多くの人々が集う大聖堂、目の前には世界一大きく世界一美しい女神様の像が微笑みを浮かべ、世の繁栄を見守っている。
女神像の足元の祭壇ではこの教会の最高責任者である教皇が壇上に立ち、人々に対し言葉を向ける。
「女神様の下に集いし女神様の子供たちよ、我らが同胞よ。我らはこれまで多くの危機を乗り越えてきた。世界の脅威、魔王の出現は人類にとって忌むべきもの。だが我々は自らの足で立ち、協力し合う事で脅威を打倒してきた。
これまで魔王は物語に綴られた過去の出来事であった、しかし今また、我々は試しの時を迎えた。
魔王は再び現れた、魔王は狡猾である、魔王は人をたぶらかし、静かに人の世を蝕んでいる。我々は女神様の使徒として、人類の盾であり剣である誇り高きボルグ教国の民として、再び立ち上がらなければならない。
魔王はこともあろうか女神様が人類に齎した奇跡である“祝福されし礼拝堂”の立つ土地の人々を支配洗脳し、数多くの魔物を配置して実質的な領土と化している。これは許されざる行為であり、女神様の子供であるこの世界の全ての人々が協力し合い解放しなければならない。
卑怯で卑劣なる魔王に聖地を渡す訳にはいかないのだ。
これは聖戦である、女神様に仕える我々の試練である。未来永劫女神様の聖地を守り続けることこそが、我らの使命である。
人々よ立ち上がれ、今こそ我々の信仰を女神様に捧げるのだ!!」
「「「「「ウォ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」」」」」
大聖堂が人々の叫びに揺れる。その叫びは水面に広がる波紋のように大聖堂から教会前広場に、教会前広場から商業地区や住宅街へと広がり、都市全体を巻き込む熱狂へと変わる。
教皇は暫しその様子を眺めると、サッと手を上げ静寂を促す。熱狂は更なる期待を含みながら静かにその時を待つ。
「女神様に仕え、女神様を信仰する同胞たちよ。過去の歴史を思い出してほしい、都市を呑み込み全てを喰らったスライムの魔王、大軍を率い多くの国を滅ぼしたゴブリンの魔王、その存在で全世界を滅ぼそうとしたデビルトレントの魔王。
魔王は強大である、魔王は強靭である、魔王は狡猾で多くの力を惹き付ける。
我々は決して油断などしない、我々は人類の希望であり光であり続けねばならないのだ。
さぁ、共に戦おう、光の勇者グロリアス・ブリッジ!!」
教皇がサッと手を振るう、すると大聖堂に集まった群衆の波が割れ、その中心を勇者グロリアス率いる勇者パーティーが歩み出る。
“カツンッ、カツンッ、カツンッ、カツンッ”
真っ直ぐ前を見つめる力強い眼差し、スッと通った鼻筋、キリッと引き締まった唇、サラリと流れる髪が、まるで一枚の絵画を彷彿とさせる。
勇者グロリアスの後ろには、白い修道服を纏った柔和な笑みを浮かべたシスター、理知的で瞳を輝かせたローブ姿の美女、騎士服を纏いロングソードを携えた女性剣士、物語から飛び出したかのような透明感のある美を湛えたエルフの女性が続く。
彼らは壇上に続く階段を上ると、教皇を前に片膝を突く。
「教皇猊下の招聘に応え、勇者グロリアス・ブリッジ、馳せ参じましてございます」
「おぉ~、勇者グロリアスよ、よくぞ我らの声に応えてくれた、その勇気と女神様に対する深い信仰心に心からの感謝と敬意を。
既に伝えたようにこの度魔王の出現が確認された。“北の大地、厄災の種誕生せり”、これは神託により齎された言葉をもとに行った調査により判明した事実であり、女神様の意思。我々は女神様より試練を託されたのだ。
光の勇者グロリアス・ブリッジとそのパーティーメンバーよ、此度の戦いは魔王より聖地を奪還するための聖戦、これまでのようなただ魔王を倒すだけの戦いとは性質を異にする。その重要性を深く理解してもらいたい」
教皇は静かでありながら力強い声音で勇者グロリアスの意思を確認する。それはこれから始まる聖戦に於いて、人類の代表として戦士たちを率い戦う覚悟があるのかという問い掛け。
「ハッ、このグロリアス、勇者として、女神様に仕える者の一人として、魔王を打倒し必ずや聖地奪還を果たすことを誓いましょう」
勇者グロリアスの言葉が大聖堂に響く、教皇はそんな勇者の姿に満足げに頷くと、控えていた者に目配せを行う。
現れた者はボルグ教国の二大大聖女の一人、メリクリアス・オーガストと三名の聖女たち。
「光の勇者グロリアス・ブリッジと勇者パーティーの者たちよ、あなた方の勇気と献身に心からの感謝を申し上げます。我々ボルグ教国聖教会はこの度の魔王討伐に際し、勇者グロリアスに全面的に協力することを誓います。
ボルグ教国の守護騎士隊一万、ボルグ教国軍四万の兵力の指揮権を、勇者グロリアスに委譲します。そして我が国の権威の象徴にして命とも呼ぶべき神器、“聖剣バルボア”、“聖弓アテナ”、“聖杖グランディア”を勇者グロリアスと勇者パーティーへ貸与いたします」
“サッ”
大聖女メリクリアスの言葉に背後に控えていた聖女たちが前に出る。その手には漆黒の箱の中、深紅の布地に置かれた伝説の神器の姿が。
「勇者パーティー、大賢者バニア・ルーベル」
大聖女メリクリアスの呼び掛けに立ち上がり前へ歩み出る勇者パーティーの魔法職、大賢者バニア・ルーベル。
「あなたに“聖杖グランディア”を託します」
