窓辺から差し込む光に、掛け布団を押しのけベッドから起き上がる。部屋の中にも関わらず吐く息は白く、寝間着から着替えながら「早く春がやってこぬものか」と独り言ちる。
「おはよう、エッガード。朝食に向かおう」
“ブルブルブル”
部屋の扉を開け台所に向かうと、既に起きていた母親が朝食の準備を行っている。
「お母さん、おはようございます」
「おはよう、ミッシェル。お父さんとお兄ちゃんが裏で剣の稽古をしているから、顔を洗ったら朝食の準備が出来たって呼んで来てくれる?」
「は~い」
私は母親に返事をすると、エッガードと共に井戸へと向かう。
「<桶一杯、ウォーター>」
“ザバ~~”
生活魔法は便利だ、井戸汲みという重労働から人類を解放してくれる。私は生活魔法で井戸から汲み上げた水を木桶に注ぎ、顔を洗って目を覚まさせる。
「ふむ、今日も晴天のようだ。飛行訓練にはもってこいだな、エッガード」
“ブルブルブル♪”
私は顔を拭いた後木桶の水をエッガードに掛け、表面を手拭で拭いていく。卵の殻をつるつるピカピカに磨き上げられたエッガードは、どこか嬉しそうにブルブルと身を震わせる。
裏庭に向かうとそこでは王都の学園から帰郷したジミーお兄ちゃんとヘンリーお父さんが木剣を構えながら静かに向き合っている。
“スーーーーッ”
ヘンリーお父さんが大剣の木剣をゆっくりとジミーお兄ちゃんの脇腹に添える。
“サッ、スーーーーッ、サッ”
ジミーお兄ちゃんは一歩引きながら体勢を変え、ゆっくりとロングソードの木剣を振りヘンリーお父さんの大剣を受けると、自分の番とばかりにゆっくりと木剣を振り下ろす。
交互に行われる攻撃と受けの攻防は、まるで踊りのように優雅で美しく見える。私はこの静かで神聖な語り合いに暫く見入ってしまうも、首を振り己の使命を果たす。
「お父さん、お兄ちゃん、ご飯だよ。お母さんが呼んでるよ!」
““ピタッ””
二人の動きがピタリと止まり、申し合わせたかのように私に目を向けると、ニコリと微笑んで言葉を向けてくる。
「おはようミッシェル、呼びに来てくれてありがとう。ジミー、時間だ。今朝の訓練はここまでにしよう」
「そうだね、ヘンリーお父さん。ミッシェルちゃん、呼びに来てくれてありがとうね。今朝のご飯はなんだろうね」
二人は先程までの張り詰めた雰囲気とは打って変わった朗らかな笑顔を向け、私に挨拶を返してくる。私は二人の訓練が終わってしまった事を少し残念に思いながらも、メアリーお母さんに怒られずに済むとホッと胸を撫で下ろすのだった。
「ミッシェル、今日はどうするの?」
「うん、今日はロバート君たちと合同訓練を行うの。エリーゼちゃんたち第二期航空隊も編隊飛行を覚えたから、今度は二つの部隊での動きを練習していく予定なんだ♪」
メアリーお母さんからの問い掛けに笑顔で答える。笑顔は円滑な人間関係を構築するための必須技能だ、嫌らしくても引き攣っていても相手に悪い印象を与えてしまう。メアリーお母さんから好印象を引き出すには、心からの純粋な笑顔を浮かべる事が要求されるのだ。
“カチャッ”
「おはよう、メアリーお母さん、ヘンリーお父さん。ジミー、ミッシェルちゃん、おはよう」
私がメアリーお母さんとの難しい交渉に臨んでいる時であった、玄関扉が開きケビンお兄ちゃんが顔を出したのである。
「あらケビン、こんなに朝早くから珍しいわね、どうしたのかしら?」
「あぁ、ちょっとミッシェルちゃんに用があって。ミッシェルちゃん、悪いんだけど暫くエッガードを借りるね。ミッシェルちゃんには話したことがあると思うんだけど、エッガードって二千年前に生まれた卵でさ、俺が引き取るまで今みたいに周りと意思の疎通ができる状態じゃなかったんだよ。
でも色んな偶然が重なって自我に目覚めて、ミッシェルちゃんのお陰もあって今じゃこんなに感情豊かになっただろう? だから一度エッガードのお母さんに今の様子を報告しておかないとと思って。
そういう訳だから申し訳ないんだけど、エッガードを連れてくね。
