“クツクツクツクツ”
カウンターテーブルの上に置かれた金属製の長方形の鍋、仕切りによっていくつかに分けられた鍋の中にはデーコン、魚のすり身団子、イカのすり身団子、ボア肉の串刺しなど、様々な具材がだし汁の中で煮込まれている。
“カチャリ、カランカランカラン♪”
「いらっしゃいませ」
扉を開き店内に入ってきたのは、やや疲れた表情をした美しい女性。彼女はカウンターテーブルの席に腰を下ろすと、「ビールとつまみを適当に」と注文を行う。
“コトッ、コトッ”
グラスに注がれた冷えたビール、深皿に盛られたデーコンからは食欲をそそる香りが立ち昇る。
女性はカウンターに置かれた箸を取り、だし汁でよく煮たデーコンに刺し入れる。よく火の通ったデーコンは程よい柔らかさで、スッと通った箸によって一口大に切り分けられる。
“パクリッ”
箸で摘まんだデーコンを口に運ぶ、咀嚼するたびに広がる優しい海藻の出汁と醤油の味わい、甘さの素は甘木汁か。
“ゴクゴクゴクゴクッ、プハ~”
「お代わり、それと肉串とすり身団子を追加で」
カウンターテーブルに置かれたグラスにビールを注ぎ入れる。静かな店内には女性の咀嚼音だけが広がっていく。
ここは居酒屋ケビン、仕事に疲れた社畜が通う隠れ家的酒場。
「って何頭の中で情緒あふれた情景描写をしてるのかな? こっちが仕事に追われているっていうのにいっつも好き勝手しまくって、ケビンの監視業務を行っている??%&から連絡が入るたびにビクッとする私の心境を少しは理解しようとしてくれないのかな?」
う~ん、流石は上位存在、心の中で遊んでいてもツッコミが来る来る。これはもっとボケろっていう天使様からのありがたいお誘い「違うから~、それといつも言ってるけどちゃんと声に出して話しなさい、声に出して!!」・・・どうやら違ったようでございます。
「え~、先ずは居酒屋ケビンにお越しくださいましてありがとうございます。それとこのところ休業が続きました事を深くお詫びいたします」
そう言い頭を下げる俺に「まぁ今回は仕方がないわよね、事情は理解しているから謝らなくてもいいわよ」と寛大なお言葉を掛けて下さるあなた様。多くの人々から信仰される至高の存在にして地上世界の守護者は大変お心が広い、その御心で俺の行いも地上人の営みの一環って事でお見逃しいただけると。
「だ~か~ら~、口に出して話せ、口に出して。というか今度は何をやった、正直に全部白状しなさい」
そう言い俺に向かい鋭い視線を向けるあなた様、直ぐさま口に銜えた肉串が全てを台無しになさっておられます。
「まぁ全部と言われましてもまだ大した事はしてないんですけどね。一応状況報告と言いますか、情報交換といったところでしょうか。
バルカン帝国の国内情勢に関しては既にそちらの担当者が分析なさっていると思いますが、こちらで調べた限りですと概ね平穏を保っています。南北に分断されたバルカン帝国ですが、直ぐにそれぞれの支配体制を確立、国内が情勢不安に陥ることを防いだ政治手腕は流石の一言かと。
南はこれまで通り帝国政府が、北はタスカーナ地方特別行政官ホーネット・ソルティア卿を中心としてまとめられた自治領政府が運営していくことになりました。
ところでバルカン帝国に作った渓谷に流れ込んだ海水による塩害の被害予測ってどうなってます?」
「それね、当初は海水が地下水の層に流れ込んで大規模な塩害が発生する事が予測されていたんだけど、調査していった限りだとそこまでの海水浸食が認められないのよね。ケビン、あなた何かしたの?」
あなた様の言葉に一先ずホッとした俺は、あの渓谷に施した予防策について説明します。
「やったことは単純です、渓谷を造る時にただ大地を削るんじゃなく、ちゃんと護岸工事も行ったってだけです。少し前にリットン侯爵領の湿地帯で水稲の圃場を造るための用水路建設を行っていたことがあったんですよ、湿地帯だったんでただ溝を掘るだけの用水路じゃどうにもならなくてですね、あれは勉強になりました。
それでその時の経験を活かして海水が流れ込んで来てもその勢いで両岸が崩れないように、渓谷全体を土属性魔力と闇属性魔力を使って強固に固めてみたんです。仕上がりは硬い岩盤をくり抜いた感じになってるはずです。
ただ実際に海水が流れ込んでみないとどうなるのかは分からなかったんですけどね、上手くいけばいいなくらいの予防策でしたんで。でもあの時は塩害の事までは考えてなかったんで、そっちは結果的にってだけなんですが」
俺の言葉にこめかみを揉んで「ケビンだから仕方がない」と呟くあなた様、被害が出なかったんならいいじゃんね?