「ありがとうございます。その信頼に応えるべく、この戦いにこれまで培った私の全てを捧げましょう」
大賢者バニアは大聖女メリクリアスから聖杖グランディアを受け取ると、静かにパーティーメンバーの元へ戻っていく。
「勇者パーティー、弓聖オルガノ」
次に呼ばれたのは特徴的な長い耳を持つ者、女神様の信仰を捨てたといわれる森の民エルフ。
「嘗て勇者ベノムと共に最悪の魔王デビルトレントと戦いし森の民の末裔よ、あなたに“聖弓アテナ”を託します」
「我が弓は勇者グロリアスと共にあり。勇者グロリアスの力となれることは我が喜び、命を賭して戦いに臨むと誓おう」
弓聖オルガノは大聖女メリクリアスから聖弓アテナを受け取ると、暫くの間ジッと見つめ、恭しく礼をしてから勇者パーティーの中に戻っていく。
「勇者パーティー、勇者グロリアス・ブリッジ」
立ち上がり前に歩み出る勇者グロリアス。大聖女メリクリアスは勇者の凛々しい立ち振る舞いに微笑みを向けると、一振りの聖剣を手に言葉を掛ける。
「勇者グロリアス、この戦いは世界の命運を決めるものとなるでしょう。あなたがこの聖戦を通じ何を思い何を学ぶのか、あなたにとって大きな実りとなることを願っています。“聖剣バルボア”は四千年前の最悪の魔王デビルトレントとの戦いで世界の命運を切り開いた神器、あなたに女神様の導きがあらんことを」
「私グロリアス・ブリッジは、勇者として“聖剣バルボア”と共に魔王に立ち向かう事を誓います」
勇者グロリアスは大聖女メリクリアスから聖剣バルボアを受け取ると、一礼の後身体の向きを大聖堂に詰めかけた群衆に受け、大きな声で宣言する。
「この場に集いし女神様に仕える者たちよ、女神様の子として厚い信仰を持つ同胞よ。私は誓う、必ずや魔王を打倒し、聖地“祝福されし礼拝堂”を解放することを」
“カチャッ、スーーーーーーッ”
鞘より引き抜かれた剣身、選ばれた者にしか引き抜くことの叶わぬその剣は、美しい輝きを放ち人々の目を引き付ける。
「見よ、今伝説はここに姿を現した。聖剣バルボアは我が祈りに応え力を示した。この輝きは人々を導く光、女神様の意思。我々は必ずや勝利する、魔王を倒し、女神様の聖地を取り戻すのだ!!」
「「「「「ウォォォォォォォォォォォォォォォ、女神様万歳、勇者グロリアス万歳!!」」」」」
大聖堂を震わせる人々の歓声、新しい歴史の始まり。この日、勇者グロリアス・ブリッジを中心とした一大勢力“勇者軍”が結成され、世界に向け魔王討伐を宣言したのであった。
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そこは女神信仰の中心地ボルグ教国の中枢、大聖堂の地下深く、多くの歴史的資料が保管された一室。資料室に用意されたテーブルに着き、時代背景や時系列をまとめ整理を行う資料室管理官たち。
「聖女フリージア、この資料の編纂をお願いします。これは時代背景が不明瞭で長く分類が困難とされていたものです。状態保存の魔法のお陰で多少扱いが乱暴でも破損することはありませんが、貴重な資料には変わりません、丁寧に扱ってください」
そう言い渡された資料の山はただ選り分けるだけでも一苦労といった量のもの、それを内容別時代背景別の区分となるとどれ程の時間が掛かる事か。
「分かりました、作業に取り掛からせていただきます」
だが聖女フリージアは嫌な顔一つせず、その不毛とも思える作業にもくもくと手を動かす。その様子を背後で見守っていた司祭は、小さなため息を吐きつつ自身のテーブルに積まれた資料に目を通す。
「すみません、シラベル司祭。この決算書の数字なんですが、一見特に問題ないように見えるんですが他の資料と照らし合わせるとおかしなことになっていませんか?」
「ふむ、確かにおかしいですね。これは南部管理局の決算書ですか、確かあそこは近々内部調査が入るはずです、問題個所を洗い出して財務管理部に報告してください。すでに証拠は出揃っているはずですが、南部管理局でこうした改竄が常態化していたという証拠になるでしょう」
「わかりました、直ちに作業に取り掛かります」
集まる資料は多岐に亘る。時には内部の不正や腐敗の証拠を摑んでしまう事もあり、資料管理室はある意味気の抜けない部署であるともいえる。
「なぁ聞いたか、今日上では教皇猊下による魔王発生の発表と、勇者パーティーへの神器貸与が行われてるんだろう?」
「何かすごい事になったわね。確か教会で管理している三種の神器“聖剣バルボア”、“聖弓アテナ”、“聖杖グランディア”が全て勇者パーティーに貸与されるとか。これってゴブリンの魔王ゴブリンエンペラーが発生した時以来じゃない? 百六十年前剣の勇者様がオーランド王国で発生したオークの魔王を討伐した際は、神器の貸し出しは許されなかったって話だし」
聞こえてきたものは資料管理官たちの噂話、シラベル司祭はその話の内容に小さく眉をしかめる。それは自分と同僚であるシスターミレーヌ、そして敬愛すべき大聖女様がこの資料室に送られることになった切っ掛けの話。
「へ~、こんな地下深くの部屋で何をやってるのかと思えば、資料の編纂と資料の整理って。ボルグ教国も内部では結構えげつない仕打ちをしてるんだね。
でも資料室の人たちって結構めげてなくない? 単純作業の中にちゃんと意味を見出してる。この辺は流石聖職者ってことなのかな?
