそれは事実として認定されるのだよ。

今ならまだ間に合う、クロッカス第三王子殿下の慈悲におすがりするんだ。そうすれば領民は助かる、貴様の家族の命も保証しよう。貴様らが大魔境の素材を納品し、自分たちの有用性を示す限り、貴様の家族は我らが大切に扱うと誓おう。

教会にも慈悲はある、我らは教会と深く繋がっている。貴様が差し出す者は二つ、ホーンラビット伯爵領と魔王只一人。貴様の手で魔王を始末しろ、それですべてが丸く収まる」

「一体何を言ってるんだ、それに魔王など「ケビン・ワイルドウッド男爵、奴はやり過ぎた。王家と教会は奴を危険視している、魔王の再来としてな。時間はない、聖戦が始まる。それを止めることができるのはお前だけだ。今ここで決断するんだ」・・・」

そう言い懐からもう一通の書簡を取り出すベルモント伯爵。それは誓約書、ホーンラビット伯爵家はホーンラビット伯爵領を王家に返上し、新天地である大魔境の開拓と魔物素材の納品を行うという一方的な内容の記された一枚の書類なのであった。




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