転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第857話 変わる王都、踊る人々

“魔王協定”、それは古くから世界各国の教会組織の間で結ばれる世界平和の為の条約。世界に発生した魔王の情報はボルグ教国に集められ、異端審問官により精査確認されたのち全世界の教会組織に向け発表される。

過去、女神様の意向に背き粛清された教会組織は、各国に分かれ活動することを余儀なくされた。だが魔王は人類共通の脅威であり、その発生の情報に関しては特殊な通信手段を用いることで瞬時に世界中に知らされることとなった。

これは天上界からも許可されたことであり、魔王対策の重要な手段の一つとして維持され続けてきた。

 

「ベルトナ教皇猊下、ボルグ教国より魔王協定に基づいた緊急連絡が入りました。神託によりオーランド王国北西部ホーンラビット伯爵領に於ける魔王発生の調査を行った結果、その発生を確認。ホーンラビット伯爵家旗下騎士ケビン・ワイルドウッド男爵を正式に“狡猾なる魔王”として認定し、この認定を以って魔王討伐と聖地“祝福されし礼拝堂”の奪還を目的とした魔王討伐軍を発足したとのよしにございます。

この発表は魔王協定に基づきすぐさま王城にお知らせする必要がありますが、いかがいたしましょうか」

教皇執務室で執務を行っていたベルトナ教皇は、ついにこの時がきたかと大きなため息を漏らす。かねてよりボルグ教国から聖地“祝福されし礼拝堂”の保護を目的としたホーンラビット伯爵領マルセル村の譲渡打診が行われており、ボルグ教国が魔王認定という強硬手段を取ることは想定されていた行動であったからである。

 

「そうですね、発表自体は正式な手順を踏んで行われています。この事は既に各国の主要教会を通じ広く拡散されている事でしょう。王城には届いた文章をそのままお伝えするように。

その上でオーランド王国王都教会を治める教皇としてボルグ教国の此度の決定に抗議するとともに、王都教会は王家の方針に従うと伝えなさい」

「はい、直ちに王城へ向かいます」

ベルトナ教皇の言葉に恭しく一礼すると、王城へ向かう為その場を下がる報告者。

 

「誰かいますか」

「ハッ、ベルトナ教皇猊下」

膝を突き頭を垂れる司祭にベルトナ教皇は静かに決意の籠った声音で指示を出す。

 

「これより新教皇選出の協議に入ります。コンクラーベ開催は二日後、各枢機卿に連絡し大聖堂会議室への集合を指示しなさい。繰り返します、これより新教皇選出の協議に入ります。コンクラーベ開催は二日後、各枢機卿に連絡し大聖堂会議室への集合を指示しなさい」

「ハッ、直ちに」

歴史が動き出す、一つの時代が終わり新たな歴史が紡がれる。

 

「フゥ~、私の在任終了間際にこれほど様々な出来事が起こるとは。それもこれも全ては辺境マルセル村の一人の青年を中心として巻き起こっている。王家が恐れ、ボルグ教国が嫉妬した女神様に愛されし青年。

ルビアン枢機卿、あなたの仕事は多岐にわたりますよ? あなたの望む地位を渡すことを報酬として、これからのオーランド王国王都教会を任せましたよ?」

椅子から立ち上がり大きく伸びをしたベルトナ教皇は、「私も随分長いことこの部屋の世話になりましたね」と呟くと、小さく微笑んでから執務室を後にするのだった。

 

―――――――――――――

 

魔王誕生と勇者を筆頭とした魔王討伐軍発足の知らせは瞬く間に王都中を駆け巡り、オーランド王国中へ拡散されていった。

オーランド王国王家はボルグ教国による魔王発生認定と聖地“祝福されし礼拝堂”奪還の為の魔王討伐軍派兵をオーランド王国に対する内政干渉であるとして直ちに抗議、国民に対しボルグ教国の発表を“オーランド王国の国体を軽視した酷く独善的な行い”として強く抗議する姿勢を示した。

 

だがそうした王家の方針とは裏腹に、王都の人々は一種の熱狂に侵されることとなる。街の各所に司祭やシスターが立ち、オーランド王国北西部ホーンラビット伯爵領に魔王が確認されたこと、魔王が聖地“祝福されし礼拝堂”を奪った事、聖地奪還の為勇者が魔王討伐軍を率いオーランド王国に向かっていることを喧伝したからである。

 

「おい、聞いたか、“辺境の最果て”に魔王が発生したって話」

「あぁ、何でもボルグ教国の異端審問官が調査に向かってその証拠をつかんだって事だろう? 変だと思ってたんだよ、何もない辺境の地だったグロリア辺境伯領が今じゃ押しも押されぬ経済発展を遂げるだなんて。それもここ数年で急激にだぜ、絶対何か裏があると思っていたら、アイツら魔王と手を組んでやがったんだよ。