性悪貴族令嬢の送られる修道女教会なんか戒律が厳しいって話だし? でもあれって酷い風評被害だよね、まじめに修行している修道女にとっては自分たちの生活を罰みたいに言われてるって事でしょう? ふざけんなって話だよね」
突然隣から掛けられた声に驚き顔を向ければ、そこには決して忘れることの出来ない人物の姿。
「やぁ、久しぶり。頑張って任務を果たしただけだってのに、結局こんなことになっちゃったね。まぁこれまで女神様の奇跡が残る遺構なんて発見されてないしね、歴史的にも宗教的にもマルセル村の礼拝堂が重要な物になることは確かなんだろうけどさ、制作者のケビン・ワイルドウッド男爵を魔王に仕立て上げて抹殺しようってのはどうかと思うよ?
シラベル司祭たちが上げた調査資料を分析したうえで勇者パーティーと三種の神器を投入すれば勝てると踏んでの行動なんだろうけど、浅はかだよね~。あそこの勢力がそれだけの訳ないってのに。それにシラベル司祭が上に報告した魔物たちだけでも相当なのよ? まぁ僕としては勇者パーティー率いる勇者軍の出発式を見れたから大満足なんだけど。
格好いいよね、勇者グロリアス。パーティーメンバー全員が一線級の実力者たちなうえに、男性冒険者たちが憧れる美女揃いのハーレムパーティー。
見送りの市民と一緒に旗振って応援しちゃった。順調にマルセル村に到着してほしいよね、向こうも準備万端で歓迎するつもりみたいだし」
「なぜあなたがこんなところに、ここは女神信仰の中心地、ボルグ教国の中枢ですよ?」
驚きに顔を青くするシラベル司祭に、「観光目的だよ」と答えるナニカ。ナニカは「はい、お土産」と言って勇者軍出発式で振っていた旗を手渡すと、シラベル司祭に問い掛ける。
「ところで君はどうしたいかな? 一応かかわりを持った者としては気にはなっていたんだよ、シスターミレーヌのことや大聖女イブリーナ・ボルグ・フリージアのこともね。この様子を見ると、上の流れに逆らって実質的な軟禁状態って事なんだろうけどね。
何だったら好きなところに送ってあげてもいいけど? 今の僕は気分がいいからね。
だって考えてもみてよ、ボルグ教国が誇る三種の神器が実戦投入されるなんてそうそうある事じゃないよ? ロマンだよね、堪んないよね。それもこれも君たちがマルセル村の脅威を熱く語ってくれたおかげ、マジで感謝だよ~」
そう言い大仰に手を広げるナニカに、シラベル司祭は首を横に振る。
「我々は女神様に仕え教会に身を捧げると誓った者たちです。たとえ教会が自分たちのことを不必要としたとしても、その思いを曲げることはありません。形はどうであれそれが私たちの信仰なのですから。
ですがお声を掛けてくださったことは感謝いたします、あなた様に女神様の祝福を」
そう言い頭を下げるシラベル司祭に、「うん、流石は異端審問官、“死して屍を拾う者なし”だよね」と言いウンウン頷くナニカ。
「君たちの気持ちはよく分かったよ、僕から無理強いはしないから安心して? ところで三種の神器の資料ってどの辺? やっぱりお祭りは参考資料を調べておいた方がより楽しめると思うんだよね~」
その後興奮しながら三種の神器の資料を漁るナニカ、だがその様子を一切気にしない周りの者たちに、“やはり超常の存在は自分たちにどうにかできるものではない”と背中に冷たい汗を流すシラベル司祭なのであった。