転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第842話 中央貴族の使者、ホーンラビット伯爵領を訪れる (2)

静まり返る室内、テーブルに置かれた誓約書を前に固まるホーンラビット伯爵とその背後に立つベルモント伯爵。クロッカス第三王子殿下の使者としてホーンラビット伯爵邸を訪れたベルモント伯爵一行の者たちが、口元に愉悦を浮かべながら事の成り行きを見守っている。

 

「もう一度言おう、ホーンラビット伯爵家の者たち、ホーンラビット伯爵領の住民を救う手立ては一つしかない。ボルグ教国が動き出してしまえば何もかもが終わる、その事はこれまでの歴史が証明している。

奴らは本気だ、聖地“祝福されし礼拝堂”を手に入れ魔王ケビン・ワイルドウッド男爵を始末する為にナミビア王国の勇者が招聘される。

いくら貴様らが“辺境の蛮族”と呼ばれる者たちであろうと、世界を敵に回して生き残れるとでも思っているのか?

仮に勇者を退けたとしよう、それでどうする? 勇者ばかりではない、高位冒険者が、世界中の剣が人類の敵として貴様らを追い詰める、一人残らず、徹底的に。

これは貴様一人の問題ではない、貴様の愛する妻、愛する娘、愛する息子、貴様が生涯を掛けて救おうとしてきた領民全ての命運が掛かっているのだ」

ベルモント伯爵の言葉がドレイク・ホーンラビット伯爵に重くのしかかる。震える手がテーブルの上の誓約書を摑み取る。

 

「よく考える事だ、だが時間は限られる。期限は今夜、それまでは御婦人方に今後の王都での生活についてご説明しておくことにしようではないか。

なに、聡明な女性であればどう振る舞いどう判断するのが賢明であるのか、直ぐに結論が出るとは思うがな」

そう言いその場を離れようとするベルモント伯爵に、ホーンラビット伯爵が声を掛ける。

 

「お待ちください、ベルモント伯爵閣下、一つお伺いさせていただいてもよろしいでしょうか?」

お楽しみに向かおうとしていたベルモント伯爵は、出鼻をくじくホーンラビット伯爵の引き留めに不快感を覚えるも、顔を向けなんだとばかりに先を促す。

 

「この誓約書はどなたが作られたものなのでしょうか? 正確には誰の指示により作成されたものなのでしょうか? まさかとは思いますが、ベルモント伯爵閣下がご自分の判断で作成しお持ちになったなどという事は・・・」

「ハンッ、何を言うのかと思えば。そのようなことどうでもよいであろうが、肝心なのは貴様が自身の立場を十分理解しているのかどうかという事だ!!」

ホーンラビット伯爵のくだらない問い返しに、不快を隠すことなく声を上げるベルモント伯爵。だがホーンラビット伯爵は尚も言葉を続ける。

 

「いえ、これは大変重要な確認事項となります。そうですね、先ずは全てを整理いたしましょう。

ベルモント伯爵閣下は王都よりクロッカス第三王子殿下の親書を携え、使者として辺境ホーンラビット伯爵領を訪ねてこられた。先程受け取ったクロッカス第三王子殿下の親書は、たしかにクロッカス第三王子殿下本人が記されたものであり、そのご意思を伝えるものでありました。

ここまでは、確かな事実です。そして私ドレイク・ホーンラビット伯爵はホーンラビット伯爵家の総意としてこのご提案をお断りした。

この点に関して双方に認識の違いはございませんでしょうか?」

そう言い掌を見せ首を傾げるホーンラビット伯爵、ベルモント伯爵は憎々しげな表情を向けつつ「そうであるな」と答える。

 

「問題はここからです、ベルモント伯爵閣下はこれに対し「これは王家の命令だ」と言葉を返された、これは越権行為なのでは? この書簡はあくまでクロッカス第三王子殿下の親書、命令書ではなくご提案です。たとえ王都貴族社会の慣習として命令書と同等に扱われていたとしても正式文書としてはそう扱われる、違いますか?

それを命令と断言した事は王家の名を使った越権行為としてベルモント伯爵閣下が処罰の対象となるという事をご承知の上での発言と受け取りますがよろしいでしょうか?

因みにこの会談の内容は一言一句記録させていただいている事をご承知ください、後になって言った言わないといった不毛な争いはしたくありませんので」

ホーンラビット伯爵の言葉に顔を紅潮させ奥歯を噛み締めるベルモント伯爵。

 

「次にベルモント伯爵閣下がお話しくださったボルグ教国と王都教会の動き、これは確かに事実でしょう。その事はクロッカス第三王子殿下の親書が教えてくれています。ですがその後の「世界の敵である魔王の配下である貴様らをな」と言う言葉は些か口が過ぎてしまわれたかと。

私たちの何を以って“魔王の配下”としたのか、その具体的な話をしたように思わせておいて貴殿は言葉を濁された。これは中央貴族社会を生き抜く上での知恵、どのような場合でも逃げ道を用意する習慣が出てしまったのでしょうか?