それで暫くの間良狼にエッガードの代わりを頼む事にしたから。メアリーお母さん、そういう事なんで暫くエッガードを連れて行く事と、良狼の面倒をお願い出来るかな?」
ケビンお兄ちゃんの突然の言葉にガックリと肩を落とす。確かに良狼でも飛行訓練は行えるだろうが、私の相棒はエッガードなのだ。
「里帰りじゃ仕方がないわね。ケビンも忙しくしているし、今を逃したらいつエッガードちゃんをお母さんに会わせてあげられるか分からないもの。
ミッシェル、寂しい気持ちは分かるけど、ここは温かく送り出してあげましょう?」
メアリーお母さんの言葉に「うん・・・」と小さく答えると、私は一度エッガードを抱きしめてから「気を付けて向かうのだぞ」と声を掛け、相棒を送り出す事にするのであった。
―――――――――――
「エッガード、突然ですまなかったな。それといつもミッシェルちゃんの面倒を見てくれていてありがとうな、あの子が周りと馴染めているのはエッガードが傍にいてくれるお陰だよ。
空飛ぶ巨大卵のエッガードがいればこそミッシェルの言動に誰も違和感を持たない、エッガードの存在に比べたらミッシェルちゃんの行いなんか可愛いもんだからな。人って奴は慣れる生き物で、少しづつ変化を与えていけば多少おかしなことも自然と受け入れられるようになるんだよ。
まぁ俺が色々やらかしたから今更だとは思うけど、ミッシェルちゃんの言動は周囲から見れば異常に映ってもおかしくないものだからな。でもそれを遥かに超える存在がすぐ傍にいれば、ミッシェルちゃんの言動はその影に埋もれて気にならなくなる。
エッガードに跨り霊亀を引き連れる姿を見た感想は“ケビンの妹”の一言で済んでしまう。ミッシェルちゃんがここまで歪む事なく成長できたのはエッガードと霊亀のお陰だ、本当にありがとう」
俺の言葉に空中でクルクル回転しながら照れ臭そうにするエッガード、そんなエッガードの姿に“本当に感情豊かになったよな”と自然と俺も笑顔になる。
「それじゃ影空間に入ってくれるか? 向こうに着いたら呼び出すから」
俺はそう言い影を広げ、エッガードを中に受け入れる。
「黒鴉、<精霊化>だ」
合体した黒鴉に呼び掛け<精霊化>を行うと、存在が希薄になり自身と世界との隔たりがあいまいになる。
「さて、それじゃ久し振りにゴミ屋敷に行ってみますか。でもな~、ゴミ屋敷を作る人って、一種の病気だからな~。前に片付けに行ってから三~四年経ってるよな、これって絶望的じゃね?」
俺はゆっくりと空に浮かび上がると、“夏のドラゴンの件もあるし、ここはご機嫌を取っておいた方がいいよね”と自身に言い聞かせ、東の空に向かい飛び去っていくのであった。
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上空五千メート付近を飛び続ける事約二時間、目的のマロニエ連山付近に到着し、記憶を頼りにゴミ屋敷の洞窟を探します。確か山麓に街があって神殿らしき建物が、あったあった。そのすぐ側の山の中腹にぽっかりと開いた巨大洞窟がドラゴンの塒と呼ばれる場所でって、洞窟前の広場に人がいっぱいいるんですけど、前はこんな事なかったよね? 確かゴミ屋敷のドラゴンって地元の信仰対象だったはず、あのヤベー魔力が漏れなくなったから信仰が復活したとか?
アレはマジでヤバかったからな~、あの環境で子育てしてたって聞いた時は、“こいつ正気か?”って疑ったくらいだもんな。
ゴミ屋敷で子育てするって、完全に虐待だよね? 王都を襲撃したドラゴン、よくグレずに巣立ちを迎えられたよな。バルカン帝国の工作員に奪われた愛する我が子(卵)を取り返しに行ったのに勇者パーティーにフルボッコ、本当に悪いことしたよな、うん。
俺は気配と魔力を消し去り空気に溶け込むと、大洞窟に向かい祈りを捧げているドラゴン信者の皆さんに気付かれないように、そっと洞窟内に侵入するのでした。
「うん、全然散らかってない。あの瘴気と言った方がいいヤバい魔力も感じないし、御神木様の結界内のような清廉な魔力が漂っている感じ?