「でもこれも全く問題がないのかと言われればそうでもなくてですね、やたらめったら細長い入り江が出来ちゃったわけじゃないですか、海水の流れが滞ったダイソン公国付近の水が腐り出したらどうなるのか分からないんですよ。ですんで本来なら水が腐らないように地下水や河川を引き込んで、渓谷の水を海に流す仕組みを作る必要があったんです。
でも流石にあの短時間でそこまでは考え付かなくてですね、俺も後からヤバいって思ったんですよ」
「あ~、確かにそうね。あのまま放置じゃ十数年で水質が悪化する事は目に見えてるわね。でも魔道具や魔法陣を使って海水に流れを生み出すというのも現実的じゃないのよね」
そう言い頭を掻くあなた様、運河の宿命とは言えこの致命的な弱点はなかなか解消の難しい問題でしょう。
「ですんで当面の水質維持の為に運河の最終地点であるダイソン公国側にはスライムをばら撒いておきました。アイツら水と栄養があれば勝手に増えますからね。水なんかほとんどない砂漠地帯や溶岩の中ですら繁殖する無敵の生命体ですから、運河の水質浄化にはこれ以上ない味方かと。
いずれ人々が運河を使うようになったらスライムが多くて邪魔とか言い始めるかもしれないですけど、そこまで面倒見切れませんし、水質悪化に比べたら百万倍マシですからね」
俺からの言葉に「あぁ、その手があったのね」と納得を示すあなた様。本当にこの世界はスライムとビッグワームによって下支えされていると言っても過言じゃない程、環境維持においては無類の力を発揮します。
その事は自己領域での島の環境維持に於いて実証済み、スライムとビッグワームが増えたことで、マッドボアが丸々と大きく育っちゃって。
中には見た目がグレートボアと変わらないくらい大きな個体もいるんだよな~、ちゃんと間引きしないと。
「それで例の話、調べてもらえました?」
「えぇ、ボルグ教国の担当者のことでしょう? 前に神託の自動送信が行われた件があったから調査が入っていたの。神託を設定した人物はアルバ君の魂を封印した人物で間違いなかったわ。彼女は例の地上の人間を粛清し天上界主導で新しい完璧なる人類の創造を主張する一派の者で、ボルグ教国の管理はその一派の者が行っていたの。
現在は上級天使の一人が直接管理しているわね、中級以下の天使たちが起こしたやらかしの責任を取る形での代行業務ってところかしら」
あなた様の言葉に引っ掛かりを覚えた俺は、さらに質問を続けます。
「責任を取るって事は、管理の代行業務を行っている上級天使様は過激派天使の上司に当たる人なんですか?」
「えぇ、ボルグ教国・サルベージ女王国・ドルメキアン商業国・ナミビア王国の管理者を統括されている御方ね、他にもさまざまな案件を扱われているんだけど、今回は多くの天使が粛清の対象となったから手が足りていないのが実情なの」
あなた様の言葉に「あぁ、それはどうも御愁傷さまでございます」気のない返事を口にする。実際これって天上界の体質的問題だし、たかが地上人である俺がとやかく言える立場にないからな~。
「それじゃ天上界ではボルグ教国がマルセル村を接収しようと動いていることは摑んでるって事でしょうか」
「えぇ、神託の件もあったしボルグ教国の動向には目を光らせていたわ。マルセル村の礼拝堂に対してボルグ教国が動き出した件に関しては、かなり意見が分かれたわね。誤った神託が原因であるのだから天上界の責任において対応すべしという意見もあったんだけど、上の方では過干渉になるのではないのかという意見がほとんどでね。
これまでの人類の歴史を振り返ったうえで今回のような事例は決して珍しくないことから、この動きは人類の営みの一つであるという結論に達したのよ」
「ですよね~、近いところでは剣の勇者によるオークの魔王討伐、ケーナの前世である冥王討伐も勇者がかかわってますからね。人類が勇者を強制的に戦いに参加させることは禁止されていても、依頼を引き受けた勇者が戦闘行為を行う事自体は禁止していませんもんね。
ボルグ教国が勇者を戦力に他国に攻め入るのは禁止ではあっても魔王討伐を行うのであれば問題ない、聖地奪還と占拠は勇者の仕事じゃないですからね。
要は勇者の意思の問題、任命勇者の行動は尊重すべしというのが天上界の総意って事なんでしょうね」