ハッキリと言ってくださいませんか? 魔王が誰であり、私たちがその魔王の配下であると」

再びホーンラビット伯爵から向けられた言葉に怒りの形相を浮かべるも、言葉を発しないベルモント伯爵。そんなベルモント伯爵を冷めた目で見つめるホーンラビット伯爵。

 

「言えませんよね。クロッカス第三王子殿下の親書を携えた使者であるベルモント伯爵閣下が魔王を名指しする事は、クロッカス第三王子殿下が魔王を認定する行為に等しい。使者とは即ち背後にある者の意思を伝える役割を担う者、ベルモント伯爵閣下の一挙手一投足が全てクロッカス第三王子殿下の御意思とみられてしまう。

王都教会、ボルグ教国教会を差し置いて一国の王子殿下が魔王認定をするという事がどういうことであるのか、ベルモント伯爵閣下にもお分かりいただけるかと」

ホーンラビット伯爵の言葉に怒り心頭となり身を震わせるベルモント伯爵、そんな様子を見ながらテーブルの誓約書を指でトントンと叩くホーンラビット伯爵。

 

「そして問題となるのがこの誓約書です。これは明らかに我がホーンラビット伯爵家に全てを差し出すように求めている。ですが文面にはホーンラビット伯爵家が自分たちの意思ですべてを差し出し、利益供与を行うとする内容が書かれている。

私はこのような誓約書は作成した覚えがありません。では誰が作られたのですか? クロッカス第三王子殿下がでしょうか、マルス侯爵閣下がでしょうか、それともベルモント伯爵閣下の勇み足でしょうか。

我々がこの事に抗議の声を上げれば皆様はこう反論するでしょう、「そのような物は知らない、言いがかりをつけるとは不敬である」と。仮にこちらが確かな証拠と証人を用意すればどうなるのか、その証人の質にもよるでしょうが、それを口実に我が家を責め立てるか、あるいはベルモント伯爵閣下を切り捨てるか。

王都貴族社会は恐ろしい、我々“辺境の蛮族”を如何すれば罠に嵌めることができるのかをよく考えられておられる。

ですがベルモント伯爵閣下は一つ見落としておられる点がある、それが何かお分かりになりますか?」

 

そう言い椅子から立ち上がり視線を向けるホーンラビット伯爵に、怒りの感情のまま声を荒らげるベルモント伯爵。

 

「貴様、さっきから黙って聞いていれば調子に乗りおって。その無礼許すわけにはいかん、その首、即刻差し出して貰おうか!!」

そう言うや配下の騎士に目配せをするベルモント伯爵。配下の騎士は剣を引き抜きホーンラビット伯爵を拘束しようとする。

 

“ブォッ”

「お客様、邸宅内での武器の使用は禁止されております。今すぐ鞘に納められますようお願い申し上げます」

それは部屋の壁際で様子を窺っていた執事の言葉、だがその全身から迸る覇気が、その丁寧な言葉とは裏腹に鋭い刃となって騎士たちを襲う。騎士たちは全身をがたがたと震わせその場にへたり込むと、必死になって剣を鞘へとしまおうとする。

この言葉に逆らってはいけない、自分たちはただ生かされているだけなのだ。本能的な恐怖が権力の鎧と言う幻想を容易く打ち砕く。

 

「きっ、貴様ら、この私に向かってそのような行いが許されると思っているのか!! そのようなことをすれば貴様らなど」

「えぇ、それこそが今回の親書を届けられた事の最大の罠であり目的。我々がベルモント伯爵閣下の挑発に我慢できず首を切り落としてしまえばクロッカス第三王子殿下の使者を害した者として糾弾する、この誓約書やベルモント伯爵閣下一行の行いをこちらが問い質してもそれはベルモント伯爵閣下の独断として切り離し、王家に逆らう逆賊として自分たちの正統性の一環とする。

要するに魔王に与する者の行いとして、後世に残す非道の一例として“ベルモント伯爵閣下の悲劇”が選ばれたのですよ。

クロッカス第三王子殿下の御為、自らの命を捧げるベルモント伯爵閣下と配下の皆さんの忠誠は、形は違えど魔王と勇者の物語の一節として世界に語り継がれる事でしょう」

 

ホーンラビット伯爵の言葉に自身の置かれた立場に気が付き顔面蒼白となるベルモント伯爵一行。つい先ほどまで絶対的勝者であったと思っていた自分たちが、全ての利益を手にし暗い欲望を満たす気であった自分たちが、中央貴族の為の生贄であったのだ。

 

「なっ、何を言うか!! 我々に手を出せばどういう事になるのか分かっているのか!! 我々はクロッカス第三王子殿下の親書を携えた使者、クロッカス第三王子殿下の名代であるぞ!!」

「はい、承知しております。ですから先程からお伺いしているのです、この誓約書は誰が作られたのかと。この誓約書はクロッカス第三王子殿下の指示で作られたものなのですか? それとも別の第三者の指示で作られたものなのですか? 