前に作った読書部屋の光属性魔力発生装置が上手く機能しているみたいだね。こんな魔力が洞窟から溢れてたらそりゃ信者も増えるわ、納得納得。
でも勝手に中に入ってこない辺りは信仰心の賜物かな? 礼儀のなっていない観光客ってのはどこにでもいるもんだと思っていたけど、ご本尊に対して無礼を働く人間は流石に・・・いるのね」
そこは洞窟入り口から五百メート程進んだ地点、何かぼろいコートを着た冒険者風の人間が三名ほど気を失って倒れています。
「これって気配察知されにくくする装備だよね、路傍の石計画と同じ発想だよね。そんで装備のお陰で魔力に当てられてぶっ倒れていても気付かれる事なく放置されちゃったと。・・・馬鹿じゃん。
取り敢えず影空間にしまっておいて、後で洞窟の外にでも放り出しておけば勝手に帰るでしょう。一応そのぼろコートは没収で」
俺は“こういう迷惑系冒険者ってどこにでもいるんだな”とため息を吐きつつ、おばちゃんドラゴンを探して洞窟の奥へと入っていくのでした。
「こんにちは~、掃除屋で~す」
ゴミ屋敷の主であるおばちゃんドラゴンがいたのは洞窟の最奥、木組みの鳥の巣のような形をしたベッドがあるプライベートルームでした。
「どうも、お久しぶりです、掃除屋です。その後どうですかね、家の散らかり具合もそうですが、設置した棚なんかの使い勝手が悪いとかいった問題があれば対応いたしますが?」
久し振りに見るおばちゃんドラゴンは相変わらず呑気な雰囲気、ドラゴン特有のとんでもない存在感はあるんだけど、このドラゴンってばあんまり自己を主張しないんだよな~。
最強生物に聞いた話だと人の営みを観察するのが趣味なんだとか、同じドラゴンでもあそこまでの変わり者は少ないって言ってたくらいだし、ドラゴン的にはよっぽどなんでしょう。
『あら、掃除屋さんじゃない、こないだ振り。脱皮場の使い勝手はいいわよ? あれからはまだ目詰まりなんかは起こしていないもの。
部屋も見ての通り綺麗でしょう?』
そう言いどうだとばかりのドヤ顔を向けるおばちゃんドラゴン、確かに部屋は片付いているし多少の生活感が漂うだけで文句のつけようがありません。このプライベートルームに辿り着くまでもゴミの散らかっている場所は全くなかったし、正直おばちゃんドラゴンを見くびっておりました。
「そうですね、想像以上に綺麗に使われていてって・・・。
え~~~~~、あなた、もしかして人族ですか!?どこかの高位種族の方が擬態しているのではなく?
えっ、これってどういう、というかここってドラゴンの棲み処の最奥ですよ? お客さんの淀んだ魔力渦巻く魔力溜まりですよ?
何で普通の人族がこんな場所にいられるんですか!?」
人!? 何でこんなところに人がいるの? ここってばドラゴンの寝起きしてる超高純度魔力溜まりよ? 普通に死ねるよ? 意味が分かんないんだけど!?
『フフフフ、凄いでしょう? 実はいまこのダイアンともう一人パルムって子がいるんだけど、その二人が“竜騎士の試練”を受けているのよ。
“竜騎士の試練”って言うのは、要するに私たちドラゴンと契約関係を結ぶ為の採用試験ね。世界各地のドラゴンの塒を訪ねて自身を売り込んでいくっていう物でね、この子たちの最終目的はドラゴンライダーとして大空を駆け巡ることなのよ。
どう、とっても素敵でしょう? 熱いわよね、熱血よね、ロマンよね~♪』
俺の困惑した様子が面白かったのか、おばちゃんドラゴンが笑いながら説明をしてくれます。
っていうかドラゴンライダーって何さ、めっちゃロマンじゃん、この御方凄過ぎない?
「えっと、ドラゴンライダーですか、もしかしてドラゴンに跨って空を飛んじゃおうとかお考えなのでしょうか?」
「はじめてお目に掛かります。私はここマロニエ連山の麓ドラゴン神殿に勤める神官でダイアン・マルコーニと申します。
先程ドラゴン様が仰られたように“竜騎士の試練”を受けるべくこのドラゴンの塒で修行の日々を送らせてもらっている者でございます。
どうぞよろしくお願いいたします」
俺からの問い掛けに、一礼をし丁寧に言葉を返してくれるダイアン・マルコーニ神官。
世界は広い、在りし日の記憶では多くの者が空に憧れ試行錯誤を繰り返し、遂には飛行機を作り出し大空に舞い上がった。オーランド王国ではワイバーンを飼いならし、ワイバーン部隊を作り上げた者たちがいた。
憧れは現実へ、夢を形に、ここにもまた一人、愚かな夢と揶揄されようともロマンを追い求める馬鹿がいる。
俺は胸の鼓動が高鳴るのを感じながら、目の前の“勇者”に声を掛けるのだった。
本日一話目です。