「まぁね、過干渉を止めるって事なら勇者の職業自体を廃止すべきなんだろうけど、問題が発生した際の地上世界側の解決要員は必要でしょう。
要するに安全弁なのよ、衛兵が剣を携帯するのと一緒って事かしら、使い方次第なのよね」
そう言い肩を竦めるあなた様、つまりどうしようもないって事なんでしょう。
「まぁいいんですけどね、だったらこっちは出来るだけの対処をするだけですし、マルセル村の戦闘狂共も勇者の訪れを心待ちにしていますから」
「それよそれ、あなたたちおかしいから、普通は世界の敵認定されるって聞かされたら絶望するものよ? ケビンが魔王なのは事実だから何とも否定のしようがないんだけど。流石に神託で“マルセル村のケビンは魔王だけど放置しなさい”とは言えないしね。
ケビンが全人類を滅亡させるために動き出すっていうんなら話は変わるけど、あなたそんな面倒臭い事しないでしょう?」
「そうですね、やろうと思えば多分可能ですけど、そんな事したら美味しいものが食べれませんし、やる意味が見出せませんから。前に何でドラゴンが人類を滅ぼさないのか考えたことがあったんですけど、結局そこまでする必要性がなかったんでしょうね、鬱陶しいと思ったらドラゴンブレスで焼き払えばいいんですし。
俺の場合星降りで用が済みますしね」
「止めなさいね、それ本気で勘弁して。上でもあなたの行動を抑制するべきだって声が上がってるのよ、要は監視者を送った方がいいって話。
で、そうなると誰が候補に上がると思ってるの?」
そう言い美しい瞳で俺の事を見つめるあなた様、そんなに熱い眼差しを向けられたら俺、俺・・・。
「ごめんなさい、心から反省しています」
「っておい、何で私が振られてるみたいになってるのよ!! ケビンの面倒を見ないで済むんなら大歓迎だけれども、言い方~~!!」
間髪入れずのツッコミ、でもどうせならもう一捻り入れての乗りツッコミの方がよかったかな? あなた様、精進あるのみです!!
「う~ん、ケビンと話しているとすぐにペースに飲まれちゃう。本当こんな奴の監視任務なんか絶対に嫌、??%&か#@&&にでも担当してもらえるように今から**#@様にお願いしておかないと」
あなた様が頭を抱えられておられる、俺は急ぎ別のグラスに米酒を注ぎ、柔らかく煮たデーコンと昆布を添えてお出しするのでした。
”ガチャッ、カランカランカラン♪”
店の扉が開きドアベルの音が店内に響く。
“キュワ~~~~”
「エッガード、いらっしゃい。今日もお仕事ご苦労さん」
飛び込んできた子どもドラゴンが、“おでんちょうだ~い”と訴えてからカウンター席に座ります。座るというより乗るって感じ? その辺は小さい身体のエッガードには難しいようです。
「・・・はぁ!? 何でこんな所に赤ちゃんドラゴンがいるのよ、ケビン、あなたドラゴンの巣から攫ってきたんじゃないでしょうね、そんなことにでもなったらこないだの王都襲撃どころの騒ぎじゃ済まないわよ!!」
あなた様、目を見開いて驚かれておられます。
“エッガード、慌ててお店に入っちゃ駄目じゃない。ケビン、こんばんは、今夜はフィヨルドのは来てるのかしら?”
続いて扉から入ってきたマロニエ連山のおばちゃんドラゴンは、店内にいるあなた様の姿に動きを固めます。
その場に流れる沈黙、見つめ合い互いに信じられないといった顔をするあなた様とおばちゃんドラゴン。
“「ケビン、何でここに<ドラゴンが><天使が>いるのよ、説明しなさい!!”」
”ガチャッ、カランカランカラン♪”
“ケビン、ビールを頼む、摘みは適当に。お、あなた様にエッガードにマロニエのも来ておったか”
扉を開いて現れたのはフィヨルド山脈の最強生物、「何で天使のことを説明しなかったのよ」と詰め寄るおばちゃんの言葉を笑って受け流しておられます。
「ケビン、まさかあなたこの二体をボルグ教国にぶつける気じゃないでしょうね、そんな事になったらあの国一瞬にして滅ぶわよ?」
「しませんよそんなこと、さっきも言いましたけどマルセル村の修羅どもが勇者の訪れを楽しみに待っているんですから。俺は歓迎の準備と根回しに駆けずり回ってるってところですかね」
そう言いニコリと微笑む俺の姿に、何故か頭を抱えて「絶対碌なことにならないじゃないのよ~!!」と叫ぶあなた様なのでありました。
仕事に勉学に頑張って。
いってらっしゃい。
by@aozora