ベルモント伯爵閣下が上の者の御心を慮って先走られたのであれば、その責任は全てベルモント伯爵閣下並びにベルモント伯爵家が取らなければならない。誰もベルモント伯爵閣下を庇ってはくれません。

そして我がホーンラビット伯爵家はこの事を寄り親であるグロリア辺境伯家と協議した上で、北西部貴族連合・南西部貴族連合・ダイソン公国の連名でゾルバ・グラン・オーランド国王陛下に対し真意を問わねばなりません。“王家はオーランド王国を二分したいのか”と。

ベルモント伯爵閣下はご自身の行いがどれ程の物であるのかご理解しておいででしょうか?

さて、もう一度だけお伺いいたします。この誓約書は一体誰が、誰の指示によって作成されたものなのですか?」

 

ホーンラビット伯爵から向けられた絶対零度の視線、それはあらゆる言い訳を許さない絶対の決意。フィヨルド山脈から吹き下ろされる極寒の風よりも冷たい問い掛けに、ガタガタと身を震わせるベルモンド伯爵。

決して答える事の出来ぬ問、どのような答えを返そうと、それは身の破滅を意味する。自身だけでなく、ベルモント伯爵家は次の瞬間崩壊する。

知らぬ存ぜぬは許されない、自身がクロッカス第三王子殿下の親書を届ける使者としてこの地へ来たこと、その会談の中で物証となる誓約書を差し出したことは事実。どう言い訳を付けようとその全てが自身へと返ってくる、ホーンラビット伯爵ののど元に突き付けた誓約書という刃が、自身の首に差し込まれているように。

 

何も言えず、身を震わせその場に立ち竦むベルモント伯爵。ホーンラビット伯爵はそんなベルモント伯爵を諭すように声を掛ける。

 

「王都貴族社会の恐ろしさは、その世界でこれまで生き抜いてきたベルモント伯爵閣下が一番ご存じのはずだ。彼らはいざとなれば簡単に責任を押し付け切り捨てる、彼らの間にあるのは利益による繋がりであって信頼という言葉はただの戯言に過ぎない。誰にどれだけ忠誠を示そうと簡単に切り捨てられる、それが王都貴族の実情です。

ベルモント伯爵家が生き残る道はただ一つ、“ホーンラビット伯爵家はクロッカス第三王子殿下の提案を断った”と王家に伝えることです。

中央貴族社会での評価は下がってしまうかもしれませんが、何かの処罰が下りることはない。親書を届けるというお役目は無事に果たされたのですから。

お役目、大変ご苦労様でした。皆様が無事に王都に帰り付く事を、遠く辺境の地よりお祈り申し上げます」

そう言い壁際のザルバ執事長に目配せをするホーンラビット伯爵、ザルバ執事長は慇懃に礼をすると、ベルモント伯爵一行を玄関へと送っていく。

玄関先にはホーンラビット伯爵家の使用人たちとミランダ第一夫人、デイマリア第二夫人が並び一行の出発を見送っている。

 

「では皆様お気を付けて。辺境の冬の寒さは命にかかわります、くれぐれも無理をなさいませんよう」

走り出した車列、生気の抜けた表情で馬車を守る騎士たち。ホーンラビット伯爵家の者たちが見守る中、馬車は王都に向かい立ち去っていくのであった。

 

「・・・で、黙って様子を窺っていたケビン君にはベルモント伯爵たちはどう映ったのかな?」

「完全な当て馬ですね。寒い中王都から一月掛けて辺境にまでやってきてこの扱い、流石は深謀遠慮のドレイク・ホーンラビット伯爵と敬服致しております。手に汗握る言葉の応酬、最高でした!!

やっぱりドレイク村長が魔王役をやりません? 俺なんかより絶対似合いますって~」

 

「イヤイヤイヤ、私には荷が重いから、私に出来るのは辺境の田舎貴族が精々だから。それよりも村人からの転居願いが一向に届かないんだけど、どうなってるの? 皆話が突飛過ぎてよく分かってないのかな? もう一度説明会をした方がいいのかな?」

「流石知略の魔王ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下、人心掌握術は完璧でございますね。では配下であるケビンは次の準備に取り掛からせていただきたいと思います。

皆様も魔王閣下をよろしくお願いします」

そう言いその場を離れていくケビンに「魔王はケビン君だから、私は操られてる領主役だから!!」と言葉を返すホーンラビット伯爵。

周囲の者たちはそんな二人のやり取りを微笑ましく見つめながら、“どっちもどっちだと思います”と心の中でツッコミを入れるのであった。

 




本日二話目です。
交通機関業務の方頑張れ、いってらっしゃい。
by@aozora
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