その見返りとして魔王の拠点を独立した貴族領にして匿ってやがったんだ。何が“聖者の行進”だよ、あいつら魔王軍だったってだけじゃねえか。

たった数百名の騎士団で一万を超えるダイソン公国軍を屈服させたり、王宮騎士団を黙らせたり。これですべて説明が付くじゃねえか」

人々の間には様々な噂が飛び交う、それは時に真実を交えながら噂を流す者たちにとって都合がよいように改変され、よりセンセーショナルに伝わっていく。

 

「なぁ聞いたか、実は既に現王家は魔王の手に落ちているって噂」

「えっ、それってマジかよ。現王家ってゾルバ国王陛下を含めてって話だろう? 流石にそれはないんじゃないのか。

ゾルバ国王陛下といったら隣国スロバニア王国と強い協力関係を結んだり、一年戦争の混乱からオーランド王国経済を立て直した賢王だぞ? それを魔王に取り込まれているだなんて不敬にも程があるだろうがよ」

 

「俺も最初そう思ったんだけどよ、よく考えてみろよ、スロバニア王国との関係強化の為にスロバニア王国側に嫁がれた人物が誰か、あの第四王女カルメリア殿下だぜ、問題しかないあの我儘王女が今や淑女の代表みたいに言われてるっておかしすぎるだろう。実は王城関係者の間だけで噂されているって話があるんだが、どうもカルメリア第四王女殿下の性格が変わったのは例の魔王認定されたケビン・ワイルドウッド男爵がかかわっていたらしい。

更に言えば一年戦争後の王都経済復興に大きく貢献したものが何だったのか、各国の大商人がオーランド王国を訪れる切っ掛けとなったものが何であったのか」

「そりゃ王家主催の大森林素材のオークションだろうがよ。レッサードラゴンにブラックウッド、大森林の中層以降にしか存在しない貴重な素材があれだけ豊富にオークションに出品されたら誰だって飛びつくさ。

まさにオーランド王国の力の象徴、オーランド王国が内乱にもめげず見事復興したことを国内外に知らしめるこれ以上ない政策だったとゾルバ国王陛下を尊敬したもんだ」

 

「じゃあその大森林素材はどっから来たんだ? 一体誰が大森林なんて超が付く危険地帯に入ってそれだけの素材を回収してきたんだ?」

「そりゃホーンラビット伯爵家の・・・まさか!?」

 

「それだけじゃない、一年半前に起きた第二王子ブライアント殿下の反乱も王家を正し、魔王と決別しようとした志を持った軍閥貴族と軍部の者たちによる行動だったって話が出てるんだ。主要な者たちは皆処刑されて真偽は定かじゃないが、今度の魔王討伐の為に鉱山に囚われている騎士団を解放すべしって話が出ているらしい」

「本当かよ、俺は一体何を信じさせられていたんだよ」

広がる動揺と混乱、それは次第に勇者の到来を待ち望む声と魔王を討伐すべしという動きを加速させる。王都の流れは完全に魔王討伐に傾き、その熱狂は現王政への不信と新たな国王を求める動きへと波及していくのだった。

 

―――――――――――――

 

「以上が王都並びに周辺都市部の動きとなります。北西部貴族連合・南西部貴族連合・ダイソン公国における動きはあまり見られず、静観の構えを取るようです。

これは事前にホーンラビット伯爵家からの要請でこの事態の発生が知らされており、王都からホーンラビット伯爵領に向かう主要街道沿いの各貴族家に魔王討伐軍から供出を要求されるであろう分の食糧の無償提供があったことが大きいものと思われます」

「なんと、ホーンラビット伯爵家はすでにそのようなことまで。彼らは一体どこまで先を見通しているというのか。深謀遠慮の智将ドレイク・ホーンラビット伯爵、ダイソン公国のマケドニアル・グロリア宰相やガレリア・ランドール侯爵が口を揃えて語っていたことはこういう事であったのだな。

グロリア辺境伯家が婚姻を以って関係を深めたことも頷ける、ホーンラビット伯爵家はただ精強な騎士団を持っているだけでなく、その力を十全に発揮する為の政治力に長けていたという事であったのだな」

 

王城の一室、国王執務室にて王都諜報組織“影”の総帥ハインリッヒ・ベルツシュタイン伯爵から報告を受けるゾルバ国王は、魔王討伐軍の襲来準備を着実に進めていたドレイク・ホーンラビット伯爵の手腕に舌を巻く。

戦時において最大の問題は周り全てが敵となり孤立無援となる事、ホーンラビット伯爵家は事前準備によりこの最大の問題を回避していたのである。

 

「しかし大胆ではあるな、“王家には勇者率いる魔王討伐軍に抵抗することなく通過を許可すること。公式には国内貴族に魔王討伐軍への参加を禁止しつつ武力による取り締まりを行わないこと。王家の方針に従わない場合の措置についてのみ明確に提示すること”、この提案を聞いたときは流石に無謀を通り越して狂気としか思えなかったものだが」

ホーンラビット伯爵家からの要請は酷く潔いものであった。“来るのなら来い”、彼らの思考は単純明快、“売られた喧嘩は全力で買う”というものであった。

 

「そうですな、ホーンラビット伯爵家が魔王討伐軍に勝つにしろ負けるにしろ、オーランド王国の立場は一貫して内政干渉に対する抗議となります。ですがその事に対して武力による抵抗も食料や物資の購入を邪魔するといった経済制裁すら行わないとなれば、魔王に与しているという抗議を行う事は出来ない。

邪魔はしないが協力もしないという姿勢を貫くことで国際的な批判を回避する事が出来ます。オーランド王国としてはケビン・ワイルドウッド男爵は魔王ではなくホーンラビット伯爵家旗下の騎士男爵であると主張し続けることで、問題をホーンラビット伯爵家とボルグ教国の対立といった形に納める事が出来るのですから。

この方針はスロバニア王国とも共有しています。これによりスロバニア王国は魔王討伐軍に対する軍備負担金を回避する事が出来ます。ケビン・ワイルドウッド男爵がただの一貴族であるとすれば、ボルグ教国の行動は魔王討伐などではなく他国に対する軍事侵攻です。そのような疑いのある行動に積極的な協力はできないとすれば、費用負担拒否の名目にもなりますから」

同席する宰相ヘルザー・ハンセンは、この見事な理論武装に唸りを上げる。その国際的な視点を持つ政治手法は、辺境の寒村で一村長をしていた者の感性ではありえない。

 

「魔王に操られ発展した辺境の地、幽閉され亡くなった多くの貴族令嬢の怨念が魔王を生み出したといった噂がまことしやかに囁かれていますが、もしかしたらと思ってしまうほどケビン・ワイルドウッド男爵の齎した影響は大きいですからな」

「ビッグワーム農法、聖水布、各種美容用品、大森林素材のオークション。一年戦争を終戦に導き、ドラゴンの侵攻に乗じて我が国に攻め入ろうとしていたバルカン帝国の十万を超える侵略軍を押し止めていたのもホーンラビット伯爵家騎士団の者たちであったとか。我が国がどれほど彼らの恩恵を受けて来たのか、その恩を仇で返すばかりか富を奪う事しか考えぬ愚か者共が」

互いに頭を抱えながら苦笑いを浮かべるゾルバ国王とヘルザー宰相。

 

「しかし商業ギルドの件は痛快でしたな」

「あぁ、ケビン・ワイルドウッド男爵の魔王認定を受けクロッカスを中心とした中央貴族の愚か者共がホーンラビット伯爵家の預入金を差し押さえようとした件であろう? あ奴らもまさか我が国の年間予算に匹敵するほどの預入金がすでに引き出されているとは思いもしなかったであろうからな。

マルス侯爵は“そのようなことは不可能だ”と言って商業ギルド会長のベルナールに食って掛かったようだが、大量の借用証文を見せつけられクロッカスと中央貴族どもの暴走のせいで商業ギルドがどれ程の被害を被っているのかを逆に詰め寄られたというからな。今ではホーンラビット伯爵家に王国国家予算に匹敵する黄金が集まっていると大騒ぎしているとか、誰しもがその甘い汁に群がろうと私兵を募っているようだが、そのための軍資金を貸すところが一軒もないと聞く。

既に王都の主要商会はホーンラビット伯爵家側についてしまっているというのが笑えるではないか」

王都は勇者と魔王討伐軍の到来を心待ちにし熱狂に浮かされている、だがその裏でホーンラビット伯爵家は着実に自身に有利な環境を整えている。

“戦争は始まる前に勝敗が決している、重要なのは戦後の処理である”。学園の軍事教本に載るその言葉を思い出し、まさに教本通りの状況を作り出すケビン・ワイルドウッド男爵の手腕に戦慄しつつ、その落としどころがどれほどの規模のものになるのかと大きなため息を吐くゾルバ国王とヘルザー宰相なのであった。




いってらっしゃい。
by@aozora
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